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第六話 「地下」

 ●秋篠博雅の日記より

 男である以上、どうしても好きになれない言葉は、誰にだっていくつかあるだろう。

 俺の場合、その中でも「足手まとい」と言う言葉がそれだ。

 特に、「惚れた女の」という形容詞がつく時は特に……。

  


 ●ラジオ局地下


 ―俺は神経がどうにかなったのではないか?

 博雅は笛を吹きながらそう思わずにはいられなかった。

 

 まさに異形のモノ達。


 そいつらが、自分の笛に聞き入っている。

 いや、笛に、か。

 

 そう。

 自分の実力ではない。

 ただ、こいつらは笛の音が好きなんだ。

 だから、聞き入っている。


 博雅には、そうとしか思えなかった。


 他に説明の付けようがないだろう――と。


 自分に笛を託した二人の姿を見る。

 

 すべては、この二人に任せる。

 

 博雅はすでに覚悟を決めていた。


 俺は、あくまで笛を吹くだけ。

 

 それでいい。

 

 死んでも、この二人の足手まといにだけはなるまい。


 剣の実力は、こいつらの足元にも及ぶまい。

 

 魔法の力もない。

 

 せいぜい、こうやって笛が護ってくれる程度だ。

  

 なら、そんな俺が出来ることは、その程度だ。


 そう割り切りつつ、博雅は、それが無理なことをどこかで理解していた。




 ギイッ


 第一緊急時放送室

 

 そう、書かれたドアを水瀬が開けた。

 大規模災害などで通常の放送施設が使えない非常時に備え、放送局にはこういう施設があるとは、博雅も聞いている。



 ドアの向こう。

 

 非常灯に照らし出された室内は、薄暗く、空気が黴臭く澱んでいる。

 広さは20畳はあるだろう。


 ―意外と、広いんだな。

 

 博雅は、曲を変えながら辺りを見回した。


 壁には、びっしりと人の顔が張り付き、自分達を見めている。


 そして、部屋の一番奥に、彼女がいた。

 

 美奈子だ。


 虚ろな目

 やつれた表情

 投げ出された手足

 果たして、生きているのかさえ、わからない。

 ただ、無事でいてくれ。

 そう、祈るしか、博雅には出来ない。



 美奈子の手には、古い鏡が握られている。

 それを確かめた水瀬がルシフェルと目配せし、うずき合った瞬間、すべてが動いた。

 水瀬の手から光の矢が放たれ、美奈子を襲う。

 

 ギインッ!!

 

 耳障りな金属音が室内に響き渡った。


 美奈子の前に展開された不可視の楯が、水瀬の攻撃を防いだのだ。

 放心状態の美奈子には、何かが取り憑いている。 

 魔力のぶつかり合いに反応したのか、壁を埋め尽くしていた顔が、一斉にうめきだす。


  

 ほら、俺の実力はこの程度だ。


 博雅は落胆しつつ、笛を吹き続けた。

 本物の博雅なら、こうはなからなかったろう。

 きっと、もう、こいつらは成仏しているはずだ。

 そう、ならなかったんだから、俺は博雅を名乗る実力はない。

 

 「笛を続けて」

 ルシフェルが言った。

 「この人達、笛を聞き続けていたいのよ。でも、それを邪魔されたことを怒っている。だから、続けて」

 

 返事の代わりに、博雅は、笛を続けた。

 他に出来ることは、ない。


 「耳障リダ」

 金属をこすりあせたような、嫌悪感しか感じない声がした。

 見ると、美奈子が立ち上がっていた。

 焦点の合わない目、憎悪に満ちあふれた顔。

 それは、博雅が見たことのない美奈子だった。

 「笛ヲヤメロ」

 美奈子の手から魔法の矢が飛び、ルシフェルの楯がそれをはじき飛ばした。

 「ナラ、コウシテヤル」

 美奈子が大きく右手を振り上げた途端、室内の音が消えた。

 笛の音も、何の音もしない。

 ―沈黙の呪法

 魔法の一種で、音を奪う魔法が存在する。

 それがこれなんだと、博雅にも凡その察しは付いた。


 聴覚が奪われたような奇妙な感覚の中、博雅は確かに見た。


 壁からは次々と顔が、腕が、肩が、はい出してくる。

 

 まるで、ホラー映画のワンシーンだ。 

 

 ―あれの時は確か、テレビだったか?


