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幼馴染だからって慢心してたお前の席、俺がもらうけどいいよな? ——遊び人、初めてのガチ恋記録  作者: ベリーブルー


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12/12

最終話 君に僕は似合わない、けど


――――――――――――――――――――



 蒼太のLINEを見てから、三日が経った。


 木曜日の朝。いつも通りに起きて、いつも通りに支度をして、いつも通りに家を出た。

 空は晴れていた。六月の終わり、梅雨の晴れ間。湿度は高いけど、風が気持ちいい。


 いつも通り。

 何も変わらない朝。


 ——嘘だ。

 何もかもが変わっている。


 蒼太のLINEのスクリーンショットが出回った月曜日。

 私はクラスメイトの誰よりも早く、その内容を知った。

 二組の女子が朝のHR前に見せてくれた画面に並んでいた言葉。


 『不器用なんだよなw』

 『素っ気ない。まあ元からだけどw』

 『要領悪い』


 全部——蒼太の言葉だった。


 驚かなかった、と言えば嘘になる。

 でも——壊滅的なショックかと言えば、それも違った。


 薄々、気づいていたから。

 蒼太が誰かの悪口を言う人間だということは知っていた。

 ただ、私のことは言わないと信じていた。


 その信頼が——間違いだった。

 それだけの話だ。


 月曜の放課後、蒼太が謝ってきた。

 私は言うべきことを言って、背を向けた。


 怒りはなかった。

 悲しみも——もうなかった。

 ただ、十年以上の時間が、静かに終わった感覚があった。


 蒼太のことを嫌いになったわけじゃない。

 ただ——隣にいる理由が、なくなった。



◇ ◇ ◇



 一時間目。古典の授業。


 教科書を開いているけど、文字が頭に入ってこない。

 三日間ずっとこうだ。


 頭の中にあるのは——蒼太のことじゃない。


 藤宮糸のことだ。


 土曜日の告白。

 夕焼けの公民館前。花壇のマリーゴールド。


 『俺は遊び人だったし、氷室さんにふさわしい人間じゃないかもしれない』


 『でも——好きだ。氷室さんのことが』


 あの時の彼の声を、何度も何度も思い出している。


 震えていた。

 手のひらに汗をかいていた。

 目は真っ直ぐで、逃げなかった。


 遊び慣れている人間の告白じゃなかった。

 百人と話してきた男が、たった一人の前で言葉を探している——そんな告白だった。


 「少し待って」と言った。

 整理する時間がほしいと。


 あれから四日。

 整理は——できたのか。


 ……できた、と思う。

 いや——できていないのかもしれない。

 でも、答えは出ている。


 たぶん、最初から出ていた。

 認めるのが怖かっただけだ。



◇ ◇ ◇



 昼休み。


 結衣と教室でお昼を食べている。

 結衣はいつも通り卵焼きをつまみながら、私の様子を窺っている。


 三日間、結衣は何も聞いてこなかった。

 蒼太のことも、藤宮のことも。

 ただ隣にいて、いつも通りにしていてくれた。


 それが——ありがたかった。


「結衣」


「ん?」


「聞いてほしいことがある」


 結衣の箸が止まった。

 一瞬驚いた顔をして——すぐに、柔らかく笑った。


「うん。聞く」


「藤宮に——告白された」


「…………うん」


「土曜日のボランティアの後。花壇の前で」


「…………」


「返事は保留にした。整理する時間がほしいって」


「うん」


 結衣は相槌を打つだけだ。急かさない。それがありがたい。


「私は——藤宮糸のことを、遊び人だと思っていた。誰にでも優しくて、誰にでも同じ顔をする人。私じゃなくても成立する関係しか作れない人」


「…………」


「でも——違った」


 パンを置いて、自分の手を見た。

 土曜日、花壇の土を一緒に掘った手。


「あの人は——私の前では、嘘をつかなかった。『最初は下心だった』と正直に言った。遊び人だった過去も隠さなかった。元カノとの関係も、付き合った人数も、全部——自分の言葉で話した」


「うん」


「私が好きだと言った本を三冊読んで、付箋だらけにして持ってきた。感想を聞いた時——あの人は、あの小説の一番大切なところを、ちゃんと読み取っていた」


 声が少し震えた。

 自分でも驚いた。


「『それでも朝は来る』。あの一文の意味を——私と同じように受け取ってくれた人は、あの人が初めてだった」


「…………」


「花壇の水やり当番に、自分から入っていた。私が頼んだわけじゃない。私に言ったわけでもない。ただ——私が大切にしているものを、同じように大切にしてくれた」


 結衣が黙って聞いている。

 目が少し潤んでいるのは——見ないふりをした。


「似合わないと思ってた。私とあの人は、絶対に合わないって」


「…………」


「趣味も性格も、人との接し方も全部違う。私は不器用で、素直になれなくて、人を遠ざけてばかりで。あの人は誰とでも打ち解けて、楽しそうに笑って、いつも人の輪の中にいる」


