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操り人形

作者: 結衣

 砂利道で戦う一人の男がいた。その名はヒロ。彼は大きな剣を両手に構え、自分よりはるかに大きい魔物と向かい合っていた。

 ヒロと魔物は互いに息を切らしている。

 ヒロは真剣に考える、どんな行動を取ればいい? その時女の声が頭に響いた。

『回復……違う。もう倒れるはず。じゃあ普通に剣で攻撃』

 ヒロは決めた、もう一度この剣で敵を斬りつけよう。

 ヒロは走る。魔物は避けようとしたようだが、転倒する。その隙を見過ごすはずもなく、ヒロは剣を魔物に突き刺した。

 魔物は呻きながら、その身体を灰へと変えた。灰になることは死を意味している。

『やった!』

 女の喜ぶ声が聞こえた。この声は旅を始めたときから何度も耳にしている。誰の声なのかは知らないが、ヒロは何回もこの声に救われていた。

 例えば以前入った迷いの森。一度足を踏み入れたらなかなか抜け出せないと言われていたそこでも、彼はこの声を耳にした。

『そこは右。今度はまっすぐ……』

 そして女の言う通りに進むと、複雑な道だというのに全く迷わずにすんだ。

誰なんだろう、可能ならば一度この声の主に会いたいとヒロは思っていた。そして今までの礼を言いたい。

 先程倒した魔物こそ、世界を闇で包もうとしていたもので、ヒロが倒すべき存在だった。これを倒すためにずっと旅をしてきた。その魔物が倒れたということは、世界が救われたということだ。

そして――ヒロの旅が終わったということでもある。

 ヒロはその場に腰を下ろした。故郷に残してきた恋人に久しぶりに会える、それだけで嬉しくなる。

(あいつ元気にしてるかな? 結婚前日なのに旅に出ることになって……あの時は村長を恨んだっけ)

 昔を懐かしむこと約十分、ヒロは立ち上がろうと手をつき、顔をしかめた。どうやら左手首を痛めたらしい。全身を見ると、防具にも傷が付いていた。

 魔物の巣といわれた洞窟で手に入れた、かつて最高と呼ばれた人物に作られたという鎧。どこかの遺跡で見つけた、やはり同一人物の手で生み出された剣。これらは共に伝説の鎧、剣とされている。

 他にもヒロの持ち物には、貴重な道具がたくさんあった。中には戦いに必要のない物も含まれていたが、それらは女の声に従い全て集めてしまったものである。

(そろそろ行くか)

 先程まで照りつけていた太陽は、いつのまにか雲に覆われていた。暑さがやわらいで丁度いいや、そんなことを思いヒロはその場を後にした。

 そのまま曇り空だったらよかったが、歩きだして数十分がたった頃、雨が降り出した。運よくほら穴を見つけ、ヒロはすぐさまそこへ駆け込んだ。

(休憩だな)

 ヒロは防具を外し、シャツとズボンだけの姿になった。ごつごつとした地面に横になる。

 外は土砂降りだ。ほら穴のおかげで雨をしのげているが、外ではいくつもの水たまりがすでにできていた。

 ヒロは目を閉じ、そのまま眠りについた。

 世界を救うためにヒロはあの魔物を倒した。

 世界は平和になったのだ。

 目を覚ました時、雨はやんでいた。ヒロは再び防具を身につけることなく、雨上がりの道を走った。日が暮れ、近くの宿屋に到着した頃には、ズボンの裾は泥水ですっかり汚れていた。

 魔物におびえずにすむ世界に戻った。もう戦う必要はない。

 大昔に世界を救った勇者の血をひいている、それだけの理由で今回の勇者に指名されたヒロ。今でこそ世界を救うほどの強さを持っているが、旅立ち当初は弱かった。

 ヒロの今の強さは、修行によるもの。そして――名前も顔も知らない女の声のおかげ。

 初めて聞いた時、ヒロはこの声を気味悪く思った。しかしなぜだかこれには従わなければいけない気がした。声の通りに行動すると、非常に高い確率で物事が上手くいった。時には以前も同じ場面に出くわしたことがあるようにさえ感じることがあった。

 やがてヒロは思うようになった、大昔の勇者も世界を救う旅の時に不思議な声を聞いていたのかもしれない。そしてその力が、子孫である自分にも受け継がれた。

 またあの声を聞くことはあるのだろうか、そんなことを考えつつヒロは部屋の窓から空を見上げる。普段なら星が見える時間であるが、今は何も見えなかった。




 翌日、ヒロは身支度を整えるとすぐに村を後にした。魔物がいないので襲われる心配が全くない道を、ヒロは気楽に歩いている。

(こんな平和な日々が今度はずっと続けばいいな)

