表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

本編

 書いてるうちに予告文章とは微妙に違っちゃいました。本当に申し訳ないです。

 R15の基準がいまひとつ分からないのでR15タグをつけませんでしたが、残酷な描写はたっぷりあるので15歳未満の人も15歳以上の人も、そのつもりで読んでいただけたらと思います。

 三人の女子の手が、私に迫る。逃げようとした。もう耐えきれなかった。

「ほらあ、暴れないでよ」

 岸田が私の腕を掴む。もう片方の腕も木代に捕まれた。それでも私は暴れた。無駄だとわかっていても暴れた。

「大人しくしろって」

 岸田にこめかみを殴られた。ごつんと骨がぶつかる音がわんわん響く。もはや岸田は手慣れていた。痛みに顔をしかめるうちに手首を鉄棒の両端に縄跳びでくくり付けられた。

 寂れた公園だ。他の人なんてほとんどいない。裏の工場の音がうるさいせいで人が寄り付かないのだ。叫んでも助けが来たことはなかった。

「やめて、お願い。お願いします」

「うるさいなあ、こいつのキモい声聞いてても萎えるだけだわ」

 木代が私のポケットから財布とハンカチを取り出す。あっ、と声をあげたところへハンカチを口に押し込まれた。吐き出そうと思ったときにはもう、その上からテープのようなもので塞がれていた。もともとここで声をあげたところで誰にも聞こえたりしないけど、くぐもったうめき声しかあげられなくなった。

「なあんだ、全然中身入ってないわねこの財布。誰かに先越されちゃったのかな」

 木代が私の財布を投げ捨てながら言っていた。ひどくのんきな声だった。

「ごめん、それあたしだ」斉藤が笑った。「昨日あたしがもらったんだよ。欲しいCDあったから」

 さもそれが当たり前の権利であるかのように斉藤は、クラスのみんなはそういうことを言う。

「さあ、嫌なことは野々村ののむら殴って忘れよう」

 岸田が楽しそうに言ったかと思うと私の目の横を殴った。思わずくぐもった悲鳴をあげた。

 斉藤に髪をつかまれ、頭を鉄棒に叩きつけられた。痛みでがんがんする。喚くことすら出来ないでいた。

 木代は自分の鞄から保温瓶を取りだして、服の中に熱湯を注いできた。熱さのあまり暴れだしそうになったところを三人がかりで殴られた。

 ライターの火で腕を炙られたり、ビンタされたり、脚を蹴られたり。執拗に繰り返された。

「よし、じゃあ本番いこう」

 三人のうちの誰かの、この上なく明るい声が聞こえた。

 へその上あたりに衝撃を受け、一瞬遅れて鈍い痛みが襲ってきた。

 殴られたのだ。

 感情とは無関係に目に涙がにじむのを感じた。

 口を塞がれているので許しを請うことも出来ない。

 呻く暇もなく二発目、三発目が飛んでくる。

 胃が気持ち悪い。熱いモノがのどの近くにまでせりあがってくる。強い吐き気だ。そういえば昼休み、無理矢理たくさん食べさせられた。いつもは私にパンをおごらせるくせに今日はあいつらが自分で買ったパンを嫌というほど食べさせられた。もしかしてこれがやりたかったがために?

 嘔吐感に耐え切れず私は吐いた。いや、吐けなかった。口が塞がれていたからだ。口にまでのぼってきた反吐を吐き出すことも出来ずに再び飲み込まざるを得ない。そうして苦しんでいる間にも奴らは殴るのをやめなかった。まともに息さえ出来ない。あいつらはこの為に口を塞いだのか。苦しいなんてものじゃなかった。地獄だ。自分が狂ったように呻いているのを感じた。死ねるものなら死にたかった。私は地獄の中でもがき苦しんでいるのに奴らは笑っている。

 どうして私がこんな目に? 私が。私だけが! どうして! もう嫌。勘弁して。どうして私が! 死ね! 助けて! もう嫌だ! 死ねっ! いい加減にしろ! くたばれ! もう嫌! 死ね!