「うん」


「でも——あの人が私に見せた顔は、誰にでも見せる顔じゃなかった」


 ここで——声が詰まった。


「空回りして、言葉に詰まって、耳を赤くして。百人と話して困らなかった人が、私の前だけで不器用になる。それが——」


「…………」


「それが——全部、本物だったんだと思う」


 結衣が、静かに箸を置いた。


「凛」


「何」


「答え、もう出てるじゃん」


「…………うん」


「じゃあ、行きなよ」


「……今?」


「今でしょ。四日も待たせてるんだから」


 結衣が笑った。

 いつもの——少しいたずらっぽい、温かい笑顔。


「凛が自分の気持ちに正直になるの、初めて見た。すっごく——いい顔してるよ、今」


「……そんな顔してない」


「してる。鏡見てごらんよ」


「見ない」


「あはは。頑固なとこは変わんないね」


 立ち上がった。

 鞄は置いていく。五時間目には戻る。


「結衣」


「ん?」


「ありがとう。ずっと——ありがとう」


 結衣が目を丸くして——それから、泣きそうな顔で笑った。


「行ってらっしゃい」



◇ ◇ ◇



 三組の教室を目指して廊下を歩く。


 心臓がうるさい。

 こんなの——今まで一度もなかった。

 テストの前も、部活の試合の前も、こんなに鳴ったことはない。


 三組の教室前に着く。

 中を覗くと、昼休みの教室は半分くらいの生徒が残っていた。


 藤宮糸は——いた。


 窓際の席で、隣の尾崎くんと何か話している。

 笑っている。いつもの、人懐っこい笑顔。


 でも——よく見ると、少しだけ元気がない。

 目の下にうっすら隈がある。笑顔の端が、ほんの少しだけ無理をしている。


 四日間。

 あの人も——待ちながら、不安だったんだ。


 深呼吸する。


 教室に入った。


「藤宮」


 声をかけた瞬間、教室の空気が変わった。

 何人かの視線がこちらに集まる。


 藤宮糸が顔を上げた。

 私を見て——一瞬、固まった。


「氷室、さん——」


「少し、いい?」


「あ、うん。もちろん」


 彼が立ち上がる。

 隣の尾崎くんが何か言いかけたが、藤宮が小さく首を振って制した。


 教室を出て、廊下を歩く。

 どちらからともなく、人の少ない方へ向かった。


 渡り廊下の突き当たり。窓から中庭が見える、静かな場所。


 二人で立ち止まった。


 向き合う。



「…………」


「…………」



 沈黙。


 彼の目が——不安と期待の間で揺れている。

 それを隠そうともしない。正直な目。


 私は——息を吸った。


「土曜日の答えを、言いに来た」


「…………うん」


「その前に——聞いてほしいことがある」


「何でも」


「蒼太のLINEのこと、知ってる?」


 藤宮が少し目を伏せた。


「……噂では。俺の悪口が書いてあったってことと、氷室さんのことも——書いてあったって」


「うん。蒼太は月曜に謝ってきた。私は——もう、前みたいには戻れないと伝えた」


「…………」


「蒼太のことは、嫌いになったわけじゃない。ただ——好きな人を裏で笑い者にする人の隣には、いられない」


 藤宮が黙って聞いている。

 口を挟まない。蒼太の悪口も言わない。


 ——この人は、絶対にそうしない。

 相手が自分を敵視していても、悪く言わない。

 それが——藤宮糸という人間だ。


「それで——あなたのことを考えた。四日間ずっと」


「…………」


「遊び人だって噂を聞いて、怖くなった。私もどうせ、すぐ飽きられるんだって」


「…………」


「でも——自分の目で見たものを信じるって、あの小説の主人公がやったことでしょ」


 藤宮の目が——少し、見開かれた。


「噂じゃなくて、私が見てきたあなたは——ボランティアで真剣に手を動かして、正直に『下心があった』と言って、私の好きな本を読んで、花壇の水やり当番に入って、猫の話で笑って、私の前でだけ空回りする人だった」


