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幼馴染だからって慢心してたお前の席、俺がもらうけどいいよな? ——遊び人、初めてのガチ恋記録  作者: ベリーブルー


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第九話 焦燥

――――――――――――――――――――



 最近、凛がおかしい。


 いや——おかしいのは凛じゃなくて、凛の周りの空気だ。


 月曜の朝。教室に入ると、凛は結衣と何か話していた。

 珍しく凛が先に口を開いていて、結衣がにやにやしながら聞いている。


 近づいて会話に入ろうとしたら——凛が口を閉じた。


「おはよう、凛」


「……おはよう」


 返事はある。でも、さっきまでの表情はもう消えている。

 いつもの無表情。いつもの素っ気なさ。


 ……これ自体は、別に珍しくない。

 凛は俺の前ではいつもこうだ。

 でも——さっきまでの柔らかい顔は何だったんだ。


 結衣に話しかける。


「おはよ、小川。凛と何の話してたの?」


「んー? 別に、本の話」


「本?」


「うん。凛が最近読んでるシリーズの話」


 本の話。

 凛が本好きなのは知っている。小学生の頃から図書室に入り浸っていた。

 でも——凛が自分から誰かに本の話をするのは、かなり珍しい。

 俺に対してだって、聞かなければ話さない。


「何のシリーズ?」


「海外のミステリーだよ。三村くんは読む?」


「いや、俺あんま本読まないから」


「そっかあ」


 結衣がにこにこしている。

 何か含みのある笑顔だ。何を知ってるんだこいつ。


 凛はもう席に戻っていた。

 俺に背を向けて、鞄から教科書を出している。


 ……なんだよ。

 本の話なら俺にもしてくれたらいいのに。


 でも、それを口に出す勇気はなかった。

 「本の話してよ」なんて言ったら、凛は「興味ないでしょ」と一蹴するだろう。

 実際、興味がないわけじゃないけど——凛が読んでいるような難しい本の話についていける自信はない。


 だから何も言わなかった。

 何も言わないまま、自分の席に座った。



◇ ◇ ◇



 昼休み。


 坂本たちと教室で昼飯を食っていた。

 最近、グループの空気が微妙に変わっている。


 俺が話を振っても、返りが遅い。

 笑いが少ない。

 前は俺がネタを投げればすぐ拾ってくれたのに、最近は一拍の間が空く。


「なあ、聞いた? 藤宮、ボランティア四回目も来てたらしいぜ」


 俺が言うと、坂本が弁当から顔を上げた。


「あー……うん」


「しかも自主参加だってよ。罰則終わったのにわざわざ来るとか、どんだけ必死なんだよ」


「まあ、いいんじゃね。ボランティアだし」


「は? あいつの目的なんて明白だろ。氷室目当てに——」


「蒼太さあ」


 田中が口を挟んだ。

 いつもより、声が低い。


「何」


「ちょっとしつこくね? 藤宮の話」


 ……また、これか。


「しつこいって何だよ。事実言ってるだけだろ」


「いや、事実っつーか——お前の感想じゃん。藤宮がボランティア行くのは本人の自由だし、目的がどうとか、俺ら関係なくね」


「関係なくないだろ。凛が迷惑してたら——」


「氷室さんが迷惑してるって、氷室さんが言ったの?」


「…………」


「言ってないよな。蒼太が勝手にそう思ってるだけじゃん」


 カチン、ときた。

 でも——言い返せなかった。


 凛が迷惑だと言ったかどうか。

 言っていない。

 俺が勝手に判断しているだけだ。


 でも——幼馴染の俺にはわかるんだ。

 凛は口下手で、嫌なことを嫌と言えないタイプだから。

 だから俺が代わりに——


「蒼太」


 田中の声が、静かに続いた。


「俺も坂本も、お前のこと嫌いじゃないよ。でもさ、最近マジでキツい」


「……何が」


「藤宮の悪口。毎回毎回グループLINEにも書いてるし、昼飯の時も藤宮の話ばっか。正直——聞いてる側がしんどい」


 坂本が何も言わずに弁当を食べている。否定していないということは、同意しているということだ。


「……俺が悪いのかよ」


「悪いとか悪くないとかじゃなくて、もうやめたほうがいいって話。藤宮がどんな奴かは、みんな自分で見て判断するから」


 俺は何も言えなかった。

 弁当の残りを無理やり口に詰め込んで、席を立った。


「ごちそうさま」


「あ、蒼太——」


 坂本の声を背中で聞きながら、教室を出た。



◇ ◇ ◇



 廊下を歩く。行き先はない。

 ただ、あの場にいたくなかった。


 ……何がキツいだよ。

 俺は事実を言ってるだけだ。

 藤宮が遊び人なのは事実。凛に近づいてるのも事実。

 それを指摘して何が悪い。


 田中も坂本も、結局は藤宮の味方なんだ。

 あいつは人当たりがいいから。愛想がいいから。

 周りを味方につけるのが上手いだけだ。

 中身なんて——


 ……中身なんて。


 中身なんて、何だ。

 俺は藤宮の中身を知っているのか?


