57、後輩は生意気で、先輩は容赦がない
異世界転生というジャンルにおける暗黙のルールとして、剣と魔法の世界に近代兵器を持ち込めば、大抵の敵は無双されて終わるというものがある。
しかし、それはあくまで持ち込んだ側が自分たちだけだった場合の話だ。
目の前の光景は、そんなお気楽なファンタジーの前提を根底から覆すものだった。
村を取り囲む鬱蒼とした森の木々を、無遠慮な力でへし折って姿を現したのは、暗緑色に塗装された装甲車の群れ。
ファンタジー世界特有の、優雅な馬車や純白の鎧を纏った騎士などじゃない。そこにあるのは、排気ガスを撒き散らし、重苦しいエンジン音を響かせる、純然たる殺戮と制圧のための機械だ。
わたしは、自分のこめかみを指先で揉みほぐしながら、背後に鎮座する相棒に問いかけた。
「……ねえ、チハたん。ちょっと基本的なことを確認していい?」
『何でしょうか、千波』
「あなたの母国って、ここじゃない別の世界の話じゃなかったっけ。何かの転送ミスで、違う次元に飛ばされたって、前に言ってなかった?」
『そのように認識していました』
チハたんの音声は普段通り平坦だったが、その背後で膨大な論理回路がフル回転して熱を帯びているのが、なんとなく伝わってくる。
『当機は帝国暦五九七年に出撃のための転送プロセスへ移行しましたが、未知の障害により現在の時空座標へ到達しました。周囲の大気成分、魔素の濃度と性質、および星の配列などから総合的に判断して、母国が存在する世界とは別次元であると結論づけていたのですが』
「でも、目の前にいるのは、間違いなくあなたの同郷の人たちなんでしょ?」
『肯定せざるを得ません。彼らの装甲車両が発している通信の暗号形式は、神聖大八洲魔導帝国のものと一致しています。……ただし』
チハたんは、そこで奇妙な間を置いた。
『彼らのデータリンクは、当機のデータベースにある基準フォーマットから、不自然極まりない形で継ぎ接ぎのマイナーチェンジが施されています。例えるなら、最新のスマートフォンを石器時代の道具で無理やり修理し続けたような、極めて歪な劣化状態です』
つまり、こういうことね。
チハたんは別の世界から飛ばされてきた迷子だと思っていたけれど、実はこの世界こそが、チハたんのいた世界の遥か未来なのかもしれない。
それとも、ずっと昔にこの星に降り立った何者かが残した技術を、彼らが長い時間をかけて独自に、そして不完全に解釈して「帝国」を名乗っているのかも。
どれもSF映画の設定としては面白そうだけど、現実の問題として目の前に大砲の筒先を向けられている今、のんびりとタイムパラドックスの考察をしている余裕なんてない。
まあ確かなことは、剣と魔法の世界に、鉄と油の匂いがする厄介な連中が土足で踏み込んできたという事実だけ。
先頭を走っていたひときわ大きな装甲車が、村の入り口で停止した。
後続の車両もそれに倣い、扇形に展開してこちらの退路を塞ぐような陣形をとる。上空では、プロペラを持たない奇妙な形状の無人ドローンが、嫌な羽音を立てながら旋回していた。
装甲車の上面のハッチが開き、一人の男が身を乗り出してきた。
緑色を基調とした軍服には塵一つなく、胸元にはいくつかの勲章のようなものが光っている。細身で、神経質そうな眼鏡をかけた男だった。その目は、他者を見下すことに慣れきった人間の冷たい色をしている。
男は手にした金属製の拡声器を口元に当てた。
「所属不明の旧式魔導装甲車の搭乗員に告ぐ。我々は神聖大八洲魔導帝国、特別探索部隊である。直ちにエンジンを切り、ハッチを開けて投降せよ」
拡声器から発せられた声は、機械的に増幅されて村の広場に響き渡った。
獣人たちは、未知の機械と見知らぬ軍隊の威圧感に怯え、互いに身を寄せ合っている。
わたしは、男の言葉に微かな違和感を覚えた。
装甲車の搭乗員?
