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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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42/47

41、戦いすんで夜が明けて




 戦後、村は静かにざわめいていた


 戦いが終わった翌朝。


 谷には、いつもより遅い朝が訪れていた。

 村の空気は、まだ夜明け前のように重かった。


 夜明けと同時に終わった戦いだったせいで、二つの太陽が昇るころには、みんなもう疲れ切っていたのだと思う。

 泣く人も、怒鳴る人もいない。

 あるのは、静かなざわめきだけ。


 折れた柵。

 踏み荒らされた地面。

 あちこちに残る魔法の焦げ跡。


 そして――生きている人たち。


 カヘージも。

 タゴサックも。

 タマモばーちゃんも。

 子どもたちも。


 誰も、死ななかった。


 一人も。


 それが、なによりも不思議で、なによりも重かった。


「……ほんとに、守れたんだ」


 わたしは小さく呟いた。


 声が震える。


 嬉しいのか、安心しているのか、怖いのか――

 自分でもよくわからない。


 ただ、確かなのは――


 胸の奥が、じわっと熱いこと。


 わたしは村の中央に立ったまま、ぐるりと見回した。


 獣人たちは、疲れた顔で、それでも互いの無事を確かめ合っている。

 子どもたちは大人の影に隠れながらも、こちらをちらちら見ていた。

 怖かったはずなのに、目の奥に、ほんのりとした光がある。


 ――生き延びた、という光。


 胸の奥が、じわっと熱くなる。


『千波』


 背後から、いつもの低い声。


『外傷者の治療、八割完了。重症者なし。村の被害、建造物損壊二割。回復可能範囲です』


「……ありがとう、チハたん」


『感謝は不要です。これは任務――』


「うん。でも、ありがとう」


 一瞬、沈黙。


『……了解』


 短い返事だったけど、なぜかそれだけで安心した。


 わたしがぼーっとしていると、タマモばーちゃんが杖をつきながら近づいてきた。


「千波様」


「だから“様”はやめてって……」


「今は無理ですじゃ」


 ばっさり切られた。


「……今の空気でそれ言われると、反論できない自分が悔しい」


 タマモばーちゃんは、困ったように笑ってから、ぐっと表情を引き締めた。


「戦は終わりました。じゃが、終わったからこそ、決めねばならぬことがあります」


「……決める?」


「はい」


 杖の先で、村をぐるりと示す。


「ここに集った者たち。元の村に戻れぬ者。人族の追手を恐れ、森を渡ってきた者。そして……ここを“守る”と決めた者」


 その言葉に、周囲の空気が、ぴんと張りつめた。


「この地は、もはや“一時の避難所”ではありません」


 タマモばーちゃんの声は、年老いているのに、不思議とよく通った。


「ここは、帰る場所になりつつあります」


 ざわっ、と小さな波が走る。


 誰かが息を飲み、誰かが尻尾を揺らし、誰かが地面を見た。


 ――帰る場所。


 その言葉の重みが、わたしの胸にも、ずしんと落ちた。


「……それで」


 喉が少し乾いた。


「それで、わたしに何を決めろって?」


 タマモばーちゃんは、少しだけ視線を逸らした。


「千波様が――」


 タマモばーちゃんは、一度言葉を切った。


 そして、村の全員が聞こえるように、はっきりと言った。


「ここを、どうしたいのか。それを、皆が知りたがっております」


 その言葉の瞬間、周囲の空気が変わった。


 みんなの視線が、一斉にわたしに集まる。


 重い。


 すごく、重い。


「……あー」


 来た。


 来ちゃった。


 嫌な予感はしてた。

 戦ってる最中から、薄々感じてた。

 終わったら、絶対こうなるって。


「……ねえ」


 わたしは、できるだけ軽い声を出した。


「誤解してる人、いっぱいいると思うんだけどさ」


 周囲に集まり始めた村人たちを見回す。


「わたし、神様じゃないからね?」


 一瞬の沈黙。


 ――次の瞬間。


「精霊様が謙遜なさっている……!」

「なんと尊い……!」

「やはり本物……!」


「違う違う違う!!」

 わたしは両手を振る。


「今のは謙遜じゃなくて、全力の否定!! 本気の、心の底からの、魂を込めた否定!!」


「精霊様が三度も否定なさった……!」

「ますます謙虚……!」

「尊い……!」


「伝わってない!! 一ミリも伝わってない!!」


 叫んだのに、まるで届かない。

 ここまで来ると、新喜劇系のボケじゃないかと疑えるレベル。


 チハたんが、静かに言う。


『予測通りの反応です』


「予測してたなら止めてよ!」