 そんなことを思いながら、彼は毎日歩いていた。

 そして数ヶ月後。

「あ、ヒロ! やっぱり世界は救われたのね」

 故郷の村に入るや否や一人の女がヒロに駆け寄ってきた。

「ああ。しっかり魔物は倒した。だからもう大丈夫だ」

 ヒロは女――ヒロの恋人で名はリン――を抱きしめる。リンもぎゅっと彼を抱きしめ返した。

「おお。やったの」

 村長が現れ、ヒロに声をかけた。ヒロは慌ててリンから手を離し、久しぶりのあいさつをする。

「まさか本当に世界を救うとは……こんなこと言ったら悪いが、今でも信じられない。それと、結婚が決まってたのにすぐ勇者として送り出して、本当に悪かった」

 村長は申し訳なさそうに頭を下げた。

 ヒロは笑う。

「気にしないでください。俺、この旅で成長できたと思うんです。今ならリンのことも守れる」

「ヒロ……お帰り」

「ただいま」

 ヒロは頬をかいている。その頬は赤く染まっていた。

「えっと、前にも言ったけど……結婚してくれるか?」

 ヒロの問いにリンは即答した。

「ええ。もちろん」

「式は明日でいいか? 少しでも早い方がいいだろう」

 村長が顔をあげて提案する。

 世界を救った勇者は、今度こそ恋人と結婚する。

 木の枝に止まっていた一羽の白い鳥が飛び立った。白い羽が一枚、ゆっくりと二人の元に落ちていく。

 リンが手を伸ばし、羽をつかむ。そしてヒロと顔を合わせ、二人は顔に笑みを浮かべた。

 世界は平和になった。魔物はもういない。

 勇者はもう旅をする必要はない。

 顔を合わせているヒロとリンは、ずっとその顔に笑みを浮かべている。声も出さず、身動き一つしない。

 その側で村長が満足そうに口元を緩めているが、彼も口を開かないし動かない。

 動かないのは三人だけではない。勇者が帰ってきたと聞いて外に出てきた村人はもちろん、虫も鳥も――全てがその動きを止めた。

 周囲が徐々に暗くなり、何も見えなくなる。

 勇者は魔物を倒す目的を見事に果たし、世界を救った。

 今、この世界は平和である。

 だから勇者が旅をする必要は、もうないのだ。




 ヒロは黒い世界にいた。まぶたを上げようと力を込めるものの、効果はない。

『終わっちゃったな』

 どこからか声がした。ヒロはこの声をよく知っている。何度も自分を正しい方向に導いてくれたあの女の声だ。

(礼を言わなきゃな……でも、声がでない)

 身体から力が抜けていく。それどころか身体の動かし方さえ分からなくなってきた。

『どうしよう。やり直そうかな』

 女は何かを迷っているようだ。

『姉さん、今度は僕にやらせてよ』

 次は男の声だったが、この声には聞き覚えがなかった。女と男は何かを話しあっているようだが、会話がよく聞こえないので内容は理解できない。

(結局、誰だったんだ? どうにか知る方法はないのか)

「あの子はただの人間だよ」

 新たな声が聞こえて来た。声からして女のものと思われる。

(誰だ? あの女でも、さっきの男でもないよな。お前は誰だ?)

「質問に答えてあげる。私は二つの世界を行き来できる唯一の存在。旅人みたいなものだよ。他に質問は?」

 謎の女はくすくす笑っている。ヒロは警戒する。

「もう、遠慮しないで。今の状況でしょ、君が知りたいのは」

 図星だった。

「君の物語は終わったの。だって世界が平和になって、旅が終わったんだもん」

 ヒロには女の言うことが理解できなかった。完全に消えてしまいそうな意識を必死に保ち、どうにか疑問を頭に浮かべる。

 女の声は明るかったが、急にそのトーンが下がった。

「もう君はこれ以上新しい物を求めることができない。恋人とも結婚できないよ。あ、私に文句言わないでよね。そういう風に作られてるんだから。言いたいなら現実の人に言って」

(現実? ならさっさと元に戻せ)

 女がため息をつくのが聞こえた。

「君の世界にはいつかは戻れるかもしれないけど……それは私にはどうしようもない。その時を待つしかないよ。とにかくね、世界が平和になったんだから、もう終わりなんだよ」

(だから何が言いたい? 世界は平和なんだから俺はまた村での生活に戻る、それだけだ)

 ヒロは苛立ち始めていた。

「平和になったね。だから終わりなの。君が旅に出て、魔物を倒して、世界を救う。それが君の存在意義だった。ううん、君だけじゃない。君の世界の存在意義だった。でも目的を果たした今、もう意味はない。終わったんだよ」

(意味が分からない。納得できるわけないだろ。俺の、世界の存在意義? そんなのお前に言われる筋合いはない)

「多分、今の君はもうすぐいなくなる」

(何だよ。俺が死ぬとでも言いたいのか?)

「死にはしないよ。なかったことになるだけ。元に戻るの」

(なかったことになる?)

