エレノアの王宮訪問
「エレノア!大丈夫かい?!」
「お、父様・・・苦しい」
父に抱きしめられて、エレノアはくぐもった声を上げた。
ウィリアムは、エレノアが倒れたとの知らせを受けてすぐに領地から駆け付けたため、エレノアが起きて自分を出迎えたことに驚き、心配したのだ。
「もう大丈夫です。学校にも行って良いと言われていますし」
それでも寝ていなさいとベットに押し込まれそうになり、エレノアは閉口した。
ウィリアムは、領地での仕事を切り上げ、今年はこのまま王都で仕事をすることにしたらしい。荷物もほとんど持たずに来たのにと言えば、必要なものはあとから送ってもらうからと言う。
そんなに急いできたのに、残念ながら父は大事なときに間に合わなかった。がくりと肩を落とし半泣きで謝ってくるウィリアムに、エレノアは反対に笑ってしまった。
その前日、王女の命を救ったということで、エレノアは再度王宮に呼ばれた。
つい先日まで王宮の客室にいたのだが、何しろ気を失って運び込まれた上会うのは見知った顔ばかりだったので、実感がなかった。今日は正装をして正門から訪れ、その上王様と王妃様にお言葉を賜る。その後はアイリーン王女とお茶会だ。
「緊張するわ・・・ハロルドは、平気そうね」
「俺はただの付添だし」
まだ王都への道中にある父に代わり、同じ未成年ではあるがハロルドが付添をしてくれる。エレノアは痛む胃を忘れようと、髪を撫でた。
籠手でもなかなかカールがつかない焦げ茶の直毛は、上半分をきれいにアンが編み込んでリボンを飾ってくれた。そのリボンと同じクリーム色のドレスにはレースがたくさんあしらわれていて、清楚で上品な印象だ。しかし、地味な自分が着るとますます地味さに磨きが掛かってしまうのではないかとエレノアは心配していた。
「ねえ、本当にこのドレス、似合っているかしら」
気になって仕方がなくなったエレノアは今唯一尋ねられる相手に聞いた。ちなみにハロルドは王立学校の式典などで着る白い制服を着ており、大変よく似合っている。
「・・・さあ」
案の定、ハロルドは窓の外を見ながら答えにならないことを言った。
「見てもいないでしょう。ねえ」
「家を出るとき見たよ。アンや皆がべた褒めしていたんだから、いいんじゃないの」
確かに支度を終えて談話室に行ったとき、ハロルドはエレノアを見たのだろう。取り澄ました顔が、開いた扉から現れたエレノアを見て一瞬ぽかんと口を開いたのは覚えている。しかしその後さっと顔を背けると、ことさら綺麗に貼り付けた猫でもって使用人達に出発を告げていた。
予想はできたことだが、こんな時くらい気休めを言ってくれてもいいのにとエレノアはため息をついた。
エレノアの緊張をよそに、王との面会は何事もなく終わった。わずかな人数しかいないなかで王に「娘を守ってくれてありがとう」と手をとられ、肩の力が抜けたエレノアは優雅に微笑むことができた。
そして駆け寄ってきたアイリーンにそのまま手を引かれて、お茶会へと連れて行かれた。
お茶会の面子は、王女とエレノアに付添のハロルドと、もう一人王女の双子の兄である第二王子が来るという。
ハロルドがエレノアの付添で来るため、王女が気をつかって彼と学友の第二王子を呼んだのだろうとエレノアは考えた。
デビュー前の、しかも世間に疎いエレノアは、一生懸命その王子の情報を思い出そうとした。王女曰く『暇にしている』第二王子ファレル殿下は、確か王女の双子で、金髪の美少年だったはず。
そう思い出していたエレノアは「やっときたわ」というアイリーンの声に反応して優雅に立ち上がった。
初対面の、貴人である。第一印象が大切と、先ほど王と王妃の前でしたように、淑女として丁寧に礼をとろうとした。
しかし、エレノアの動きは途中で止まってしまった。
彼女は目を見開いて固まった。
キラキラとまぶしい金の髪、染み一つない雪のような肌、緑の瞳はキラキラと輝いて、たいそう美しいその姿はまるで天使のよう。
歩いてくるのは、あのときの、金髪の変態だったのだ。
「へ、へんたい!!」
思わず扇で指して叫んだエレノアに、ハロルドがぎょっとし、アイリーンが素早く動いた。
「ファレル!何かしたわね!」
疑問より断定に近いことを叫ぶと、彼女はエレノアと兄の間に立ちはだかった。
王女が手にしたものに、エレノアは再度驚いた。なぜか、それはスリッパだった。
ファレル殿下は周囲の全ての反応を無視してつかつかとテーブルに近づくと、妹越しにエレノアの顔から胸元までをじっくりと見下ろした。
「ファレル!」
パアンといい音がして、アイリーン王女のスリッパが振り下ろされた。
しかしスリッパで叩かれ、首根っこを掴まれ引き戻されても、王子には全く答えた様子がない。
エレノアは、はっと我に返って取りあえず扇を胸元にかざした。
「そういうのは意味がない。透けて見えるから」
「え!?」
「ファレル!!」
さらに慌てる周囲を意に介さぬといった様子で、ファレルはアイリーンに叩かれた後頭部をさすって不敵に笑った。




