43、愛の歌高らかに── 武装する乙女
翌朝。
村は、静かだった。
昨日までの喧騒が、嘘のように消えている。
人の声はある。
でも、怒鳴り声じゃない。
泣き声じゃない。
ただの、穏やかな会話。
無駄に響かない、落ち着いた声。
「……なんか、静かすぎて変じゃない?」
わたしは、不思議に思って辺りを見回した。
『変ではありません』
チハたんは即答した。
『人は「役割」が明確になると、不安が減少します』
「へぇ」
『不安が減ると、声量が下がります』
「へぇぇ……」
納得半分、感心半分。
村の中央では、エルドが板の前に立っていた。
昨日作った掲示板だ。
字はまだ拙いけど、丁寧だ。
《柵の修理:若者三名》
《畑の確認:午前》
《子ども見守り:交代制》
「……ちゃんと機能してる」
『はい。初期段階としては理想的です』
「理想的って……」
『無理な効率化をしていない』
それは、チハたんにしては珍しい評価だった。
「……チハたんってさ」
『はい』
「効率、好きでしょ?」
『好きというより、必要です』
「でも今回は、必要最低限にしてるよね」
『はい。この集落は、機械文明に適していません』
「……うん」
『急激な変化は、拒絶反応を引き起こします』
「それで?」
『ですから、“魔法に見えない範囲”で支援します』
なるほど。
「……チハたん、意外と空気読むよね」
『過去の戦争では、"文化理解不足"による失敗例が多数あります』
「具体的には?」
『例:先進文明が"効率化"を強制し、現地文化を破壊。反乱発生率83%』
「高っ!」
『例:機械文明の一方的導入により、宗教的反発が発生。紛争期間平均12年』
「うわぁ……」
チハたんには、苦いデータが山ほどあるらしい。
『ですから、"魔法に見える範囲"での支援が最適です』
「……学んでるんだね」
『はい。失敗から』
まず手を付けたのは、水だった。
井戸は一つ。
しかも浅い。
「これ、夏になったら足りなくない?」
『不足します』
「即答……」
『地下水脈は存在します』
チハたんは、地面に青い線を浮かべた。
『この下、深度八メートル』
「……掘るの大変じゃない?」
『人力では困難です』
「じゃあ──」
『ですが』
チハたんは続ける。
『“精霊魔法”なら可能です』
にやり。
「ズルい言い方」
『表現の問題です』
その日の午後。
村人たちが見守る中、わたしは“それっぽいこと”をした。
地面に手を当てて、目を閉じる。
「……えーっと」
『千波、左に三十センチ』
「うるさい」
『失礼』
わたしが頷くとその瞬間、地面が、わずかに震えた。
いや、震えたのではない。
土が──"動いた"。
ドリルの音はしない。
振動もない。
爆発もない。
ただ、まるで見えない手で撫でられるように──
土が、静かに、静かに、避けていく。
「……おお……」
村人たちが、息を呑んだ。
「精霊様の……」
「御業じゃ……」
千波は、心の中で小さく謝った。
(ごめんね……これ、チハたんの技術なんだ……)
しばらくして──
地面の中央が、ぽこんと盛り上がった。
次の瞬間。
ちょろ、と。
小さな水が、顔を出した。
それは、すぐに流れになり。
やがて──
澄んだ、透明な水が、こんこんと湧き出し始めた。
「……水だ……」
「水が……!」
村人たちが、歓声を上げる。
子どもたちが駆け寄り、手を浸す。
「冷たい!」
「きれい!」
『……水脈、誘導完了です』
チハたんの声が、どこか満足げだった。
「誘導ってなに」
『言葉の問題です』
「絶対、掘削って言いたかったでしょ」
『……否定はしません』
結果、井戸は二つになった。
それだけで、村の負担は大きく減った。
夕方、村の出入り口の方から騒ぎが村の中に近づいてくる。
「敵?」
『いえ。危険はないようです。どちらかといえば歓声ですね』
見ていると、タゴサックたちが何か大きなものを引きずってきた。
ツノの生えた猪のような生き物。
「あれなにかな?」
『わかりません。食料として仕留めてきたようですね』
「お肉かぁ。美味しいのかな」
この身体。食事は必要ないけど、一応味覚はある。ただ、元の身体の味覚とは違っていて、「美味しいー!」とか「不味ーい!」って感じじゃなく、味を分析しているような感覚なの。
チハたん曰く、慣れれば元の感覚に近づくらしいけど、今は、変に味わいを求めると、成分表みたいな感じになってしまう。
もっと深掘りすると化学式のようなものが頭に浮かぶ。
食べ物にそんな情報いらないのに。美味しい不味い、好き嫌い、あとは少しの太る太らないの要素さえわかればOKなのに。
あ、この身体、太ることは考えなくて良かったんだ。
ラッキー! ラッキー! 超ラッキー!
