表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

制度で殴る事務官シリーズ

婚約破棄は受理しましたが、手続き上あなたはもう王族ではありません

作者: たまみつね
掲載日:2026/04/24

「――以上をもって、我はリリアーナとの婚約を破棄し、このミレイユと結ばれることを宣言する!」


大広間に響き渡る声。

ざわめく貴族たち。泣き崩れる令嬢。ドヤ顔の王太子。


そして、その全てをぶち壊す声が一つ。


「はい、受理できません」


場が凍った。


発言者――王宮事務局第三調整課、主任事務官アルト・グレイ。三十七歳。既婚。帰宅予定は未定。


「……は?」

王太子が間抜けな声を出す。


アルトは無表情で書類束をめくる。

「婚約破棄には、双方署名済みの解除申請書、証人三名、貴族院事前通達、王印補助承認が必要です。どれもありませんね」

「我は王太子だぞ!?」

「はい、ですので“なおさら必要です”」

会場の空気がピリつく。


「……しかし、王族の発言を無かったことにはできんだろう」

横から老獪な公爵が口を挟む。


アルトは即答した。

「はい。ですので――」


一拍。

「発言は尊重し、制度で処理します」

その言葉に、貴族たちがぞくりとした。


アルトはさらさらとメモを走らせる。

「婚約破棄、承認方向。新規婚姻も承認。ただし――」

顔を上げた。

「条件調整を行います」


王太子が不敵に笑う。

「ほう、分かっているではないか」

アルトは心の中で呟いた。

(帰宅、今日も無理だな)


◇◆◇◆◇◆


深夜。事務局の灯りはまだ消えない。

アルトは机に突っ伏しながら、鬼のような速度でペンを走らせていた。


「よし、第一案」

書類タイトル:

『王太子婚約変更に伴う制度調整案(暫定)』


内容はこうだ。

・婚約破棄:正式承認

・新規婚姻:承認


ただし――

「王太子妃教育未履修。よって王宮受け入れ不可」

「は?」

同僚が顔を上げる。


「だから、王子の方が婿入り」

「えっ」

「下級貴族家に王族が入る形なら制度的に整合性が取れる」

「いやいやいや」


アルトは止まらない。

「王位継承権、一時凍結。復帰条件は貴族院審査および十年以上の実績」

「重い!」

「公爵令嬢リリアーナへの賠償。王家ではなく、個人資産から」

「当然だな……」

「慰謝料、名誉回復声明、社交界復帰保証」

「それは優しい」


「さらに」

アルトのペンが止まる。

そして一言。

「王家の血統管理上、無制限な子の誕生は問題」

「……嫌な予感がする」

「よって」

アルトは淡々と言った。

「婚姻後の子については王族認定不可。全て母方家系扱い」

「うわあああああ」

同僚が頭を抱える。


「これで実質、王族ラインから外れる」

アルトは椅子にもたれた。

「はい、次」

「まだあるの!?」

「あるに決まってるだろ」


アルトの目は死んでいた。

「俺は帰らないといけないんだ」

「それ理由!?」


◇◆◇◆◇◆



夜明け前。机の上には書類の山。

アルトは呟く。

「……あと三件」


主な調整項目:

① 婚約破棄承認(形式補完付き)

