第一話 発端
騒ぎの原因は、はっきりしている。
近頃、学園の側に開店した武道具屋だ。
定年を迎えたおじいさんが、わずかな弟子と共に始めたお店。
生徒達のスタンブレードの修理や拵えを比較的低価格で引き受けてくれる。
伝統的な刀から最新型デザインの刀まで。
子供用のオモチャから真剣までと品揃えも多いし、主の指導は適切。
そして何より、生徒が熱心に店に足を運ぶ最大の理由。
それは、看板娘が美人だということだ。
●翌日
学校で、スタンブレードについて規制が追加された。
スタンブレードを凝った飾りで飾り立てることを禁止するというものだ。
スタンブレードをベースにした、バーチャルブレードというアメリカ生まれのチャンバラがマスコミで取り上げられたのも、スタンブレードの飾り立てを一層派手なモノにしていた。
昔ながらの拵えではなく、一流の現代デザイナー達がデザインしたバーチャルブレードは、まるでロボットアニメに出てきそうなデザイン。
学園でも瞬く間に大流行。
スタンブレードをバーチャルブレードの外装に交換するのがブームになって、体育の時間は、まるで騎士の訓練なのか、バーチャルブレードなのかわからない有様だった。
それが仇になったらしい。
先生達も大目には見ていたらしいけど、警備の際、目立ちすぎるとクレームがついたり、流行に追いつこうとして借金に走ったり、あまり感心できない方法でお金を稼いでいた生徒が警察沙汰を引き起こすにいたって、学校側も規制せざるを得なかったというのが本音だろう。
収まらないのが生徒達。
「せっかく金出したってのに」
ということらしい。
“騎士は刀代で身を滅ぼす”というけど、まさにその通りなんだろう。
そして、この人たちも例外じゃなかった。
●桜井美奈子の日記より
「ちっくしょ。拵えにいくらかかったと思ってるんだ」
羽山君がスタンブレードを見つめながらぼやいていた。
確かに、羽山君のスタンブレード、茶色地で結構綺麗。
「刀は切れてこそ価値がある。外見を飾ることに、何の意味がある」
秋篠君があきれ顔で羽山君に言ったけど、
「お前だって太刀拵えだろうが」
「こ、これは―――」
「やっぱり、好きなんですねぇ。皆さん」
綾乃ちゃんが感心したような声で羽山君のスタンブレードを見つめる。
「まぁな」
「でも、こういう古風なのは、大目に見てもらえるんじゃないですか?」
「ああ。といいたいが、どうなんだろうなぁ。黒漆が原則だというから」
「やっぱり、皆さん、いい刀を持ちたいと思うものなのですね。」
「そりゃそうだ。最初は、どうせ訓練用だ、安物でいいって思うけど、慣れてくると、どうしても不満が出てくる」
「グローブやバッシュみたいなもの?」と私。
「まぁ、近いな。ただ、やたら高い」
「高いの?」
「ブレード本体がまず高いし、全体的にカスタムモデルになんてしたら、確実に数十万は飛ぶ」
「数十万円?」
そんなにするんだ。
「見るか?」
羽山君がバックから取りだしたのは、スタンブレードのオーダーカタログ。
綺麗な刀が並んでいるけど……。
「うわっ。高い」
私のお小遣いじゃ絶対足りない。
「羽山君は、どれ買ったの?」
「これだ」
羽山君が指さしたモデルのお値段は―――。
「80万!?」
「新刀なら一本買えるぞ?」同じ騎士の秋篠君も驚いた位の高額。
「尚武のオヤジに相談したら、俺は2尺5寸で反りが深い方がいいっていうんだ。薦められるままに試したら、これがしっくり来てな。それ以来、もう普通のが振れないんだ。ムチャ承知でオーダーしたよ。拵えとか、後で買えるモノは外してな。オヤジが安く仕入れてくれてさ。25万で何とかしてもらった」
「尚武のか?ああ、おれもあそこで薦められて太刀にしたんだ。打撃力にブレードがついていっていない。このままなら柄が確実に壊れるっていわれてな」
「詐欺じゃないのぉ?」
疑わしい。そこまでわかるもんじゃないでしょ?