心の中で小躍りしてると、タゴサックさんがやってきた。
「千波様。シシはお好きですか?」
「獅子? ジャングルの大帝的な? どちらかというとリボンを付けた騎士的なのとかブラックなジャック風な方が好きかな」
『千波、獅子ではなくシシです。あの獣のことでしょう。状況から判断してそのボケは無理がありすぎます』
「ちっ……まぁいいわ。それよりやっぱりあれって猪なのか。ツノのとかあるけどね」
『いえ、シシ=猪ではありません。シシとは食用獣、食肉を指す言葉だと推測されます』
「じゃあれはなんて名前?」
『わかりません』
「タゴサックさん。あの獣なんて名前なの?」
「イノシカチョウといって、縁起の良い獣です。その肉を一口食べれば一年間は無病で過ごせるとも言われておりますな」
「伊野市課長?」
『違います』
「ちっ」
チハたんの愛のないぶったぎりツッコミには慣れたし。
それより獲ってきたっていうイノシカチョウ。猪っぽい外見で頭に鹿のツノが生えているのでイノシカはわかるけど。「チョウ」要素はどこに?
「ねぇタゴサックさん。どうしてイノシカチョウって名前なの?」
「見ての通りでさ──でございます。猪に鹿の角、鳥の羽が付いてるのでイノシカチョウ」
鳥の羽? 見た感じ羽は無さそうだけど。
「羽らしきものが無いけど……」
「羽はわかりにくいですが、この胴の横の折りたたまれておりまして」
そう言いながら、イノシカチョウの胴体にある模様のような所を引っ張た。
そこには羽っていうより、小さなヒレって感じのものが確かにあった。
「その子、飛ぶの?」
「いえ、飛びません。こいつは、ものすごい速さで走るんでさぁ。その時のバランスを取るためらしいです」
「そうなんだ。一度走ってるとこ見てみたいわね」
「滅多に見かけないですからね。それに結構凶暴で、動くものを見つけたら相手構わず、物影からいきなり突進して来るので油断は出来ません。チハたん様なら大丈夫でしょうが、千波様は危のうございます」
幻影ボディーの時なら危険は皆無だけど、今は危ないかなぁ。せめて武器でもあれば、ズンバラリンって倒しちゃうんだけどね。
「では、今夜はイノシカチョウの丸焼きを出しますんで、夕食、楽しみにしておいてください」
そう言ってタゴサックさんたちは、解体場の方に運んで行った。
「チハたん、武器ちょうだい! フェイザー銃とか、ガッツハイパーとかないの?」
『携行銃の使用は避けた方が良いかと。奪われた際、こちらへの被害が拡大します。それに……』
「それに?」
『積載しておりません』
「は?」
『ありません。搭載しておりません。積んでません」
「じゃ、奪われるとか関係ないよね」
『安心ですね』
「……」
『……』
「ドローンの時もそうだったけど、無かったら無いって普通に言えばいいのに。なんのこだわりよ」
『こだわりなどありません。ただ事実を優先度順に答えているだけです』
「……そういうことにしといてあげるわ」
これ以上ツッコむと、あの超難解説明がきっと展開されるもの。
「じゃ、斬鉄剣とか鉄砕牙とかは? そっち系なら使えるし」
『刀剣類も搭載しておりませんが、作製は可能です。丁度良い素材もありますし』
丁度良い素材?
──あ!