② 新規婚姻承認

③ 王子の婿入り

④ 王位継承権凍結

⑤ 元婚約者への賠償

⑥ 王宮居住権剥奪

⑦ 社交界序列再設定

⑧ 王族予算使用禁止

⑨ 子の王族認定不可

⑩ 名誉称号一部返上

⑪ 公務権限制限

⑫ 貴族院再承認義務


「……十二か」

同僚が震える声で言う。

「これ、通るのか?」

アルトは即答した。

「通すんだよ」

「なんでそんなに強いの」

「嫁が怖いからだよ」

「理由が最低」


アルトは立ち上がる。

「王族の権威は守った。発言は実現される」

そして一言。

「ただし、責任も全部乗る」


窓の外が白み始める。

「……これで帰れる」

その瞬間、扉が開いた。


「事務官アルト」

王の使いだ。

「陛下がお呼びだ」

アルトは固まった。

「……帰宅、無理か」


◇◆◇◆◇◆


玉座の間。


王が静かに言う。

「報告は読んだ」

アルトは頭を下げる。

「は」

「……見事だな」


周囲がざわつく。

王は続ける。

「王族の面子は守られている。制度も守られている」

一拍。

「そして、あの愚か者は二度と軽々しく口を開かぬだろう」

「ありがとうございます」

王は少しだけ笑った。


「褒美をやろう。何がいい」

アルトは即答した。

「定時退庁権をください」


沈黙。


数秒後。

玉座の間に爆笑が響いた。

「よかろう!」

王は手を振る。

「今後、貴様は“特例的に”帰ってよい!」

「ありがとうございます!!」


アルトはその場で最速の一礼を決めた。


その日の夕方。

家の扉を開けると、妻が腕を組んで立っていた。

「……遅い」

「今日は早い方なんだ」

「言い訳は?」

アルトは真顔で言った。

「王太子を潰してきた」


妻は一瞬黙り、そして言った。


「ご飯冷めるから手洗って」


アルトは思った。

(この人が一番強い)


▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼


「――以上をもって、本件の調整結果を通告いたします」

王宮の小会議室。


王太子――いや、まだ王太子のつもりでいる男は、椅子にふんぞり返っていた。

「ふん、ようやくか。面倒な連中だ」

隣には、嬉しそうに腕を絡めるミレイユ。

「これで私も王太子妃ですのね!」

「当然だ。あの女に代わってな」


そこへ、扉が開く。

入ってきたのは、例の事務官――アルト。

顔色は死んでいる。だが目だけがやけに澄んでいる。

(あ、これ徹夜だ)

