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ホラー小説集

博物館の受付嬢が目の当たりにした怪異

作者: 大浜 英彰
掲載日:2026/04/15

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 大学で文系資格を取得しても、すぐに活かせるかどうかはまた別問題である。

 民俗学を専攻して学芸員資格を苦心の末に取得した私こと袖掛町子(そでかけまちこ)も、それを就活の時に嫌という程に実感させられたわ。

 何しろ学芸員を求人している博物館なんてほんの一握りだし、その僅かなパイを奪い合うために全国から学芸員資格者が殺到するのだから。

 競争率なんて上がる一方。

 だから受付嬢という形ではあっても地元の博物館である堺県立歴史博物館に正規職員としての働き口を見つけられたのは、本当に幸運な事だと思うの。

 実際、今の職場に不満なんか殆どないのだから。

 来館者の方々の御出迎えやチケットの確認に各種問い合わせ対応といった日々の業務は苦にはならないし、それにベージュのジャケットと黒のスカートで構成された制服も気に入っているし。

 それに運良くポストに空きが出来たら、学芸員になれる可能性もある訳だし。


 強いて難点を挙げるならば、理屈だけでは合理的に説明の出来ない不可思議な出来事に遭遇してしまう事がある点かしら。

 持ち主共々に行方不明になった幽霊画に、大坂の陣で焼死した堺衆の残留思念が取り付いた抹茶碗。

 博物館という職場の都合上、曰く付きの展示品は決して少なくはないわ。

 それに我が堺県立歴史博物館も開館してから相応の年月が経っている訳だから、長い歴史の間には色々な事があっても何も不思議じゃないわね。

 今回こうして私が体感した奇妙な出来事は、堺県立歴史博物館その物の歴史と切っても切り離せない関係にあったの。

挿絵(By みてみん)

「いらっしゃいませ!ようこそ、特別展『弥生時代の南近畿地方を探る』へ!」

 お客様の御出迎えにチケットの確認、そして音声ガイド端末の貸し出し手続き。

 普段通りの業務にも、何時になく力が入る。

 何しろこの日は、春期特別展の初日でもあったのだから。

 だけどそんな私の意気込みは、早々に出鼻を挫かれる事になってしまったの。

「あの…今回の特別展って弥生時代の南近畿地方の話ですよね?この音声ガイド、ちょっとおかしいですよ。エジプトのカイロとかファラオのミイラとか、全く関係のない事を言ってくるんですから。」

 イヤホンと端末を返却トレーに置かれた年若い男性は、何とも怪訝そうな顔をされていたわ。

「申し訳御座いません、お客様!過去の特別展の音声が残っていた模様です。」

「でも、この博物館でエジプト展なんてしてましたっけ?少なくとも僕が知る限りでは、ここ数年は開催されてないはずですが?」

 男性の仰る通り、我が堺県立歴史博物館でエジプト展は長らく開催されてない。

 堺県には百舌鳥・古市古墳群、エジプトにはギザの三大ピラミッド。

 巨大墳墓という絶好の共通点があり、特別展として開催すればきっと耳目を集めるだろうに。

 そんな私達二人を更に困惑させたのは、男性客のガールフレンドと思わしき女性だったわ。

「ちょっと、さっきからヒロ君ったら何言ってるの?私が借りた端末だと普通に日本の話をしてたよ。」

「えっ、どういう事?」

 怪訝そうな顔をする男性客を尻目に、女性は何事もなかったかのように端末を取り出されたの。

「きっとヒロ君の借りた機械、古くなってガタが来てたんじゃない?新しいの借りたら良かったのに。」

 確かに女性の仰る通り、彼女の端末は昨年度予算の残金で導入したばかりの最新型だった。

 そしてその後も最新型の端末を使用されたお客様は何事もなく、音声ガイドに関する不満を訴えられたのは耐用年数も切れようかという古い機種を使用されたお客様ばかりだったの。


 この異常極まりない事態を解明するため、私は閉館時間の過ぎた展示室に音声端末を携えて入室したの。

挿絵(By みてみん)

