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イングラムの祖父

エレノア復職、一度目の会議のあとあたりのお話です。

エレノアは王都のイングラム伯爵家を訪問していた。

ハロルドから伯爵が会いたがっているとの言づてを受けていたのだ。

「イングラム伯爵が?」

思わず聞き返したエレノアに、ハロルドは硬い表情で頷いた。

「そう。エレノアに何とか一度会えないかと、言われたんだ」

「そうなの・・・」

現イングラム伯爵はハロルドの養父にして上司だが、エレノアの亡き父の父、つまり血縁上の祖父でもある。ただ、イングラム家の一人息子だった父がガーラント家の母のもとに駆け落ち同然に婿に入ってしまったこともあり、長年両家は絶縁状態にあった。

今ではハロルドが職場で信頼を勝ち取り、関係を深めたためその溝は埋まっているが、エレノア自身は未だ言葉を交わしたこともない。

そのため、感慨深さと緊張から返答が遅れたエレノアに対し、ハロルドは少し言いづらそうに付け足した。

「伯爵自身は、正式にガーラント家に手紙を書いて招待しようとしていたのだけれど、ヘレンが・・・奥方が、その、情緒がないと言いだして」

やはりきちんとした招待を出した方がよいだろうかと聞く彼に、エレノアは慌てて首を振った。

「もちろん伺わせていただきますと、お伝えして。私こそ伯爵と奥様には、お会いしたいと思っていたの」

そのようにして約束がまとまると、実現に時間はかからなかった。魔法省の重鎮であるイングラム伯爵は多忙なはずだが、どうやらエレノアの休日に合わせて仕事をやりくりしてくれたらしい。

エレノアは淡いスミレ色の訪問着に身を包み、やや緊張ぎみに馬車を降りた。

美しいアプローチを歩いていくと、訪問を告げるより早く重々しい黒い扉が開かれた。

「いらっしゃい」

顔を出したのがハロルドだったので、エレノアはほっと息を吐いた。

初老の執事や女中に挨拶をされつつ、エレノアは屋敷の中を進んだ。さすがは格式高い伯爵家、王都の貴族街でも一等地にあたる通りに建つ大邸宅は、調度もガーラント家の一段上をいく。ただ、華美な印象を受けないのは、現当主の人となりを現している気がした。

廊下をしばらく行くと、日当たりの良いサロンに出た。

そこに見覚えのある目つきの鋭い老人と、奥方らしき女性が座っていた。

「伯爵、ヘレン。エレノアが来ました」

ハロルドに声をかけられ、老人は椅子から腰を浮かしかけたように見えた。ヘレンと呼ばれた奥方の方はそのまま立ち上がり、

「ようこそ、よく来てくれましたね」

と歓迎の意を示してくれた。

エレノアは優雅さを失わないよう努めながら、腰を折った。

「エレノア・ガーラントです。お招きいただき、誠にありがとうございます」

孫として接するべきなのか、子爵家の令嬢として接するべきなのか、酷く迷った末の挨拶だった。しかしエレノアの心配をよそに、奥方は彼女の顔を見てにこやかに微笑んだ。

「本当に、あの子によく似ているわ。ねえ、そう思いませんか?」

「ああ」

伯爵の返事は不機嫌なのかと思うほどの低さだったが、座りなさいと促されたので、エレノアはハロルドと隣り合った席に着いた。

伯爵は型どおりの歓迎の言葉を、エレノアは昨年ガーラント家のために協力してくれた礼を述べ、二人の会話はぎくしゃくとしたものだった。

伯爵の紫の目がずっと睨むように自分を見ていることにエレノアは緊張していた。

しかし奥方は、

「貴方ったら。いくら眺めても眺めたりないのは分かりますけど、目つきが悪すぎますわ」

と呆れたように言った。

それからしばらくすると、エレノアは、イングラム家では口を動かすのは主に奥方の担当なのだと理解した。伯爵は難しい顔で茶を飲み、「ねえ、そう思いませんか貴方」「そうよねえ、貴方」と投げかけられる言葉に対して「ああ」とか「まあな」などと答えることになっているようだ。

エレノアは、記憶のない実の父もここでこうして二人のやりとりを見ていたのだろうかと考えた。

「どうかした?」

ふいに黙り込んだエレノアに、ハロルドが尋ねた。エレノアは迷った末に口にした。

「・・・お父様も、お祖父様に似ていらしたのかと思って」

エレノアの言葉に、伯爵の眼光が鋭さを増した。言葉選びを間違えたかと、エレノアは再びひやりとする。

「今、何と言った」

やはりお祖父様と呼ぶのは軽率だったかとエレノアは思った。

「申し訳ございません」

「いや、そうではない」

エレノアは泣きたくなった。しかし、そこへくすくすと笑い声が挟まる。

「もう、貴方ったら。もう一度お祖父様と呼んで欲しいと、そう言わなければ通じませんよ」

あっけにとられて奥方とハロルドを見れば、彼らはおかしげに笑っていた。そこから伯爵へと目を動かすと、伯爵は何か言いたげに口もとを動かしていた。その目は鋭いものの彼の耳が赤く染まっていたので、エレノアはそれが真実であることを知った。さらに微笑んだままさりげなく涙を拭く奥方の姿を見れば、エレノアもようやくほっと息をついた。

奥方は言った。

「ごめんなさいね、エレノア。貴方のお祖父様はね、ご覧のとおりものすごく不器用な人なのよ。仕事の話ならぺらぺらとよく動く口なのだけど」

お祖父様、と嬉しそうに彼女が口にしたので、エレノアは安心する。

「気を悪くなさったのでなければ、安心しました。あの、お祖母様」

「ふふ。いいものねえ、孫娘がいるというのは。うちの男達は仕事の虫だから、我が家には潤いが足りないのよ」

奥方の言葉に、伯爵は憮然としハロルドは肩をすくめた。

「ほら、この二人って似ているでしょう?貴方のお父さんは私似だったから、この人たちをみていると、そっくりで面白いわ。仕事が好きなところとか、愛情表現が下手なところとかね」

「そうなのですね」

それから奥方はエレノアにたくさんの写真を見せてくれた。皆、エレノアの父の写真だった。長年伯爵の意思でしまい込まれていたというが、染み一つないそれを見れば、大事に保管されていたことは明白だった。

「これはこちらのお庭ですか?」

エレノアは薔薇の咲き乱れる庭の写真を指さした。奥方は嬉しそうに答える。

「そうよ。あの子はよくこの庭を走り回っていたの。そうだわ、ハロルド。エレノアを庭に案内してあげたらどう?」

意味ありげな視線にハロルドはひるんだような顔をしたが、すぐに奥方に窘められる。

「駄目ですよ、ハロルド。変なところまで父上に似なくていいのです。機会を無駄にせずきちんとアプローチするのも、淑女への礼儀です」

叱咤されたハロルドは苦笑した。

しかし、一度ハロルドの求婚を断っているエレノアは恐縮した。求婚されたときは突然で驚いたが、ハロルドのことは嫌いではない。もちろん実父の実家であるイングラム家に不満のあるはずもない。ただ、何を説明しても断ったという事実の後では上滑りする気がして、エレノアはただただ顔を赤らめた。


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