58、空を飛ぶ、スーパーレディが舞い上がる
歴史の授業で習ったことがあるのだけれど、人類の技術というのは常に右肩上がりで進歩していくものらしい。石槍が青銅の剣になり、火縄銃が自動小銃になり、ついには空を飛ぶミサイルになる。殺戮の効率化という点において、人類の探究心はとどまるところを知らない。
でも、この異世界に殴り込んできた「神聖大八洲魔導帝国」とかを見る限り、どうもその法則には例外があるみたい。
村の入り口を塞ぐように展開した暗緑色の装甲車から、重々しい反動と共に金属の塊が吐き出された。
え? いきなり砲撃? 物騒すぎない?
空気を裂き、目に見えるほどの弾道を引いて、それは真っ直ぐにチハたんの正面装甲へと向かってきた。
わたしは身構え、魔素の防御力を最大まで引き上げた。聖女セシールが放ったような、空間そのものを歪める規格外の熱量攻撃を覚悟した。
「チハたん!!」
で……。
飛来した金属の塊は、チハたんの分厚い装甲に衝突した瞬間、火花を散らしてあっけなく弾き飛ばされた。
あれ?
着弾の後に周囲を巻き込むような爆発もない。魔法の光が展開されて炎や氷が吹き荒れることもない。ただ純粋に、質量の暴力が硬い壁にぶつかって負けた、という極めて物理的な現象が起きただけ。
「……えっ?」
わたしは間の抜けた声を漏らした。
『千波。敵車両の主砲の分析が完了しました』
チハたんの電子音声は、試験の採点をする教師のように冷淡だった。
『推進力として一時的に魔力を爆発させていますが、発射されているのは単なる高密度の鉄球です。着弾時の二次的な魔法展開機能は搭載されていません。弾速も、当機の規格からすれば致命的に遅いです。回避行動をとるまでもなく、現在の装甲で完全に弾き返すことが可能です』
つまり、大砲の形をしているだけで、やっていることは巨大なパチンコと大差ないということだ。
「魔導帝国って名乗ってるのに、魔法で爆発させたりしないの?」
『技術の退化です。かつて存在した高度なシステムを再現できず、魔力を単なる火薬の代替品としてしか運用できていないのでしょう。これを最新鋭と呼ぶ彼らの技術ツリーは、控えめに言って終わっています』
後輩に対するチハたんの評価が辛辣すぎる。
空を見上げると、えんやこらさんズが光の粒となって浮かんでいた。彼らは聖女の魔法にはあれほど群がって狂喜乱舞したのに、今の砲撃には見向きもしていない。魔素が拡散して美味しい現象が起きないからだ。完全に「無価値なもの」としてスルーを決め込んでいる。彼らの態度は非常に現金だ。
チハたんに傷一つつけられなかった事実に、帝国軍の装甲車の上に立つ将校が顔を真っ赤にして怒号を飛ばした。
主砲が駄目ならと、今度は車両の上部に据え付けられた機関銃のようなものが一斉に火を噴く。
いやいや、それって順番違うくない?
