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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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50、しもふさくんしあわせそうなのに




 人生には「フラグ」という概念が存在する。

 これはわたしのいた世界における、ある種の物理法則みたいなものだ。


「この戦争が終わったら結婚するんだ」と言えば戦死するし、「やったか?」と煙の向こうを覗き込めば敵は無傷で立っている。

 そして、「平和になったねえ」と縁側でお茶を啜るような空気を出すと、間違いなく、その平和を木っ端微塵に粉砕する何かがやってくる。


 今回の場合、それは南の街道からやってきた。


 土煙を上げて近づいてくる行列は、明らかにガメッチのような薄汚れた行商人一行ではない。もっとこう、きらびやかで、威圧的で、そして致命的に空気が読めない連中だ。


 先頭を行くのは、白馬に跨った騎士たち。その鎧は磨き上げられ、太陽の光を反射して目が痛くなるほど輝いている。後ろに続くのは、これまた真っ白な馬車。金色の装飾が施され、車輪の一つ一つにまで彫刻が入っているという凝りようだ。泥道で汚れることを微塵も想定していない設計思想には、ある種の狂気すら感じる。


 掲げられた旗には、王家の紋章と、教会の聖印が仲良く並んでいる。権力のハッピーセットだ。一番お腹いっぱいになる組み合わせである。


「……うわぁ」


 わたしは、村の入り口に急造された物見台の上で、思わず呻いた。

 隣にいるタゴサックさんが、緊張で尻尾を逆立てている。まるでタワシみたいだ。


「千波様。あれは……王家の近衛騎士団、それに教会の高位聖職者の護衛団です」


「見ればわかるよ。あんなピカピカした集団、パレードか葬列以外で見たことない」


『補足します』


 わたしの背後で、チハたんが冷静な実況を入れる。


『馬車内部からの高魔導反応、依然として継続中。パターン照合の結果、帝国軍のデータベースにある「生体兵器」の波長と九十八パーセント一致します』


「生体兵器って……」


 物騒な単語が出てきた。


 聖女って、癒やしとか救済とか、そういうファンシーな担当じゃないの? なんで兵器判定されてるの。


『おそらく、カテゴリーエラーではありません。彼女は人間という枠組みを超過しています』


 チハたんの言葉は、いつだって不吉な予言を含んでいる。



 行列は、村の入り口の前で停止した。

 一糸乱れぬ動きだ。馬のいななき一つ聞こえない。訓練されすぎていて、逆に気味が悪い。

 先頭の騎士が進み出て、大仰に巻物を広げた。


「これより、王家直属聖女、セシール様がご到着される! 地の果てに住まう獣、ならびに異端の者ども、頭が高い! 直ちにひれ伏し、恭順の意を示せ!」


 声がでかい。

 マイクもなしによくそこまで通る声が出るものだ。腹式呼吸の鬼か。


 村人たちが動揺してざわめく。無理もない。これまで迫害され続けてきた彼らにとって、王家や教会の権威は、天災と同じくらい逆らえないものとして刷り込まれている。


 わたしは、ため息をつきながら物見台を降りた。


 ひれ伏せと言われて「はいそうですか」と土下座できるほど、わたしの膝は安くない。それに、ここでわたしがへこへこしたら、せっかく芽生え始めた村の自尊心がぺしゃんこになってしまう。