 知らない。

 話したことすらほとんどない。


 でも——知る必要なんてない。

 あいつは遊び人で、凛にふさわしくない。

 それだけわかっていれば十分だ。


 ……十分、なはずだ。



 二階の渡り廊下を歩いていたら、窓の外に中庭が見えた。


 藤宮糸がいた。


 中庭のベンチで、隣のクラスの男子数人と笑って話している。

 その輪には女子もいる。自然に混じっている。

 誰かがスマホを見せて、全員で笑っている。


 楽しそうだ。

 みんな楽しそうだ。

 藤宮の周りには、いつも人がいる。


 俺の周りからは——人が減り始めている。


 その対比が、胸に刺さった。



◇ ◇ ◇



 放課後。


 凛に声をかけた。

 普段より少し——意識して、優しい声を出した。


「凛、帰ろうぜ」


「……今日は結衣と図書室に寄るから」


「あ、そう……じゃあ待ってよっか?」


「待たなくていい。長くなるかもしれないから」


「いや、別にいいよ。暇だし」


 凛がこちらを見た。

 何かを測るような目。


「……蒼太」


「ん?」


「最近、なんか変じゃない?」


 心臓が跳ねた。


「変って何が」


「前はこんなに——毎日帰ろうとか、待つとか、言わなかったでしょ」


「いや、前から言ってた——」


「言ってなかった」


 断言された。


「…………」


「急にそういうことされると、逆に不自然だから」


 凛は鞄を持って立ち上がった。


「……ごめん」


「謝ることじゃない。ただ、普通にしてくれたらいいだけ」


 彼女は結衣と一緒に教室を出ていった。


 普通にしてくれたらいい。


 ——普通って、何だ。


 今までの俺は「普通」だったのか?

 好きな相手に好意を伝えもせず、近くにいるだけで安心して、悪口で見栄を張って——それが俺の「普通」だったのか。


 そしてその「普通」に、凛は何の感情も持っていなかった——ということか。


 ……違う。

 違うはずだ。

 凛は俺のこと、特別に思ってるはずだ。

 幼馴染だから。十年以上一緒にいたんだから。


 ただ——素直じゃないだけだ。

 凛はそういう人間だから。


 そう、自分に言い聞かせる。

 何回目かわからない、同じ言い訳を。



◇ ◇ ◇



 帰り道。一人で歩いていた。


 スマホを開く。グループLINE。

 昼休みの後、俺は何も書き込んでいない。田中に言われたことが、まだ引っかかっている。


 でも——黙っていると、別の不安が湧いてくる。

 何も言わなかったら、俺の存在感がなくなるんじゃないか。

 グループの中で、俺がいなくても何も変わらない——そう思われるんじゃないか。


 だから打つ。


『今日凛に帰ろうって誘ったら断られたわ。あいつ最近マジで素っ気ない。まあ元からだけどw』


 ……また、やった。

 凛のことを、こうやってネタにしてしまう。


 返信を待つ。


 一分。三分。五分。


 既読はついている。

 でも——誰も返信しない。


 十分経っても、返信はなかった。


 スマホをポケットにしまう。

 手が少し震えていた。


 怖い。


 怖いと認めたくないけど——怖い。


 周りの空気が変わっている。

 坂本も田中も、前みたいに笑ってくれない。

 凛は距離を取っている。

 グループLINEは沈黙。


 全部——藤宮が来てからだ。

 あいつが凛に近づいてから、歯車が狂い始めた。

 あいつさえいなければ——


 ……本当に?


 本当に、全部あいつのせいか?


 頭の奥で、小さな声がする。

 お前が変わらなかっただけじゃないのか。

 凛の隣にいることに甘えて、何の努力もしなかっただけじゃないのか。

 人の悪口を言って自分を守って、それで大丈夫だと思い込んでいただけじゃないのか。


 その声を——俺は、握りつぶした。


 認めるわけにはいかない。

 それを認めたら、俺はどうなる。

 十年間の「俺と凛は大丈夫」が全部嘘になる。


 だから——認めない。

 まだ、認めない。



 家に帰って、部屋のベッドに倒れ込んだ。


 天井を見上げる。

 何もする気が起きない。


 スマホの画面を見ると、グループLINEに新しいメッセージが一件。


 坂本からだった。


『蒼太、今度の週末ヒマ? 飯でも行かね?』


 ……坂本。

 あいつは——まだ、こうやって声をかけてくれる。


 返信を打つ。


『行く』


 送信して、スマホを胸の上に置いた。


 坂本はまだ繋がりを保とうとしてくれている。

 でも田中の目は冷たかった。

 他の何人かも、最近は俺を避けている気がする。


 全部——俺の行動の結果だと、頭のどこかではわかっている。


 わかっているのに——止められない。

 藤宮への敵意も、凛への執着も、グループLINEへの書き込みも。


 止めたら、俺には何が残る?


 何も、残らない気がする。


 それが一番怖い。

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