 いくら反芻しても答えをくれる者はいなかった。


 *


 目が覚めると奴らはいなかった。夕暮れだ。あたりはミカン色に染まっている。工場のプレス機のやかましい音だけが響いていた。

 私は吐瀉物の池に倒れていた。縄跳びとテープは外されている。

 よく窒息死しなかったものだ。正直今回は死んでもおかしくないと思っていたから。

 とりあえず今日は解放してもらったらしいなと思いながら誰もいないであろう家に帰った。ロクでなしの父親と二人暮らしだが、どうせあいつは今日もどこかで飲んだくれているのだろう。

 私が住んでいるのは団地だ。そして父はその団地の持ち主でもある。そのおかげで働いていなくても金が入ってきて、何とか食いつないでいられるわけだ。

 部屋に戻ると案の定誰もいない。とりあえずカラスの行水程度だが入浴をした。吐き倒したせいでお腹がすいてたけど食欲はまるでなかった。

 それよりも、最近おかしなものが見えるようになったのだ。そっちの方が興味を惹かれた。

 ヤニが染みた壁にぼんやりと男の子の影が……視える。そんな気がしているだけなのかもしれない。最初は壁のシミだと思っていたのだ。それが日に日にくっきり見えるようになってくる。

 今日もまた見えた。はっきりと見えた。本当にそこにいるように……いやこれは本当にいるんじゃないだろうか。そう思って触れようとしたが適わなかった。

 男の子といっても私と同年代ぐらいに見える。中学一年生か二年生だろうか。やや童顔で端正な顔立ちをしているといっていい。いや、凄くかっこいいと思えた。メヌエットのような優しい表情をしている。一般的に見てどうなのかは分からないが少なくとも私にとっては……ありていに言えば好みのタイプだったのだ。

 そして今日、彼は初めて口を開いた。

「ひどい目に遭ったね」

 思わず息を飲んだ。最初は壁のシミだと思っていた男の子が喋ったのだ。

「あ、あなたは……」

「おれもさあ。いじめられてたから分かるんだよね。本当、人間とは思えないようなことするんだよな、あいつらってさ」言いながら彼は楽しそうに笑った。

 気がつくと彼は畳に胡坐をかいている。そうだ。たしかにそこに居るように見える。見えるがしかし存在感がない。生気のようなものが感じられない。

「あなた誰?」

「あれ、知らなかったの。おれは木下りょうっていうんだ。ほら、思い出してよ。知ってるはずでしょ」

 木下良……?

 そんな名前は初めて聞いたように思えるが……いや。どこかで聞いたことがあった。

「あ、ひっでえ。忘れちゃってるなー。じゃ、ヒントねヒント。最近ニュース番組やワイドショーを騒がしてるあの人だよ」

 彼は無邪気に笑っていた。

「あ!」

 その単語を聞いて思い出した。

 木下良……という名前はたしかにニュースを騒がしている。騒がしているがしかし、これは一体どういうことだろうか。

 私の記憶が正しければ彼はもう、“死んでいる”はずなのだ。

「あの……いじめを苦に自殺した、っていう……最近ニュースでよく言われている?」

「そうなんだよ。いじめが酷くってね」

「え……じゃあどうして今ここに……死んだんじゃ」

「分からないかなあ」彼は肩をすくめた。「幽霊ってやつだよ」

 私は再び息を飲むことになった。幽霊?

 幽霊なんてものを信じたことはなかった。なかったが事実ここにそれを自称する男の子が居て……。

 たしかに妙に存在感がない。触れることも出来なかった。ちょっと前まで壁のシミがぼんやりと見えていただけだった。普通の人間じゃないことは分かるが、しかし……。

「そりゃあいじめを受けて自殺しちゃったら成仏なんて出来ないよな、はは、ははは」

 自称幽霊の彼はけたけた笑っている。それは朗らかに。

「どうして私の家に」

「ん、ああ」彼は頬を指で掻きながら、「君がほっとけなくてさ」

「私?」

「ひどいことされてたようじゃないか。おれなら自殺してるね。歳も近いし、ほっとけないんだよ。いや許せないって言った方が近いか。おれはね、ああいう連中を見ると殺してやりたくなるのさ」

