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エレノアの試験前日

『こうして、無事にダンスの試験で及第点を頂くことができました。もうすぐコール様が王都にいらっしゃるのを心待ちにしております。前に書いてくださったこと、お忘れでないと良いのですが・・・きっと私と踊ってくださいね。』

「・・・と書いてしまったから、来週の試験は何が何でもよい成績をとるわ」

机の下で拳を握るエレノアに、アンは呆れた顔をした。

「エレノア様ったら、試験が終わってから書けばいいだけではないですか」

「それでは駄目なのよ。だって、下手をするとコール様の出発と手紙が行き違ってしまうの。そうしたら、お手紙で念を押しておけないでしょう?直接会ったときに自分から『踊ってください』なんて言うのは淑女としてどうかと思うし」

だからといって終わってもいないことを書くのもどうなのか、とアンは言ったが、エレノアは取り合わなかった。

「大丈夫、この前ディラン様と踊ってから、ダンスのコツが分かった気がするの」

変なところで楽天的なエレノアは、そう言って笑った。


結果から言うと、ダンスの試験は、お情けで追試を受けることになった。

それはなにもエレノアが慢心していただとか、緊張していただとかいうわけではなかったのだが。

そもそもの話が、エレノアは試験を受けられなかったのだ。


試験を明くる日に控えたその日、エレノアは王女と数人の令嬢とともに中庭の東屋で話していた。

放課後の中庭に明るい笑い声が響く。

この学校では、皆馬車が迎えに来るので普段は終業とともに帰って行くのだが、この日は王女が残っていたためにこうして仲の良いものが居残っていたのだ。

話題はダンスの試験のことから、もうすぐ始まる社交シーズンのことへと移っていった。少女達はちょうどこの春13歳から15歳と、社交界デビューの年頃だ。すでにデビューを終えた者もこれから迎えようとする者も、皆流行のドレスや髪型、そして噂の殿方の話と、興味はつきない。

エレノアも今年は14歳だ。少し前に父と母からの手紙で「今年の夏には」とデビューの話をされている。なぜか当然のようにハロルドも同時の予定らしいので、そうなれば是非とも姉の威厳を見せたいところで、皆の話に熱心に耳を傾けていた。

「最近の流行は、以前よりボリュームを抑えたスカートでその分レースや飾りで華やかさを出すものでしょう」

「そうは言っても、ボリュームがあった方が腰が細く見えませんこと?」

「あら、背中に大きな飾りをあしらったり、方法はいろいろありましてよ」

「良い仕立屋を見つけることが大切ということですわね」

そこで一人の令嬢が出した店の名に、また賛否が分かれる。

「・・・迎えはまだか、様子を見てきてくれるかしら?」

アイリーンがショールを渡したお付きの侍女に小声で囁くのを、エレノアは何とはなしに聞いていた。春の日差しはまだ少女達に降り注いでいたが、そろそろ夕刻が近づき、風が出てきた。

侍女は少しためらったものの、念を押すように見つめてくる主と王女が帰るまでと残っている周囲の令嬢を見渡すと、足早に中庭を後にした。

「やはり美しさで言ったら、ファレル殿下が一番ですわ!」

遠ざかる後ろ姿を見送っていたエレノアは、ひときわ大きな声に意識を引き戻された。

「ファレル?そうかしら・・・」

王女の訝しげな表情に、周囲から異議があがる。

「アイリーン様はご兄弟でいらっしゃるから、見慣れてしまわれたのですわ」

「あの日の光を集めたような金の髪に、宝石のような緑の瞳!」

「すっと高い鼻!」

「雪のように白い肌!」

「良い香り!」

若干妙なものが混ざっていた気がしたが、エレノアは総括したイメージを脳内で確認し、呟いた。

「まあ。アイリーン様のよう」

双子ですもの、と苦笑するアイリーンに、エレノアは先日ダンスの相手に勧められたのはこのような人物だったのかと、改めて恐れおののいた。

そんなエレノアに、年長の令嬢が言う。

「エレノア様ったら。婚約していらっしゃるからといっても、殿方の情報に疎すぎますわよ?」

正に今、自分が殿方どころか社交界全般に疎いらしいと知ったところだったエレノアは、赤らんだ顔を扇で隠して言った。

「お恥ずかしいですわ」

「うふふ。まあ、子爵家のニコラス様は確かに爽やかで素敵な方ですもの、他の方が目に入らなくても仕方ありませんわ」

「そういうパメラ様も、フィリップ様がいらっしゃいますものね。」

この手の話がやはり一番盛り上がる。話はすぐに恋の話へと移っていく。

エレノアはアイリーンが、目を輝かせてその話を聞くのを見ていた。王女は人の恋の話が大好きだ。けれど自分では、好みの話すらしない。王女なのだ、結婚は普通の貴族以上に自分の意思とは関係がないもので、気楽に話して良いものではないのだろう、とエレノアは思った。

いつも明るく気さくなアイリーンだが、人より大変なものを背負っているのだと、急に感じ・・・ふと、見つめたその横顔の向こうに、違和感を覚えた。

校舎の二階に、小さな光が見えた。

いつも薄暗くて人気のない北の廊下だ。蝋燭か、でももう授業は終わっている・・・

そして光は揺れずに、発射された。

「・・・か、亀ええええっ!!」

エレノアの視界は真っ黒に塗りつぶされた。

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