エレノアのダンス修行2
「エレノア。私、良いことを思いつきましたのよ」
ふふふと笑うアイリーン王女は楽しそうで、いつにもまして麗しい。
その様子にエレノアは見惚れてしまう。鏡を見る度自分の地味な容貌と焦げ茶の髪にため息をついている彼女は、アイリーンの明るい美しさを見るだけで幸せな気持ちになるのだ。
エレノアは今も、幸福感につつまれて口を開く。
「まあ、どうなさいまして?」
「あのね、昨日私、偶然従兄弟と会いましたの。それで、私のお友達がダンスの練習相手を探していると言ったら、ぜひ自分がというものですから、これはちょうど良いと思いましたの」
エレノアは固まった。
「しかも話してみたら、エレノアの弟さんとはお友達なのですって」
これはもしかしなくても昨日の王子の話の続きなのだろう、と気付いてエレノアは青くなる。兄が王子だから駄目というならば、と従兄弟を引っ張り出したのだろうが、アイリーンの従兄弟といったらそれは侯爵家子息などのことで、エレノアにとっては王子と大差ない存在だ。
周りに王女のお付きの者以外、他の令嬢がいないことが不幸中の幸いだった。アイリーン王女がそういうタイミングを見計らってくれたのだろうが。
「あの、アイリーン様、私やっぱり・・・」
「だから、エレノアの都合の良い日に従兄弟を向かわせますわ」
弟さんを訪ねる形をとれば対外的にも問題ないでしょうと言われ、エレノアは退路を断たれた気がした。
「はじめまして。ディラン・デールといいます。お噂はかねがね」
「エレノア・ガーラントと申します。ハロルドがいつもお世話になっております」
「どうぞよろしく」
赤髪の美少年はにっこりと笑って、エレノアの指先にキスを落とした。あまりに手慣れたその動きに、エレノアはなんら違和感も感じなかった。ただ、ハロルドが遠慮なく仏頂面をしたので珍しいこともあるものだと思った。
彼の筋張った手やすらりと伸びた長身には、ちょうど少年から青年へ向かう途中の男らしさがかいま見える。大変魅力的なその姿に、さすがはアイリーン様の従兄弟、とエレノアは妙な方向に感心した。
「無理をお願いしてしまったのではありませんか?」
「とんでもない。むしろ、アイリーン王女に話を聞いたときにはしめた、と思ったよ」
エレノアが首を傾げると、ディランは笑った。
「ハロルドは何度頼んでも家に入れてくれないからね。噂のエレノア嬢にやっと会えるって思ったんだ」
「まあ、お恥ずかしい噂でないと良いのですけれど」
「恥ずかしいなんてとんでもない。ホールデン先生は君の技をとても面白がっていたし、アイリーンは君ほど頑張りやな子はいないって絶賛さ。」
頑張るという言葉がエレノアの胸にちくりと刺さったが、彼女は気付かないふりをした。そんなこと、と謙遜と扇で動揺を隠した。
練習を始めると、ディランはさすがというべきか、ダンスが上手かった。そして途中にさりげなく会話を挟み、エレノアの緊張をほぐした。
エレノアは、初めて踊ることを楽しむことができた。
自分が笑っていることに気付き、エレノアは驚く。
「こんなに上手なのに、まだ駄目だって言われるの?エレノアの学校は厳しいんだね」
すでにエレノアと呼び捨てで呼ぶようになったディランが、そう言った。
「ディラン様がお上手だからですわ。一緒に踊らせていただくと、楽しい気持ちになりますもの」
「それは光栄」
にやりと口角を上げるとディランは非常にいたずらっぽい、子どもっぽい表情になる。侯爵家という肩書きに気圧されていたエレノアも、これにすっかりほだされた。
踊り疲れると、壁際で本を読んでいたハロルドと共にアンの煎れてくれたお茶を飲む。一緒に出てきたチョコレートが普段より高級なのは、侯爵家からのお客様ということで家人が頑張ったためだ。
最初からずっと押し黙っていたハロルドが、
「それ飲んだら帰れよ」
と言うのでエレノアがたしなめて、睨まれる。それをディランが遠慮なく笑い、さらにハロルドに帰れと言われる。ハロルドの遠慮のないしかめっ面をディランが盛大に笑い飛ばしているのが、エレノアには新鮮だった。
「ハロルドとディラン様は、仲良しなのね。うらやましいわ」
しみじみと漏らしたエレノアの一言に、ハロルドがぎょっと目を見開き、ディランはまたにやにやと笑った。
「エレノア、その意味、よ~く聞きたいんだけどなあ。おいハロルド、蹴るなって」
とうとうディランを蹴り飛ばしたハロルドを、エレノアは必死でたしなめた。