「…………」


「遊び人には——見えなかった」


 声が震えている。

 自分の声が震えているのが——恥ずかしくて、でも止められない。


「似合わないと思ってた。私とあなたは、絶対に合わないって」


「…………」


「でも——それが全部間違いだった」


 藤宮糸の目が潤んでいる。

 泣くのを必死にこらえている顔。

 あの、いつも余裕のある笑顔が——今は、ぐしゃぐしゃに崩れかけている。


「だから——」


 一歩、近づいた。


「私も——あなたのことが、好き」


 言った。


 言えた。


 心臓が破裂しそうだ。顔が熱い。たぶん耳まで真っ赤になっている。

 こんなの生まれて初めてだ。自分からこんなことを言うなんて。


 藤宮糸は——動かなかった。


 三秒。五秒。


 そして——両手で顔を覆った。


「…………マジかよ」


 くぐもった声。


「……泣いてるの?」


「泣いてない」


「泣いてるでしょ」


「泣いてない。泣いてないから——ちょっと待って」


 ——この人が。

 百人と話して困らなかった人が。

 女の子の扱いに慣れているはずの人が。


 両手で顔を覆って、肩を震わせている。


「…………ごめん。ちょっと——無理。嬉しすぎて処理が追いつかない」


「……大げさ」


「大げさじゃない。人生で一番嬉しい。間違いなく」


 彼が手を下ろした。

 目が赤い。鼻も赤い。

 さっきまでの格好いい顔は、どこにもない。


 でも——今のこの顔が、一番好きだと思った。


「氷室さん」


「……何」


「俺——ちゃんとする。絶対に。氷室さんを後悔させない」


「…………」


「遊び人だった俺が言っても説得力ないかもしれないけど——」


「説得力はある」


 彼が驚いた顔をした。


「あなたが言ったことで、嘘だったことは一つもなかったから。これからも——そうでしょ」


「…………当たり前だ」


「じゃあ、信じる」


 渡り廊下に風が吹いた。

 中庭の木が揺れて、木漏れ日が私たちの上に落ちる。


 藤宮糸が——笑った。

 泣きながら、笑った。

 不格好で、情けなくて、でもこの上なく誠実な笑顔。


「……あと、ひとつ」


「何?」


「名前で呼んでいい?」


「…………好きにすれば」


 五回目の「好きにすれば」。


 でもこれは——もう突き放す言葉じゃない。


「凛」


 名前を呼ばれた。

 たったそれだけのことで——胸の奥が、こんなに温かくなるなんて知らなかった。


「……糸」


 小さく——名前を返した。


 彼の顔がくしゃっと崩れる。

 また泣きそうになっている。


「……ほんと泣き虫だね、あなた」


「うるさい。お前のせいだろ」


「——お前って言わないで」


「あ、ごめん。凛のせいだ」


「…………」


 なぜか——笑ってしまった。


 自分が笑っていることに気づいて、慌てて口元を手で隠す。

 でも遅い。彼に見られた。


「今——笑った」


「笑ってない」


「笑った。絶対笑った。俺、見た」


「見てない。見間違い」


「見間違いなわけないだろ。めちゃくちゃ可愛かった」


「——っ」


 顔が熱い。

 無理。これ以上この人の前にいたら、自分が保てない。


「……五時間目、始まるから。戻る」


「あ、待って。放課後——一緒に帰っていい?」


「…………好きにすれば」


「好きにする」


 彼が笑った。

 涙の跡が残る、不格好な笑顔。


 私は背を向けて歩き出した。

 足が速くなる。廊下を早歩きで進む。


 角を曲がったところで——立ち止まった。


 壁に背中をつけて、天井を見上げる。


 心臓がうるさい。

 顔が熱い。

 手が震えている。


 でも——笑っている。

 自分が笑っていることが、わかる。


 止められない。


 似合わないと思っていた。

 この人と私は、絶対に合わないと。


 でも——「似合わない」は、「似合う」にならない理由にはならなかった。


 あの小説のラストの一文を思い出す。


 『それでも朝は来る』


 朝は——来た。



◇ ◇ ◇



 放課後。


 校門の前に、藤宮糸——糸が立っていた。


 鞄を肩にかけて、スマホを見ている。

 私に気づいて顔を上げた瞬間、満面の笑みが広がる。


 ……あんな顔、誰にでもするくせに。


 いや——違う。

 あの笑顔は、今は、私にだけ向けられている。


「お待たせ」


「全然待ってない。三十秒くらい」


「嘘。十分はいたでしょ」


「……五分」


「正直だね」


「……うるさい」


 並んで歩き出す。


 六月の終わりの風が、少しだけ涼しい。

 空は高くて、雲が夕焼けに染まり始めている。


「糸」


「ん?」


「あの花壇、来週も水やりしてね」


「当たり前だろ。当番なんだから」


「……うん」


「凛も一緒にやろう。二人でやったほうが早い」


「…………そうだね」


 隣を歩く。

 今まで一人で歩いていた帰り道に、もう一人分の足音が加わる。


 この人と——これから、どんな時間が待っているんだろう。


 わからない。

 遊び人の彼と、不器用な私がうまくいく保証なんてどこにもない。

 喧嘩するかもしれない。すれ違うかもしれない。うまくいかないこともあるかもしれない。


 でも——それでいい。


 自分にできることをしっかり行う。

 そこに周りの態度や意見は介在しない。


 それは恋愛でも——同じだと思うから。


「ねえ、糸」


「何?」


「あの小説の続編、来月出るんだけど」


「マジ? 買う。絶対買う」


「……一緒に読む?」


「——もちろん」


 彼が嬉しそうに笑った。


 私も——たぶん、笑っていた。


 六月が終わる。

 梅雨が明けたら、夏が来る。


 似合わない二人の、似合う物語が——今、始まった。




――――――――――――――――――――


 君に僕は似合わない


         第一部 完


――――――――――――――――――――







――――――――――――――――――――

これでひとまず完結になります。

最後までお読みいただきありがとうございます。

気が向いたら続きを書くかもしれません。


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