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◇ ◇ ◇
「で、ジャンボ。どうだった?」ただいまを聞くと同時に、双葉は帰って来るなり問う。
「何の話?」と長兄と末弟は顔を見合わせる。
「行きは747だったんだろ?」
「ああ、そうだったねえ!」はい、お土産、と双葉にクリアファイルを渡したのは一馬。
「普通に飛行機だったよ、なあ」兄の問い掛けに答えて、三先はうなずく。
「違いがどうのって言う人の気がしれなーい。だってただの乗り物じゃん」
「ええー? そんなはずはなかろう!」
「あるんだよ。お前こそ、模試はどうだったんだよ」
「楽勝に決まってるだろ!!」
双葉はかなりがっかりした様子で、いち、にい、さん、し? とクリアファイルを数えた。
「枚数、多くね?」
「うん、空港で武先生に会った。奥さんも一緒だったよ」書斎から出て来た父に向かって言う。
「ほう、おふたり揃ってか」
「法事だって言ってた」
「お父さん! おじいちゃんのこと、教えて!」三先は、はいはいと手を上げた。眉尻をあげて一馬を見る父に、少し肩をすくめて一馬は答える。
「武先生と少し、話したんだ。迎えに来てた人がね、戦後間もない頃のおじいさんを知ってる様子だった」
「……先生は広島には縁故の人がいると仰っていたな、たしか医院を営んでいると」父は頤を押さえながら言う。
「僕だけ知らないっぽいんだもん、それいやだ!」毅然と言い放つ末弟に、父は答えた「考えておこう」
「考えるだけじゃだめ、教えて。今すぐ」
「近いうち必ず」
「だめ、今日がいい!」
末弟と父の押し問答を横目にして、食卓の上にどんと置かれた持ち帰り用パックを並べながら双葉は言った。
「飛行機乗ってお好み焼き食いに行ったのかよ、信じらんね」
「文句言うならあげないし。美味しいのにさー」あっさり興味が父から兄へ写った三先は澄まして言った。
「誰もいらないって言ってないだろ」と双葉は口を尖らせた。
「どこで食って来たんだよ」
「うふふ」三先は含み笑いをする。
あのねえ、と手元のスマートフォンを出したところへ。
ぴんぽん。
ドアフォンが軽やかに来訪者を告げた。
応答を待つまでもなく、響き渡る少女の声がする。
どんどんとドアを叩くのは、兄弟たちのいとこの愛美だ。彼女は言う、「LINE、見た!」と。
「LINE?」慎一郎は眉間に少し皺を寄せ、末弟を見る。
「メッセージはお前にはまだ早いと言ってなかったか?」と末弟へ諭すように。
「うん、でも、兄ちゃんとマナ相手ならいいだろ?」
「誰宛かは関係ないぞ」
「だってお母さんがいいって言ったんだもん。メールよりやりとり楽だから、って」
子供たちにスマートフォンを与えるにあたり、夫婦は少し話し合った。子供にスマホはいらないという父に、きちんと監督していればいいのよ、という母。結局、母の言い分が通り、子供たちは一様に「お母さんありがとうー」と喜んだ。
使うソフトを選別するのは母親の役目。
だがしかし。LINEを使わせるのは反対していたのに。どこで変節したというのだ。
妻が仕事から帰ってきたらこの件で一度話し合わなければ、と慎一郎は思った。
「三先! 画像見たよ!」
息せき切って入って来た愛美は、背後に父を従えていた。娘に振り回されっぱなしの彼は、苦笑をしながら慎一郎に会釈した。
「親父さんとお出かけ?」一馬の問いにはあっさり「違うよ!」と返す。
「今日ね、塾で保護者面談があったから。誘ってあげたの」
それはお出かけの部類に入らないのか? 女の子はよくわかんないなあ、と一馬はひとりごと。
「それより、ねえ、これ本当??」
愛美がまるで印籠を差し出すように掲げたスマートフォンの画面には。