雨あられと降り注ぐ鉛の弾。当然、それもまたチハたんの敵じゃなかった。
『迎撃します』
チハたんから放たれた魔導銃の光の矢が、空中で敵の弾丸を一つ残らず撃ち落としていく。
それはもう戦闘というより、精密作業だった。飛んでくる物理的な鉛玉の軌道を瞬時に計算し、光の魔弾で的確に相殺する。チハたんの演算能力の前では、帝国軍の誇る一斉射撃も、単なる遅回しの球遊びに過ぎない。
圧倒的な性能差。二百五十年の時間が逆行しているという不条理な現実を突きつけられ、帝国軍の将校はついに余裕を失った。
彼は拡声器を握りしめ、憎悪に満ちた声を張り上げる。
「ええい、あの旧式は後回しだ! 目標を変更しろ! 周辺の家屋、および逃げ惑う亜人どもを優先して掃討せよ!」
その言葉に、わたしの背筋が凍った。
硬い戦車に歯が立たないなら、柔らかい民間人を狙う。軍事的な合理性だけで言えば正解なのだろう。純粋な殺戮の効率化に特化した、ひどく冷酷で卑劣な戦術だ。
「させない!」
わたしが叫ぶと同時に、装甲車の砲身が村の広場や、逃げ遅れた村人たちの方へと無慈悲に向けられた。
チハたんの迎撃が間に合わない。
何発かの鉄球が、弧を描いて村の居住区へと落下していく。
村が火の海になる。そう覚悟して、わたしは目を細めた。
だけど、次に起きた光景は、帝国軍の予測も、わたしの予測も完全に裏切るものだった。
砲弾が落下する直前、逃げ惑うただの非戦闘員であったはずの村人たちが、信じられない速度で散開したのだ。
右へ、左へ。
大地を蹴る足の踏み込みが尋常ではない。彼らの腰は低く落とされ、背筋はピンと伸び、無駄な動きが一切ない。まるで長年訓練を受けた精鋭部隊のような、完璧な回避行動。
鉄球が地面を抉り、土煙を上げる。
だが、誰一人として直撃を受けていない。
「な、なんだあの動きは……亜人どもめ、いつの間に軍事訓練を……!」
将校が動揺の声を漏らす。
わたしは、広場の端で鍬を肩に担いで立っている男を見た。
それは、農民の仮面を被った元異端審問官、ザキ。
彼はここ数週間、村人たちに「大地の呼吸を読め」「腰を高くするな、土に力を伝えろ」と、異常なまでのスパルタ農業指導を施していた。
重い鍬を正確なフォームで一日中振り下ろさせ、効率的な体重移動を徹底的に体に叩き込んだ結果、村人たちは知らず知らずのうちに、トップアスリート並みの体幹と瞬発力を手に入れていたのだ。
農業って、こんなにも人間を逞しくするのね。農水省が知ったら泣いて喜ぶ事例だと思う。
そして、帝国軍の不運はそれだけじゃ終わらなかった。
標的を変え、森の側面から村を包囲しようと前進した装甲車の一台が、突如として大きく車体を傾けた。
車輪の下で、何かが千切れる嫌な音が響く。
装甲車は不自然に横滑りし、近くの巨木に激突して停止した。
「地雷か!?」
「違います、車軸にワイヤーが絡まっています! 動けません!」
兵士たちの混乱した声が聞こえる。
地雷なんていう高度な兵器はこの村にはない。
あるのは、行商人ガメッチから買い取った大量の鉄の釘と、太いワイヤー。そして、それらを使ってタゴサックさんたちが森中に張り巡らせた「対巨大魔獣用」の罠だ。
彼らはここ数日、村の防衛力を高めるために、森の獣道という獣道に落とし穴を掘り、ワイヤーを張り、釘を仕込んでいた。
ガメッチという資本主義の権化がもたらした物資が、軍国主義の象徴である重車両の足を見事に絡め取ったのだ。
大義名分を掲げて進軍してきた帝国軍が、商人の金儲けの副産物によって泥沼に引きずり込まれる。この皮肉な構図に、わたしは思わず口角が上がるのを止められなかった。
「……ふふっ。どう? うちの村、結構しぶといでしょ」
わたしは長巻を肩に担ぎ直し、チハたんの前に進み出た。
地上での制圧が困難だと悟ったのか、将校は忌々しそうに舌打ちをし、空を指差した。
