53、君の声は届かないよ 此処は宴 鋼の村
人生ってやつには、間違いなく「フラグ」っていう厄介なシステムが組み込まれてる。
わたしのいた世界じゃ、もはや万有引力の法則レベルで常識だよね。「この戦いが終わったら結婚するんだ」なんて言おうもんなら死亡確定だし、「やったか!?」って煙の向こうをドヤ顔で覗き込めば、だいたい敵は無傷でピンピンしてる。で、「あー平和になったねえ」なんて縁側でお茶啜るような空気を出しちゃうと、十中八九、その平和を木っ端微塵にぶち壊すヤバいイベントが発生するってわけ。
あの、マリー・アントワネットでさえ「パンがなければ素直に餓死します」って全力で逃げ出すレベルの、無味無臭サイコパスお茶会から命からがら逃げ帰ったわたし。約束通り、チハたんにエンジン熱で焼かせた超絶ギルティな高カロリーパンケーキを胃袋に流し込んでやった。シロップ? もちろん親の仇みたいにドバドバよ。
血糖値が急上昇して、一瞬だけ世界がキラキラ輝いて見えたけど、んなもん単なる糖分による脳内麻薬の錯覚だ。現実は1ミリも解決してないし、村の外には相変わらず、あの目障りな純白のテントがデデーンと陣取ってる。あれ、もう風景のバグでしょ。自然界にあっちゃいけない白さが視界の端をチラつくたびに、わたしの精神力(SAN値)がゴリゴリ削られていく。
「……美味しかったけどさ、なんか胃がもたれる」
『糖分と脂質の過剰摂取による消化器官の疲労です。世間ではそれを自業自得と呼びます』
「ちょっとくらい労ってよ。あの味のしない謎液体を飲まされたお茶会で、わたしのガラスのハートがどれだけ摩耗したと思ってんの。カラオケで空気読めないヤツが尾崎の『卒業』をエンドレスリピートしてる部屋に閉じ込められたくらい、精神的にキツかったんだからね」
『精神的疲労の回復には、睡眠が最も効果的かと』
「その睡眠を邪魔しない相手なら、こっちだって苦労しないってば」
あ、ほらね。わたしの嫌な予感って、悲しいくらい百発百中なんだ。
パンケーキの最後の一切れを飲み込んだ瞬間、村の空気が、ガラッと「嫌な感じ」に変わった。
別に大砲の弾が飛んできたわけじゃない。空が急にドンヨリ暗くなるとか、地面がパックリ割れるとか、そういうファンタジーRPGみたいな派手な演出もナシ。
ただ、なんというか、空間の「密度」がギュンッて上がった感じ。台風が来る前の気圧が急降下した時みたいに、耳の奥に嫌な膜が張って、鼓膜が圧迫されるような、あの気持ち悪い感覚。
それが、静かに、でも確実に、村全体を飲み込んでいった。
「……なに、これ」
つぶやいた自分の声が、お風呂場みたいに遠く聞こえる。周りの景色も、色褪せたセピア色のフィルターがかかったみたいに見えるし。
ふと視界の隅を見ると、あのマッチョなタゴサックさんが、フラッフラと崩れ落ちて膝をついてた。普段なら絶対そんな弱音なんて吐かない、ゴリゴリの獣人なのに、頭を抱えてめちゃくちゃ苦しそうな顔をしてる。
「やめろ……俺は……逃げたわけじゃねえ……!」
口から漏れてるのは、まるで誰かに懺悔してるみたいな言葉。
ちょっと離れたところじゃ、インテリのエルドまでが地面をガリガリ掻きむしってる。
「違う……わたしは書きたくなかったんだ……あの命令書は……わたしが望んだものじゃない……!」
温厚なおじいちゃんカヘージ村長まで、杖をポロリと落として、何もない空間に向かって必死に言い訳してる。リグなんかもう、家族の名前を呼びながら地面に突っ伏して大号泣だ。
村中が、底なしのドロドロした沼にズブズブ沈められていくみたいだった。
みんな、自分の心の一番見たくない引き出し……絶対隠しておきたい罪悪感とかトラウマっていう古傷を、力ずくでこじ開けられてる。
『千波。結界内部への深刻な情報干渉を検知しました。これは精神攻撃です』
チハたんの声も、いつものクリアなSiriっぽい音声じゃなくて、ラジオのノイズが混じったみたいに歪んでる。
「ファイアウォールとかで防げないの!?」
『物理的な熱や衝撃を伴わない、純粋な論理と感情をベースにした概念的侵食です。当機の物理防壁をすり抜け、村人たちの脳内データへ直接アクセスして、負の感情を限界まで増幅させています』
「要するに、脳みそ直接ハッキングされてるってこと!?」
『肯定します。極めて高度な精神ハッキングです。ターゲットのトラウマを検索して無限ループ再生させることで、自我をショートさせる算段でしょう』
えげつなっ。
殴られたり切られたりの物理ダメージなら、まだ耐える気にもなるよ。マキロン塗って絆創膏貼っとけば、いつかはカサブタになって治るし。タンスの角に小指ぶつけた時のあの絶望的な痛みだって、三分も悶絶してりゃ引いていくもん。
でもさ、心の傷跡をピンポイントで抉り続けられるのって、拷問としてはタチが悪すぎない?