 私は笑った。

「何が出来るっていうのよ、あなたに」

「君に酷いことをしたやつらを血祭りにあげるぐらいなら」

 幽霊は冷たく笑った。ぞっとした。

 ぞっとしたが、私は笑っていた。笑っている自分にしばらく気が付かなかったが、考えてみれば作り笑い以外で笑ったのは本当に久しぶりだった。

 彼は、魅力的だった。

 私と彼は色んなことを話した。話題ならいくら話し続けていても尽きることはなかった。木下くんとは面白いほど馬が合った。

 こんなに長い間他人と仲良く談笑したのは、いつ以来だろう。こんなに胸が軽く温かくなったのは、いつ以来だろう……。

「これから先は何があってもおれが守ってやるよ。……なんてね、くくく」

「自殺しちゃった人が言っても説得力ないなあ」

「いやいや大丈夫だよ。だってほら、すでに死んじゃってるからもう自殺は出来ないだろ?」

「そりゃそうね」

 いつの間にか私は彼が幽霊であるということに疑問を抱かなくなっていた。彼との温かい時間が、そんなものを吹き飛ばしてしまった。

「いじめっこたちに好き放題やられて死んじゃったろ、おれも。だからさあ、もう黙って見てられないんだよね。きみをいじめるやつらにも思い知ってもらいたいんだ」

「そんなことが出来るの?」

 私が訊くと、幽霊の木下くんはにっこりと笑った。百点の答案を親に見せようとする小学生の笑みだ。

「……出来るよ、今のおれには。なんなら今からでもやってみるかい」胡坐をかいていた木下くんはずいっと上体を乗り出してきた。「木代の携帯番号、知ってるだろ」

「……知ってるけど」

「かけてよ」

「えっ、でも……何を話したら――」

「いいから。とりあえず」

 私は言われるがままに木代の番号に電話をかけた。……何をやっているんだろう、幽霊みたいなやつの言うことを真に受けて……。

「もしもし、木代だけど」

 耳にするだけで胃を串刺しにされるような恐怖を感じさせる声。

 言う言葉を探していると、木下くんが携帯を私からひったくった。

「やあ、木代さんかい」

 携帯電話を手に持ちながら彼は私の代わりにそう言った。信じられなかった。さっき私が彼に触れようとしたときは、すり抜けてしまったのに、彼には携帯電話を掴むことが出来たのだ。

「やあ、木代さんかい」

「……あんた、野々村?」

「違うよ、おれは木下良っていうんだ。悪いんだけど、夕方の公園に来てくれるかなあ、今から」

「はあ? あんた頭でもおかしくなったの?」

「おれ、見ちゃったんだよね。きみらが野々村さんにひどいことしてるのをさ」

「本当に気が違っちゃったみたいね。切るわよ」

「写真も撮ったんだよ。今からの君の態度次第では返してあげてもいい」

 スピーカーホンに設定した覚えがないが部屋が静かすぎるせいか二人の会話は私の耳にもよく聞こえた。写真というのは無論“嘘”だろう。あのとき周りに人なんかいなかった。

「『君の態度次第では』? 偉くなったもんねえ随分と。ふん、そんなに言うならいいわよ、会ってあげても。……痛い目に遭わせてやるよ」

 信じられないくらい冷たい声だった。背筋が凍る。

 電話は切れた。

 木下くんは電話を私に返すと、すっくと立ち上がった。

「どうするつもりなの」

 彼は楽しそうに笑いながら答えた。

「痛い目に遭わせてやるんだよ」


 *


 最初はついていくつもりなどなかった。しかし彼の深淵のような瞳に見つめられると、どうしても、魅入られるように足が彼の後を追っていく。時刻はもう七時過ぎだ。あたりは暗い。川には真っ黒の水が流れていた。

 公園にたどり着く。

 相変わらず工場のプレス機が騒音をたてていた。

 五メートルほど前に、バタフライナイフをひらひらさせている木代が立っていた。にたにたと悪意以外のものが感じられない表情をしている。

「んで? 写真とやらはどこにあるのかなあ? ねえ、野々村ァ」

 体が凍ったように動かなかった。写真? 私に訊かれても困る。そんなものはおそらく無い。

「よく来てくれたね。素直に来てくれたから、写真は渡すことにするよ」木下くんが大袈裟に抑揚をつけながら言い、木代の方へ歩きながらポケットに手を入れる。「この中に入ってるんだ」