と誰かが思った。


アルトは一礼し、淡々と書類を読み上げる。

「まず、婚約破棄および新規婚姻について」

王子が鼻で笑う。

「当然、承認だろう」

「はい、承認されました」

ミレイユがぱっと顔を輝かせる。

「やりましたわ!」

「うむ、当然だ」

――ここまでは、完璧だった。


アルトは一枚、紙をめくる。

「続いて、制度調整事項に移ります」


「……調整?」

「はい」


一拍。


「王太子殿下は、本婚姻に伴い――ミレイユ様のご実家への婿入りとなります」


沈黙。


「……は?」

王子が固まる。


「王太子妃教育未履修のため、王宮受け入れ不可。よって、制度整合性の観点から当該措置が最適と判断されました」

「ちょ、ちょっと待て」

ミレイユが震える。

「それって……どういう……」

「はい。居住地はミレイユ家本邸。王宮への常駐は不可となります」

「いやいやいや!」

王子が立ち上がる。

「我は王太子だぞ!?」

「はい。ですので“元”になる予定です」

「予定って何だ予定って!!」


アルトは次の紙をめくる。

「王位継承権は一時凍結。復帰には貴族院の再審査が必要です」

「凍結!?」

「はい。なお、審査期間の目安は十年以上となります」

「十年!?」

「実績次第では延長もございます」

「ふざけるな!!」


アルトは無視して続ける。

「次に、元婚約者リリアーナ公爵令嬢への補償について」

王子の顔が引きつる。

「……王家で払うのだろう?」

「いいえ」

アルトは即答した。

「殿下の個人資産から全額負担です」

「なっ……!?」

「精神的苦痛、名誉毀損、社交的損失を総合的に勘案し――」


さらっと読み上げられる金額。

部屋の空気が死ぬ。

「……ゼロが多くないか?」

同席していた書記官が小声で呟く。

「妥当です」

アルトは一切の感情を込めずに言う。


「続いて」

「まだあるのか!?」

「ございます」

淡々。


「王宮居住権剥奪。王族予算の使用禁止。公務権限の大幅制限」

「ちょっと待て待て待て!!」

王子が机を叩く。

「それではただの――」

アルトが顔を上げる。

「はい」

一言。

「ただの貴族になります」


ミレイユの手が震え始める。

「で、でも……子どもは……」

希望にすがるような声。


アルトは、最後の紙をめくった。

「はい。血統管理上の措置として――」

そして、静かに告げる。

「お二人のお子は王族として認定されません」

完全な沈黙。

「……え?」

「母方家系に属する貴族として登録されます」


王子の口が開いたまま閉じない。


「つまり」

アルトはまとめる。

「婚姻は自由に行えますが、王家とは制度上切り離されます」


一拍。


「以上です」





「……ふざけるなああああああ!!」

絶叫。

王子が机を蹴り飛ばす。

「こんなもの認めるか!!」


アルトは静かに答える。

「すでに貴族院の承認を受けております」

「取り消せ!!」

「王命が必要です」

「ならば父上に――」

「ご報告は完了しております」

その一言で、王子は止まった。


「……なんだと」

「陛下は“問題ない”とのご判断です」



終わった。

それが分かるまで、数秒かかった。


ミレイユが青ざめる。

「そ、そんな……だって私……王太子妃に……」

アルトはほんの少しだけ、目を細めた。

「“伴侶”にはなれます」


優しい言い方だった。

だが内容は容赦がない。

王子が崩れ落ちる。


「……我は……何を失った……?」

アルトは答えない。


代わりに書類を差し出した。

「こちら、確認の上ご署名を」

しかし、王子は停止したまま動かない。


それを見たアルトは続ける。

「今回の内容で納得されず署名されない場合、これらの内容は一旦全て破棄されます」

 王子は希望に顔を上げるが、アルトは構わず続ける。

「その場合、王家に対する叛意ありとして、条件を厳しくした上で正規の裁判手続きに移行します」


「…は?」

 王子は完全に固まった。


「請求内容も先ほどの内容よりも厳しい条件となります。

 具体的には、まず王位継承権の完全剥奪および廃嫡。

 続いて王都からの追放および立ち入り十年間の禁止。  

 リリアーナ公爵令嬢への慰謝料については、公爵家の恩情による一部減免措置の無効化と王太子妃教育が無駄になったこと等、王太子妃が故に発生した費用の返還請求の追加。

 最後に、血統管理については、王子の断種処置を行うこと。

 また、奥様となられるミレイユ様についても同様に、王都からの追放および慰謝料の請求を行うこと。

 以上の内容で告訴することが貴族院議会で決定済みです。

 もちろん裁判ですので、判決がこれより軽くなることもあり得ます」


王子はもはや完全に停止し、動くことができない。

そして数分後、震える手でペンを取る。

「……」

カリ、と音が響く。


その瞬間。

彼の“王太子としての人生”は、完全に終わった。



数日後。

とある地方貴族の屋敷。


「……狭い」

元王太子が呟く。

「これでも我が家では一番広い部屋ですわ……」

ミレイユが遠慮がちに言う。


沈黙。


遠くで、鶏が鳴いた。

「……朝が早いな」

「領地はそういうものですの」

また沈黙。

王子はぽつりと呟いた。

「……戻れると思うか?」

ミレイユは答えなかった。


◇◆◇◆◇◆


――一方その頃。

王宮事務局。

アルトは机に突っ伏していた。

「終わった……」

同僚が肩を叩く。


「伝説になったな、お前」

