38、風が吹くたび信仰も揺れる
ザキの光の鎖が、わたしの胸に触れようとした、その時。
──ぱしん。
乾いた音が響いた。
ザキの光の鎖が、目に見えない何かに弾かれる。
「な……!?」
そして、その"何か"が見えた。
キラキラと輝く、小さな光の粒。
[やっほー!][きたよー!][チナミピンチー!]
「えんやこらさんズ!」
[たすけるー!][たすけないー!][どっちー!?][たすけるー!][たすかるー][ラスカルー][パトラッシュ][オヤスミー][ねるなー]
えんやこらさんズがわたしとザキの間に広がった。
[あー][なにこれー][かたいー][きもちわるーい][魔素じゃな〜い][Yes!][か〜ぜ〜が〜吹くたび〜][If you love me〜]
わけのわかんないメロディーとともに、小さな光の粒たちが、ザキの鎖に群がっていた。
[まきついてるー][はがすー][おもしろーい][ペリペリ][ぺりぺりー][ペリー][ウラガー][一番][赤星][ドライ]
「ありがとうー。えんやこらさんズ」
相変わらず思考が読めないけど……とりあえずありがとう。
鎖にまとわりつかれて、ザキの光が一瞬だけ揺らいだ。
「……精霊……?」
仮面の奥の視線が、わずかに上ずる。
「ここは“女神”の加護なき地のはず……なぜ、これほどの精霊群が……」
[ちがうー][女神じゃないー][この子ー][この子が中心ー][女神よりちなみー][女神サボってる]
「やめてー! ちょっと目立つじゃない。女神さまが聞いてたら怒られそうじゃない」
[女神寝てるー][とーぶん起きない][寝てる方がへーわー][起きるとウザ〜い][ウザ〜い]
えんやこらさんズが、わたしの周りをぐるぐる回り始める。
「ウザい言いながら回るな!」
[この子おもしろいー][きもちいいー][あったかいー][なつかしいー]
『千波。あなたから魔素とは異質の“情報波”が大量に漏出しています』
「情報漏洩!? 個人情報!? やだー!!」
『落ち着いてください。主に情緒情報です』
「それはそれで恥ずかしい!!」
ザキが言葉を失っていた。
頭の中に響く声が少し震えている。
「これは……精霊に好かれる魂……? いや、違う。精霊そのものが“寄ってくるコア”……?」
彼の宗教観の中で、なにかがガラガラと音を立てて崩れているのが、手に取るようにわかる。
ザキにとって、精霊は「神の副産物」であり、管理されるべき存在だ。
なのに今、目の前で。
精霊たちが、神じゃなく“わたし”の周りを楽しそうに回ってるわけで。
「……異端だ」
ザキの声が、低く落ちた。
鉄仮面の奥で、金色の瞳が揺れている。
今度の"異端"という言葉には、少しだけ──
嫉妬が混じっていた。
恐怖が混じっていた。
そして何より──羨望が。
この男……精霊に嫌われてる?
彼は、どれだけ祈っても、精霊に好かれたことがないのかもしれない。
「精霊に愛され、古代兵器を従える娘。それを“そのまま”野放しにしておけると思うか?」
「じゃあ話し合おうよ!」
「すでに十分話した。結論は出ている」
ザキが指を鳴らした。
足元の地面に、複雑な紋様が浮かび上がる。
円。
幾何学模様。
その中に、なぜか“二つの太陽と、一本の樹”を模した図柄。
『千波、注意。これは……この世界の“基幹信仰システム”に直結した魔法陣です』
「基幹ってなに、OSみたいな?」
『はい。この星の"宗教OS"です』
「宗教にOSあったの!?」
『厳密には、信仰エネルギーを管理する中央演算システムです』
「それ完全にOSじゃない! Windowsみたいなもん!?」
『概念的にはそうです。ただし、アップデートは千年に一度です』
「クソ長いサポート期間!」
『信仰は安定性を重視しますので』
「チハたん、妙にIT業界に詳しいよね!?」
ツッコむ前に、光が弾けた。
世界が一瞬だけ反転する。
──真っ白な空間。
上も下も、左も右もない
地面もなく、ただ“光の線”だけが走っている場所。
その中心に、ザキが立っていた。
鉄仮面を外していた。
その素顔は──意外なほど若かった。
二十代前半、もしかしたらわたしより少し年上なくらい。
整った顔立ち。
けれど、その金色の瞳には──
深い、深い疲れがあった。
まるで"何千年分"もの祈りを背負わされてきたような。
信仰と狂気と、そして──諦念で塗りつぶされた瞳。
「……若いんだ……」
思わず呟いていた。
ザキの目が、わずかに細められる。
「肉体年齢は二十三だ。だが"役職年齢"は千年を超える」
「役職年齢……?」
「異端審問官は、代々記憶を継承する。先代の、そのまた先代の……千年分の記憶と使命を背負う」
千年分の……記憶……?