「ふうん、そうなんだ」

 木代はくすくす笑っていた。木下くんがピエロにでも見えているようだ。写真のことはまるで信じていない、当然だが。

 木下くんが凄まじい勢いでポケットから拳を出すのと、木代がナイフを振り上げたのはほぼ同時だと言っていい。

 彼はポケットから出した手をその勢いに任せたまま木代の顎に炸裂させたのだ。鈍い音がプレス機の音にまぎれてかすかに響く。幽霊なのに何故、人に触れられるのか。疑問に感じる心の余裕が私には無かった。

 ナイフを振り上げていた木代は後ろにつんのめって、尻餅をついた。

「……はっ、笑えるなあ。パンツが丸見えだよ」

 木下くんが冷たく侮蔑するように言った。

 正直、いい気味だと思った。思ってしまった。

「野々宮ァ……調子にのってると後で後悔するよ」

 食いつかんばかりの鋭利な視線が私を捉えていた。

「野々宮さんは関係ないだろ? 今のおれがやったんだぜ」

 木下くんが言い終わるや否や、彼女は立ってナイフを突きたてようとしたらしい。が、失敗に終わった。彼女は立とうとしたが、そのままよろよろと再び尻餅をついてしまったのだ。

「やっぱり脳震盪おこしてるみたいだな。顎を狙ってよかったよ。思いっきり頭を振られただろ?」

 言いながら彼は左足で木代のみぞおちを踏みつけた。木代がカエルのように呻く。左足はみぞおちに乗せたまま今度は右足で彼女がナイフを持っている方の手首を踏みつけた。ナイフが手から離れると彼はそれを拾いあげた。

 嫌な予感がした。

 だが止めることが出来なかった。

 彼はナイフを振り上げ、右足で踏みつけている木代の手のひらに向かって振り下ろしたのだ。

 木代の絶叫とともに、真っ赤な血がほとばしった。

 釘を穿たれた木材のように、彼女の手にナイフが貫通していた。木下くんはナイフを引き抜くと手首から足を上げて、今度はその手首にナイフを突き刺した。絶叫が響く。ナイフを引き抜く。

 やりすぎだ。

 仕返しでもこんなことをして許されるはずがない。

 私は止めようとした。『やめて』と叫ぼうとした。しかし体が氷漬けにされたように動かないし声も出ない。

「い、痛い……も、やめて……お願いもうやめて! 今までのことは謝るから!」

「野々村さんだってそう言ったはずだよ。でもきみはやめなかった。だからおれもやめない」

 そして真っ赤なナイフを彼女のもう片方の手に穿ったのだ。

 そうして彼は楽しそうにナイフで木代の四肢を貫いていった。木代は必死にやめてとか許してとか叫び倒しているが彼の耳には聞こえていそうになかった。私はそれを黙って見ていた。何故か体が動かなかった。ただ見ていた。

 木下くんは最後にナイフを、木代の胸部に突き立てた。ちょうど肺がある部分だ。

 そしてそのナイフに足を乗せ、ずぶずぶと彼女の体に沈めていく。ナイフが根本まで突き刺さり、木代の肺に穴をあけていた。おびただしい量の血が、彼女を濡らしている。

「帰ろうか、野々村さん」

 私は、そうだねと答えていた。


 *


 次の日のホームルーム、担任が木代の死を伝えた。岸田と斉藤が泣いているのを見て、少し罪悪感がわいた。

 幽霊は家に帰ると『また会いに行く』とだけ言い残して霧散してしまった。

 幽霊による殺人はどう解決されるのだろう。

 どんよりとした空気のなか、いつも通り授業が終わった。

 放課後、岸田と斉藤に呼び止められた。

「あんたでしょう」泣き腫らした目で岸田に睨まれた。「あんたがやったんでしょう」

「違うわ」

「違わないわよ! あんた以外に誰があんなひどいことをするってのよ!」

 斉藤が怒鳴った。幽霊がやったなんて言っても余計彼女らの怒りを買うだけだろう。

「……吐かせてやるわよ絶対に。ついてこい」

 無理矢理手を引かれて来させられた場所は岸田家のガレージだった。シャッターを降ろすと中は完全に密室である。ランプの淡い光がゆらゆら揺れていた。

 ガレージの中には物騒なシロモノが並んでいた。出刃包丁。草切り鎌。鎖。金槌。スタンガン。

「あの公園は今、警察がうろついてるからなぁ。ここで締め上げて吐かせてやる。復讐してやる!」

 復讐だと?

