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イングラムの祖父2

「エレノアの好きにすればよい」

ふいに、伯爵が言った。

それがあまりに唐突で、エレノアは意味を掴みかねて伯爵を見つめた。

伯爵はにこりともせずに口を開いた。

「今日はそれを言うつもりだった。今まで通り、我々がお前を孫だと思っていることに変わりはない。ハロルドが優秀な跡取り息子であることにも変わりない。だから、エレノアは思うようにすればよい」

相変わらず伯爵の紫の目は鋭く、睨むようにエレノアを見ている。

けれど、エレノアの胸は熱くなった。祖父母が自分に会いたいと思ってくれただけで嬉しかった。それが、せっかくの見合い話を断った生意気な小娘に、気遣うような言葉までかけてくれるのか。

涙を浮かべた彼女を見て、ハロルドが立ち上がった。

「庭を案内するよ」

すかさず奥方から、そこで肩を抱くのです、という演技指導が入ったが、ハロルドは笑って流したし、涙を堪えるのに忙しいエレノアは聞いていなかった。


初春の庭にはクロッカスなどの小さな花が咲いていた。

ようやく涙のひいてきたエレノアは、ぽつりぽつりと話し始めた。

「来て、良かった」

「うん」

「それと、安心したわ」

「何」

「ハロルド、猫をかぶっていないのね」

「うん。もう伯爵には大分素だったし。ヘレンはああいう人だし、楽だよ」

「ヘレンさんとお呼びしているの?」

「年が離れているから、母上というには抵抗があるだろうって言われたんだ。でも多分、セリーナ母さんがいるから気を使ってくれたんじゃないかな」

伯爵は父上と呼ばれたそうな顔をしていたからそう呼んでいる、と彼が続けたので、エレノアは少し笑った。

「上手くいっているのね」

「お陰様でね」

「皆、安心するわ」

「父さんは怒りそうだけど」

ハロルドはため息をついた。彼の実父、ウィリアムは未だに息子が家を出たことに納得していないのだ。その理由がエレノアに求婚したいからというものだったのだから、息子を連れてガーラント家に婿入りした彼としては承伏できないものだったのだろう。もっとも、ウィリアム以外は当のエレノアも母セリーナも戸惑いはすれど怒ってなどいないのだが。

二人は写真に写っていた薔薇園にさしかかった。まだ少し早いのか、イングラム家の薔薇はつぼみだった。ガーラント家の薔薇もそろそろ咲くだろうかと、エレノアは考えた。

「お父様は説得しておくから、今度はハロルドが帰ってきてね」

ハロルドがうんともううんともとれる曖昧な返事をしたので、エレノアは彼の前に回り込む。

「誤魔化そうとしても駄目よ。今年はお母様もこちらに来るし、シンシアも待っているのよ」

そう言って紫の瞳で見上げて、エレノアは小指を突き出した。そんな長らくしていない子どものような仕草が出たのは、バラ園という場所が、彼女の意識を子どもに戻していたからかもしれない。

ハロルドは切れ長の瞳をやや見開いて彼女を見たが、やがて試すようにこう言った。

「エレノアも?」

自分も待っていると口にするのは、なぜか緊張した。熱くなってくる頬を意識しつつ、エレノアは努めてすまして言った。

「そうよ。待っているわ。だから、ちゃんと約束して」

自立心の強いエレノアがねだるようなことを言うのは珍しい。自分でも珍しいことをしている自覚があったので、エレノアはますます頬を熱くした。

ハロルドはそんな彼女の顔から慌てたように視線を指へと移した。

「分かった、約束するよ」

ハロルドの長い指が、エレノアの指に絡む。

彼はそのままほんの少しだけ、きゅっと指に力を込めた。

その瞬間、胸が締め付けられたように感じてエレノアは慌てて手を放した。

自分は今、何をしていたのだろう。もう子どもではないのに。相手はもう、姉弟でもないのに。

「まだ少し冷えるわね。戻りましょう」

くるりと背を向けて言ったエレノアは、建物に入ってもしばらくハロルドの顔をまともに見ることが出来なかった。

その後終始奥方はご機嫌で、伯爵はやや困ったような顔のままお暇の時間になった。

別れ際、伯爵が不機嫌そうな顔をして、

「また来なさい」

と言ってくれた。

エレノアは笑顔で礼を言い、近いうちにまたと約束をした。

走る馬車の中、エレノアは流れる景色を眺める。イングラム伯爵家の長い塀が終わり、徐々に屋敷が遠ざかっていく。

「大切なものがまた増えたわ」

小さく呟いて、エレノアは夢見るように微笑んだ。


次回は一週間後辺りに更新を考えています。

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