『麗ちゃん』の一文字が、白地に真紅で描かれた暖簾が大写しになっていた。
末弟が探し出し、長男が次男には内緒と目配せし、広島行きの動機にもなっていた店名だった。
これは戦争や原爆などで働き手を失った者たちの歴史を物語る名残のひとつで、広島のお好み焼き店は店を切り盛りしていた女性たちの名前をもじった屋号が多いのだという。
「うん、さっき行って来たとこ」
「どこ!!」
「広島」
「ひろしまあ??? 遠いねえ」
「広島駅の駅ビルに入ってるんだよ、『麗ちゃん』ってお好み焼き屋さん」
「行く!!!! 絶対!」
年代ばらばらの男性陣に混じってひとり、嬉々として手に持つスマートフォンを操作し、電話をかける愛美は、相手が出るやいなや宣言した。
「麗! 麗ちゃんに行こう!!!」
即反応したのは、愛美の父と双葉だ。
「愛美! 相手は麗か!!」
「えー? お父さんの声がするって? 気のせい気のせい」愛美は手を払って父親にあっちへ行けとすげない。
「気のせいじゃないぞ! 麗! 俺はここにいる!」愛美の父は気炎を吐くが、「お父さん、うっさいよ!」と娘に邪険にされるばかりだ。
「ふたりきりで行かせるもんか!」愛美の父親を押しのけて割り込むのは双葉だ。
「マナが行くなら俺も!」
「双葉もうっさい!」愛美は父親以上に冷たく双葉へ言い切る。「気易く『マナ』って呼ばないでくれる?」
「広島行くなら僕も―僕も―」ただ混ぜっ返すばかりの末弟はひらひらと手を振る、「場所、案内したげるよー、兄ちゃんも行くって」
「え、俺も?」従妹が来るとにぎやかになる一方なので、生ぬるく放置する一馬は、いきなり同じ場に引き出されて振り返る。
「そう、『俺』もー」
母親譲りの笑顔を満面にたたえてはいるが、目は笑っていない末弟がじっと長兄を見る。ひとり輪から抜けるのを許すまじ、というわけだ。
「柴田のおじさんが一緒なら、今度はお巡りさんにつかまらないよ、ね?」
「つかまる? 何かやらかしたのか、三先。また職質かあ?」
「知らないよう、ねえ、一馬?」
「ね、ここのお好み焼き、美味しい?」
「うん! みんなおすすめで選べないよ! 餅もうどんもそば入りも捨てがたいしー。今だと季節限定で牡蠣が食べられるんだ、そばもうどんも餅入りもあるんだよ」
「うわー、迷う! 牡蠣大好き! ひとつに絞れないし、そんなにひとりで食べらんないよう」
「全員ばらばらに注文すりゃいいんだよ、少しずつでもたくさん食える」
「いいねえ! 決まり! そうしよう! だから双葉。来てもいいよ、広島」
「何だよそれ!」
子供たちが子供たちのみでわいわいと盛り上がる様子を、三歩下がった所から目を線にして眺めていた慎一郎は静かに問う。「スポンサーは誰がつとめるのかな」
「もちろん!」愛美と双葉は口を揃えて叫ぶ。
「麗ちゃん!」
「柴田のおっさん!」
ふざけるなあ! と愛美の父が口を出すより早く、「ばかもの!!」と声が上がる。
三兄弟の父、慎一郎からの一喝だった。
◇ ◇ ◇
限りなく満月に近い日曜の夜、柴田麗は事務所でひとり、こめかみを押さえていた。
珍しく終わらない仕事を時間にとらわれずに、のんびりゆったりと片付けていたわけだが、机上の携帯電話からは声が漏れている。
かけてきたのは友人の娘である愛美だ。電話の向こうではわいわいとにぎやかな様子が漏れ伝わってくる。
ひとり静かに時を過ごしたくても、愛美は時折こうやってこっちの都合かまわず割り込んでくる。
今だってそうだ。話の趣旨が読めない電話を、こちらにかけ、繋がったままであることをすかっと忘れているに違いない。
いい歳した大人が、ティーンエイジャーの、しかも女の子の気紛れにいちいち付き合う謂われはない。
が。
通話ボタンをオフにできず、相手が出てくるのをどこかで待っている自分。
何故だ?
