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ディランのお仕事

エレノアの知らない攻防2の後くらいのお話です。

「ハロルド・・・」

顔に出すぎだ、との思いを込めて呼べば、彼は眉間の皺もそのままに振り返った。

王宮内で、エレノア・ガーラントにファレルが腕輪を贈ったという噂が広まりだして、数日。

それが魔法省のハロルドの耳に入るのに時間はさほどかからなかったらしい。

ディランがここへ来たときには、すでに『腕輪』の一言でこの皺のできあがりだった。

この青年の耳は、彼女に関することだけ異様に鋭くなるという特別仕様なのだ。もっとも今回はそうでなくても大差なかったかもしれないが。

ディランは呆れてため息をついた。

ため息の相手は目の前でかっかしている彼の他に、もう一人いる。元凶である腕輪の制作者、第二王子ファレルだ。

「それで、そのことについて、ちょっと話があるそうだよ」

「また急に・・・」

ハロルドは顔を一層険しくして、ちらりと机上に目を走らせた。新入りらしく、その机にはたくさんの雑用が山になっている。

一応魔法省は王宮とは別の人事権と勤務体制をもっているのだが、王子の呼び出しとなれば別である。ただし、労働時間が削られたしわ寄せは本人負担となる。

もともと学友として親しくしていたハロルドにとって、こうして急な呼び出しを受けるのは、初めてのことではなかった。

「ハロルドなら、なんとかなるでしょ?」

へらりと笑ったディランだけでなく、ファレルもおそらくそう思っているからこそこうして平気で呼び出すのだろう。

ハロルドは算段するように一拍宙を睨むと、椅子から立ち上がった。

「許可をもらってくる。お前は」

「うん、寄るところがあるから先に行くよ」

さっさと背を向けたハロルドを見送り、ディランは王宮へ戻る。

文官として一年目、ディラン自身にも仕事がある。

とはいえ魔法省よりも家柄重視の傾向が強い文官組織の中で、この国の貴族の中でも三本の指に入る名家と数えられるデール侯爵家のお坊ちゃんには新入りだからといって誰も雑用など頼んでこない。頼まれれば断る気のないディランだが、わざわざ自分から申し出ないだけだ。

その分の余裕をつかって、宰相である伯父の側で政策の勉強をしたり、こうしてファレルと彼の重要な戦力になるだろうハロルドの間を取り持ってみたりしている。

歩き慣れた廊下を通って王子の部屋に着けば、よく見知った侍従が中へ通してくれる。

「遅いぞ」

偉そうな言葉は部屋の主ファレルのもので、聞き慣れているディランはごめんごめんと聞き流した。

「ハロルドの方が早かったね」

「お前が来ないから、ずっとこの調子で睨まれていた」

睨まれているのは自業自得でしょ、と突っ込みつつ、確かに急いできたらしいハロルドを見る。愛する少女に関することだ、ファレルの呼び出しは気にくわなくとも、結局気になってしかたがないのだろう。

「それじゃあ、さっそく本題に入ったら?」

案外素直な王子はそうだなとうなずいた。

「用件は腕輪のことだ。これと同じものを、エレノアに渡した」

「ふざけているの」

ファレルが袖口から華奢な腕輪を見せたので、ハロルドの青い目が氷のように鋭くなった。これでは、お前の好きな娘に気に入ったから唾をつけました、と言ったようなものだ。

この馬鹿、と頭を抱えたくなったディランだが、口ではこう言った。

「まあまあ。ファレル、ちゃんと順を追って話そうか」

「本題に入れと言ったのはお前だろう」

ファレルは不服そうに鼻を鳴らしたが、自分でも言い足りなかったと見えて、話を続けた。

「これは魔法具だ。アイリーンや王宮に危険が迫ったとき、俺がそれを感知したら二つの腕輪が反応する。もしエレノアが亀を発動したら、その魔力でやはり二つの腕輪が反応する」