「いや。あそこのオヤジは、ブレード見ただけでクセを見抜くほどだ」
「本当?」かなり疑わしげな顔をしていたらしい。
秋篠君が言った。
「俺のブレードは、その後、すぐに折れたぞ」
「偶然だと思うけどなぁ……」
「秋篠君は、それで太刀にしたのですか?」
「ああ。ブレードを太刀仕様にするのは、市販のパーツで出来るしね」
「が、拵えとなると、かなりする。バーチャルブレードというオモチャならともかく、素人の手に負えない」
「……だから、あの」
「欲張って、警察沙汰になるバカも出てくるわけだ」
「……」
「ま、論より証拠だ。放課後、見に行ってみるか?」
放課後――
お店の中は、そんなに広くない。
ただ、品揃えはすごいらしくて、いろんな刀が壁にかかっていた。
「いらっしゃいませ」
明るい声で出迎えてくれたのは、若い女の店員さんだった。
「こんちわ。美桜さん」
「いらっしゃい。光信君」
「知り合いなの?」
「常連だからな」
「……涼子さんにバラしていい?」
「涼子さんは、下手な勘ぐりはしない」
「じゃ、いいのね?」
「―――ラーメン、食べないか?」
「ごち」
美桜さんは、そんな私達のやりとりを、クスクス笑って見守っていた。
長い髪を綺麗に結い上げた、着物姿のオトナの女性。
考えてみれば、なかなか見ることが出来ない、貴重な存在かも知れない。
男子生徒達がこぞってこの店に来るのが、何となくわかる気がした。
「あらっ?」
美桜さんが、何かに気づいたようだ。
「また来てるわね。あの子」
視線の先、追っていくと、ショーウィンドゥの向こうからこちらを見つめる顔があった。
顔は、私達の存在に気づくと、慌てたように消えた。
「?」
ひっかかる。
なんで、そんなに慌てるんだろう。
入ってくればいいのに。
「おかしいですね」
綾乃ちゃんも疑問に思ったらしい。
無理はない。
消えた顔。
それは、水瀬君だった。
●翌日
体育の授業。
南雲が欠勤したため、体育の監督に立ったのは、詩乃だった。
生徒達はなぜか全員、直立不動の姿勢をとらされている。
「じゃ、授業始めますよぉ」
コホンッ。
咳払いをした詩乃が、睨め付けるよう眼で生徒達を歩きながら口を開いた。
「わたしが訓練教官の桜井詩乃先任軍曹である」
生徒達は思わずお互いの顔を見合う。
「軍曹?」
「この前、階級なかったよな」
「ま、似合いじゃね?」
詩乃はそのまま大声で続ける。
「話しかけられたとき以外は口を開くな!口でクソたれる前と後に“サー”と言え!分かったか、ウジ虫ども! 」
「……おい、言うのか?」
「諦めてノれよ。ノリだよノリ」
「じゃ、せぇの……」
Sir,Yes Sir!
「ふざけるな! 大声だせ! タマ落としたか!」
Sir,Yes Sir!