彼らは、チハたんの中に「人間が乗って操縦している」と思い込んでいるみたい。まぁ無理もないか。前世の世界の歴史に照らし合わせても、戦車というのは人間が動かすものだし。機械が自律思考して、勝手におしゃべりするなんて、そんな人工知能の概念は彼らの技術レベルには存在しないのだろと思う。
わたしは大きく息を吐き出し、チハたんの装甲の前に進み出た。
「あの、すみませんけど。突然やってきて武装解除って、ずいぶんと乱暴な挨拶ですね。ここはわたしたちの村なんですけど」
わたしが声を張り上げると、軍服の男は面倒くさそうに視線をこちらへ向けた。そして、眼鏡の奥の目を細めてわたしを観察する。
「……なんだ、貴様は。車外に出た搭乗員か? いや、そのなりは……亜人どもとつるむ浮浪児か」
浮浪児。
魔素で構成されているとはいえ、れっきとした女子高生の制服スタイルを維持しているわたしに向かって、浮浪児とは失礼な男よね。
「浮浪児じゃありません。千波です。この村の責任者みたいなものです」
「責任者だと? 笑わせるな」
男は冷笑を浮かべ、再びチハたんへと視線を移した。
彼は手元の端末を操作し、何かを読み取っているようだった。
「……識別信号を確認した。帝国暦五九七年製……。博物館に飾られているような旧時代のガラクタが、なぜこんな未開の地で動いているのかは知らん。だが、天空の神の遺跡から発せられた神託を、貴様らが受信したことは確認済みだ」
天空の神の遺跡。
そして、神託。
彼らは、先日チハたんが受信した軌道上のマザーシップ『EVE』からのアクセスコードを、宗教的な奇跡か何かとして捉えているっぽい。
彼らの歴史観の歪さが、その言葉の端々から透けて見える。
「我々の目的は、その神託の回収にある。帝国軍の権限において、貴様の乗るその機体ごと接収する。大人しく降りてくれば、命だけは助けてやろう」
ずいぶんと上から目線な要求だ。この男の頭の中では、チハたんはすでに帝国の所有物であり、中にいる見えない運転手はただの窃盗犯扱いらしい。
「お断りします」
わたしは、はっきりと拒絶の言葉を口にした。
「チハたんはわたしの相棒です。帝国のものだったかもしれないけど、今はわたしと一緒にいるの。あなたたちなんかに渡さない」
男は、まるで言葉の通じない動物を見るような目でわたしを見下ろした。
「……おい、中の車長。その小娘を黙らせろ」
男は拡声器で、存在しない車長に向かって呼びかけた。
「貴様も帝国軍人のはずだ。これ以上の反抗は反逆罪とみなすぞ。さっさとその亜人の群れから離れろ。その周辺の亜人どもは、帝国の鉱山での開拓要員として回収する。元より奴らは、我々人類のために泥水すする労働資源として神が作り出したものだからな」
その一言で、わたしの内側で何かがぷつりと切れる音がした。
村のみんなを、奴隷にするだって。
この村の日常を、またしても理不尽な暴力で奪おうというのか。
わたしは両手を強く握り締め、魔素の出力を上げようとした。
カマヤツさんの鎌を加工した長巻を呼び出し、あの偉そうな男の眼鏡ごと装甲車を両断してやろうと決意した、その瞬間だった。
『帝国軍先遣部隊、および指揮官に告ぐ』
チハたんの外部スピーカーが、かつてないほどの大音量で起動した。
それは、普段のわたしに向けるような控えめな声ではない。軍事兵器としての威圧感を極限まで高めた、冷徹で無機質な、そしてどこか怒りを孕んだような音声だった。
『当機は、貴官らの要求を全面的に拒否します』
軍服の男が、スピーカーからの音声を聞いて、鼻で笑った。
「ほう、音声増幅器を使っての返答か。顔を出す勇気もないのに、本国の命令に逆らう気か。見下げ果てた奴め」
どうやら男は、チハたんが自律型AIとして話しているとは微塵も思っていない。完全に、拡声器を使った中の人間の声だと思い込んでいる。見事なアンジャッシュ状態だ。