あのサイコパス聖女、確か「浄化」とか言ってたよね。過去の罪や悲しみを無理やり直視させて、それに耐えきれなくなって心がポキッと折れたところを、「はい、神のシステムに組み込まれるのが救いですよー」って洗脳する気だ。マッチポンプもいいとこだよ。
もちろん、わたしだって例外じゃない。
頭の奥の方で、思い出したくない光景が勝手に再生し始める。
この世界に来てから、わたしの不用意な「交渉」のせいで焼け落ちた村。
炎の中で倒れていた、あのもふもふたち。
「……っ」
胸がギューッと締め付けられて、息が詰まる。
わたしが悪いんだ。わたしが余計なことを言ったから。わたしがもっと賢く立ち回ってれば、あの人たちは死なずに済んだかもしれないのに。
真っ黒なインクをこぼしたみたいに、自己嫌悪が頭の中を塗りつぶしていく。心臓のあたりが氷みたいに冷たくて、鉛みたいに重い。立ってるのもしんどくて、このまま地面に突っ伏して「ごめんなさいごめんなさい」って土下座し続けたい衝動に駆られる。
『千波、思考を誘導されないでください! それはあなたの感情ではありません。外部からの入力によって悪意を持って増幅された、フェイクの罪悪感です!』
チハたんのアラートが、ギリギリのところでわたしの意識を現実につなぎ止めてくれた。
「わ、かってる……でもこれ、メンタル削られすぎてマジでキツい……」
『当機の演算リソースの70%を防壁の再構築に割り当てます。しかし、相手の処理能力が上回っています。このままでは30分以内に、村のコミュニティは精神的に崩壊します』
30分。
短いようで、絶望しきるには十分すぎる長さだ。カップラーメンなら10個は作れる。いや、どっちかっていうと「カップラーメンの麺が10倍に伸びて冷え冷えのドロドロになる」って表現の方が今の気分には合ってるかも。って、そんなどうでもいいことを考えて思考を散らしてないと、心が闇に引っ張られちゃう。
村人たちのうわ言やうめき声が、最悪な不協和音になって村中に響いてる。
みんな、それぞれの過去の亡霊にボコボコに殴られて、ノックアウト寸前だ。
どうする?
どうやったら、あの完璧主義なサイコパス聖女のハッキングを止められる?
正論や論理で対抗しようにも、こっちのCPUのスペックが負けてるんだよ。向こうは「神のシステム」に直結したスーパーコンピューター。こちとら、ちょっと前まで数学で赤点取ってた元女子高生と、旧日本軍のポンコツ戦車(一応、改だけど)だ。勝負になるわけがない。
奥歯をガタガタ言わせながら、どうにか打開策を絞り出そうと脳みそをフル回転させていた、まさにその時だった。
お葬式みたいに重苦しくて絶望的な村の空気を、根っこからぶち壊すような、死ぬほど間の抜けた現象が起きたのだ。
[わーい!][なにこれー!][なんじゃー!][にんじゃー][もんじゃー!][ゲロー!][ゲロロロー!][バッチィー!]
