39、地獄が見えたあの日から
世界を覆う一面の光が消えた時。
世界は現実へと戻った。
わたしは膝をついていた。
額には汗。
息は荒い。
でも、意識ははっきりしている。
目の前には、よろめくザキ。
彼の光の鎖はぼろぼろに千切れていた。
「な……ぜだ……なぜ、お前の魂は……」
その問いに答えるように。
チハたんの車体が、光った。
青白い魔素の光じゃない。
金色でもない。
それは、いろんな色が混ざった虹みたいな光。
えんやこらさんズが、一斉に歓声を上げた。
[うわー!][きれーい!][なにこれー!][なつかしいー!][うちの光だー!]
『魔素と信仰魔力、そしてえんやこら体……三種の情報体が同期しました』
「そんなマルチ対応しなくていいからね!?」
でも、そのおかげで。
チハたんの装甲が、虹色に輝き始めた。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫──
すべての色が混ざり合い、流れるように車体を包んでいく。
次の瞬間、わたしの身体にも同じ光が降りてきた。
肌にぴたりと吸い付くような、透明な鎧。
温かくて、柔らかくて──でも、確かに"守ってくれてる"感覚。
「これが……防衛プロトコル……」
[きれーい!][なにこれー!][ピカピカピタピター][変身スルー?]
[ベルトー][ステッキー][コンパクト!]
「期待されても変身しないからね」
『あなたとわたし、そしてこの世界の“つながり”を鎧として出力しています』
つまり──
「いまのわたしたち、超ご都合主義ってこと?」
『そうとも言います』
「認めちゃったよこの子!!」
でも、その“ご都合”にすがりたくなるくらい、わたしは追い詰められていた。
だから。
今だけは、信じることにする。
ザキが、ふらふらと立ち上がる。
その姿には、まだ威圧感があった。
だけど、さっきまでの“絶対感”はない。
「……面白い」
ザキが、口元だけで笑った。
「お前は、神ですらない。精霊機械でもない。魂かと言われれば、それも違う。だが──」
金色の瞳が、再びぎらりと光る。
「美しい」
突然の言葉に、千波は思わず固まった。
「え……?」
「お前の魂の形は、美しい」
ザキの金色の瞳が、初めて何かを「見た」ような輝きを帯びた。
「雑多で、まとまりなく、矛盾だらけだ。だが──だからこそ、美しい」
その声には、審問官のものではない──
ひとりの人間としての感嘆があった。
「だからこそ、神に捧げ甲斐がある」
……こ……この人……。
……審美眼はある!
でも結局、神に捧げるのかよ!
ザキは光の鎖をもう一度生み出そうとした。
だが、今度は途中でそれがほどけてしまう。
信仰OS側が、まだエラーから復帰してないのだ。
「神は、試練を与えたもうた。ならば、それもまた信仰の一部……!」
ザキは、腰のあたりに手を伸ばした。
そこから現れたのは──ただの、細い剣だった。
装飾はない。
地味で、痩せていて、折れそうな剣。
だけど。怪しい気配がたっぷり。
『あれは物理ではありません。精神と肉体、両方を同時に断つタイプです』
「まためんどくさいの来た……!」
でも、逃げられない。
ザキは、剣を構えて一言だけ言った。
「捕獲する」
意外なほどシンプルな目的宣言。
ザキにとっては、“殺す”より“奪う”ほうが重要なのだろう。
「チハたん」
『はい』
「逃がさないで。あいつが、村に一歩でも近づいたら──止める」
『了解。行きます』
チハたんの履帯が唸る。
ご都合主義的防衛プロトコルで強化された車体が、地面を抉りながら前へ出ていく。
ザキは剣一本で、それを迎え撃つ。
どう考えても、質量差がえぐい。
でも──
「……うそでしょ」
チハたんの進行方向に、見えない“壁”がいくつも張られていた。
ガキンッ!
