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エレノアの望み

前話と打って変わって、シリアスなおはなしです。

翌日、まだ王宮の客室に留め置かれたまま、エレノアは泣いた。ダンスの試験を寝過ごしたことに気付いたのだ。

しかし、アイリーン王女が部屋へ見舞いに来てくれたので、すっかり元気になった。

「エレノアのおかげよ。本当にありがとう」

「貴方が私の代わりに倒れたのかと思ったとき、私、心臓が止まりそうだったわ。エレノア、貴方は、私の大切な友達なのよ」

アイリーンの言葉と真剣な目は、エレノアの胸を締め付けた。

早く元気になってというアイリーンに、エレノアは力強く頷き、ここで出される大量の食事を完食することを誓った。

そしてエレノアは、もう一つ決意を固めた。


昼食を誓い通りに完食したエレノアは、苦しい胃袋とふらつく足を自分で叱咤しながら、王宮の客室を出て隣接する魔法省を訪ねた。

王宮とほぼ同等の歴史をもつといわれる建物は、石造りの堅牢なものだった。もともとこちらで診察を受けてから王宮へ運ばれたというが、気を失っていたエレノアとしては、初めて足を踏み入れる空間だ。自然と硬くなる表情を、扇で誤魔化す。

通された応接室で、エレノアは立ったまま待っていた。待ち人はすぐに現れた。

「エレノアちゃん?診察ならこっちから行くんだけど」

驚いたホールデンに、エレノアは首を振った。

「いいえ。お願いがあって来たのです」

しっかりとホールデンを見据え、言った。

「私、もう一度先生に魔法を教えていただきたいのです」

「へえ。そりゃまた、どうして」

ホールデンは、やる気のない様子で聞いた。

一度終わりにすると言ったのはエレノアだ。エレノアも、そう言われるのは分かっていたから、くじける権利など自分にはないのだと自分を叱咤した。

「王女様が狙われたとき、私は偶然居合わせて、王女様を亀で守りました」

「うん、知ってる。亀順調だね」

エレノアは首を振った。

「全く、駄目だと分かったんです」

「へえ?」

「私は・・・本当に偶然、王女を狙う光を目撃しました。だから、亀を間に合わせることが出来たのです。でも、いつもそんな風に上手くいくわけではないでしょう?今回王女を守れたのは、奇跡的な偶然でした」

「それでも、エレノアちゃんの目的は果たせたんじゃないの?きっとご両親は褒めてくれるし、君一人の護身なら、特に刺客を警戒する必要はないもんね」

そう、それはエレノア自身が言ったこと、思ったことだ。

「愚かな考えでした」

防御魔法を身につけようとしたのは、魔法の失敗を挽回すれば両親が褒めてくれるだろうというだけの、浅い考えだった。

ホールデンが、くすりと笑った。

彼は、ここでどかりと長椅子に腰掛けた。

「魔法を途中で放り出そうとした理由、当てようか」

「はい」

エレノアは、覚悟を決めて身構えた。ホールデンは両膝に肘をつき、合わせた手の先を彼女に向けた。

「ハロルドだろ。魔法じゃあどうしても、すでに頭角を現してる奴と張り合うのは難しい。だから最初にたてた低めの目標で終わりにしようと、予防線を張ったんだ。」

エレノアは、気をしっかりともとうと、意識して呼吸をした。

そう、エレノアは実のところ、何にでも一生懸命挑戦していたわけではなかった。

エレノアの中の臆病な心は、兄弟に負けることを避けた。エレノアの標榜する『理想の姉』というのは決して兄弟とぶつかり得ない目標だし、学業はハロルドと内容も評価も別だ。淑女たらんとするのは簡単だ、ハロルドは男でシンシアはまだ幼女なのだから。

ただ、魔法を授業から飛び出した場で学ぼうとしたときに、ハロルドを知るホールデンとぶつかった。王立女学校という枠を出て、二人ともを知る者の評価では、魔法でハロルドに勝つことは難しい。

自分がそうして無意識にとってきた行動を、エレノアは、とうとう自覚した。

「その通りです。でも、また頑張りたいのです」

「奴に勝てなくても?」

笑顔の奥のホールデンの目が、鋭く自分を観察していることをエレノアは感じていた。今彼の前で、表情や言葉遣いを取り繕うべきではない、そう思ったエレノアは、まだ手にしていた扇をそっと机に置いた。

「確かに私は今まで、兄弟に勝つとか両親に褒められるとか、そういう愚かな目的のために行動していました。でも、それだけでは私の望みが叶わないと分かったのです」

望みねえ、と首を傾げたホールデンに、エレノアは頷いた。

「私は、両親に誉めてほしい、笑ってほしいとずっと思ってきたけれど・・・笑ってほしい大事な人は実は他にもたくさんいて・・・私は、アイリーン様にも笑ってほしい。だから、アイリーン様がこれからも狙われるなら、私は守りたい」

アイリーンが狙われていると思ったときに、エレノアは迷わず亀を使っていた。学校になじめていなかったエレノアに最初に声をかけてくれたアイリーン、エレノアの努力を手を叩いて見ていてくれたアイリーン。アイリーンが、そして周りの友人が、自分の中で大切なものになっていたことにエレノアはやっと気付いた。

「先生、私は・・・頑張りやでもないし、視野も狭いし・・・きっと、魔法ではハロルドに敵わないし。でも、頑張りたいんです。力をつけて、大事な人を守りたいんです。私にもう一度魔法を教えて下さい!」

淑女らしさも何もない、たどたどしくて分かりにくい言葉で、最後は叫ぶように言って、エレノアは頭を下げた。

沈黙があった。

嫌だといわれるのかもしれない、そうしたらまた来るだけだ。床を見ながら、エレノアは腹をくくった。

「僕はね。愚か者は放っておくタイプなんだ」

ああやはり、とエレノアは唇を噛む。ホールデンは、エレノアが補習を辞めると言い出したときも止めなかった。

彼は長椅子から立ち上がったようだった。エレノアの視界に、よく磨かれた靴が映る。

「でも、愚かな自分を変えたいと思う者は、面倒だけど好きなんだよ」

エレノアは勢いよく顔を上げた。

「先生?」

ホールデンはいつもの甘い笑顔を浮かべていた。

「亀改良は楽じゃないよ?」

「はい・・・!ありがとうございます!」

エレノアは顔を輝かせて、笑った。


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