エレノアのダンス修行1
「あら、エレノアはダンスでお悩みなの?」
アイリーン王女が可愛らしい目を見開いた。瞬きのたび音がしそうなその金色の長いまつげに見惚れながら、エレノアは答える。
「ええ。ゲインズ先生からいつも、私の動きは堅すぎると言われてしまいます」
良いながら、思わずため息がこぼれる。
カーラは今日も魔法の特別補講へ行った。それを少し寂しい気持ちで見送りながらも、帰り支度をしているところだった。
「ですから、家に帰って練習するつもりですの」
「そう。たしかにダンスは、実際に踊るしかないですわね。お相手はどうなさるの?」
まさか、婚約者の方?と顔を輝かせたアイリーンに、エレノアは苦笑した。
「残念ながら彼はまだ領地にいるので、今日は一人での練習ですわ」
それでも、先日手紙にダンスを頑張る旨を書いたところ、もうすぐ王都に向かうからそうしたらぜひお相手をさせて欲しいと返事をもらったので、エレノアはうれしかった。だから今日は、コールと踊っていることを想像しながら練習するのだ。
ところが、アイリーンは首を振った。
「まあ、それはいけませんわ。ダンスはお相手とのコミュニケーションが大切なのですから」
そして
「よろしければ、うちの兄を貸出しましてよ。ちょうど二番目の兄が暇にしていますの」
ととんでもないことを言い出した。さらっと言われたが、王女の兄とはつまりこの国の王子のことだ。暇にしているもなにも、帝王教育真っ最中のはずだ。
エレノアは必死で辞退申し上げた。アイリーン王女はなおも渋っていたが、お付きの者や他の令嬢の取りなしもあり、事なきを得た。
「それでも、確かにお相手が居た方がいいのは事実なのよね」
エレノアは一人呟いた。ダンスの担当、ミセス・ゲインズ曰く、エレノアのダンスは、ステップは完璧でも真剣すぎて相手への心配りや楽しもうという余裕が感じられないというのだ。
「それでしたら、ハロルド様に頼まれたら良いではないですか」
アンに言われ、エレノアは驚いた。ハロルドがエレノアを嫌っていることを知らないせいか、アンはどうも兄弟仲良くする方向にもっていきたがる、とエレノアは思っている。
「ハロルドが良いと言うわけがないでしょう」
しばらくアンに伴奏をしてもらい、一人で練習をしていると、ピアノ室の扉が開いた。
「あら、ハロルド」
わざわざこの部屋に顔を出す予定のないはずの彼の登場に、エレノアは驚いた。普段何を言われるわけでもないが、嫌われているという戒めをエレノアは忘れないように心掛けている。だから、今も自分に会いに来たのかとは聞かなかった。
「どうしたの?この部屋に何かご用?」
「・・・どうして自分に用があると思わないわけ?」
そうして眉間にすぐ皺を寄せるからだ、と言わなかったのは、良き姉としてなるべく喧嘩にはしたくないからだ。
「では、私に何かご用?」
ところが、大抵こうして優雅にエレノアの思う『理想の姉』らしく受け答えをすると、ハロルドの機嫌は降下する。慣れているので怖くはないが、エレノアは他にどうすべきか分からないからいつも不思議で、そして困る。
ハロルドは今も、ため息を一つついた。それからこう言った。
「・・・僕も踊る」
エレノアは内心大いに驚いていたが、せっかくハロルドがお相手を申し出てくれるのならと、何も言わずに彼の手をとった。
曲に合わせて、ステップを踏む。こころなしかアンのピアノが軽やかに響く。
反対にエレノアは緊張していた。考えてみれば、家族のはずのハロルドだが、手を握ったことなど数えるほどだ。
ハロルドのリードでエレノアの身体が回る。
そしてまたハロルドの服を見つめる。
エレノアは、この距離で無言は辛いが、かといって弟と何を話せばいいのかと悩んだ。そしていつものようにステップに集中してしまえばいい、と自分の課題点をすっかり忘れて考えた。
そのとき、頭上でかすかに息を吸う音がした。
「どうして、ホールデンの授業を辞めたの?」
ハロルドが話し始めたこと、そしてその内容が意外だったことで、エレノアは目を見開いた。
「え?ああ、先生が仰ったのね。それは、目的を達成したから、次の目標に向かおうと思って」
「目的?」
「ええ。魔法で自分の身を守れる技を身につけるという目的よ」
ターン。
「・・・それ、もしかして火の鳥のとき俺が言ったことのせい?」
「『せい』というか、きっかけね。ともかく、もう家族に心配をかけないための技を身につけたかったの」
「何なんだよ、それ」
吐き捨てるようにハロルドが言ったので、エレノアは驚いた。ハロルドの猫がはげている、と本人に指摘したかったが、彼の様子がそれをさせなかった。
「何で俺が言ったことぐらいで猛特訓して、それなのにその程度の目的達成したからってあっさりやめるんだよ。何がしたいわけ?」
「ハロルド?何を怒っているのか分からないわ」
程度が低いうんぬんと言われたことよりも、ハロルドが怒っていることの方がエレノアには気になった。どうやら自分が原因らしいが、エレノアにはよく分からなかった。
「取りあえず、ごめんなさい?」
困惑したエレノアが謝ると、ハロルドははっとしたように顔を上げた。
「いや、そうじゃなくて。・・・エレノアが謝ることじゃなくて・・・」
珍しくハロルドが、たどたどしく言葉を探している。ダンス中でなかったら、いつものように「まあいいや」と自分で切り上げてしまうだろう。だから、エレノアはハロルドの言葉を待った。
ターン。
もう一度ターンして、そろそろエレノアが諦めかけたとき、ようやくハロルドは口を開いた。
「・・・やるなら、誰が何て言ったとか、そんなんじゃなくて、本気でやりなよ。ホールデンはふざけた奴だけど、あいつに見込まれてたなら、エレノアは魔法を武器にできるはずだ。だから、こんな終わらせ方やめなよ、らしくない。」
エレノアの足が、あわやとまりかける。そして、慌ててリズムに乗ろうとして、
「痛っ!」
ハロルドの足を踏んだ。それも、ヒールで、思い切り。
エレノアは平謝りしたが、ハロルドはもういいと足を引きずりながら部屋を出て行った。
「エレノア様ったら、わざとですね」
彼女のステップだけは名人芸と称される腕前を知っているアンは、呆れたように言った。
「ダンスは危険ね・・・」
エレノアは遠い目をして、本当に危険、とまた呟いた。