 とっさに博雅の前に出たのは、ルシフェルだ。

 ルシフェルの手から、光の粒子がシャワー状に放たれ、異形のモノ達を直撃する。

 シャワーを浴びた異形のモノ達は、次々と乾いた土塊として崩れ落ちていく。

 

 それは、圧倒的な力だった。

 

 ――これが、魔法の力か

 

 壁からはい出ようとした異形のモノ達を、ほぼ一瞬で掃討したルシフェルは、開け放たれたドアから、室外に飛び出した。

 博雅も慌ててそれに続く。

 何が出来るわけではない。

 だが、ルシフェル一人を死地に追いやるようなマネは、男として絶対に許されない。



 

 抜刀したルシフェルは、舞った。

 

 ――かつて、芸者とは、武芸者を指した。


 博雅は、そう聞いたことがある。

 武闘が舞踏に通じるという話を、博雅は信じようとはしなかった。

 芸はあくまで芸であり、武は武だ。

 そう思っていた。


 だが、それは今、崩された。

  

 それは、華麗な舞。

 ルシフェルの舞は、至上の芸術にして、破壊によって彩れる芸という名の武。

 絶対的な破壊。


 博雅の目の前にいるのは、この世で最も洗練された剣の舞い手。


 次々と撃破される敵ですら、ルシフェルの舞に華を添える脇役ではかない。


 祈るように高く掲げた刀から繰り出されたのは、逆袈裟斬り。

 緩やかに振り下ろされる、唐竹割の一撃。

 滑らかすぎるので、ゆっくりと振り下ろされているように見えるが、実際には、9割方が、視覚からの入ってくる情報のうち、欠落しているものを、脳が勝手に想像で補っているからにすぎないことを、博雅は理解していた。

 実際、上位レベル騎士の博雅の動体視力をもってしても、ルシフェルの太刀筋が見えない。

 見えてる。そう、勝手に判断していることを博正自身、認めずにはいられないのだ。


 そして、舞は終わった。

 それは、ドアの向こうを埋め尽くしていた異形のモノ達が全滅したことを意味した。

 わずか1分足らずのことだった。


 シュンッ

 

 ルシフェルの霊刃が消える音だけが、至高の芸術が披露された通路に余韻として静かに響き渡る。

 


 そして、博雅は気づいた。

 

 音が聞こえる。


 慌ててルシフェルに駆け寄ろうとして、博雅は自分の失点に気づいた。

 

 ――笛が吹けるじゃないか!


 肝心の所で、何も出来なかった博雅は、深く悔やんだものの、後の祭りだった。


 「大丈夫?」

 心配そうに声をかけてくるルシフェルに、何と答えて良いものか、博雅は返答に窮してしまった。



 


 ●水瀬悠理の日記より


 ルシフェが部屋から飛び出して通路を確保に向かった。

 やっぱり、ルシフェは状況の把握が早いので助かる。

 その間に、僕は桜井さん―――ううん。死鏡にむかった。

 「ねぇ、破壊されたくなったら、おとなしく、その子を解放して」

 返事を期待したつもりはない。

 そんなつもりがないことはわかっているから。

 言うだけ無駄な気はするけど、一応、言っておいた。

 ただそれだけ。


 「フザケルナ」

 金属っぽい声で桜井さんが不機嫌そうに言った。

 ほらやっぱり。

 

