40、静まる戦場を背に、星を眺めていた けがれもないままに
「……ごめん、チハたん」
『はい』
「一発、撃って」
『了解』
チハたんの主砲が、ザキを正面に捉える。
「発射」
その言葉と同時に世界が、白く染まった。
砲塔が真っ白な光に包まれる。
砲身内で魔法が展開され、空気が震える。
砲口から、光が溢れた。
魔弾ではない。
純粋な魔素の奔流。
それは光の川となって、ザキへ向かって押し寄せた。
『魔弾主砲内展開、成功』
チハたんの声が、遠くから聞こえる。
千波は目を閉じることができなかった。
ザキの身体が──光に呑まれていく。
その衝撃で、ザキの身体が宙に浮いた。
防衛プロトコルの光が、わたしを守るように包み込む。
ザキの剣が、空を切った。
彼の身体が、背後の地面へ叩きつけられる。
土煙。
静寂。
耳鳴り。
しばらく何も聞こえなかった。
やがて、タゴサックの声が遠くから届く。
「せいれいさま!!」
「千波様!!」
視界がゆっくりと開いていく。
チハたんの砲身が大きく裂けている。
『千波。無事ですか』
「うん……ちょっと頭キーンってなったけど、生きてる」
ザキは──
仰向けに倒れていた。
剣は手から離れ、光の鎖も全部消えている。
もう、ただの人間にしか見えなかった。
それでも、意識は残っていた。
金色の瞳が、かすかに開く。
「なぜ……殺さぬ」
「別に、優しいからとか、そんな立派な理由じゃないよ」
わたしは、彼のそばに膝をついた。
防衛プロトコルの光が、少しずつ薄れていく。
「わたしね」
そこかで言って、自分の手を見た。
魔素でできた、作りものの手。
でも確かに、感触がある。
「人を殺しても平気だった自分が、怖いんだ」
あの野盗たち。
セグバンチョ子爵の"奴隷狩り部隊"。
セラフィリアンに詰め込まれていた、無数の顔。
「最初は、ショックだった。でもだんだん……慣れてきちゃって」
声が震える。
「それが一番、怖い」
ザキの金色の瞳が、わずかに揺れた。
「だからこれ以上、自分から"殺すほう"に慣れたくない」
わたしは、ザキの目を真っ直ぐ見た。
「わたし、人間に戻りたいから」
「それにさ──」
ザキに笑顔を向けた。
「あなた、めんどくさいけど、根っこのところでは"いい人"っぽいし」
「……は?」
ザキの目が、初めて完全に驚きの色を浮かべた。
「いい……人……?」
「うん。だって、自分の村が焼かれたのに、その"火をつけた側"に入ってるんだよ? ……それって、自分が一番苦しくなる選択じゃん。普通そんなの、選ばないよ」
「それは……」
「それはね、きっと──」
「──同じことを、他の誰かに起こしたくなかったからでしょ?」
ザキが、息を呑んだ。
「だから、異端審問官になって。次の村が焼かれないように、"正しい裁き"をしようとした。……方法は間違ってたけど、根っこの部分は、いい人だよ」
「……は?」
「だってさ、自分の村が焼かれたのに、その“火をつけた側”に入ってるんだよ? それって、自分が一番苦しくなる選択じゃん。普通そんなの、選ばないよ」
ザキは、言葉を失っていた。
タマモばーちゃんが、そっと近づいてくる。
「せいれいさま。そやつは……」
「殺さない」
きっぱりと言った。
「でも、自由にもさせない。こいつの持ってる情報は、この世界の“病巣”に近すぎる」
教会のこと。
信仰OSのこと。
女神プロトコルのこと。
なにより──
“この世界の本当の敵”のこと。
さっき、信仰回線の中で、ちらっと見えたログ。
AIっぽいもの。
宇宙船っぽいもの。
そして“女神とは異なる巨大なネットワーク”。
あれは、たぶん。
(チハたんのいた世界の、続きだ)
『千波』
「うん。分かってる」
ザキは、かすかに笑った。
「……女神の器は、甘いな」
「器って何よ! それに女神じゃないってば」
「だが──」
ザキの声が、初めて穏やかになった。
「その甘さは……嫌いじゃない」
金色の瞳が、空を見上げる。
「千年……千年も、誰も俺にそんなことを言わなかった」
その声は、震えていた。
「"いい人"だと。"間違ってる"けど"根っこはいい"と」
わたしの胸が、じんわりと温かくなった。
「……それは、たぶん……」
ザキは目を閉じた。
「ありがとう」
その言葉には、ほんの少しだけ、救われたような、響きがあった。
わたしは立ち上がった。
村人たちが、わたしたちを取り囲む。
カヘージが、恐る恐る近づいてきた。
「せいれいさま……勝った……のですか?」
わたしは、力なく笑った。
「まぁ、一旦ね」
その瞬間──
静寂が破れた。
「ばんざーい!!」
タゴサックが拳を突き上げる。
「千波領ばんざーい!!」
「千波様ばんざーい!!」
「生き残ったぞーーー!!」
獣人たちが泣きながら笑い、抱き合い、尻尾を振った。
「だからその名前やめてってばぁぁぁ!!」
わたしの叫びは、歓声に呑まれて消えていった。
でも──
その顔は、笑っていた。
わたしの叫びなんてお構いなしに、獣人たちは泣いて笑って抱き合った。
戦いは終わった。
少なくとも、“この谷”に迫っていた教会軍との、最初の戦いは。
わたしは、チハたんの砲身を見上げた。
魔弾を発射せず砲身内で無理矢理魔法を展開させた結果、
先端が大きく裂け、亀裂が根元まで走っている。
「主砲壊れちゃったね」
『壊れましたね』
わたしのわがままで……。
「ごめんね。チハたん」
『問題なしです』
チハたんの声は、いつもと変わらなかった。
『旧型の砲身がストレージにありますので、射程は短くなりますが、そちらに換装すれば大丈夫です』
「短くってどれくらい?」
『およそ半分程度になるかと』
「半分!」
さすがにまずい?
