幕間~休み明けの領地屋敷~
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「静かねえ。」
ガーラント家の屋敷奥、暖炉の火があかあかと燃えている。
末の娘はもう部屋に戻っている。動いているのは大人達だけとなったこの時間、屋敷の中は静まりかえっていた。
「エレノアとハロルドがいないと、やっぱり寂しいね。」
ため息をついた妻、セリーナの手を、ウィリアムはそっと握った。
「あの子たちがそれぞれ結婚して家を出たら、もうずっとこうなのね。」
この夏、ほぼ時期を同じくして二人の娘の婚約話がまとまった。
勿論決めたのは自分たちである。だが、セリーナにもウィリアムにも、未だにこれで良かったのかという迷いがある。
「やっぱり、エレノアをお嫁にやるのはやめたら?」
ウィリアムの言葉にセリーナが一瞬固まる。そんなときの妻の表情は、娘のエレノアにとてもよく似ている。
ウィリアムにとっても、エレノアはすでに自分の娘だ。何しろ彼女がまだおねしょをしていたころから見てきたのだから。初めの頃、エレノアはお父様と言おうとしては緊張して「おと、おと、おと・・・」と言い残して走り去ろうとした。そんな娘の手を握って止め、笑いかければ、彼女は幼い顔を真っ赤にしてはにかむのだ。
そんなエレノアも今では、自分から志願して学校に通い、成績優秀者に名を連ねるほど頼もしく成長した。休み中はあわや大火傷という騒動も起こし肝を冷やしたが、基本的に何事にも一生懸命な良い娘であり、加えて王立女学校の成績優秀者で王女の覚えもめでたいとなれば、方々からいろいろな打診がくる。
本人はただ「立派な姉になる!」と言っていた頃のまま何も考えていないかもしれないが、あの学校で名を売ることにはそれだけの価値があるのだ。
しばらく黙っていたセリーナは、首を振った。
「エレノアには、良いお相手が見つかったわ。きっとシンシアをお嫁に出すとしたら、これ以上のお相手は見つからないってくらいに。ハロルドもこの分だと立派にやっていける。」
三人のうち、実際に跡を継がせられるのは一人だけ。
例えば娘のどちらかに跡を継がせて、補佐としてハロルドを残すことはできるだろう。しかし、ハロルドは子爵家の補佐に収まる器ではない。本人も魔法使いとして身を立てるつもりだと言っている。それを聞いたときウィリアムは、ガーラント家の血を引いていないハロルドはそう宣言することで跡継ぎになる気はないと示したのだろうと思った。
昔から苦労をかけていると思っているから、ウィリアムは息子に頭が上がらない。
思えば最初に婿養子に入った先で妻に死に別れたとき、自分に才覚があれば親族に追い出されることもなかった。出戻った実家でも取り柄のない三男坊は肩身が狭かった。そんな中でハロルドは、気付けば年齢不相応に大人びた、感情表現の乏しい幼児になっていた。セリーナと出会い再婚できたことはウィリアムにとってとても幸運だったが、ハロルドには居心地良い居場所ではなかったとしてもおかしくない。
そんな息子が親を頼みにせずに身を立てると決めたのは、父としてウィリアムには忸怩たる思いがあるものの、当然といえば当然だった。
「それに、シンシアのお相手はエレノアにとっては年下だし。」
シンシアの婚約者は、王都からガーラント家の領地を通り海へ抜ける街道の、海側の要所を治める伯爵家の次男だ。この婚約によってつながりが強まることは、両家にとって大変大きな意味がある。
ただ、幼い末娘はまだ婚約の意味もよく分かっていないようだった。それに、エレノアも混乱させた。妹の婚約を知ってずいぶん泣いたようだと侍女から報告を受けている。
そんなに急がなくてもよいのだと、ウィリアムは妻に言ってやりたかった。しかしその言葉をウィリアムは飲み込んだ。
セリーナは焦っている。
シンシアとて見目良く利発な娘だから、エレノア同様年頃になれば婚約話に困ることなどないだろうに。その数年を待てないほど、妻は焦っている。
その焦りを払拭してやることが、ウィリアムにはできない。自分が平凡な、優しいだけの男であることは、ウィリアムが一番良く知っている。
ただ、妻の手を握って、一緒に揺れる火を見つめた。




