朝 白鷺家の日常
可もなく不可もなく淡々と…をモットーにこの物語は進みます。まる
社会復帰の第一歩は健康な生活から―――。
壁にデカデカと貼られた和紙。
そして、力強くデカデカと書かれた一文。
満足したようにその前で頷いた少年―――春は、楽しげに部屋を後にした。
時刻は朝の四時。
寝ぼけ気味の太陽が、漸く起き出そうか迷う時間帯である。
とっとっと―――。
軽やかな足音を響かせて少年は、台所へと到着する。
「一つ、健康な生活は朝食から…―――」
徐に冷蔵庫の扉を開き、野菜、肉を取り出し適当な大きさに切り刻む―――素手で―――。
指を鳴らすとスイッチを押していないはずの、ガスコンロに火がつき、置かれたお鍋に注がれた水が一瞬で沸騰する。
「材料は農家さんの丹精込めた有機野菜と、のんびりと広いところで育てられた豚のお肉。
調味料は愛情たっぷりの魔法のスパイス」
雀の歌声のように静かに歌いながら、少年は野菜とお肉を鍋に入れ、さっと洗ったお米を炊飯器に押し込み、まるごと一匹冷蔵されていた魚を空中で一瞬で三枚に下ろし。
五分後には、なぜか炊きたてのご飯と、焼きたてのお魚と、じっくりコトコト煮込んだ肉と野菜のスープが、漸く起きることを決意したらしい朝日の下に晒された。
「―――いただきます」
それから三十分。
ご飯、魚、野菜スープの順番で咀嚼が続くので割愛。
「ごちそうさま―――」
ご飯を綺麗に平らげると、さっと洗い物を済ませ春は、部屋へと足を運ぶ。
向かった先は、殺風景な部屋に置かれた数少ない家具の一つ、箪笥。
「一つ、健康な生活には適度な運動が欠かせない」
その一番下の段を開けると、黒いウィンドブレーカーの上下を引っ張り出し着込む。そのまま、階下へ歩を進めると玄関の扉を開け彼は外へと飛び出した。
家の前で軽い準備運動を終わらせ、走り出した。
最初は早歩き程度の速度で、徐々に早く、最終的には土を蹴り出す音だけを残して、春は一陣の風となった。
そのペースで走り続け一時間ほどで家へと返ってくる。
汗を流すために軽くシャワーを浴び、ブカブカのシャツ一枚の格好になると、彼は自室へと戻った。
「一つ、健康な生活には適度な睡眠……、ふわっ…」
そして、そのままベットへ横になる。
五分後には静かな寝息が部屋を支配する。これが、数年前から続く春の毎朝の日課であった。
時刻は朝六時。
夏が目を覚ます時間である。
「兄貴ー…」
部屋を遠慮がちにノックし、少しドアを開けパジャマ姿の夏が顔を覗かせる。
その先には幸せそうに眠るいつも通りの兄の姿があった。
「寝てるなー…、目的はともかく社会復帰する決意は固めたみたいだから、期待してたんだけど…」
呆れたようにため息をつき、扉を閉める。
そして、その足は台所へと向かった。
ご飯を盛り、魚を平らげ、スープを飲み干す。その時間わずか五分。
「ごちそうさまー…」
毎朝の朝食は一体だけれが作っているのか、その疑問は彼女には存在しないようだ。
使った器をシンクに投げ込み、軽くシャワーを浴びると制服を着込み、学校の準備を終え、彼女は青春の一ページを刻みに旅に出る。
毎朝、自分が使う前に、お風呂場が使用された痕跡があるのも、近所の早起きの老人が、毎朝自分がランニングしていると勘違いしているのも、洗濯籠に投げ込まれている黒いウィンドブレーカーも、兄の部屋にデカデカと貼られた文字も、彼女の目には止まらない。
「じゃあ、兄貴行ってくる…、今日は、がんばれたらいいね」
朝は弱いらしい夏は、未だに起きようとしない低血圧な頭を揺らしながら、白鷺家の玄関を後にした。
誤字脱字ツッコミなどありましたら。