第8話「エンチャント屋」
「んー! 良く寝れた!」
粗末なベッドだけど、外でブルブル震えるよりはるかにマシな冒険者ギルド併設の安宿。
その一室で目を覚ましたキャシアスは大きく伸びをする。
そして、昨日貰ったばかりのピカピカのランク証を嬉しそうに首にかけると、鏡をみて一日が始まる。
……鏡の前の自分は、実家にいたころに比べて少しくたびれていたけど、気分はそう悪くない。
コンコン、ガチャ、
「おはよー」
「あ、おはよ……」
って、ちょっとぉぉぉお!
「いや、ノックしてよ!」
着替え中だったらどうすんの?
「したし、どうもしないわよ? 私の部屋隣なの」
「いや説明になってないし、ノックしても返事待たなきゃ意味ないし」
コンコンガチャって、それ、やめてよ!
お母さんかよ!
「細かいなー。それより、ほら。今日から早速始めるんでしょ!」
「え? なにを?」
「これよこれ!」
シャキンッ!
ボーボーボー
「あ、あー。うん。エンチャント屋……」
「うんうん!」
や、やるけど……。
「宿で剣抜いたら迷惑だよ」
「細かいなー」
いや、多分、君がだいぶ大雑把なだけだと思うよ。
「ま、まぁいいか。それじゃ、ごはん食べてギルドいこ」
「おっけー。奢──」
「奢らないよ!」
昨日奢ったやん!
ギルドの酒場でジュース五杯もさー!
あと、なんかピザとか頼んでたし!! 僕の財布のHPはとっくにゼロですよ。
「けーちー」
「その言葉そのまま返すよ」
そうして、こうして、ブーブー不満げなカティアと一緒に安い朝食を食べてギルドに向かう。
「わー。朝は混んでるねー」
「そりゃ、依頼は早い者勝ちらしいしねー」
「な~る」
いや、アンタも知ってるやろがい!
パイセンよー。
「えっと、それじゃ、えっと……」
「ん?」
いや、どうしよっかなーって。
「やるんでしょ? エンチャント屋」
「う、うん……」
やるけど、
やるんだけど──うーん。
わいわい
がやがや
「ぎゃははは!」
「それは俺のだぞー!」
「なにぃ、ぶっ殺ーす!」
ガチャーン!
パリーーン!!
(──えー? ここでやるのぉ……?)
「おら、どけガキども!」
「きゃ!」「うわっ」
まごまごしているうちに、次々にギルド入りする先輩冒険者たち。
みんな使い込んだ武器に、強そうな防具。それにすっごい筋肉と体格。
「ね、ねぇ。……そもそも、この人らにエンチャントいる?」
「なーに言ってんの。普通の攻撃に銅貨1枚で属性が乗るのよ? いるに決まってっるじゃん」
「そ、そーかなー」
自信ない。
あと、銅貨3枚にしました。ダメならもっと安くする方針。
それとLv2になって魔法が増えて【水属性】も覚えましたー。
「ほーらー。ウジウジしてないで、まずは売り込み売り込みー」
すぅぅぅ。
「はーい! いらっしゃい、いらっしゃーーぃ! 世にも珍しいエンチャント屋だよー」
声を張り上げるカティア。
そして、一斉に向くギルド中の視線────って、お前が言うんかーい!
「なんだぁ?」
「エンチャント屋だぁ?」
「ぷっ。あれって昨日のガキじゃねーか」
クスクスと笑いが起きるギルド。
うぅ、帰りたくなってきた。
「ほらぁ、アンタもやるのよ!」
「う、うん……」
え、エンチャント屋で~す。
「声ちいさい!!」
「や、だって……」
恥ずかしいし、笑われてるし。
「つーか、おぉい! ガキどもうるせーぞ! 朝からキンキン騒ぐんじゃねー」
「だいたい、目障りなんだよ、寄生虫はよー!」
「エンチャント屋だか、連ちゃんだか知らねーが、吐き気を催すぜー」
「「「ぎゃははははははははは!」」」
「くっ。こいつらー」
「ね、ねぇ、やっぱやめようか」
朝から迷惑だし。
「なによ! せっかく手伝ってあげてるのにー」
「で、でも──」
なんか馬鹿にされてるっぽいし──。
「ふん! アンタが自身なさげにしてるのがダメなのよ! これをこうして、こう──」
シャキンッ!