「つまり、王女の『盾』に渡している魔法具ってことね」

気を利かせて補足してやれば、この王子はやっと分かったのか、などとのたまった。

「・・・他の侍女にも渡しているということか」

ぼそりと確認をとってきたハロルドに、ファレルは頷いた。ディランは内心ほっとする。

しかし、相手はそれくらいで誤魔化されてくれる男ではなかった。何しろ初恋をこじらせこじらせ相手を誤解させ続けながらも、なお諦めきれずに彼女を手に入れるべく立ち回っている、よく言えば一途な、悪く言えばねちっこい男・・・それがハロルド・ガーラントなのだ。

「それなら、なぜエレノアにだけ渡しているような噂が流れたんだ」

細かい銀の鎖の先についた青いような紫のようなその石が、ファレルの袖口からこぼれ出て揺れている。それを睨みながら、ハロルドは言った。

「・・・」

ディランは冷や汗を押し隠しながら、頭だけ高速回転させた。

まずい、とディランは思った。エレノアの魔法具だけがファレルと揃いの腕輪であることから今の段階でファレルが彼女に興味をもっていることが知れれば、ハロルドは自分たちから離れていくだろう。もう少し、手順を踏まなければ・・・

「それは」

「それはだな!」

口を開きかけたファレルを遮って大きな声を出せば、二人が何だという目でディランの方を見る。

ディランの頭にはまだ上手い言葉は出てきていない。しかし、ファレルに好き勝手話されるのは非常に危険だ。

こういうときの常套手段で、ディランは意味ありげに尋ね返して時間を稼ぐことにした。

「ハロルド、分からないのか?」

普段の頭の回るハロルドには時間稼ぎだとばれたろうが、頭に血が上っていると見え、彼は訝しげに眉をひそめただけだった。

「エレノア嬢は何歳だ?」

「16になるけれど」

「そうだろ。つまり、『盾』の中でも、ファレルと一番年が近い。それに、お前は忘れたのか?彼女のデビューのとき、ファレルがダンスに誘っただろう」

ああ、とハロルドが嫌そうな顔をしつつ呟いたので、ディランは頷いてみせた。

「そういうこと。お前は不快だろうけれど、俺としてもエレノア嬢が困ったことにならないように手を回すよ」

なんとか丸く収まりそうだというところで、ファレルがのんきに口を挟んだ。

「それで、お前に相談なんだが」

「何」

もう少し黙っていて欲しかった、とディランは奥歯を噛みしめた。しかし、話し出したものは仕方がないと態勢を整える。

「この腕輪に、もう一つ機能を加えようと思っている。お前、エレノアの危機に俺が転移するのと自分がいくのとどっちがいいか?」

とぼけた顔で言ったファレルに、ディランはあっけにとられ、ハロルドは苦々しげに顔をしかめた。

「・・・俺が行くに決まっている」

「そうか。それなら、侍女の魔法具がお前の転移の目印になるように組み込むぞ」

さらりと言ってのけたが、つまりはエレノア以外にも王女の『盾』全ての危機に際して、ハロルドが駆り出されるということだ。その約束をエレノアを餌に取り付けたファレルに、ディランは呆れと感心で口を開けた。

ハロルドの方ももちろん自分が利用されたことには気付いているのだろう。しかし、エレノアを守りたいという思いから文句を言わない。

それからディランはハロルドが退室を申し出るまで、彼の機嫌を直そうとしゃべり続けた。

彼が去ると、ディランはファレルを見て言った。

「お前って、ときどき馬鹿なのか賢いのか分からなくなるよ」

そんなディランの言葉に、ファレルは天使のような顔をにやりとゆがめた。

「愚問だな。俺は天才というやつだ」


ディラン・デール、17才。職業、王宮勤めの文官とみせかけ、内情は困った第二王子ファレルの火消し係である。

「俺、属性は火なんだけどね」

ため息をついた彼の魔力や文官の立場が役立つ日は、まだ遠い。

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