何故、あの娘からのコンタクトを自分から断つことができない?
月明かりに照らされ、かけていた眼鏡の蔓を軽く唇で食みながら。
いつ止むともしれぬ賑わいを耳にして、どうしたものやら、と麗は深く大きくため息をついていた。
後書きという名のあがき
はじめましての方も、二度目、三度目…それ以上の方も。
作者です。
ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
今度は2013年11月に、実際に747の里帰りフライト便に搭乗し、
広島を訪問した経験を元に書いた本作、
こんどはあまりジャンボジャンボしないようにしました。
前作があまりにマニア臭強すぎましたので(大笑)
で。
麗ちゃんというお好み焼き屋さんは実在します。
広島駅の駅ビルに入ってる、白地に赤文字の麗ちゃんが麗しいお店です。
10月に函館へ飛んでから日が浅いうちに今度は広島だなんて。
そんな暴挙を繰り出したきっかけが、
お好み焼き屋さんの店名ってのも…アホですね。
しかも、10月中ごろから、牡蠣入りお好み焼きが期間限定で食べられるんですよ、
話のネタに、こりゃー行って見ないわけには…
いや、普通は思わないよ。
しかしー。
お好み焼き、うんまかったです。
あれこれ頼みたいけどボリュームがあって1枚が限度。
餅入りもうどん入りも注文したかったけど、
自分の分と持ち帰り分をオーダーするのが限度でした。
持ち帰りは容器代が加算されるんですが、
出して後悔のないお味でした。
で、お店ではぐはぐ食べてる時にですね、
2人で8枚頼んだ人がいまして、
店員さんが「2人で8枚? 持ち帰りじゃなくて食べてくの?
ホント???」と連呼してたのがおかしかったですねえ、
8枚オーダーで正解だったようです。
全部その場で食べたか、持ち帰り分含めてなのかは確かめてません。
広島は初めての訪問でした。
現地へ向かう際に上空から見る、山陰と瀬戸内、
空港から望む逆光の四国がきれいで、
日本って島と山と海と霧ともやの国なのだなあ、とうっとりしました。
里帰りフライトで人のあたたかさを感じたのは函館以上。
滑走路の際のフェンスまで人が鈴なりになり、
個別の顔がすぐそこまで見えるんですよ、
みんな手を振って747の来訪を歓迎してる。
なんか…ぐっときて目頭が熱くなりました。
たかが乗客の私ですら心動かされる光景だったんです。
操縦士さんは…もう涙ぼろぼろものだったのではないかなあ、と思ったりしましたよ。
原爆ドームに資料館、
市内を走り回る交通網である市電、
川が作り出す都市と町並みがとても心地良く、
丁度良いものが詰まっている都市だなと強く感じたんです。
お恥ずかしながら、私は東京と大阪しか知りません。
ある程度おおきい都市の機能的なところとそうでもないところは
「都市」である以上甘受すべきであると。
そーいうものだと思っていたのですが、
いやいや、そうではないかもしれない、
もっといろんな所を見て、自分なりの良さを見いだしたいと。
発見したいと。
そんなことを感じたのです。
もし、御縁があって他の地域に引っ越せるなら、
広島を第一候補に挙げますよ。
それぐらい気に入ったんです。
広島、また絶対に行きます。
今度は街中をてれてれ歩き回って自分なりの穴場を見つけに。
そしてお好み焼きともみじまんじゅうを山程買って帰るぞ。
なんだ、胃袋が気に入っただけじゃないか。
もう、私ったらー。
……では、この辺でいつもながらの結びの言葉を。
ここまでの御拝読、本当にありがとうございました。
いつも感謝しています、もう、読んで下さる方がいらっしゃるから
ここまでがんばれます。
拙い本作ではありますが、少しでも皆様の時間つぶし以上のものになっていれば幸いです。
次は、秋良メインで1本、年内に上梓できればいいなと思っています。
作者 拝