ボーボーボー
「──ちょ?!」
「どーよ、見なさいよ! この剣を!」
「あわわ、ギルド内で抜刀しちゃまずいって……!」
しかもパイセン冒険者の前で!
「ちょっと黙ってなさい!」
「や。だって──」
これ不味いって!
だけど、止めても止まりそうにないカティア。
それを見て眉をひそめるのはパイセンたちだ。
「なんだぁ? 朝っぱらから剣なんて抜きやがって、生意気なガキだぜ」
「そうねー。ちょ~っとお痛が過ぎるわよぉ」
あわわ。
一番怖そうなパイセンが乗ってきちゃった。
3人パーティで、筋肉だるまと、色っぽいおねーさん、そして出っ歯の小男のパーティだ。
「ぎゃははは! 兄貴、見てみろよぉ。コイツ一丁前に魔剣もってやがるぜぇ」
「なぁにぃ~。……お、確かに火属性がついてやがる。飾りかと思ったぜ」
ギャハハハハ!
「飾っ……?! そ、そんなわけないでしょ! あと、魔剣じゃなくて、ただの親父の中古品よ!」
いやいや、親父の中古品って……。
嫌な言い方するなー。
「あん? じゃー、なんで燃えてんだよ」
「そうねぇ。どうみても火属性の魔剣だわ」
ジロジロ。
パイセンパーティが注目しだすと、他の冒険者も興味を持ったのか遠巻きにこちらを注視している。
うぅ、恥ずかしい……。
「──んー? もしかして、これ付与術じゃないですかぃ、兄貴ぃ」
「付与術ぅ? 馬鹿言うない、あんな寄生虫どもがこんな長い時間、術をかけられるもんかい!」
「そうねぇ。Lv1程度の火属性とはいえ、こんなに見世物にできるくらいに長時間の維持は無理よぉ」
どうやら、お姉さんのほうは魔法使いらしく、少し見識が深いようだ。
だが、無限の魔力にまでは思いつかなかったらしい──……つーか、この騒ぎ大丈夫なの? なんか、メリッサさんが冷たい目で見ている気が……。
「ふふん! ところがどっこい、これが、付与術なのよねー」
「いや、だから……」
──なんで君がドヤ顔してるん?
「なんだとぉ!」
「なんですって?!」
「なんだぁ~~?!」
どよどよ。
その声に驚いたのは3人だけでなく周囲の冒険者も一緒だったらしい。
一瞬にして驚愕のさざめきが広がっていく。
「……いやいや、ありえねぇ。付与術はゴミだって話だぜ。俺も何回か見たけどよぉ。奴等す~ぐに魔力切れをしてやがったぞ」
「そうねぇ。だから、なにかトリックがあると見たわ」
「けけ。ガキのくせに先輩相手に詐欺でも働こうってかー」
胡乱な目つきのパイセンたち。
周囲も似たような空気を醸し出していた居心地が悪い。
「な、なぁ、カティア。もういいからさ──今日のところは、」
「ふん! 詐欺かどうか試してみなさいよ。この付与術は一日中使えるわよぉ」
お、おいおい、勝手に喧嘩するなよー。
あと勝手に売り込まないでー。
「一日中だあぁぁ?! ぎゃはは! ありえねーありえねー」
「無理無理、無理よぉ!」
あはははは!
「嬢ちゃん、何も知らねぇ新人だから言うけどよぉ。付与術はハズレなんだよ。すぐにガス欠するからなぁ──大方そこのガキに騙されてんだよ、お前もぉ」
や。騙してないです。
「ふふーん。そんなこと言って、付与術で狩りに行く自信がないだけでしょー」
ちょ?!
まだ煽るのぉ?!
「お! 言うじゃねぇか──ガキにくせによぉ」
「喧嘩売られてるわよ、ゴンズ」
「兄貴相手に威勢のいいガキだなー。どうします?」
ほらぁ!
向こうその気になってんじゃん!!
勝手に喧嘩売らないでよ?! しかも、それ掛けるの僕だからね?!
「面白れぇ。じゃー。ちょっと俺に掛けてみろよ」
え、えぇー。
この流れでぇ……?
「ふふーん! 上等よ! でも、ここまで挑発したからには、本当の話だったら、どうするのかしら?」
や。
だからぁ……。
「あん? そんなら、銀貨をくれてやる! それでどうだ!」
「いいわ! ただし銀貨3枚よ。本来は銅貨3枚の所──アンタたちは、アタシ達を馬鹿にしました代として、100倍よぉ!」
「ちょ! カティアぁ……!」
恐る恐る……。
ひ、ひぇぇぇえ。
ゴンズさんの顔こえぇぇえ!