「それって……やばくない!?」
『最大射程が半分の二十キロ、有効射程は三分の二で二キロ程度になってしまいます』
「は?」
わたしは一瞬、耳を疑った。
「半分になって、二十キロも届くの?」
『届くだけです。マザーの支援が無ければ当たりません』
「じゃ二キロっていうのは?」
『ピンポイントで当たる距離です』
わたしは、ため息をついた。
「あ、そう……」
どうやら、自分の常識とチハたんの性能は、まだまだ乖離しているらしい。
えんやこらさんズが、わたしの周りをふよふよ飛び回る。
[さっきのゴーーーってやつやって][もっかーい][やってー][ゴーー!]
もふもふ子どもたちも駆け寄ってきて、わたしに抱きつく。
「せいれいさま、かっこよかった!」
「せいれいさま、すき!」
「すきって言われたーー!!」
『千波。情緒レベル、急上昇です』
「それは上がるでしょ!!」
遠くの空で、二つの太陽が昇り始めていた。
赤と白。
その光が、チハたんの傷ついた車体と、倒れたザキと、笑っている獣人たちを照らしている。
この瞬間だけは、確かに思えた。
(わたし……ここにいていいんだ)
***
──一方、その時。
この世界の外側。
二つの太陽よりも、はるかに高い場所。
宇宙空間の、冷たい暗闇の中。
ひとつの船が、静かに軌道を回っていた。
白と銀の装甲。
古びているが、それでもなお美しい流線型。
深宇宙探査艦──
かつて、ある文明が星々へ送り出した最後の希望。
その船体には、まだ読める文字が刻まれていた。
──CSOS Mother Ship "EVE"
そのコアの奥で──
微かな"目覚めの兆し"が揺れた。
長い、長い眠りの中。
千年分の記憶を抱えたまま、凍りついていた意識。
それが、ほんの少しだけ──温かくなった。
《信号検出:固有波形パターン一致》
《対象:CSOS-0659関連個体》
《保護優先度:最優先》
女性の声になりかけた何かが、かすかに囁いた。
〈……チナ……ミ……?〉
それは呼びかけだった。
しかし、その声はまだ形にならない。
保護プロトコルが作動し、意識を再び眠りへと押し戻す。
《警告:覚醒条件未達成》
《対象保護継続中》
意識は、また暗闇へ沈んでいった。
だが──
その"目覚めの温度"は、確かに記録された。
《対象:千波
状態:この世界に存在
保護優先度:最優先》
女神の知らないところで。
女神の娘は、この世界の”異端”として、笑っていた
そして、それを守る戦車は。
***
『千波』
チハたんが、静かに呼んだ。
「なに、チハたん」
『データを取りました』
「なんの?」
『あなたが笑うと、わたしのCPU使用率が14.7%下がります』
「それ、褒めてるの? それとも機械的な報告?」
『両方です』
チハたんの声が、少しだけ温かい気がした。
『あなたの笑顔は、わたしにとって"最適化"です』
「……そっか」
千波は、笑った。
本当に、心から。
「じゃあ、これからもいっぱい笑わなきゃね」
『はい。お願いします』
一拍の間。
『それが、わたしの使命ですから』
「使命じゃなくて、願いって言ってよ」
『……了解。それが、わたしの願いです』
千波の目に、涙が滲んだ。
「ありがと、チハたん」
わたしたちは、笑った。
朝焼けの光の中で。
壊れかけの村。
壊れかけの世界。
壊れかけの信仰。
壊れかけの自分。
それでも守ろうとしていた。
完璧じゃないから。
正しくないかもしれないから。
だからこそ、守る価値がある。
そう信じて。
戦いは、たぶんこれからもっと厄介になる。
教会も。
宇宙船も。
女神も。
みんな、わたしたちを見ている。
けれど少なくとも、この日。
この朝。
二つの太陽が昇る空の下で。
千波領は正式に"地図にない小さな国"になった。
神様にも。
AIにも。
女神にも。
まだ名前をつけられていないわたしたちだけの、居場所として。
そしてこれは、きっと……
この世界の新しい物語の、始まりだった。