アルトは顔も上げずに言う。

「いいから帰らせてくれ……」

「今日は帰れるだろ」

「……嫁が怒ってないといいな」

その願いが叶ったかどうかは、誰も知らない。


◇◆◇◆◇

公爵家本邸、書斎。

重厚な机の上に、例の報告書が置かれている。

公爵はゆっくりとそれを閉じた。

「……見事だな」

その一言に、執事が静かに頷く。


「はい。王族の権威を損なわず、制度も守り、さらに将来的な火種まで処理しております」

「一晩で、か」

「はい」

短い沈黙。


リリアーナが口を開いた。

「お父様」

「なんだ」

「この方、今も働いていらっしゃるのかしら」

執事が答える。

「はい。通常業務に復帰されております。なお、残業時間は――」


一瞬、言い淀む。

「……記録上は、限界を超えております」


リリアーナが少しだけ眉を寄せた。

「倒れていないの?」

「報告はございません。ただし、同僚からは“目が死んでいる”との証言が」

「だろうね」

公爵が苦笑する。


「で、どうする」

リリアーナは少し考え、紅茶を置いた。


「差し入れを」

執事が即座にメモを取る。


「内容はいかがいたしましょう」

「実務に直結するものが良いですわね」

「甘味ではなく?」

「糖分は必要でしょうけれど、それだけでは意味がありません」

淡々と続ける。

「長時間でも集中力が維持できる食事。保存が利き、かつ片手で取れるもの」

「……戦場の兵糧のようでございますね」

「実際、似たようなものでしょう?」


執事が一礼する。

「承知いたしました」


公爵が口元を緩める。

「優しいな」

リリアーナは首を振った。

「違いますわ」


一拍。

「有能な人材は、消耗させてはいけません」


その言葉に、空気が締まる。

公爵は満足げに頷いた。

「では、もう一つはどうだ」

「もう一つ?」

「雇用だ」


リリアーナの視線が上がる。

「引き抜くのですか?」

「打診だけだ」

公爵は淡々と言う。


「今回の件で、あの男の価値は証明された。王宮が手放すことはないだろうが――」

一拍。


「提示する価値はある」

執事が静かに補足する。

「待遇を比較させることで、王宮側の扱い改善を促す効果も見込めます」

リリアーナが微笑む。

「交渉材料、ですわね」

「そういうことだ」

公爵は指を組む。


「我が家に来れば、権限と裁量は大きい。無駄な儀礼も少ない」

「代わりに責任は重い」

「当然だ」


短い沈黙。

リリアーナは少しだけ楽しそうに言った。

「来ると思います?」

公爵は即答する。

「来ないな」

「まあ」

「性格的に、“自分が抜けた後”を気にするタイプだ」


執事も頷く。

「はい。今回の処理も、個人の成果ではなく“制度として残る形”を優先しております」

リリアーナが納得したように息をつく。

「確かに……そういう方ですわね」


そして、少しだけ目を細める。

「だからこそ、価値がある」

公爵が笑う。

「同感だ」


執事が確認する。

「では、差し入れと合わせて雇用の打診も?」

「ええ」

リリアーナは軽やかに言った。

「ただし、押し付けにならないように」


一拍。

「選択肢として提示するだけで十分ですわ」


◇◆◇◆◇◆


数日後。王宮事務局。

アルトの机に、小さな木箱が置かれてい

た。

「……何だこれ」

同僚が覗き込む。

「差出人、公爵家だ」

「は?」


ざわつく周囲。

アルトは嫌な予感しかしなかった。

箱を開ける。

中には、整然と並んだ保存食、携帯食、そして――

一冊の冊子。

『長時間業務における効率的休息と栄養管理』

「……刺さりますねぇ」

ぼそり。


さらに一通の手紙。

アルトは読む。

静かに、最後まで。


「……どうした」

同僚が聞く。


アルトは手紙を閉じた。

「いや」

一言。

「転職の誘いだ」

「はあ!?」

周囲がどよめく。


「行くのか!?」

アルトは即答した。

「行かない」

「即答!?」

「当たり前だろ」

アルトは箱を閉じる。


「今、俺が抜けたら誰が後処理するんだ」

「知らんよ!」

「俺が困る」

「お前がかよ!」


アルトは椅子にもたれた。

少しだけ、ほんの少しだけ口元が緩む。


「……でもまあ」

箱の中を見て、小さく呟く。

「ありがたいな」

その日の仕事は、ほんの少しだけ効率が上がった。


そしてその夜。

帰宅したアルトに、妻が言った。

「最近ちょっと顔色いいね」

アルトは答える。

「栄養が届いた」

「誰から?」


一瞬、迷って。

「……公爵家」

「何したの?」

アルトは遠い目をした。

「王太子を処理した」


妻は頷いた。

「なるほど」


それ以上は聞かなかった。

――了。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
AIって隠してないところ好きです。ちゃんと面白いし!でもやっぱり人間が書いた文章と少し違いますよね。それもまた良き。違和感無く読めました。
AIとの事ですが生成したあと見返し修正してAIである事を隠さない方でしたら思うことは何もありません。素敵な作品ありだとうございました(*ˊᵕˋ*) アルトの業務環境に改善あるといいなぁ
AIぽい文章だな、と思ったら実際そうでした。でも多分、これちゃんとリライトもしてますよね? 一部を除けばだいぶ読みやすく書かれてるように思います。 裏方が頑張る話、好きです。ありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