わたしの周りを、小さな光の粒たちがパリピばりに狂喜乱舞しながら飛び交い始めた。
出たよ、えんやこらさんズ(仮)だ。
あいつら、村人たちをドン底に突き落としてる目に見えない精神干渉の波――チハたん曰く「情報的な魔素のベクトル」とやら――にワラワラ群がって、まるで新作のVRアトラクションかなんかみたいにキャッキャと遊んでる。
[くすぐったいー][もっとちょーだいー][これ、おもしろーい][セシールのやつー][まじめー][かたーい][つまんなーい][セシール][しもふさくん][しあわせそうなのに]
彼らは、セシールがドヤ顔で放ってきた「過去の罪と向き合い、平伏しなさい」っていう超絶重たいお堅いプログラムコードを、文字通り「おもちゃ」にして振り回していた。
鬱々とした悲壮な空気が、えんやこらさんズの脳天気1000%な思考波によって、みるみるうちに中和されていく。
例えるなら、格式高いオーケストラのコンサートのど真ん中に、テキーラ飲んで泥酔したおっさん集団がサンバのステップで乱入してきた感じ。台無し感がすごい。
[もっとー][もっとー][かきまぜるー][まぜまぜー][ねるねるー][おいしくなるー](※注:なりません)
えんやこらさんズがビュンビュン飛び回った軌跡から、セシールの放ったドス黒い圧力がフワッと霧散していくのが肌でわかる。
いや、消えたわけじゃない。
あいつら、セシールが緻密に組み立てた「意味のある重たい情報」を、ぐちゃぐちゃのミキサーにかけて、「なんの意味もないただのノイズ」に変換しちゃったんだ。
「……え、ちょっと待って」
わたしは目を丸くした。
『千波、状況の分析結果が出ました』
チハたんの音声が、さっきまでの切羽詰まったトーンから、どことなく呆れ……いや、感心したような響きに変わっていた。
『えんやこらさんズの無秩序な行動が、敵の演算処理に深刻なラグ(遅延)を発生させています』
「ラグ? どういうこと?」
『セシールの精神攻撃は、ターゲットのトラウマを正確に読み取り、それに最適な負荷をかけるという、極めて緻密な計算に基づいています。寸分の狂いも許されない、いわば完璧なプログラムです』
「うん、だからこんなにキツいんでしょ?」
『はい。しかし、完璧すぎるがゆえのバグ(弱点)があります。彼女のシステムは、「予測可能な変数」しか処理できない構造のようです』
チハたんの言いたいことが、なんとなくわかってきた。
『えんやこらさんズの行動には、論理がありません。目的も、規則性も、意味すら存在しない。ただの「お遊び」です。セシールのシステムは、この「意味のない無駄なデータ」を真面目に解釈しようとして、リソースを無駄遣いしています。結果、村人たちへの精神干渉の精度がガタ落ちしているのです』
「えーっと……つまり、真面目すぎる完璧な計算機だからこそ、意味不明なクソリプ(バグ)に弱いってこと?」
『簡潔に言えばその通りです。ノイズを排除して純度を限界まで高めたシステムは、一度許容量を超える不純物をぶち込まれると、全体がフリーズします』
わたしは、目の前で光の波にキャッキャとじゃれついているえんやこらさんズを見た。
あいつら相変わらず、[おしりー][ぷりぷりー][わっしょーい]とか、知性ゼロの交信を繰り返してる。
――これだ。
わたしは、自分の中に巣食いかけていたドロドロの罪悪感が、アホらしさのあまり一気に吹き飛ぶのを感じた。
過去のトラウマだの、己の罪だの、そんな陰キャ全開なものに浸ってる場合じゃないじゃん。
相手が「無菌室育ちの超絶優等生」なら、こっちの取るべき戦法はたった一つでしょ。
「ねえチハたん」
『はい』
「あの子、無駄なことが大っ嫌いなんだよね。うるさいのも、汚いのも、非合理的なのも」
『過去の言動パターンから分析するに、極度の潔癖症および嫌悪感を持っていると推測されます』
「じゃあさ、最高のプレゼントをあげようよ。わたしたちが持ってる、ありったけの『無駄』を詰め込んでさ」
わたしは、お腹の底から深く息を吸い込んだ。
魔素でできた肺いっぱいに、村の空気をたっぷりと取り込む。
そして、まだ頭を抱えてうずくまってる村人たちに向かって、腹から声を出して叫んだ。
「みんなーーっ! 過去のトラウマに浸ってる場合じゃないよ! 顔上げて!」
わたしの声にビクッとして、タゴサックさんが、エルドが、カヘージ村長が、フラフラと顔を上げた。
まだ目は虚ろで苦しそうだけど、わたしの声が彼らの意識をちょっとだけ「今」に引き戻したみたいだ。