「ふしゅー! ふしゅー! お、おもしれぇ。……新人にここまでコケにされるたぁなぁ! いいだろう。本当に話だったら銀貨でもなんでもくれてやらぁ!」
「その言葉に二言はないわね!」
「あったりめーよ! さぁ、ガキ! さっさと掛けろ!」
「ひぇ!」
マ、マジでやんのぉ?
チラリと横を見ればカティアの奴がウィンクしてやがる────なんだよ「そのやったね♪」みたいな顔はぁあ!……ぐぎぎ、殴りてぇ。
しかし、ここまで来たらもう引き下がれない。
しゃーなし……。
覚悟を決めろ、キャシアス!
「え、え~っと、要望とかあります?……火と水しかないですけど──」
「あん! そんなもんどっちでもいいわッ!」
ひぇ!
すんません!
「じゃ、じゃー、火をかけますね、えっと、えっと──」
体内の魔力を探って──……あった!
「ファ、ファイヤーエンチャント!」
ゴゥ!!
「うぉ! こ、これがエンチャントか……実際に使ったのは始めてだぜ──」
「す、すごいわね。これ──Lv3の火属性魔法くらいはあるんじゃない?」
ちょんちょんとゴンズさんの剣をつついて、お姉さんもびっくりしてる。
だが、その目利きは実に正しく、
じつは昨夜のうちになぜか、ファイヤーエンチャントの熟練度がLv3にまで上昇していたのだ。
そのせいか呆気にとられた顔のゴンズさんたち──。
「…………あ、兄貴ぃ。これならオークもいけるんじゃ……」
「う、うーむ。──だ、だが、問題はお前の言うとーり、このエンチャントが半日だか、一日持つかだぞ! 夕方には戻るから、覚悟しとけー!」
いや、怖いよ!
「あっかんべー! アンタこそ、銀貨用意しときなさいよ!!」
いや、なんで君が煽るねん!
「ふん! いいだろう。……おい、いくぞお前ら。夕飯はガキどもから絞りあげてやるぜ」
「おぉう!」
「もー、揶揄っちゃ可哀そうよー」
──ぎゃはははは!
そういって和気あいあいと出ていく先輩たち。
「ふ~んだ! 感じ悪い」
「そ、そうかな?……あの人、多分いいひとだよ」
「えー? どこがー」
……なんとなく。
「?? まぁ、いいわ。──じゃ、私もちょっとヒト狩りしてくるわねー」
「え? あ、うん」
「あ、今日はダメよ。ちょっとレベル高いとこいくから、アンタじゃわんぱんよワンパン」
そういうなり、剣を肩にして獰猛な笑みを浮かべるカティア。
「わかってるよー。じゃあ、えっと、また夕方?」
「そうねー。結果知りたいしー。まんまと銀貨手に入れたら奢りなさいよ」
「ええー……。いいけど」
ニッ!
「決まりね! それじゃ────あ!」
「え? なに?」
ボーボーボー。
「…………なんか、アイツのほうが火力強くなかった?」
「そりゃ火属性Lv3だし」
「それちょーだい」
え、ええー……。
「銅貨3……なんでもない」
……に、睨むなよー。
そりゃ、アイデア代として安くはするけどさー。
「はぁ」
──ファイヤーエンチャントー(Lv3)!!
ゴーゴーゴー
「はい、どーぞ」
「おぉー。これはいいわね! うふふ、これならDランクのモンスターも、ちぎ投げよ~♪」
「いや、無理はしないでね?」
あくまでエンチャントだからね?
「わかってるって──はい、これ」
チャリン。
「え?」
「ふふ。私が最初のお客。……それでお昼食べて待っててー」
「あ、ありがと」
言いうだけ言うと、手をヒラヒラ。背を向けて嵐のように去っていくカティア。
「……いや、銅貨2枚って」
なんだかんだでしっかりと値切られたのであった。
しかし、初の売り上げっちゃあ売上だ。
「エンチャント屋、かー」
──ピィン♪
貰った銅貨を指ではじくと、
他の冒険者の好機の視線にさらされながらも、銅力強く貨を握りしめたキャシアス。
そうして、何かを決意したような顔付きをすると、まずは今日の仕事をしようと簡単な雑用任務を探すのであった────。