何もない空間を砲塔が殴りつけ、そのたびに火花ではなく“光”が散る。
『対物理障壁。重戦車搭載レベル……』
「そんなの連打でぶち壊しちゃって!」
『了解』
主砲と魔導銃が、障壁に向けて立て続けに撃ち込まれる。
あぁ……魔弾の在庫が……。
光の壁が、一枚、また一枚と割れていく。
割れるたびに、ザキの顔が苦痛に歪む。
どうやら、あの障壁はザキ本人の“信仰リソース”を直結で使っているらしい。
だが──倒れない。
ザキは、一歩も引かなかった。
障壁を失っても、そのままチハたんに向かって歩く。
剣を下げずに。
目をそらさずに。
そして、言った。
「信仰とは──」
ザキの声が、初めて穏やかになった。
「"疑い続けること"だ」
その言葉に、千波は思わず動きを止めた。
「え……?」
「盲目的に信じることは、信仰ではない。それは思考停止だ」
ザキは剣を構えたまま、続けた。
「俺はこの瞬間も、神を疑っている。お前を疑っている。自分を疑っている」
金色の瞳が、真っ直ぐに千波を見つめる。
「疑い、問い、それでもなお信じる──それが、信仰だ」
「……めんどくさいタイプの強キャラきちゃったなぁ!?」
『認めたくはありませんが、ある意味で筋が通っています』
「チハたんまで……!」
ザキが跳んだ。
軽い。
聖騎士たちよりも、セラフィリアンよりも、精霊よりも。
その一歩目は、人間のものだった。
でも二歩目は違う。
信仰OSとつながっているせいで、重力のルールが雑に書き換えられていた。
『来ます!』
チハたんが砲塔を振り上げる。
ザキの剣が、それに触れた。
火花ではなく、“コード”が散った。
目に見える線の形で。
『当機の制御系統に干渉を確認。これは──』
「チハたん!?」
『問題ありません。侵入コードを逆流させます』
チハたんはそのまま履帯を回し、ザキを振り払おうとした。
しかし、ザキは軽やかに避ける。
チハたんを作った人、砲身でチャンバラなんて想定してなかっただろうに。
それどころか、回転する砲身の反動を利用して、車体を飛び越え、わたしの目前にズバッと参上。
君に怪傑ズバットの名前をあげよう。
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。
素顔のザキと、真正面から。
厨二病な仮面はすでにない。
そして、その瞳は、狂ってなんかいなかった。
ただ、必死だった。
「お前を──回収する!」
剣が、わたしに向けて突き出された。
わたしの手が腰に伸び──
刀の柄に……触れない。
うん、最初から腰に刀は差してない。知ってた。
ザキの剣がわたしの胸に迫る。
が、わたしの体に触れる事なく、防衛プロトコルの光が、刃とぶつかりあって火花を散らす。
精神世界の続きが浮かぶ。
魂とAIと信仰が、ぐちゃぐちゃに絡み合って。押し合いへし合いしている場所。
そこで──わたしは気づいた。
(この人も、誰かを救いたいんだ)
教会の教義に縛られて、女神の名に縛られて、神様のせいにしながら。
それでもたぶん、誰かを助けたくてこの仕事を選んだ人なんだ。
だからこそ、ここまで狂える。
「ザキ」
わたしは、目の前の男の名前を呼んだ。
彼の中に流れ込んでいる“ログ”に触れながら。
「あなた、なにがそんなに悔しいの?」
ザキの剣先が、わたしの胸を押す力を強めた。
「……村が、焼かれた」
その声は、驚くほどかすれていた。
まるで、今も煙の匂いを嗅いでいるかのように。
「俺が子どものころ……」
ザキの剣が、わずかに震える。
「"亜人と関わった村だ"という理由だけで。教会の兵が火を放った」
千波の息が止まる。
「母が焼かれた。妹が焼かれた。隣のばあさんも、犬も、畑も──すべてが」
金色の瞳に、初めて感情が浮かんだ。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ──空虚。
「そして異端審問官が、灰になった村を見て言った」
ザキの声が、凍りついたように低くなる。
「"神の裁き、成就せり"と」
千波の胸が、痛んだ。
(それは……あまりにも……)
「それ──」
千波の声が、震えた。
怒りで。
「神様、関係なくない?」
笑ってしまいそうになる。
でも、笑えない。
「火をつけたのは人間だよね」
一歩、踏み出す。
「裁いたのも、人間」
もう一歩。
「殺したのも、奪ったのも、全部──人間でしょ」
ザキの目の前まで来て、真っ直ぐに見つめる。
「神様、なにもしてないじゃん。なのに、なんで神様のせいにするの?」
その言葉は、ザキの核心を突いた。
「なんで、人間の罪を神様に押し付けるの?」
「黙れ!!」
ザキが叫んだ。
その声は、もう審問官のものではなかった。
ただの──傷ついた少年の叫びだった。
「俺は……俺は、それでも"神の正しさ"を信じたかった!」
剣が、さらに強く押し込まれる。
でも、その手は震えていた。
「そうでなければ……そうでなければ……!」
声が裂ける。
「家族が焼かれた意味が、なくなるからだ!」
千波の胸が、ずきんと痛んだ。
(ああ……)
この人は──
意味を、求め続けてきたんだ。
燃える村。
泣き叫ぶ母。
手を伸ばす妹。
そして──なにもできなかった、小さな自分。
(この人も、誰かを救いたいんだ)
教会の教義に縛られて。
女神の名に縛られて。
神様のせいにしながら。
それでも──
きっと、誰かを助けたくてこの仕事を選んだ。
母を救えなかった自分の代わりに。
妹を守れなかった自分の代わりに。
今度こそ、誰かを──。
(でも、そのやり方が……間違ってるんだよ……!)
『千波』
チハたんの声が、静かに響いた。
『この人を殺すことは、簡単です』
しばしの沈黙。
「……うん。分かってる」
すでに主砲はザキを捉えている。
この距離なら、外れない。
一瞬で、終わる。
『撃ちますか?』
「……」
でも、それは──
多分。
わたし自身が"戻れなくなる"ラインだ。
人を殺す。
それがどんな理由であっても。
相手がどんな人間であっても。
その事実は、わたしの中に永遠に残る。
(でも……)
村の人たちの顔が浮かぶ。
カヘージ。
タゴサック。
タマモばーちゃん。
リコちゃんとお父さん。
ミノくんとお母さん。
みんなを守るためなら──
『どうしますか?』
チハたんは、わたしに選ばせようとしていた。
ザキを殺すか。
生かすか。
許すか。
許さないか。
わたしは、深く息を吸った。
そして──決めた。
「……ごめん、チハたん」
『はい』
チハたんの声は、いつもと変わらなかった。
責めるでもなく。
止めるでもなく。
ただ、待っていた。
わたしの決断を。
「一発──」
声が震える。
「撃って」
『了解』
砲塔が、わずかに動く。
ザキの金色の瞳が、それを捉えた。
「……そうか」
彼は、笑った。
鉄仮面なしの、素顔で。
「それが、お前の答えか」
次の瞬間──




