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幼馴染だからって慢心してたお前の席、俺がもらうけどいいよな? ——遊び人、初めてのガチ恋記録  作者: ベリーブルー


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第一話 ボランティアの彼女


――――――――――――――――――――



 六月の土曜日。朝っぱらから軍手をはめてゴミ袋を持っている。


 は? って顔してるだろ、俺。自覚はある。


 藤宮糸、十七歳。高二。

 趣味は多い。友達も多い。休日の予定は常に埋まっている。

 ……はずだった。


 なのに今、俺は地域清掃ボランティアに参加している。


 原因はシンプル。

 先週の放課後、チャリでながらスマホやってたら生活指導の山岡に見つかった。

 反省文だけじゃ足りないとかで、ボランティア三回の刑を言い渡された。


 三回。

 三回だぞ。


 今日、海斗たちとショッピングモール行くはずだったのに。

 快晴の空が恨めしい。



 集合場所の公民館前には、俺と同じく嫌々来たっぽい生徒が数人。あとは地域のボランティアスタッフが数名。


 顔見知りはいない。

 ……いや。


 一人だけ、見覚えのある横顔があった。


 黒髪をひとつに結んだ女子。

 うちの学校の二年。別のクラスにいるはず。

 廊下ですれ違ったことがある。凛とした空気を纏った、目つきの鋭い女子。


 名前は……なんだっけ。


 まあいい。とりあえずボランティアを終わらせよう。

 早く帰りたい。



◇ ◇ ◇



 ボランティアが始まった。


 案の定というべきか、やる気の差は歴然だった。


 男子数人はスマホいじりながらだらだら歩いてる。ゴミ落ちてても素通り。

 女子二人は隅っこでおしゃべりに夢中。

 ……まあ、気持ちはわかる。俺だって本音を言えばさっさと切り上げたい。


 その中に、もう一人。

 三村蒼太。

 確か、さっきの黒髪の子と同じクラスの幼馴染だったはず。

 なんでここにいるのかは知らないが、やる気のなさでは他のメンバーに引けを取ってない。むしろトップクラスだ。近くにいた女子に話しかけてはへらへら笑って、ゴミ袋はほぼ空。