 自分がやってきたことを棚上げにして、復讐だと?

「さてどうしてやろうかな……爪を剥がしてやろうか」

「こいつがやったに決まってるわ。人殺し。そうよ、人殺しなんだから殺されても文句言えないわよ! 殺してやるわ! こんなやつ!」

 二人とも本気で怒っている。なんて勝手な連中なんだろう。

 自分に都合の良い正義を振りかざすゴミのような女だ。殺す?

 斉藤が金槌を持ってにじり寄ってくる。

 私は逃げた。狭いガレージ内で、逃げて、逃げて、二人から必死に逃げた。

 角に追い詰められ、斉藤が金槌を振り上げたのと、ほぼ同時に。

 彼女の首が横から裂けた。噴水のように血が吹き出る。

 岸田の悲鳴がガレージ内に響き渡った。

 気が付くと木下くんが目の前に立っていた。

「また会ったね」

 彼は言った。手に草切り鎌を持っている。いつの間にここに来て、いつの間に鎌を拾ったのだろう。そう、彼が斉藤の首を刈ろうとしたのだ。

「やっぱりあんただったのね!」

 木下くんは岸田の叫びを無視して、斉藤の首に食い込んだ鎌を引き抜いた。血が吹き出る。斉藤は白目を剥いて苦痛を顕わにしていた。そして再び首に鎌を振り下ろす。岸田が何か叫んでいた。何度も鎌を。ぐしゃ、ぐしゃ。岸田が絶叫している。花火みたいに血を撒き散らしながら斉藤の首は裂けていった。ごとりと音がしたかと思うと首から上だけが転がっていた。

「次はお前の番だ」

 木下くんが岸田に向かって言う。

 岸田はあまりに凄惨な光景を見たせいだろうか、その場に座りこんで失禁していた。

「復讐してるのはこっちの方なんだよ」

 言いながら岸田の顔面を蹴りつける。

「いや、いやぁあ。許して。やめて」

 岸田が四つんばいになりながらゴキブリのように木下くんから逃れようとする。しかし逃げる場所などない。

 自分で塞いだ逃げ道。自分で用意した凶器。これは彼女が自分で作り上げた状況だ。なんと間抜けなことだろう。

 私は笑っていた。自分でも無意識のうちににたにた笑っていた。

 必死に逃げまわる岸田が何かに躓いて転んだ。斉藤の頭だった。

 その隙を狙って、彼女の首にスタンガンを押し当てた。

 岸田が苦しそうに痙攣している。

 彼は鎖で岸田を縛り上げた上で、彼女の爪を花占いでもするかのように一枚一枚剥がしていく。絶叫が耳に心地よかった。

 全部の爪を剥がし終えたら、眼球をえぐる。眼球をえぐったら、耳を削ぐ。

 さあ、仕上げに首を刈ろうと思ったところだった。

「何をしているんだ!」

 男性らしき声が後ろから飛んできた。

 見ると、シャッターが開いている。クラスの担任だ。彼が凄まじい勢いでこちらへ走ってきた。

 無視して鎌を振り上げる。

「やめろおおお!」

 どん、と背中に衝撃を受け、突き飛ばされた。

 きっ、と先生が私をねめつける。私ではなく木下くんを睨めばいいのに。先生は私を見て、こう続けた。

「どうしてこんな酷いことをしたんだ、野々村!」

 私?

 どうして、私が。

 しかし自分の手を見て、私は戦慄した。

 私の手には、血まみれの鎌が握られているではないか。

 見渡すと、木下くんはどこにもいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