 「折角手ニ入レタ依代ダゾ。タダで手放スト思ッタカ」

 うーん。

 カタカナで書くの面倒くさい。

 よし。ここは普通の表現に変更してあげよう。

 どうせ日記だし。


 「貴様こそ、この娘の命が惜しければここを退け」

 変なこと言ってきたから、正直に答えてあげた。

 「別に?」

 「!?」

 「桜井さんでも誰でも、死んだからって、だからそれが何?」

 「……死の意味を考えたことはないのか?」

 「人間、いずれは死ぬんだよ?桜井さんは、それが早まっただけじゃないの?死に意味なんてあるの?」

 ザワザワザワ

 死鏡に依る死霊達が騒ぎ出す。

 何故か、怒っている。

 「死を望む者なぞおらん!」

 桜井さんは叫んだ。

 「死は押しつけられたものだ!死を押しつけられ、全てを奪われた者の無念さ、貴様のような愚物にはわかるまい!」

 「わかってほしいの?ならそう言ってよ」

 この鏡、何を言っているんだろう。

 「わかるのか?」

 「多分……」

 一応、考えてから、言った。

 「無理」



 死ぬ?

 死?

 そう。死ぬこと。


 生まれれば避けて通れないこと。

 強くても、弱くても、お金持ちでも、貧しくても、避けて通れないこと。


 戦争中、たくさん人が死ぬの見てきたけど、それに意味があるなんて考えたこともなかった。

 ただ、人がいなくなるだけ。

 二度と、その人と会えなくなる。

 それだけだ。

 死は、それだけのこと。

 でも、こんな感じで、はっきり言われると、どうなんだろうって思う。

 死に意味なんてあるのかなぁ……。


 よくわかんないな。


 「だから、腹が立つからって、そんな鏡に取り憑いているわけ?」

 「死者の無念を、誰も、誰も!神仏すら晴らしてはくれん!ならば死した者である我らが晴らさねばなるまい!それこそが死した者の大儀だ!違うか!」

 「――それと、桜井さんを解放しない理由がどうして繋がるの?」

 ほんと、よくわかんない。

 哲学上の問題じゃないの?そんなもの。

 「大儀のための犠牲だ!この者の魂は、いずれ我が仲間となる!ならば問題はなかろう!」

 「ということは、僕が桜井さんごと、君を破壊しても、何も問題ないんじゃないの?桜井さんは、君たちの仲間の予備軍なんだし」

 「き、貴様!人の道理を知らないのか!?」

 「……あんまり」

 気にしていること、はっきり言わないで欲しいな。

 確かに、僕は、みんなが当たり前と思うことが、何で当たり前なのかわからないことが多い。怒られて、初めてそれがそういうものだとわかることばかりだ。

 それはそれで気にしているんだよ?

 

 「死ね!死んで我らの仲間になれ!そのひねくれた根性をたたき直してくれる!」

 死鏡は、そう言い放つと、僕目がけて攻撃してきた。

 普段、桜井さん私刑というか処刑を受けた身としては、「死鏡の攻撃」より、「襲いかかる桜井さん」の方が圧倒的に恐い。

 

 距離は約3メートル。

 予備動作なしで桜井さんは一気に間合いを詰め、僕に殴りかかってきた。

 でも、遅いんだよね。

 普段の桜井さんのでたらめな強さもないし。

 こんなんじゃぁ……ねぇ?

 

 僕がやったことは少しだけ。

 桜井さんをかわし、体勢を入れ替えると、桜井さんを羽交い締めにして

、死鏡を魔法攻撃で破壊した。

 それだけだ。

 

 ……え?


 鏡は一瞬にして粉々。

 本当に塵になった。


 あっけないなぁ……。

 つまんない。

 本当につまんない。

 

 死鏡は粉々。

 確かに粉々にした。

 桜井さんの手には、傷一つない。

 

 でも、なんだろう。

 この欲求不満に近い感情は―――。


 

 ●一週間後

 美奈子は未だに入院したままだ。

 死鏡に取り憑かれた影響で、精神面、こと、記憶の面でかなりの混乱を引き起こしていめた。家族や未亜のことはわかったが、自分が誰なのかといった根本的なことを覚えていなかったのだ。