 わたしは、できるだけ堂々と、かつ不敵に見えるように(内心は心臓バクバクだけど)、行列の前へと歩み出た。

 背後には、虹色に輝くチハたん。この威圧感だけが頼りだ。


「……こんにちは。ずいぶんと賑やかなご到着ですね」


 わたしが声をかけると、騎士が顔をしかめた。兜の隙間から見える目が、汚物を見るような色をしている。失礼なやつだ。


「貴様が、精霊を騙る異端者か」


「騙ってません。周りが勝手に呼んでるだけです。わたしは千波。この村の……まあ、管理人みたいなものです」


「ふん、減らず口を。聖女様の御前であるぞ」


 騎士が剣の柄に手をかけた瞬間、馬車の扉が開いた。


 音が止まる。


 いや、物理的に音が消えたわけではないのだけれど、世界全体のボリュームが一気に絞られたような錯覚を覚えた。

 それくらい、その登場は圧倒的だった。


 馬車から降りてきたのは、少女だった。

 年齢は、わたしと同じくらいだろうか。

 透き通るような白磁の肌。月光を糸にして織り上げたような、プラチナブロンドの長い髪。瞳は、深海を思わせる深い蒼色。

 身に纏っているのは、純白の法衣だ。金糸で複雑な刺繍が施されているが、決して華美すぎず、彼女の清廉さを際立たせている。


 綺麗だ。

 悔しいけれど、とんでもなく綺麗だった。


 アイドルとかモデルとか、そういう次元じゃない。美術館のガラスケースの中に収まっている、国宝級のビスクドール。

 そこには「生活感」というものが一ミリも存在しなかった。ニキビ一つ、ささくれ一つ、髪の乱れ一つない。

 人間味がなさすぎて、逆に怖い。


「……初めまして」


 彼女が口を開いた。



 その声は、鈴を転がすような、という表現が陳腐に聞こえるほど美しかった。だが、温度がない。録音された音声を再生しているような、無機質な響き。


「わたくしはセシール。女神の愛し子として、この地に光をもたらしに参りました」


 彼女は、完璧なカーテシー(お辞儀)をした。角度、速度、スカートの広がり方、すべてが計算され尽くしている。


「……どうも。千波です」


 わたしはぎこちなく頭を下げた。ジャージ姿(魔素製)でカーテシーを返す勇気はなかった。


 セシールは顔を上げると、その蒼い瞳でわたしを射抜いた。

 いや、見ているようで、見ていない。彼女の視線は、わたしの表面を滑って、その奥にある何かをスキャンしているような感じがする。


「貴女が、千波様ですね。報告は伺っております。古代の遺物を操り、無知な亜人たちを惑わせ、偽りの安息を与えていると」


「言い方に悪意があるなぁ。惑わせてないし、安息は本物だよ。パンケーキとか美味しいし」


「パンケーキ……?」


 セシールが小首を傾げた。

 可愛い。

 動作がいちいち可愛いのが腹立たしい。


「物質的な快楽で魂を縛り付ける。それは悪魔の手口です」


「糖分補給は正義だよ」


「議論の余地はありません」


 セシールは、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔は、完璧な黄金比で作られていたが、目は笑っていなかった。ガラス玉のような瞳が、ただこちらを映しているだけ。


「わたくしは、慈悲を持って参りました。教会は貴女を討伐対象として認定しましたが、わたくしは反対いたしましたの」


「へえ、それはどうも」


「貴女もまた、迷える子羊。女神の光を知らぬ、哀れな魂。だからこそ、わたくしが直接、導いて差し上げようと」


 彼女は、まるで迷子に手を差し伸べるお姉さんのようなポーズをとった。


「千波様。その汚れた機械を捨て、偽りの王冠を下ろし、わたくしの手を取りなさい。そうすれば、貴女の魂は浄化され、正しい信仰の元で安らぎを得られるでしょう」


 言っていることは、要するに「無条件降伏しろ」ということだ。

 しかも、「お前のためを思って言っているんだよ」という、一番タチの悪い善意の皮を被っている。


 わたしは、背後のチハたんを見た。

 チハたんは沈黙を守っているが、砲塔がわずかに動いて、セシールをロックオンしているのがわかる。


『千波。警戒レベル最大。彼女の周囲の空間に、高密度の魔素歪曲フィールドが展開されています。いつでも広範囲攻撃が可能な状態です』


 やっぱりね。


 ただの綺麗な女の子が、のこのこ敵地にやってくるわけがない。彼女自身が、歩く戦略核兵器みたいなものなのだ。


「……お断りします」


 わたしは、はっきりと言った。

 セシールの眉が、ほんの数ミリだけ動いた。


「……理由は?」


「わたしは、誰かに導かれたいわけじゃないから。それに、わたしの魂が汚れてるかどうかは、わたしが決めることだし」


 わたしは胸を張った。


「この村のみんなもそう。彼らは、誰かに平伏するために生きてるんじゃない。自分の足で立って、自分の頭で考えて、笑ったり泣いたりするためにここにいるの。それを『無知』とか『哀れ』とか言って上から目線で救おうとするのは、余計なお世話だよ」


