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◇ ◇ ◇



半月ほど前のことだ、父親と双葉が函館へ飛んだのは。


747の里帰りフライトを探してきたのは母親と一馬だった。


あくまでも情報として伝えたつもりだったのに、行って帰る往復するだけフライトにホントに出かけるとは思ってなかった。


帰ってからのふたりはといえば。


双葉は「日本一、字が上手い操縦士になる!」と宣言をし、あっという間に行動に移した。


秀才肌の一馬に天才肌の三先に挟まれ、馬鹿ではないけど今一歩足りないと言われ続けていた双葉は、がりがりと机に向かうようになった。


一馬はかけた時間が無駄なく成果に繋がると自他ともに認められている。ひらめき型の三先は問題を見るとあっというまに回答を導き、答えを出せる。あまりにも鮮やかで弟ながら羨望すら感じてしまうくらいだ。


上と下とに挟まれていっこうに目立たないが、兄は知っている。双葉は地味なようでいて愚直に努力できるタイプだ。三兄弟の中で誰より確実に、望むゴールへ辿り着けるのは双葉だろう。


操縦士はわかる、母親は客室乗務員だ、航空業界を目指す動機は他の家庭の子供よりは強くもなる。


が、字が上手いとは何を意味するのか。


理由を聞かれた弟は、兄に二枚の紙片を渡した。


父と弟が搭乗した便の搭乗証明書だった。ここには747の画像に搭乗した日付と便名、操縦士のサインが記されている。サインは残念ながら印刷だが本人たちの筆跡だ。


……納得した。


双葉は、「字を習うなら伯父さんだ!」と書道家である伯父の門を叩いた。


「甥の頼みなら聞いてやりたいところだが、楷書をきちんと書くなら」と伯父は、妻である伯母にバトンを預けた。


伯母も大変きれいな字を書く。快諾された弟は、週に一度、学校帰りに伯父の家へ寄るのが通例となった。


「しかし、どういった風の吹き回しだ、書道習いたいなんて」と言う伯父に、兄へしたように搭乗証明書を見せた。ひと目見て伯父は宣った。


「こりゃあ……。今の双葉の字でも充分だろ」と。


当日の機長2名の名誉の為にも、字面がどうのこうのとは言ってはならないと一馬も思った、つまり、社会人になると人前でサインをする機会が増えるから、体裁良い字を書けるようになりたいという弟の言い分はわかった。


単にええカッコしたいだけかもしれないが。


そして父は。


元々整理整頓に長けている人だったが、それに輪を掛けて片付けをしだした。


母親とも長時間話す時間が増えた。


何を話し合っているかはわからないが、父も弟のように何かを始める準備に入ったのだと思った。


本当に父と弟は行動パターンが似ている。


その、何かを得たふたりが少し羨ましくなったのか、末弟の三先が言い出した「僕も飛行機乗りたいなあ」と。


これこれ、とパソコンの画面を指した先は、里帰りフライトのスケジュールだった。


「俺はもういいよ、模試もあるし」と双葉は言い、「その日は所用がある」と父は言い、「また違う航空会社の便でお出かけしたいの?」と母はちくちくと宣った。


「私もお仕事があるから無理だわ。別の機会でもいいのではなくて?」と言う母へ、「やだ!」と三先は即答した。


「僕、行きたいんだもん」


「ダメよ、小学生ひとりで遠出はさせられません」


「兄ちゃんが一緒に行ってくれるって」


「え? 俺?」


ね、いいよね、と隣の部屋にいた長兄へ、三先は爆弾のように問題を丸投げした。


要領がいいんだから、こいつは!


パソコンから顔を上げた長兄を、母と末弟がじっと見る。


……そっくりな顔して、こちらを凝視するなあ!


ただ黙っていた兄へ。


「いいって」と末弟は言い、「一馬、ありがとうね」と母まで倣った。


だから、どうしてこうなっちゃうんだ!