「世界が平和になったという事実が消え、世界はまた大変なことになる。だからまた君が世界を救うことになる。救わないといけないの」

 ヒロは複雑な気持ちになった。再び恋人の元を離れることへのためらいがある。それと同時に自分は勇者なのだから行かねばならぬという義務も感じる。

「しかも今の状態だと、君はゼロからやり直すことになりそうだね。今回の旅の記憶は全て消え、出会った人との関係もリセット。もちろん強さもね」

(何だよそれ。どうして全てなかったことになるんだ?)

 ヒロの問いの後、少し沈黙してから女は答えた。

「君は覚えていないだろうけど、何回も君は同じことしてるよ。新しい冒険の度にね。こうして話すのは初めてだけど。思ったことない? あれ、前にもこんなことあったなって。あの子の声が聞こえたんだから、あってもおかしくはないんだけど」

 女に聞かれ、ヒロは記憶をたどる。あった。どこかで十個の宝箱の中から正しい物を選ばなければならなかった時、ヒロはやはり女の言葉を聞いていた。声が聞こえると同時に、以前もこの場面に遭遇したことがある、そんな気がした。

「時間もなくなってきたし、はっきり言うね。君は操られていただけなの。君を含め、全てが作りものだった。君の言葉はあらかじめ決められていて、でもそれを君は自分の意思だと思い込んでいた。君の行動も別の人間に決められて、その通りに動いていただけ。君はずっと操られていたの」

 女は淡々と語る。

 ヒロは耳を疑い、その言葉の意味を考えた。

 嘘だ! ヒロは大声で否定したかった。しかし微かな声すら出せない。

 ふざけるな、ヒロは思いきり女を睨みつけたかった。しかし目を開けることすらできない。

 心の中で否定することしかできなかった。

「違わないよ」

 女は否定する。

(何だよ、俺が操られていた? 意味分からない。俺はずっと自分の意思で生きてきた。自分の行動は自分で……あれ、でも……)

 そこまで考え、ヒロは気づいてしまった。

 これからどうしようかと悩んだとき、彼は女の声を聞いて村人全員に話しかける決断をした。

 必要な道具を探すとき、女の声が出すヒントを頼りに色々な場所を探した。

 そして世界を闇で包もうとしていた魔物との戦いの時でさえも彼は……女の声に従っていた。彼女の言う通りにすれば間違いはないと確信していたから。

 気がついてしまった。ずっと不思議な女の声に従ってばかりいた自分の存在に……。

「君は操り人形みたいだね」

(あの声、取るべき行動を教えてくれたあの声が、俺の行動を……決めていたのか?)

「うん。正確に言うと、君の世界を作った人は別にいて、その人が許した範囲で君を動かしていたの」

 女の声は聞きとれるが、耳に入る音はどんどん小さくなる。

「君は一つの物語の中を、最終目標に向かって進んでいただけ。君が必要なのは、物語が終わるまで――つまり目標である魔物を倒すまでのこと。終われば、必要ない」

 女の言葉がヒロの胸に突き刺さる。

「君は誰かの操り人形となり、永遠に同じ物語の中を、同じことをして生き続ける。目標を達成しても、いつかは全てなかったことになる。今回はいい人に操られたけど……」

 女の話を聞き終える前に、ヒロは完全に気を失ってしまった。その後一筋の光に吸い込まれたが、それを彼は知らない。




 現実。どこかの部屋で少女と少年がテレビの前に座っている。画面は真っ暗で、右下に「END」の文字が表示されている。

「姉さん、それでクリア五回目だよね」

 少年が言う。

「うん。すっかり攻略覚えちゃった」

姉さんと呼ばれた少女は、つまらなそうに画面を見つめている。

「終わっちゃったな」

「嬉しくないの?」

「だって、やるゲームなくなっちゃったんだもん。どうしよう、やり直そうかな」

「姉さん、今度は僕にやらせてよ」

 真剣に悩んでいる少女に、少年が頼んだ。

 それからしばらく話し合いをした結果、少年が目の前のゲームをすることになった。

「消すよ。えっと、これを押せばいいんだよね?」

「うん、そんなの常識だよ。頑張って」

 少年は少女の言う通り、カーソルを「データ消去」にあわせ、ボタンを押した。

「消去しました」の文字が画面上に映っている。

 そしてしばらく操作を続けていると、テレビに一人の男が現れた。男と言ってもテレビゲームの中に存在する、架空の人物である。

 



 黒い世界に、真っ白な少女が一人で突っ立っていて、先程ヒロを吸い込んだ光を静かに見つめている。

『六回目の冒険』

 彼女は寂しそうな顔で、ぽつりと呟いた。




 どこかの村で、勇者として旅立つことになった男がいた。彼はこれからの行動を考えている。

『まず装備だよね』

 男は聞きなれない声を耳にした。

『武器と防具か……え、うん。分かった』

 声の主は誰かと会話しているらしい。

『まずは武器を買おう』

 男はこの声に従わなければならない気がした。彼は身体の向きを変えると、武器屋へと歩き出した。


 ーー終ーー

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

これは1年前に書いた作品を、今年になって加筆修正したものになります。不足だと思う部分は修正しましたが、どうなんだろ……。



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