『止める権限がありません』


「あるでしょ!? 戦車で地鳴り鳴らすとか!」

『それは信仰を強化します』


「詰んでない?」


 完全に詰んでいた。


 わたしは深呼吸して、少しだけ声のトーンを落とした。


「……ねえ。聞いて」


 今度は、ちゃんと耳が向く。


「わたしは、ここを“支配”したいわけじゃない。命令したいわけでも、崇められたいわけでもない」


 自分の胸に手を当てる。


「ただ……目の前で泣いてる人を、見捨てたくなかっただけ」


 言葉にすると、少しだけ震えた。


「守るって言ったのは、本気。でもそれは、“上に立つ”って意味じゃない」


 タマモばーちゃんが、じっとわたしを見ている。


「……ならば、どうなりたいと?」


 問われて、少し考えた。


 すぐに答えは出なかったけど、

 頭の中に浮かんだ光景は、はっきりしていた。


「……相談される人、かな」


「相談?」


 タマモばーちゃんが、少し意外そうな顔をした。


「はい」


 わたしは、村を見回した。


 カヘージの顔。

 タゴサックの顔。

 子どもたちの顔。


「困ったときに、"助けて"って言える相手」


 一人一人の目を見ながら、続ける。


「怒られない。罰を受けない。ただ、一緒に考える人」


 子どもたちの耳が、ぴくっと動いた。


「わたし、それなら……できる」


 その言葉は、自信に満ちているわけじゃなかった。


 でも、確かな決意があった。


 わたしの言葉に、村人たちがざわめいた。


「相談……?」

 若い獣人が首を傾げる。


「神様じゃなくて、相談相手?」

 老獣人が腕を組む。


「それって……友達みたいなもんか?」

 子どもが無邪気に言った。


「友達……」その言葉にハッとした。


「……そう。そうかも」


 自分でも気づいていなかった答えが、口から出た。


「友達、みたいな」



 タマモばーちゃんは、しばらく黙ってから、ふっと笑った。


「……それは、神ではありませんな」


「でしょ?」


「ですが」

 ばーちゃんは、少しだけ意地悪そうに言った。


「“守護者”という立場には、近い」


 その言葉に、胸が少しだけ、ぎゅっとなる。


「……それなら」

 わたしは、ゆっくり頷いた。


「それなら、やる」


 周囲が静まり返る。


「でも――」

 一度深呼吸した。


「条件がある」

 びしっと、指を三本立てた。


「ひとつ。祈らないで」

 一本折る。


「ふたつ。崇めないで」

 もう一本折る。


「みっつ。わたしを理由に、人を殴らないで」


 そして、一番大事なこと。

 両手を広げて、みんなを見回す。


「――全部、勝手に決めないで」


 声が、少しだけ震える。

「ちゃんと話そう。みんなで」


 長い沈黙のあと――


 カヘージ村長が、ゆっくりと前に出た。


 村長はわたしの目を真っ直ぐ見つめ、それから深く頭を下げた。


「……承知しました」


 顔を上げる。

「精霊様――いえ」


 一度、言い直す。

「千波殿」


 その呼び方に、胸がじんわりと温かくなった。


(ああ……伝わったんだ)


 少しだけ、救われた気がした。


 タマモばーちゃんが、静かに杖を鳴らす。

「では、この地は――“信仰の地”ではなく、“集いの地”として歩みましょう」


 誰かが、小さく拍手した。


 それが、少しずつ広がっていく。


 歓声じゃない。

 万歳でもない。


 でも、確かな“同意”の音だった。


 胸の奥で、なにかが、すとんと落ちた。


『千波』


 チハたんが、静かに言った。

『あなたは、指揮官には向いていません』


「えっ」


 いきなりなにを。


「……ひどくない? 今? このタイミングで?」


『事実です』

「傷つくんだけど!」


『ですが』


 チハたんの声が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。


『共同体の"核"としては――最適です』


 わたしは、一瞬呆けてから、ふっと笑った。


「……それ、褒めてる?」


『はい。わたしができる、最大級の賛辞です』


「……ありがと、チハたん」


 胸が、じんわりと温かくなった。





 こうして――


 千波領は、動き始めた。


 神の国にもならず。

 王国にもならず。

 聖域にもならず。


 ただ――


 "ひとつの場所"として。


 困った人が「助けて」と言える場所。

 笑いたい人が笑える場所。

 泣きたい人が泣ける場所。


 そして――


 誰もが、ただ「生きていい」と思える場所として。


 小さな、小さな、地図にない国が――


 この日、確かに生まれたのだった。





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