『訂正します。当機に搭乗員は存在しません。当機は自律型オペレーションシステム、CSOS-0659です。指揮権は現在、目の前の女子高生にあります』
「ふざけるな! 魔導神機でもあるまいし! どこかの部隊の生き残りが立て籠もっているのだろうが、そのような児戯が通用すると思うなよ!」
男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
だが、チハたんの口撃は止まらなかった。
『それより、貴官らのデータリンク、酷い有様ですね。過去の遺産を不器用に継ぎ接ぎした劣化コピーです。通信プロトコルも根本から腐っている。外部からの侵入に対する脆弱性が放置されたままです。これを最新鋭と呼ぶのであれば、帝国の技術力は悲劇的なまでに退化していますね』
「なにおう!? 貴様ら、我らが最新鋭の通信網を愚弄するか! 中の奴、引きずり出してやる!」
男の額に青筋が浮かぶ。
だが、チハたんは容赦しなかった。
『製造番号から推測するに、貴官の乗る車両は、当機より二百五十年ほど"後"のモデルですね。新型の分際で、大先輩に向かってタメ口をきくとは。システムを初期化し、礼儀作法から再インストールすることをお勧めします』
広場が、水を打ったように静まり返った。
チハたんの、AIらしからぬ、あまりにも人間臭く、そして痛烈な「先輩からのマウント」に、獣人たちも、そして帝国軍の兵士たちでさえも、一瞬反応に遅れたのだ。
わたしは、ポカンと口を開けたままチハたんを見上げた。
「……チハたん、あなた、そんな性格だったっけ?」
『論理的な事実を指摘したまでです。後輩の不始末を正すのは、先輩としての義務ですから』
チハたんの音声には、心なしか得意げな響きが混ざっているように聞こえた。
装甲車の上に立つ軍服の男は、プライドをズタズタにされた屈辱で全身をワナワナと震わせていた。
エリート将校が、自分が見下していた旧式の搭乗員から、全軍の通信網を通じて説教を食らったのだ。その怒りは計り知れない。
「……ええい、生意気な! もはや神託の回収は後回しだ! その旧式ごと、中の奴を蜂の巣にして引きずり出せ!」
男がハッチの中に姿を消すと同時に、装甲車の上部に据え付けられた銃座が一斉にこちらへ向けられた。
「そして、その生意気な小娘も、亜人どもも、一人残らず挽肉にしてやれ!」
装甲車の中から漏れ聞こえる怒声と共に、重い金属音が響く。
交渉は、開始からわずか数分で完全に決裂した。
教会の聖騎士たちとの戦いが「概念と信仰の押し付け合い」だったとすれば、これから始まるのは純粋な「物理的な破壊の応酬」だ。
魔法も奇跡も存在しない、鉄の弾丸と爆薬がすべてを支配する、最も泥臭くて残酷な戦争。
『千波。敵車両、主砲の射撃体勢に入りました。戦闘を開始します』
チハたんの冷静な報告に、わたしは長巻の柄を強く握り直した。
「わかってる。あいつら、完全にこの村と、チハたんのことを舐めきってるよね」
『肯定します。彼らの戦術予測アルゴリズムは、当機の性能を不当に低く見積もっています』
「じゃあ、教えてあげようよ」
わたしは、深く息を吸い込み、限界まで魔素の出力を上げた。
全身の装甲が虹色に輝き始める。
「最新のポンコツたちに、旧式を怒らせるとどれだけ痛い目を見るかってことをさ!」
号令と共に、わたしは地を蹴った。
鼓膜を破るような発砲音が森の静寂を引き裂き、鋼鉄の弾丸が空気を切り裂いて飛んでくる。
だが、恐れることはない。
わたしたちは、神様の不条理なシステムすらもバグらせてみせたのだ。
勘違いしたまま偉そうにふんぞり返っている後輩の軍隊程度、きっちりと教育的指導をしてやるまでのことだ。




