44、村はババババビューンと高速で増殖する
戦いが終わって、三日。
人間って、不思議だ。
勝った直後は泣いて笑って抱き合う。
でも三日も経つと、みんな「で、現実どうすんの?」って顔になる。
すごい。
切り替えが早いというより、心の体力が尽きて別のモードに入るのだと思う。たぶん「とりあえず生き延びたから、次は家計簿」みたいな。
村の朝は、二つの太陽が順番に顔を出す。
赤いほうが先に昇って、白っぽいほうがちょっと遅れてくる。どっちがどっちかは、いまだに覚えられない。
わたしは色の名前が致命的に弱い。赤とピンクも怪しい。むしろ「トマト系」と「大根系」で覚えている。
昨日の夕方から、村の入口の見張りが忙しくなった。
理由は単純で、増えたからだ。人が。
「……また来たの?」
『はい。徒歩の集団、五名。武装なし。背負い袋あり。疲労度高』
チハたんがさらっと言う。
この子の「疲労度高」は、人類にとってかなり切実なやつだ。わたしが高校の体育祭で「疲労度高」になった時は、翌日、階段が敵だった。
今は魔素ボディなので階段は敵にならないけど、代わりに「責任」が敵になってきた。硬い。殴れない。しかも増殖する。
村の入口の方へ歩くと、獣人たちが半円を作っていた。
輪の中心にいるのは、人族——つまり人間たち。男二人、女二人、子ども一人。子どもは眠っているのか気を失っているのか、どっちとも取れない顔で女の背中にくくりつけられていた。
わたしは、つい口から出た。
「……増えるねぇ」
『増殖はしていません。流入です』
「言い方の問題だよ」
獣人たちの目は警戒モードだった。
あたりまえだ。ついこの前まで教会の聖騎士団が押し寄せてきて、「異端を焼くぞ」って空気を撒き散らして帰っていったのだ。そこへ「その焼く側」と同じ種族が来る。歓迎ムードになる方が怖い。
ただ、村の空気は、前より少しだけ柔らかい。
掲示板が立って、役割が分かれて、「みんなで話して決める」ってやり方が、ほんの少し浸透したからだと思う。
それでも怖いものは怖い。怖いことは「話し合う」では消えない。話し合っても、怖い。そこからどうするか、が問題。
カヘージ村長が前に出た。
「……ここが“千波領”じゃと聞いて来たのか?」
村長、声が固い。
でも固いのは、威圧じゃなくて我慢だ。逃げないために固めている。村長はそういう人だ。尊い。……尊いって言うと、また崇拝が始まりそうなので心の中で言う。
来た人族の男が、深く頭を下げた。
「はい……噂を聞きました。獣人と人族が一緒に暮らしていると……」
その瞬間、輪の外側で、獣人の若い衆が「けっ」みたいな顔をした。
わかる。気持ちはわかる。噂って便利だよね。遠くの人を動かす。でも噂って、責任を持ってくれない。
男は続けた。
「教会に追われました。わたしたちは、ただ……生きたいだけです」
生きたいだけ。
その言葉が、変に胸に刺さった。
わたしだってそうだ。
生きたいだけ、だった。
なのに、今や「領」って呼ばれてる。地図にない国の「核」だってチハたんが言った。核って言い方、怖い。爆発しそうじゃない? 今のわたし、割と危ういと思う。ちょっとしたことで自己評価が核分裂する。
タマモばーちゃんが、杖をついて一歩前に出る。
「追われた理由は?」
真っ直ぐ、容赦ない。
この人、優しいんだけど、優しさの出し方が硬派なのだ。ふわふわしない。
男が唇を噛んだ。
「……わたしは……教会の記録係でした」
ざわっ、と空気が動いた。
記録係、って、エルドと同じだ。エルドは聖騎士団付きの秘書官だった。つまり「命令書を清書してしまった」側。
村の中には、まだ「人族は全員敵」って気持ちの人がいる。
それは悪じゃない。防衛反応だ。心の柵だ。
でも、その柵を高くしすぎると、村は檻になる。
わたしは、一歩前に出てしまった。
こういう時、勝手に体が動くの、ほんとやめてほしい。わたしの体、魔素製なのに「空気」だけは読めるの何? 空気読めるならもっと、空気の読み方を選べ。
「……記録係って、書く人?」
男が頷いた。