「上空の偵察機を攻撃モードに切り替えろ! 死角からあの小娘と旧式を蜂の巣にしてやれ!」
命令に応じ、上空で旋回していた数機の無人ドローンが、一斉に降下を始めた。
プロペラのない歪な流線型の機体。魔法が使えない帝国が、聖王国の空中戦力に対抗するために開発したというオーパーツ紛いの兵器だ。
機体の下部から、小さな銃口がこちらを狙う。
『千波。上空からの多角的な射撃が来ます。当機の装甲では防げますが、あなたの魔素ボディへの被弾確率が上昇します。車体の陰に退避を』
チハたんが警告を発するが、わたしは首を横に振った。
「退避なんてしない。チハたんはそのまま地上を蹂躙して。空は、わたしがやるから」
『推奨しません。対空戦闘は当機の魔導銃の役割です。あなたの武装では射程が足りません』
「セオリー通りに動くと思ったら大間違いだよ。わたしは、そういう面倒な計算が一番嫌いなんだから」
わたしは、足元の土を強く踏みしめた。
魔素の出力が限界を超え、視界の端が少しだけ歪む。
チハたんの巨大な車体を助走の土台にするため、わたしは一気に走り出した。
キャタピラを踏み台にし、砲塔の傾斜を利用して、空高く跳躍する。
重力という概念を一時的に忘れたかのように、わたしの身体は森の樹冠を越えて空へと舞い上がった。
降下してくるドローンの光学センサーが、あり得ない高度まで跳ね上がってきたわたしの姿を捉え、赤い光を明滅させて警戒音を鳴らす。
機械の演算では、生身の人間がここまで跳躍することなど予測できなかったのだろう。銃口がわたしを追尾しようとするが、その動きは致命的に遅かった。
「そこだっ!」
わたしは空中で体を捻り、カマヤツさんの鎌から削り出した長巻を大上段に構えた。
青い光沢を放つ刀身が、二つの太陽の光を反射して輝く。
振り下ろす。
空気の抵抗など一切感じない、純粋な暴力の軌跡。
硬いはずのドローンの装甲が、まるで柔らかい果実のように抵抗なく両断された。
内部の回路が切断され、火花を吹き出しながら、二つに割れた機体が森へと墜落していく。
「また、つまらぬものを斬ってしまった」
わたしはそのまま空中で姿勢を制御し、次々と接近してくるドローンに向かって跳躍を繰り返した。
チハたんの放つ支援射撃を足場代わりにし、魔素の脚力で空を駆ける。
切って、蹴って、叩き落とす。
マニュアルもセオリーも存在しない、ただの女子高生が思い描く「かっこいいアクション」の具現化。
地上では、チハたんがその圧倒的な装甲と重量を活かし、泥濘を滑るようにドリフト走行を決めながら敵の装甲車に体当たりをかましていた。
旧式の戦車が、最新鋭の部隊を物理的に蹂躙していく。
「馬鹿な……計算外だ……機動予測が全く合わない……!」
将校が装甲車の上で頭を抱え、絶望的な声を張り上げる。
彼の持っている戦術マニュアルには、空を飛んでドローンを斬る村長も、ドリフトする戦車も、農作業で鍛え抜かれた村人の回避行動も、資本主義の産物で作られた即席の罠も、何も書かれていないのだ。
最後のドローンを両断し、わたしはチハたんの砲塔の上に着地した。
息を整え、眼下の惨状を見下ろす。
帝国軍の先遣隊は、完全に沈黙していた。装甲車は罠に嵌まって動けず、兵士たちはチハたんの威圧感と、得体の知れない村人たちの身体能力に完全に戦意を喪失している。
わたしは、へたり込んでいる将校に向かって、長巻の切っ先を向けた。
「さて」
口の端を吊り上げ、最高にシニカルな笑みを浮かべる。
「最新鋭のポンコツさん。これでもまだ、わたしたちの村を更地にするつもり?」
森の奥で、カラスに似た鳥が間抜けな声で鳴いた。
教会の聖騎士よりもずっと現実的で、だからこそ脆かった帝国の軍隊は、こうして泥まみれになりながらわたしたちの前に屈したのだった。
どうやら、軍国主義の無機質な理屈は、資本主義の商魂と農業の筋肉、そして女子高生の適当さには勝てないらしい。