 「記憶喪失というより、一時的な記憶の混乱だとは聞いている」

 心配のあまり電話してきた綾乃に、水瀬はそういった。

 「段々、記憶が戻り始めているそうだよ」

 「じゃあ、すぐに元通りになるんですね?」

 「ううん」水瀬は首を横に振った。

 「え?」

 「心のどこかで思い出すことを拒否していることまで、思い出させることは出来ないらしいんだ」

 「つまり、心が思い出すことを嫌がっているようなことを、ですか?それならそれでいいじゃないですか?」

 「うん……」

 水瀬は落胆したような声で頷いた。

 「水瀬君?どうしたんです?その記憶に、何か心当たりが?」

 「思い出すのを嫌がっていることってね」

 「?」

 「僕のことらしいんだ」

 

 

 




 美奈子は心の奥底で、水瀬に対する記憶に封印のカギをかけてしまっている。


 そのカギを開くのは、本人しかいない。

 つまり、カギは開かない。

 

 

 数日間は、親や未亜といった、患者が安心する相手を除き、一般的な面会謝絶がかかっていた。

 それ解けたのは、入院してから6日後。

 その日、水瀬はルシフェルや未亜と一緒に見舞いに行った。

 あの一件以来、水瀬達が美奈子に出会うのはこれが初めてになる。


 「やっほぉ!美奈子ちゃん!元気ぃ?」

 未亜にもそんな声が周囲の患者に迷惑だとはわかっていた。

 慣れない入院生活で気落ちしていた美奈子に、少しでも明るくなってほしい一心で、あえて道化を演じていた。

 美奈子にもそれはわかっていた。

 だからこそ、普通に反応した。

 「こらっ!未亜!周りの迷惑よ!?」

 「美奈子ちゃんだってそんな大声じゃ、迷惑だよぉ」

 「まったく」

 水瀬は、美奈子に声をかけようとして、タイミングを逸した。

 美奈子の視線に、違和感を感じたから。

 その視線は、その表情は、クラスメートを見る時のそれではなかった。


 奇異が含まれていたのだ。

 

 「……」

 言葉に詰まる水瀬。

 美奈子は未亜に言った。


 「未亜?お友達、連れてきたの?」








 「……へ?」

 目を点にして凍り付く未亜。

 「かわいい子じゃない。何年生の子?」

 「やっ、やだなぁ!美奈子ちゃん!マジボケしてんのぉ!?水瀬君じゃない!」

 「みなせ……?」

 「そ!美奈子ちゃんの彼氏!」

 「私の?」

 きょとんとした顔の美奈子を、見るのが辛かった。


 あの鏡、とんでもないことしてくれたな。

 水瀬は、内心で舌打ちした。


 「やだなぁ、未亜、私、レズじゃないよ?女の子と付き合う趣味なんてないもん。何の冗談?」

 「み、美奈子ちゃん?」

 言葉をつなげようとする未亜の肩を掴むと、水瀬は未亜を病室の外へ連れ出した。

 「み、美奈子ちゃん!水瀬君だよぉ!美奈子ちゃんが大好きな!美奈子ちゃんが毎晩オカズにしている!美奈子ちゃん!美奈子ちゃんてばぁ!」

 未亜の肩は震え、顔は涙でボロボロだった。

 引きずられていたとはいえ、病室で泣き崩れなかっただけでも、よくもったと褒めてやるべきなのかもしれない。

 未亜はドアに寄りかかるようにして崩れ落ちた。

 「美奈子ちゃん、ヘンだよぉ……盗聴器で毎晩記録とってるんだよぉ?水瀬君の名前、何度も言い続けてたの、知ってるんだよぉ……?」

 「何をいいたいのか、聞かないけど……未亜ちゃん」


 顔を上げた未亜の目に走ったもの。


 それは、憎悪。

 いつもの興味津々の瞳が放つ光は、どこにもない。

 純粋な憎しみが、未亜の瞳から放たれる光のすべてだった。

 

 パンッ!