「はい。命令書を……書いていました」
ここで「焼け」って言われたら、村はたぶん一歩戻ってた。
男は言葉を選んでる。選んでるけど、それが余計に怖い人もいる。わかる。
わたしは、深呼吸した。
こういう時に深呼吸すると、なんか「リーダーっぽい」って扱いされるから嫌なんだけど、息しないと死ぬから仕方ない。
「……その命令書、どんなの?」
男の目が揺れた。
言いたくない。でも言わなきゃいけない。そういう顔。
「……亜人と関わった村を……焼き払う命令です」
胸が、ぎゅっとした。
ザキの話がよぎる。村が焼かれた話。母と妹の話。犬と畑の話。
それは過去なのに、今ここにいるみたいに生々しい。
村の若い獣人が叫んだ。
「じゃあお前も同罪だろ!」
うん、そうなるよね。
正しい怒りだと思う。正しい怒りって、正しいからこそ制御が難しい。正しさは燃える。燃えやすい。
男は、逃げなかった。
逃げたら、たぶん殺されてた。逃げなかったから、まだ「話」ができる。
「同罪です」
男は、言い切った。
「だから……逃げてきました。いまさら逃げても、許されないことは分かっています。でも……せめて、これ以上、書きたくなかった」
その時、輪の外側から、エルドが出てきた。
掲示板係のエルド。まだ村の中で完全に受け入れられてるわけじゃない。でも、仕事をして、言葉を置いて、泣いて、それでもここにいる。
エルドが、男を見た。
「……あなたも、書いたんですか」
男は、頷いた。
「……はい」
エルドは、すごく嫌そうな顔をした。
その嫌さは、相手への嫌悪というより、自分の過去を見せられた嫌さだ。鏡って、そういう暴力がある。
エルドがぽつりと言った。
「……ここには、掲示板があります」
「……」
「書けますか。あなたも」
男の目に、涙が滲んだ。
たぶんこの世界で「書けますか」って聞かれることは、ほとんどない。
だって文字は力だ。教会が握ってる。文字がある場所には支配がある。
タマモばーちゃんが、わたしを見た。
視線が言っている。
——千波様、どうします?
うわ、出た。
こういう時の「どうします?」は、人生の「どうします?」なんだよ。
コンビニで「袋どうします?」のノリで聞かないでほしい。袋なら「いりません」で済む。人間の受け入れは「いりません」で済まない。済ませたら、後で夢に出る。
わたしは、喉が乾いた。
魔素ボディなのに、喉が乾くってどういう仕様なの?
心が乾いてるんだよたぶん。
チハたんの声が、耳の奥で静かに響く。
『千波。現時点での収容余力は、食糧:中。住居:低。治療:中。治安リスク:上昇傾向』
「……数字で言われると余計に怖いんだけど」
『恐怖は合理的判断を阻害します』
「知ってるよ!」
わたしは、村人たちを見回した。
怒ってる顔。怯えてる顔。疲れてる顔。期待してる顔。
「決めて」って顔。
いや、やめて。そんな目で見ないで。わたし、決める係じゃないって昨日言ったよね? 言ったのに、みんなの耳、もふもふで可愛いくせに、都合悪い時だけ聞こえなくなるの、ずるい。
でも、ここで逃げたら、もっと酷い決め方になる。
いちばん声が大きい人の決め方。
いちばん怒ってる人の決め方。
それは、簡単で、危ない。
わたしは言った。
「……受け入れるかどうか、今ここで即決しない」
ざわっ。
村人たちが顔を見合わせる。
「え?」という空気。
そうだよね。「千波様が決める」って思ってたよね。
わたしは続けた。
「でも、追い返すのも、今ここで即決しない」
さらにざわっ。
両方即決しないって、逃げじゃないの?って顔もある。
逃げじゃないです。これは「時間を取る」という戦術です。
社会科で習った。確か「熟議」とかいうやつ。言葉だけは偉い。
「今日は、村の外側——入口の近くに仮の小屋を作る。そこで休ませる。食べ物と水は出す」
若い獣人が叫ぶ。
「危険だ!」
「うん、危険」
認める。
認めてから言うのが大事。
人は「危険じゃない」って言われると余計怖くなる。
「だから条件つける」
わたしは指を立てた。