「あいつ、わたしたちの頭の中に勝手に土足で上がり込んで、嫌な記憶を無理やり見せてるだけだよ! そんな陰湿なネチネチした嫌がらせに負けて、どうすんの!」
「し、しかし千波様……頭の中に、声が……」
タゴサックさんが、絞り出すように呻く。
「うるさいなら、もっとデカい音で上書きしちゃえばいいんだよ! あいつはね、静かで綺麗で、計算通りの完璧な世界が好きなんだってさ。だったら、こっちから最高に泥臭くて、うるさくて、わけのわかんないノイズをぶち込んでやろうよ!」
わたしは、傍らのチハたんの冷たい装甲をバンバンと叩いた。
「チハたん! 村中の音を拾って、限界まで増幅できる!?」
『スピーカーの最大出力を使用すれば、半径5キロメートル圏内に大音量を放射可能です。ただし、もはや音響兵器レベルの騒音になりますが』
「上等! むしろそれくらいやんないと、あのお高くとまった聖女様のガチガチなファイアウォールはぶち破れない!」
わたしは、ポカーンとしている村人たちをぐるっと見回した。
「鍋でも、木の棒でも、空き缶でもなんでもいい! とにかく音の出るものをガンガン叩いて! 歌える人は大声で歌って! 踊れる人はテキトーに踊って! 意味なんかなくていいから、とにかく全力で騒ぐの!」
「さ、騒ぐ……ですか?」
元・教会のエリート書記官だったエルドが、本気で理解不能って顔をしてる。まあ無理もないよね。どう見ても狂気の沙汰だもん。
「そう! あいつの完璧な計算式の中に、わたしたちの『生きているノイズ』を突っ込んで、システムごとクラッシュさせるの! 題して……」
わたしは一瞬だけ考えて、頭に浮かんだワードをそのまま叫んだ。
「『最高に無駄な大騒音フェスティバル』、開幕だよ!!」
村人たちは、最初こそ「この巫女様、ついに頭狂ったか?」みたいな顔をしてた。
でも、えんやこらさんズが[フェスー!][おまつりー!][どんちゃんー!]とアホみたいに騒ぎながら飛び回り始めると、その謎のハッピーなバイブスが伝染したらしい。
タゴサックさんがおもむろに近くにあった空の木樽をガシッと掴み、丸太みたいな太い腕でバンバン叩き始めた。
ドンッ、ドンッ! と、お腹に響く重い音が鳴る。
それに合わせて、ウールくんが手近な石をカチカチ打ち鳴らす。
この前ガメッチが置いていったフライパンをおたまでデタラメに叩きまくるおばちゃん、意味不明な雄叫びを上げるおじさん、ただ地面をドスドス踏み鳴らす子どもたち。
最初はバラバラだった音が、だんだん大きなうねりになって、村全体を包み込んでいく。
ぶっちゃけ、音楽とは呼べない。
リズム感ゼロ、調和ゼロ。ただの鼓膜に悪い雑音の塊だ。
でも、その雑音には、過去のトラウマなんか物理で吹き飛ばすくらいの、圧倒的な「生命力」が詰まっていた。
『千波。セシールの精神干渉波形に、著しい乱れを確認しました。こちらのノイズが、彼女の演算領域をゴリゴリ侵食し始めています』
チハたんの報告に、わたしはニヤリと悪役みたいな笑みを浮かべた。
「よしキタ! じゃあチハたんもDJブースに参加して! わたしの記憶データから、一番うるさくて、一番電波で意味わかんない曲を探して、鼓膜破れるくらいの大音量で流して!」
『了解しました。千波の記憶データより、BPM200越えの電波アニソンおよびデスメタルを抽出。フルミックスして最大出力で放射します』
次の瞬間。
チハたんのゴツい車体にくっついた外部スピーカーから、このファンタジー異世界には絶対存在しちゃいけない、暴力的で電子的な重低音がドゥンッ!!とブッ放された。
地面がビリビリ揺れて、空気が震える。
村人たちが狂ったように叩く鍋や樽の音。
えんやこらさんズの光の乱舞。
そこに、チハたんが放つクラブ顔負けの重低音と、わたしの記憶から引っ張り出された謎の電波アニソンの無限ループが乗っかる。
それら全部が闇鍋みたいに混ざり合って、一つの巨大な「極悪バグ」になり、セシールが張った純白の結界に向かって津波みたいに押し寄せていく。
わたしは村の入り口に立って、森の奥にあるセシールの白いテントを思いっきり睨みつけた。
「さあ、聖女様。そのお高く止まった無菌室で、この泥まみれのノイズフェスにいつまで耐えられるかな?」
完璧すぎるシステムをバグらせるのは、いつだって人間の不完全で泥臭いエネルギーって相場が決まってるんだよ。
わたしたちの「図太く生きる力」が、彼女の冷たいプログラミングをどこまでクラッシュさせられるか。見物だね。
わたしたちの反撃の狼煙は、世界一最高で、世界一やかましい爆音と共に上がったのだった。