 

 未亜の平手が水瀬の頬を打つ。


 「水瀬君の嘘つき!」

 未亜は涙に曇る声で水瀬をののしった。

 「大丈夫っていったじゃない!何でもないって顔で学校に来るって!」

 「……ごめん」

 「戻して!」

 水瀬の両肩を握りしめ、未亜ははげしく水瀬をゆすった。

 「戻してよ!美奈子ちゃんを戻して!すぐに!今すぐ!ねぇ!」

 「……」

 水瀬は、視線をそらせた。

 未亜の顔を見るのが、つらすぎた。

 「魔法、使えるんでしょ!?すぐに直してよ!美奈子ちゃんを直して!」

 未亜もそれが精一杯だったらしい。

 それだけ言うと、未亜は声を上げずに泣き出した。

 「未亜ちゃん……」

 ルシフェルが、そっと未亜を立ち上がらせると、ちかくのベンチに座らせた。

 「水瀬君。主治医の先生に、今のこと、教えてあげて」

 「……うん」

 水瀬は、痛む頬に手をやりながら、ナースセンターへむかった。

 痛みが、心に楔となって打ち込まれたようだった。  


 一時間後―――

 「あれは、記憶の混乱ではありません」

 精神科の医師は、水瀬達に言った。

 「あれは、むしろ、本人が記憶を思い出すことを拒絶しているんです。一種の防衛本能というべきでしょうな」

 「防衛本能?」

 「そう。心当たりはありませんか?水瀬悠理という名に、相当な拒絶感を持っています。心を傷つけたくないが故に、その名を、そして、その存在を、患者は拒絶しているんです」

 「そんなこと、あり得るんですか?」

 「現に、患者がそうなっていますよ」

 

 そういうことだった。

  

 「そういう、ことですか」

 「そういうこと」

 「……」

 「……」

 しばしの沈黙の後、綾乃は言った。

 「でも、美奈子ちゃんは学校に来られるんですよね?」

 「?うん」

 「じゃ、いいじゃないですか」

 「え?」

 「また、一から友達になり直せばいいだけ。そうでしょう?」

 「そう、だね」

 水瀬も無理矢理そう思うことにした。

 「あーあ。今までの数ヶ月は何だったんだろ」

 「さぁ?」

 綾乃のいたずらっぽく笑う声が、不思議と水瀬の心を落ち着かせた。

 「今度会ったら、初めましてっていわなくちゃ」



 名残惜しく携帯を切った綾乃は、目の前に映る女の子が大嫌いになった。

 顔にこそ出さないが、その心が、最大のライバルの脱落を祝福しているのがわかるから。

 心にカギをかけたなら、永遠にかけたままにして欲しい。

 そんな卑しい心の持ち主なんて大嫌いだ。

 そんな心の持ち主が、水瀬君の妻の地位につくなんて間違っている。

 そう思った綾乃は、鏡に映った自分の顔に舌を出してから楽屋を出た。

 

 「あら?」

 美奈子の病室からの帰り、未亜は女医に声をかけられた。

 ふとしたことで顔見知りになった産婦人科医だ。

 「あ?先生、仕事ですか?」

 「ええ。お見舞い?」

 「うん。あのね?」

 未亜は掻い摘んで事情を説明した。

 その途中。

 「尚武の?」

 女医は奇妙な声をあげた。

 「美桜さんに子供?いるわけないじゃない」

 「でも、みんなは美桜さんの子供だって」

 「美桜さん、私の患者なのよ?ここ2.3ヶ月、見てないけど」

 「子育てに忙しいからじゃないの?」

 女医は、少なくとも、未亜にとっては信じられないことを言った。

 「逆よ」

 「逆?」

 「美桜さんがここに来たのは、子供がいないから」

 「―――へ?」

 「美桜さんはね?不妊治療でここに来ていたのよ?」

 未亜は、病院を走った。

 携帯をかけるために。

 水瀬に、このことを告げるために。


 未亜は思った。

 戦慄した。

 

 みんなが見た子供って、誰なんだ?

 尚武に入り込んだのは、人間なのか?

 

 未亜は後ろを振り向かなかった。

 何かが、後ろから追ってくるような気がした。






 


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