「カマヤツさんの鎌!」
『……保管されています』
「それって使えるの? でっかいよ」
『材質は優秀です。刃部は高密度魔素結晶。柄部も生体素材・高耐久で利用可能です』
「……つまり?」
『再加工すれば、千波専用の武器になります』
「専用!」
テンションが上がる。
「なにがいいかな……やっぱり刀?」
『推奨しません』
「なんで」
『千波の戦闘データを参照すると──』
映像が浮かぶ。
……振り回してる。
力任せ。
間合い雑。
「やめて」
あれは慣れない身体だったからよ。これでもちゃんと段持ちなんだからね。
『結論:長柄武器が適しています』
「ロンギヌスの槍? まさかデスサイズ? 加工せずそのまま使えるからって手抜き?」
『いいえ』
一瞬、間。
『長巻です』
「……長巻!」
うちの道場でやってる古流の静形薙刀が長巻に近いし、そっちのが得意かも。
『刀身が長く、間合い管理が容易。千波は同系の技術を習得しているようですし、武器との適合率は高いです』
「かっこいい!」
『加えて、視覚的威圧効果も高い』
「最高!」
『ただし──』
チハたんの声が、わずかに低くなった。
『問題点があります』
「なに?」
『使用者が"調子に乗りやすい"』
えっと、使用者ってわたしを指して言って無いよね。
「……それ、今言う?」
『統計です』
「統計って何の!」
『長柄武器使用者の、戦闘中の発言データです。"かっこいい台詞"の使用率が、他武器の3.7倍』
「やめて! そのデータ見せないで!」
数日後──
長巻が、完成した。
刀身は、カマヤツの鎌を再加工したもの。
青い光沢を帯びた刃は、触れただけで鋭さがわかる。
反りは控えめ。
日本刀よりも直線的で、振り回しやすい。
柄は赤。
完成後、獣人の職人が丁寧に編んだもの。
握ると、しっくりと手に馴染んだ。
赤い柄、青い刃。
赤、青……。
(赤長巻、青長巻、黄長巻……)
心の中に浮かんだネタを、必死で封印する。
『千波、なぜ黙り込んでいるのですか』
「なんでもない! 絶対になんでもない!」
『……不審です』
「気にしないで!」
気を取り直して、柄を握りゆっくりと持ち上げる。
「……っ……重い……!」
思わず声が出た。
『重量二十六キロ。軽量化に苦心しました』
「どこが軽量化よ! 普通の十倍くらい重いじゃない!」
『当初の試算では四十二キロでしたから』
「フルマラソン!」
『メートルでは無くグラムです』
「知ってるし!」
二十六キロ、持ち歩くだけで疲れそう。
『ですが、あなたは“力”があります』
「……そうだった」
魔素体。
力だけは、ある。
「……よし」
深呼吸をひとつ。
長巻を構える。
重い。
でも──持てる。
そして──
振った。
ヒュンッ!
空気が、音を立てて裂けた。
刀身が描く軌跡は、青い線となって残像を残す。
風が、遅れて吹いた。
村人たちが、息を呑んだ。
「……す、すごい……」
「精霊様の……御業……」
自分でも驚いた。
(わたし……こんなに力、あったんだ……)
「違う違う」
わたしは笑った。
「これはね、“武器”」
その言葉に、タマモばーちゃんが静かに頷いた。
「守る覚悟、というやつですな」
その日から。村は、少しずつ変わった。
水が安定し、情報が流れ、武器が“象徴”になる。
そしてある日。
村の入口に、見知らぬ顔があった。
人族の男。
ぼろぼろの服。
疲れ切った顔。
「……ここが」
男は、声を震わせた。
「"千波領"ですか?」
対応に出たカヘージさんが、警戒した目で見ている。
獣人の村に人族が来る。それは、珍しいことだった。
「……そうじゃが」
「本当に……獣人と人族が、一緒に暮らしているんですか?」
「見ての通りじゃ」
「噂を聞いて……来ました」
男は、深く頭を下げた。
「教会に追われて……行く場所がなくて……」
その日を境に、外から人が来るようになった。
教会を追われた者。
差別に耐えられなかった者。
噂を聞きつけた者。
一人、また一人と。