 で。


 そんな中で、一人だけ違う人間がいた。


 氷室凛。

 ようやく名前を思い出した。


 彼女は黙々とゴミを拾っていた。


 誰と話すでもなく。

 スマホを見るでもなく。

 ただ、淡々と。


 しゃがんでは立ち、しゃがんでは立ち。

 側溝の中に手を突っ込んで、泥まみれの空き缶を引っ張り出してた。


 ……すごいな。


 単純にそう思った。


 だって他の全員がサボってる。スタッフの目が届かない場所じゃ誰も真面目にやってない。

 そんな中で一人だけ手を抜かないって、簡単なことじゃない。


 強気な性格だって聞いたことがある。

 だったら周りに注意でもするのかと思ったけど——そういうこともしない。

 ただ黙って、自分の手を動かしてる。


 なんだろう。

 そのことが、妙に引っかかった。



◇ ◇ ◇



 午前の作業が一段落して、休憩。


 公民館の裏手にある自販機前。他のメンバーが固まってだべってる中、氷室凛は一人でペットボトルのお茶を飲んでいた。


 俺は自販機で缶コーヒーを買って、少し迷って——彼女のそばに歩いていった。


「なあ、氷室さん——だよな? 同じ学校の」


 切れ長の目がこっちを向く。

 値踏みするような視線。


「……藤宮、だっけ。何?」


 声のトーンは低い。愛想はゼロ。

 でも嫌悪というよりは、無関心に近い感じだ。


「いや、ちょっと気になったことがあって」


「気になったこと?」


 眉がわずかに上がった。


「さっきの作業中、周りけっこうサボってたじゃん。あの中で一人で黙々とやってたのって、すごいなと思って」


 率直に言った。回りくどい言い方は性に合わない。


「氷室さんって結構気が強いって聞いたことあるから、正直、サボってる奴らに何か言うのかなって思ってたんだけど。何も言わなかったよな」


 氷室凛は少し黙った。

 ペットボトルのキャップを回しながら、何かを考えるような間。


 そして。


「——別に。他の人に強い口調で注意できるほど、私は完璧な存在じゃないから」


 ……ちょっと驚いた。


「完璧じゃないって……あんだけちゃんとやってたのに?」


「今日はたまたま真面目にやっただけかもしれない」


 淡々とした声。


「明日は魔が差してサボるかもしれないし、来週には全部投げ出してるかもしれない。今後一生真面目に生きていくなんて、私には保証できない」


 自分を卑下してるんじゃない。

 謙遜でもない。

 ただ事実として、そう言ってる。


「でも——」


 彼女は続けた。


「自分にできることをしっかり行うべきだとは思ってる」


「…………」


「それは周りがサボっているとかいないとか、そういうこととは関係ない。自分の行動は小さいものかもしれないけど、そこに周りの態度や意見は介在しないと思う」


 言い切って、お茶を一口。

 表情は変わらない。

 特別な覚悟を語ったわけでも、高尚な理想を掲げたわけでもないという顔。

 当たり前のことを当たり前に言っただけ。


 そんな顔だった。



 ——やられた。



 と、思った。



 俺はこれまで、たくさんの人と出会ってきた。

 コミュニケーションは得意なほうだ。初対面でも大抵すぐ打ち解けられる。男とも女とも。


 でも。

 こういう出会い方は初めてだった。


 心臓を素手で掴まれたみたいだ。

 比喩じゃなく、胸の奥がぎゅっと締まるのがわかる。


 ……嘘だろ。

 俺、今——。


 思考が追いつかない。

 こんなの、今までの経験のどこにも当てはまらない。


 今まで付き合ってきた子たちのことは、もちろん好きだった。

 一緒にいて楽しかったし、大切にしたいと思った。

 でもそれは全部、相手から好意を向けられて、自然とそれに応える形で始まった関係だ。


 自分から——こうやって、一瞬で持っていかれたのは。


「……藤宮? 聞いてる?」


 氷室凛の声で我に返った。

 いつの間にか口が半開きになっていたらしい。


「あ、ああ。ごめん。聞いてた聞いてた」


「全然聞いてなかったでしょ」


「……すみません」


 思わず敬語になった。

 氷室凛は怪訝そうに眉をひそめて、それからわずかに首を傾げた。


「変な人」


 それだけ言って、休憩場所に戻っていく。


 残された俺は、ぬるくなった缶コーヒーを握りしめたまましばらく動けなかった。



◇ ◇ ◇



 午後の作業が始まった。


 俺は自分でも引くくらい、氷室凛の動きを目で追っていた。

 ストーカーと言われたら否定できない。でも、目が離せなかった。


 すると——気づいたことがある。


 公民館の入り口横にある花壇。

 誰も手入れしてない様子の、小さな花壇。

 彼女はさりげなく、そこに水をやっていた。


 水道からバケツに水を汲んで、じょうろに移して、丁寧に。

 ボランティアの作業内容にそんな項目はない。担当者が忘れてるのか、もともと予定にないのか。

 どっちにしても、彼女の仕事じゃない。


 さらに。

 通路に積まれっぱなしだった古いダンボールの山。

 他の参加者が全員見て見ぬ振りしてたそれを、一人で整理して分別場所まで運んでた。


 悪態ひとつつかずに。


 ——自分にできることをしっかり行うべき、か。


 あの言葉を、この人は口だけで言ったんじゃない。

 誰も見てないところで、誰に頼まれたわけでもなく、当たり前のようにやってる。


 俺は知ってる。

 口では立派なこと言って行動が伴わない人間なんていくらでもいるって。


 でも、氷室凛は違う。



 ……ああ。

 これはダメだ。


 完全に、好きだ。



◇ ◇ ◇



 ボランティアが終わって、公民館前で解散。


 俺は意を決して、先に歩き出した氷室凛に声をかけた。


「氷室さん!」


 振り返る。


「今日、一緒に作業できて楽しかった。また来週も来るから——よかったら、また話そう」


 精一杯の笑顔。

 我ながらキザだと思う。でもこれが俺のやり方だ。ストレートに、正面から。


 氷室凛は数秒、俺の顔を見つめた。


 そして——


「……別に。好きにすれば」


 それだけ言って、背を向けて歩いていった。


 拒絶じゃない。

 でも歓迎でもない。

 限りなく無関心に近い返事。


 普通なら、ここで引く。

 脈がないと判断して、次に切り替える。今までの俺なら、きっとそうしてた。


 でも今は違う。


 だって——胸の奥のこのどうしようもない熱は、今まで感じたことのないものだから。


「……よし」


 小さく呟いて、歩き出す。


 来週もここに来る。その次も。

 三回で終わるボランティアだけど、四回目も来てやる。


 藤宮糸、十七歳。

 生まれて初めて、自分から誰かを好きになった。



◇ ◇ ◇



【三村蒼太 side】



 ボランティアの帰り道。


 少し離れたところから、あの場面を見ていた。

 藤宮糸が、凛に話しかけている。

 笑顔で、堂々と。


 ……いかにもモテる男の距離の詰め方だ。


 藤宮糸。

 派手な交友関係で有名なやつ。女の噂も多い。


 ああいうのが凛に近づくのは気に食わないけど——まあ、心配はしてない。


 だって凛は、ああいう軽い男が一番嫌いなタイプだ。

 俺はそれをよく知っている。

 幼馴染だから。


 凛と俺は小学校からの付き合いだ。家も近い。親同士も仲がいい。

 凛は誰にでも強気で、愛想がなくて、なかなか人に心を開かない。

 でも俺の前では、たまに——ほんの少しだけ——柔らかい顔を見せることがある。


 それは俺だけの特権だ。

 幼馴染だけが知っている、凛の素顔。


 ……俺と凛は、なんだかんだでうまくいく。

 わざわざ告白とか、そういうのは必要ない。

 ずっとこのままで、自然にそうなる。

 そういうもんだろ。



 スマホを開く。

 友達のグループLINE。ボランティアで一緒だった坂本からメッセージが来てた。


『蒼太、氷室さんと幼馴染なんだろ? 今日も話しかけてもらえなくてかわいそ〜w』


 ……むかつく。


 凛はああいう性格なんだ。別に俺を無視してるわけじゃない。

 でも、こういうのスルーすると「マジで相手にされてないんだ」と思われる。


 だから——つい、打ってしまった。


『別にw あいつ誰にでもあんな感じだから。つかあいつ素直じゃないだけで、俺にだけは態度違うし。まあ要領悪いっつーか、不器用なんだよなw』


 送信。


 ……ちょっと嫌な気持ちになった。


 凛のことを悪く言いたかったわけじゃない。

 揶揄われるのが嫌で、つい見栄を張っただけだ。


 でもこれくらい、別にいいだろ。

 凛に聞こえるわけじゃないし。

 男同士のノリってやつだ。


 そう自分に言い聞かせて、スマホをポケットにしまった。



 この時の俺は、まだ知らなかった。


 「これくらい」の積み重ねが、やがて自分の足元を崩していくことを。


 そして——俺が当たり前だと思っていた凛との距離が、当たり前なんかじゃなかったことを。



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