 言い切ってやった。


 心臓は早鐘を打っているけれど、口からはスラスラと言葉が出てきた。どうやらわたしも、少しは領主らしくなってきたらしい。


 セシールは、しばらく無言でわたしを見つめていた。

 やがて、彼女はふぅ、と小さく息を吐いた。ため息さえも音楽的だ。


「……残念です。言葉では、通じ合えないのですね」


「言葉で通じないからって、暴力に訴えるのは野蛮だよ?」


「暴力ではありません。教導です」


 セシールが、すっと右手を上げた。

 その手には、何も持っていない。杖も、武器もない。


 だが、チハたんが警告音を発した。


『来ます! 防御プロトコル展開!』


 瞬間、セシールの背後の空間が割れた。

 いや、空間そのものが発光したのだ。


 無数の光の矢――に見える何かが、彼女の背後に展開された。それは物理的な矢ではなく、純粋なエネルギーの結晶体だ。

 数は、百や二百ではない。空を埋め尽くすほどの光の雨。


「……これ、教導っていうレベル?」


 わたしが引きつった笑いを浮かべると、セシールは慈愛に満ちた表情で言った。


「痛みを知ることで、人は謙虚になれます。肉体の苦痛は、魂の洗濯なのです」


「洗濯機に放り込まれるのはごめんだね!」


 セシールが手を振り下ろす。

 光の矢が、一斉に放たれた。

 標的は、わたしではない。

 わたしの後ろにある、村だ。


「させない!」


 わたしが叫ぶと同時に、チハたんが前に出た。

 虹色に輝く装甲板から、防衛プロトコルの光が広がる。

 光の盾と、光の矢が衝突する。

 爆音はしなかった。


 ただ、鼓膜を圧迫するような高周波と、目が眩むような閃光が世界を白く染めた。

 衝撃波が地面を抉り、土埃が舞い上がる。


 タゴサックさんが村人たちを庇って伏せるのが見えた。


 光が収まった時、そこには異様な光景が広がっていた。


 チハたんの防壁は健在だ。村への直撃は防げた。

 だが、村の入り口にあった巨大な岩が、跡形もなく消滅していた。粉砕されたのではない。蒸発したのだ。


『……出力計測不能。魔素ではありません。これは……指向性熱線照射に近い現象です』


 チハたんの声に、珍しく焦りが混じっている。


 セシールは、涼しい顔をしていた。

 一歩も動いていない。髪の毛一本乱れていない。


「あら。防ぎましたか。あの旧時代のガラクタに、それほどの機能が残っているとは」


 彼女は、チハたんを見て、初めて興味深そうな顔をした。


「……不思議ですね。貴女のその力、わたくしと『同じ』匂いがします」


「え?」


「女神の力。いえ、もっと根源的な……システムの管理者権限に近い波動」


 セシールが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


 チハたんが威嚇射撃のために砲塔を向けるが、彼女は気にも留めない。


「貴女、何者ですか? ただの異端者ではなさそうですね」


 彼女の蒼い瞳の奥で、無数の光の輪が回転しているのが見えた。


 魔法陣? 違う。

 あれは――データだ。


 0と1の羅列が、高速で流れているように見える。


『千波。彼女から、当機へのアクセス試行を検知しました』


「アクセス!?」


『ファイアウォール突破まで推定三十秒。ハッキングされる可能性があります』


「ハッキングって……人間が戦車を?」


 セシールは、わたしの目の前数メートルのところで立ち止まった。


「……なるほど。貴女もまた、うつわなのですね」


 彼女は、納得したように頷いた。


「器?」


「わたくしと同じ。女神の意志を降ろすための、空っぽの器。だからこそ、そのように不純物を詰め込んで、個を保っている」


 彼女の指先が、わたしの胸元を指す。

 そこには、心臓があるはずの場所。


「哀れですね。本来なら純粋な光で満たされるべき場所に、あのような薄汚れた自我というゴミが詰まっているなんて」


 カチン、と来た。

 ゴミだと。

 わたしの、千波としての記憶や感情を、ゴミだと言ったのか。


「ゴミじゃないよ。これは、わたしの宝物だ」


 わたしは睨み返した。


「わたしは器じゃない。千波だ。中身も外身も、全部わたしだ!」


 セシールは、きょとんとした顔をした。

 まるで、犬が人間の言葉を喋ったのを見た時のような、理解不能という表情。


「……自我への執着。それが苦しみの根源だというのに」


 彼女は首を振った。


「いいでしょう。今はまだ、貴女には理解できないようです。ですが、時間はあります」


 セシールは、踵を返した。


「わたくしは、この近くに駐屯いたします。毎日、光の雨を降らせましょう。少しずつ、貴女たちの偽りの守りを削り取っていきます」


 彼女は背中越しに言った。


「村の人々が恐怖に耐えきれず、貴女を差し出すその時まで。あるいは、貴女自身が罪の重さに気づき、膝を屈するまで」


「……兵糧攻めってわけ?」


「浄化の儀式です」


 彼女は馬車には戻らず、従者たちが手際よく設営し始めた天蓋付きの豪奢なテントの方へと向かった。


 どうやら本気で、ここに居座るつもりらしい。

 騎士たちが、村を包囲するように展開していく。

 剣を抜くわけでもなく、ただ整然と並び、無言の圧力をかけてくる。


 わたしは、拳を握りしめた。

 直接的な暴力よりも、こういう真綿で首を絞めるようなやり方の方が、精神的にくる。


 村人たちの不安げな顔が目に入る。

 せっかく平和になりかけた村が、また恐怖に覆われていく。


 その時、畑の陰から見ていたザキと目が合った。

 彼は、鍬を持ったまま、険しい表情でセシールを見つめていた。


(……あいつ、何か知ってるな)


 ザキの目が語っていた。

 あれは、ただの敵じゃない。

 もっと根深い、世界の歪みそのものだと。


「……チハたん」


『はい』


「厄介なのが来たね」


『はい。戦闘力、政治力、そして宗教的権威。すべてにおいて高レベルの脅威です』


「でも、負けないよ」


 わたしは、セシールの白いテントを睨みつけた。


「完成品と戦うのは初めてだけどさ。

不良品のしぶとさ、見せてあげるよ」


『……精神論ですね』


「今はそれしか武器がないの!」


 二つの太陽が傾き、長い影を落とす。

 千波領に、新しい、そして今までで一番静かで重たい夜が訪れようとしていた。


 聖女セシール。

 彼女との戦いは、これまでのドンパチとは違う、わたしの「存在意義」をかけた戦いになりそうだ。


 やれやれ。


 パンケーキの次は、哲学問答か。

 女子高生に求めるスペックが高すぎるってば、この世界。




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