渋い顔をしてももう遅い。


「けっていー!」と言いながら三先はパソコン操作をし、途中で母親が操作を変わって、広島行きに席は2つ確保されていたのだった。


妻と子供たちのやりとりを後ろから聞いていた父は言った、「お前たち、広島は初めてだっただろう」


「うん!」三先は調子がいい。


「俺もだ」おとがいに指をあてて、一馬は一拍遅れて言った。


「せっかくの機会だ、原爆資料館へ行くといい。空港から市内まではさほど時間はかからないし、移動もバス便が整っている」


「ええー、車渋滞したらどうするんだよ、初めて行くところは時間読めないから恐い」


「一馬、安心しなさい」父は断言した。「東京を基準に考える必要は一切ない」と。


母も強く縦に首を振っていた。


「一馬、これ見て、これ!」三先はpcを指さし手招きした。


どうして弟たちは兄を呼び捨てにするのだ? いいんだけどさ。


早く早くと言う弟に促され、見た画面に、一馬は吹き出した。


「ね、ここ行こうよ、僕行きたい!」


「妙なもの探すのはうまいな」


「悪くないでしょ」


「悪く、ない」


長兄と末弟は顔を見合わせる。


「画面、閉じとけよ」


「うん」


「場所、俺が控えておくから、キャッシュも消すんだぞ」


「うん、もち! 内緒にしとくんだからねえ」


ふたりはソファにひとり座ってペン習字の教習本を見ている双葉をチラ見していた。


双葉には内緒。


これを合い言葉に長兄と末弟は広島へ到着した。


少しだけ、父と弟が変わったようなきっかけが訪れるかと期待してのことだったのだが。


半日の日帰り旅行とはいえ、何が起きるかわからない。


降りて早々警備員につかまり、知人に空港で会い、よその人の車で目的地へ向かっている今、予定通りにいかないとはこういうことをいうのだ。


山が近い。反対側に見える遠くに霞む山々は四国だろうか、と一馬は右手の窓の外を見ながら思う。靄なのか霧なのかわからない水蒸気が山肌を覆っている。空も曇りがちで、日が差し込む気配はない。


そういえば、乗り込む前に見た車体の脇には、○○医院と書かれていたっけ。


「お医者さんなんですか?」と問うと、「そう。僕も、息子も」と男性は運転席を指差す。


「父さんの影響で、医療に従事することになった」


ん? と兄弟は首をひねった。


「先生、もとがくちょ、だよねえ」


問う三先に、ははは、と武は笑って答える。


「随分昔の話だよ。僕、最初は医学部にいたんだよねえ、医者になりたかったの。中断しちゃったんだけど。ちらっと話したことをこの子が覚えててさ、僕の代わりに医者になっちゃったの。世の中、何がきっかけになるかわかんないもんだねえ」


ははははは、と武はさらに笑う。


はあ、と生返事した一馬は知っている。医学部進学はいろいろな意味で昔も今も難関中の難関だ。戦時中はさらに難しかったのではなかろうか。医学部を中退して、教授になって、しまいには学長にまでなった。この先生はただものじゃない。


「ところで君たち、名前は?」広いワゴン車の中、初老の男性は問う。


「僕は高遠一馬。こっちは三先です」


「です」言葉尻を取って三先は頭をぶんと下げた。礼のつもりらしい。


「彼らはねえ、教え子の子供なんだよ。そうそう、尾上君ところの」


「ああ、じゃあ、お父さんは尾上教授なんだね」


「はい、そうです」


「話にはよく聞いてるよ」


そうか、と男性は前の席で頷いている。


「名字違いだって……言わないんですか」一馬はつい聞いていた。


「そりゃ、教え子だった人のことは父さんからいろいろ聞いていたから。君たちの父親のことは特にね」


……何を聞かされていたんだろう。知りたいけれど聞かずにおいておいた方がいいような気もしてくる。


「尾上君が学生だったころは印象的な学生が集まった年だったからねえ、話題になりやすかったんだよねえ。どうなの。まだ四人組で集まってるの」


「田中おじさんたちのこと?」三先は聞く。「だったらこないだも家にきたよ。三人、来たよ」


「そうかあ、彼らもまだ付き合いが続いているんだねえ」武は感慨深げだ。


そうだ、と武は手をぽんと叩き、助手席に座る男性へ向けて言った。


「お前、覚えてるかい、慎君。会ったことあるだろう?」


「慎? 誰ですか?」男性はうーーんと首を傾げる。


一馬も瞠目した、彼が知っている『慎』という名を持つ人物は、父親の父親のこと。相当前に死んでしまった、顔も見たことがない祖父以外にいない。


「この子達は慎君の孫なんだよ」

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