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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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43/47

42、今日も運ぶ、叩く、植える、そして……




 話し合いが終わったあと、村は容赦なく現実へ引き戻された。


 壊れた柵。

 踏み荒らされた畑。

 焼け焦げた薬草──煙の匂いがまだ残っている。



 歓声が消えたあとに残るのは、いつだってそういうものだ。


「……で」


 タゴサックが、折れた木柵を見下ろしながら呟いた。


「これ、どうする?」


「畑がひどいぞ」


「薬草も半分は使い物にならん……」


 千波は腰に手を当て、大きく息を吐いた。


「……やること、山積みだね」


『はい』


 即答だった。


 淡々としたチハの声が、空間に響く。


『統計上、戦闘後七十二時間は、共同体の存続率が最も低下する期間です』


「……え?」


『資源不足、心理疲労、指揮系統の混乱が主因です。歴史的事例では、勝利した共同体の二十三パーセントが、この期間に崩壊しています』


「……ちょっと待って。勝ったのに?」


『はい。戦いに勝つことと、その後を生き延びることは別問題です』


 チハは続ける。


『現時点で致命的な不足は確認されていません。水源、食糧、居住空間、いずれも維持可能です』


「じゃあ問題は?」


『配分と、動線です』


「……動線?」


『人の動きです』


 チハの投影が切り替わり、村の簡易地図が宙に浮かび上がった。


 家から井戸へ。

 井戸から畑へ。

 畑から倉庫へ。


 青白い光の線が、蜘蛛の巣のように絡み合って、線が膨れたり縮んだりしている。


「なにこれゲーム? ピクミン?」


 千波が目を瞬かせる。


『移動ログです』


「……え、ログ取ってたの?」


『無意識下の集団行動を可視化しています。個人識別は行っていません』


「プライバシー……」


『集団としての流れのみを抽出しています』


 千波は一瞬考え、ため息をついた。


「……ぎりぎりセーフってことで」


『現在、井戸周辺に人員が集中しています。水汲みと情報交換が同時に行われているため、滞留が発生』


「つまり?」


『疲労が蓄積します』


 言われてみれば、その通りだった。

 井戸は水を汲む場所であると同時に、怪我の報告や噂話が集まる場でもある。


 必要だが、効率は悪い。

 必要な情報二十に対して、雑談が八十。


『提案があります』


「なに?」


『井戸付近に掲示板を設置してください。情報伝達を一元化します』


「……掲示板?」


『はい』


 チハは、ほんの一拍だけ間を置いた。


『文明は、必ずしも火や鉄から始まるものではありません』


「……じゃあ、なにから?」


『困った時に、助けを求められる場所という概念です』


 千波は息をのんだ。


「……それって」


『あなたが、本日宣言した内容と一致します』


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「……チハ、たまにすごいこと言うよね」


『事実を整理しているだけです』


 千波は村を見渡した。


 獣人も、人族も、誰もが疲れている。

 それでも、手を止めている者はいなかった。


 なら──。


「……よし」


 千波は手を叩いた。


「みんな、集まって! ちょっと相談!」


 視線が集まる。


「いまから“役割”を決めたい。上下関係とかじゃないよ。ただ、得意なことをやるだけ」


 タマモばーちゃんが、静かに頷いた。


「理にかなっておる」


「まず、怪我人と子どもの世話」


 獣人の女性たちが自然と前に出た。

「わたしたちがやります」


「次、畑と食糧の確認」


 年配の男たちが胸を張る。

「任せなされ」


「柵と家の修理」


 若い獣人たちが腕を鳴らす。

「力仕事は得意だ!」

「筋肉の見せ場だな!」


「アピールいらないから!」


 場が少し和らぐ。


「で、情報整理……」


 沈黙。


「……え、そこ人気ない?」


 その時、村の隅から、恐る恐る手が上がった。


「……あの」


 目深に被っていたフードを外した青年は、人族だった。

 痩せた身体、擦り切れた服。だが、目だけは真っ直ぐだった。


「文字、読めます」


 ざわめきが走る。


「人族だ! なぜここに!」


 青年の近くにいた村人が武器の手をかける。


「私は、今回の遠征軍で、聖騎士団付きの秘書官をしておりました」


 エルドは拳を握りしめる。


「ですが──先の戦いは、間違っています。私は、それを記録してしまった。書記官として、虐殺の命令書を清書してしまった」


 声が震えている。


「せめて、これから先は……正しい記録を残したい」

 

 青年はその場で、深々と頭を下げた。


「名は?」


「……エルドと申します」


 タマモばーちゃんが近づき、杖を鳴らす。


「ではエルド殿、書き役を頼めますかな」


 青年の目が大きく見開かれた。


「……よろしいのですか」


「疑う理由があるなら、遠ざけるのではなく、仕事を任せるのが一番じゃ。近くで見ておれば、嘘はつけぬからのう」


 その言葉に、空気が変わった。


「信用して放置すれば裏切られる。疑って放置すれば腐る。なら──」


 ばーちゃんは微笑んだ。


「疑いながら、共に働く。それが最善じゃ。それに……獣人じゃないからと排除する。それはわしらがやってはいけないことじゃ」


 千波は思わず感心する。


(……強いな、この人)


「じゃ、掲示板第一号はエルドで決まりね」


「は、はい!」


 こうして村に、役割が生まれた。


 誰かが命じたわけではない。

 それでも、流れは自然に整っていく。


『千波』


「なに?」


『あなたは統治をしていません』


「うん」


『しかし、秩序は生まれています』


「……それでいいよ」


 投影図の光の線が、少しずつ整理されていく。


 村が、呼吸を始めたかのようだった。


「……生きてるみたい」


『適切な比喩です』


 夕方、村の中央に木の板が立てられた。


 エルドが震える手で文字を刻む。


《相談はここへ》

《困ったら、名前を書いてください》

《誰かが必ず、見ています》


 書き終えた瞬間、彼の目から涙がこぼれた。


「……教会で、一番欲しかった言葉です」


 千波は夕焼けの村を見渡した。


 壊れた柵。

 荒れた畑。

 それでも、笑顔。


「……頑張ろっか」


『了解』


 こうして、千波領の最初の一日は始まった。


 戦場の跡地で。

 とても地味に。

 でも確かに。


 そしてこの日、生まれた“掲示板”という概念は──

 やがて、この世界の新しい文明の種となる。




***




 掲示板が立った夜。


 一人の老獣人が、じっとそれを見つめていた。


「……文字は、読めん」


 隣にいた子どもが、得意げに言った。


「じーちゃん、読んであげよっか?」


「……頼む」


 子どもが、たどたどしく読み上げる。


「"相談は、ここへ"……"困ったら、名前を書く"……僕書いてあげるからいつでも言ってね」


 老獣人の目から、一筋の涙が流れた。


「……良い、場所じゃのう」





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