「まずは番号001、本来なら南近畿地方に残る弥生時代の遺跡の概要を解説するガイドが流れるはずだけど…えっ?」

 恐る恐るボタンを押した私は、次の瞬間にはただただ困惑するばかりだったの。

「…年度春期特別展『古代エジプトの黄金と美 ―砂漠に眠る王妃の輝き―』にお越し頂き、誠にありがとう御座います。エジプトはギザに聳えるクフ王のピラミッドは、始皇帝陵や大仙古墳と並ぶ世界三大墳墓に数えられ、現代を生きる我々に悠久の歴史ロマンを伝えています…」

「えっ、今から七年も前の春期特別展?でも、あの年は確かコレクション展が開催されていたはずだけど…」

 どのボタンを押しても、聞こえてくるのは王妃の首飾りだの身代わり人形のウシャブティだのといったエジプト関連の発掘品や美術品ばかり。

 驚いた私は、残業中だった副館長さんに話を伺ってみたの。

「ああ…『古代エジプトの黄金と美 ―砂漠に眠る王妃の輝き―』と言えば、七年前に私が企画した特別展ですよ。袖掛さんがまだ我が館の職員になる前の事ですから、御存知ないのは無理もありません…」

 副館長さんのお話によると、春期特別展「古代エジプトの黄金と美 ―砂漠に眠る王妃の輝き―」は開催直前に中止になってしまった曰く付きの特別展らしい。

 どうも特別展の目玉として海外のコレクターやヨーロッパの博物館から借りる予定だった首飾りやウシャブティが盗掘品だったらしく、エジプト政府からの返還請求等もあって開催出来なくなってしまったの。

「それで特別展の中止に踏み切った前後でしたかね。盗品と知りつつ貸し出して箔をつけようとしたコレクターが、急に熱病を発症して錯乱の末に亡くなったんですよ。最期に言い残したのは『ミイラ達が追ってくる…』という意味不明な譫言だったとか。その後にはヨーロッパの博物館でも汚職や不正が発覚して大混乱になったそうで…」

 カーナヴォン卿やジョージ・ジェイ・グールド1世がツタンカーメン王の発掘の直後に相次いで急死した事は有名だけれど、これも「ファラオの呪い」の一環なのだろうか。

 幸いにして我が堺県立歴史博物館には変死した職員はいないけれども、それはもしかしたら早々に開催中止を決断して返還作業に全面協力した事によるファラオ達の温情なのかも知れないわね。

「ちょうど今日が、件の特別展の開催初日になるはずだった日なんですよ。要は今年が七回忌。図録やら音声ガイドやら、色々用意したんですが…トラブルを起こした端末は、全て七年前から使われている古い機種でしてね。本当なら七年前の今日、来館者の方々があの音声ガイドを聞いていたのでしょう…」

 言わばあのエジプト展は、生まれる事を許されなかった水子みたいな存在なのだろうね。

 その無念の思いが、こうして音声ガイドに誤作動を起こさせているのだろうか。

「とは言え私も、あのエジプト展を諦めた訳じゃありません。当時は盗品として公開出来なかった首飾りやウシャブティも今は正式な持ち主の管理下にありますし、エジプト政府は返還作業に協力した我が館に対して好印象を抱いていますからね。今は交渉やら準備やらを水面下で進めている段階ですが、必ずやり直してみせますよ。」

 そう語る副館長さんの老いた横顔には、まるで青年のような情熱と意欲が宿っていたの。

 もしも近い将来に正しい形でエジプト展がやり直されたなら、あの音声ガイドの怪現象も起きなくなるのだろう。

 出来る事なら、私もエジプト展の仕切り直しに携わりたい物だわ。

 受付嬢としてなのか、それとも学芸員としてなのか。

 そこまでは、今はまだ分からないけど。

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― 新着の感想 ―
博物館のガイドになるのも結構大変なのですね〜! 志半ばで開催できなかった展示会、その錯乱の末に亡くなってしまったコレクターは盗品とわかっていてそのようなことをした報いなのかもですが、エジプト展を待ち望…
水子音声ガイド… なんつーパワーワード(´Д⊂ヽ エジプト展のやり直しが出来ますよーに(*´ω`*)
そんな音声案内聞いちゃったら…トラウマ! どうしても伝えたかったんでしょうね。
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