「貴様ら雌豚どもが私の訓練に生き残れたら、各人が兵器となる。戦争に祈りを捧げる死の司祭だ。その日まではウジ虫だ!地球上で最下等の生命体だ。貴様らは人間ではない
両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない! 」
「それが教師のいう台詞か?」
「仮にも女だぜ?」
「……言うな」
「女として生きるの、諦めたんだろ」
「もったいない」
「貴様らは厳しい私を嫌う。 だが憎めば、それだけ学ぶ。私は厳しいが公平だ。差別は許さん。黒豚、ユダ豚、イタ豚を、私は見下さん。すべて、平等に価値がない! 」
「職員会議ものだぜ?」
「大体、豚って、誰のことだよ」
「自分の体型じゃね?鏡見ろよな。女だろ?」
生徒達の私語を聞きとがめた詩乃が吠えた。
「……誰だ! どのクソだ! アカの手先のお――― 」
詩乃もさすがに現実と空想の世界を分別する理性を、どこかで持っていたらしい。
幸いにして禁止用語を口にすることだけは押さえてくれた。
「コホン―――じゃあね?校庭猛ダッシュで20周、それが終わったら腹筋・腕立て・ヒンズースクワット200回、それで」
「ち、ちょっと待って下さい」
当然、生徒の中から文句が出る。
「な、何ですか?それ」
「準備体操の前」
「ぜ、絶対違う気が……」
「だめよぉ?この位やらなきゃ。この後、各自の素振り1000回が待っているんだから」
「む、無理っす」
生徒達全員が同時に頷いた。
「なんで?」
「なんでって―――」
「騎士なんだからこれくらい出来るでしょぉ?」
「どういう奴ですか?そいつは!」
「うー」
詩乃は、恨めしそうに生徒達を睨むと言い放った。
「これが出来ないと、英語の河原崎先生におごるハメになるのよぉ。だから、頑張って」
「そんな無茶な」
「ムチャでもなんでもやる!」
詩乃は大声で怒鳴った。
「否定ばかり口にするな!私がやれといったらやれ!このグズども!それとも、努力してグズになったのか!?」
ビシッ!
どこから取りだしたのか、詩乃の手の中でムチがうなりを上げた。
「しばき倒されたくなければ、とっとと行けぇ!」
I love working for Uncle Sam
Let me know just who I am
1,2,3,4, United States Marine Corps!
1,2,3,4, I love the Marine Corps!
my Corps!
your Corps!
our Corps!
The Marine Corps
「……って、何で俺達、こんな歌歌ってるんだ?」
「俺達、いつから海兵隊になったんだ?」
「聞くだけ無駄だ。一人だけ、ここが海兵隊の訓練校だと思いこんでいるのがいるからな」
「ほらそこぉ!トロトロ歩くな!じじいのファックの方がまだ気合いが入ってるぞ!あと10周追加!」
結局、校庭をダッシュで40周走らされた生徒達だが、地獄はここから始まった。
一体、どこからこんなメニューを持ってきたのか知りたい位の、それは体育ではなく、シゴきだった。
防具なしでのスタンブレードのフルコンタクト(本気での殴り合い)を50キロのオモリを身につけて行うなど、他になんといえばいい?。
しかも、敗北者は、校庭を10周の後、勝つまで戦わされる。
生徒達が互いに勝ちを融通しあったものの、ほとんどの生徒が、この時間だけで100周近くを走らさせたという。
「も、もう、足が動かない……」
「お、俺はもうダメだ……」
「じ、除隊許可はどこだ?」
満足そうに見つめる先にいる生徒達は、ほぼ全員が校庭にへたばっていた。
喋れるならまだマシ。
ほとんどの生徒はしゃべることすらままならない有様だ。
「よし。ご苦労だった!」
詩乃は叫んだ。
「本日をもって貴様らはウジ虫を卒業する!
本日から貴様らは海兵隊員である。兄弟の絆に結ばれる。貴様らのくたばるその日まで、どこにいようと海兵隊員は貴様らの兄弟だ!多くはベトナムへ向かう。ある者は二度と戻らない。だが肝に銘じておけ。
海兵は死ぬ。
死ぬために我々は存在する。
だが海兵は永遠である。
つまり―――貴様らも永遠である!」
詩乃の演説に答える者は、少なくとも生徒達の間には、誰もいるはずもなく、詩乃はそれを暗黙の了解と受け止めた。
「よし」
去り際に、詩乃は意味深な言葉を言い残していった。
「といってあげられるように、頑張ってね?じゃ、お疲れ様。」
「どういうことだ?」
「知るかよ……う、動けねぇ……」
「い、いてぇ……」
「これは訓練じゃねぇ……実戦だ」
「ここは明光じゃねぇ……沖縄か?硫黄島か?」
「このまま歩かされたらバターンだな……」
予鈴が鳴り響く中、生徒達は立ち上がることすら出来ず、ほとんどの生徒が保健室送りとなったのは、いうまでもない。
そして、それが、翌日の体育へと続くことなど、誰一人として予想すらしなかったわけで……。