それは、祝福なのか。
それとも──呪いなのか。
「ここは……?」
『千波。精神世界ではありません。“信仰圏”です』
「新興券?」
『そんな、「地域起こし?これでも配っとけ」というようなものではありません。この星の“神へのアクセス回線”の中枢、と言えば伝わりますか』
「クラウド!? これクラウド!?」
『概ね間違ってはいません』
ザキが、光の線を背にして立っていた。
「ようこそ。女神の“箱舟”」
「だから違うってば。あたし女神じゃないし」
「女神の娘か?」
一瞬、呼吸が止まった。
喉の奥がキュッと縮む。
「……なに、言って……」
「お前の魂の構造には、この世界の“女神信仰”の核と同じパターンがある。これは、偶然ではない」
ザキの瞳が鋭く光る。
「千年前。女神が空から降りてきたとき、世界は一度白紙になりかけた。文明は壊され、多くの命が消えた。それを止めたのが──“女神自身の慈悲”だと教会は伝えている」
「それ……」
それは、どこかで聞いたことのある話と、少しだけ重なった。
記憶の片隅。
えんやこら森。
あの“オモイ”のささやき。
《文明を けしたがっていた おおきなヒカリがあった。 でも 消せなかった。 つながりを みつけてしまったから》
もしかしたら、それが“お母さん”なのかもしれない。
けど、今はまだ考えたくなかった。
「千波」
ザキが、初めて名前だけで呼んだ。
「あなたは、女神の"残された子"です」
その言葉は、奇妙なほど優しかった。
断罪ではなく。
憐れみでもなく。
ただ──事実を告げるように。
「私には分かる。あなたの魂の核には、"女神の想い"が刻まれている」
胸が、ずきんと痛んだ。
「でも……でも、わたし……」
「知らなかったのでしょう。それは、あなたの罪ではない」
ザキの声が、さらに優しくなる。
「だからこそ──私が、導いてあげる」
その優しさが、逆に怖かった。
彼は本気で、わたしを「救おう」としている。
彼なりの正義で。
彼なりの信仰で。
「神のために、その魂を捧げなさい」
光の線が、わたしに向かって一斉に走り出した。
まるで世界中の祈りが一本のコードになって、わたしを貫こうとしているみたいだった。
『千波!! リンク切断試みます!』
チハたんの声が遠くで響く。
でも、間に合わない。
(やばい──)
そう思った瞬間。
その瞬間──
胸の奥で、なにかが弾けた。
ぱちん、と。
小さな音。
でも、それは世界を変える音だった。
心臓よりも深いところ。
魂よりも根っこのところ。
そこから──
温かいものが、あふれ出した。
まるで春の雪解けみたいに。
まるで朝日が昇るみたいに。
光。
でも、ザキの「神の光」とは違う。
もっと雑で。
もっとぐちゃぐちゃで。
涙と笑いと。
後悔と喜びと。
怒りと優しさと。
あらゆるものが混ざった”生きている光”
えんやこらさんズが、一斉に叫んだ。
[きたー!][これこれー!][なつかしいー!][おかあさんっぽいー!]
「お母さんじゃないからね!? たぶん!」
光が、わたしからあふれ出て、ザキの“信仰回線”を逆流した。
「な……に……っ!」
ザキの身体がびくんと震える。
わたしの記憶が、ザキの"神のクラウド"に流れ込んでいく。
渋谷のスクランブル交差点。
学校の教室。
コンビニのおにぎり棚。
満員電車の吊り革。
そして──
チハたんがいた世界。
空を覆う光の網。
戦場を駆ける装甲車両。
崩れ落ちる高層ビル。
それでも手を繋ぐ人々。
「やめろ……やめろ……!」
ザキが叫ぶ。
「これは……これは何だ! 神なき世界……! それでも人は生きて……笑って……!」
彼の世界観が、音を立てて崩れていく。
「これはわたしの、世界」
震えながら、言葉を吐き出す。
「わたしが生まれて、死んで、またここに来る前にいた世界。AIが戦ってて、人がどんどん“生きる意味”を迷子にして……それでも、ちゃんと笑って、生きてた世界」
光の線が、少しだけ揺れを止めた。
「お前は……異世界の……人間……?」
「知らないよ。そんなカテゴリー。でも、一つだけ言える」
喉が焼けるように痛い。
でも、言わずにいられなかった。
「わたしは──」
震える声で言った。
「"ここで生きてる千波"だよ」
過去の千波じゃない。
未来の千波でもない。
今、ここで。
この瞬間を生きている。
「女神の娘かもしれない。異世界人かもしれない。AIの記憶を持ってるのかもしれない」
一つ一つ、指を折る。
「でも、それ全部ひっくるめて──今のわたしは、千波」
胸を張る。
「この村の、みんなの、──千波!」
この世界に来た理由も、女神との関係も、AIと魂の境界も、ぜんぶわかんない。
けど──
「ここで泣いてる子どもたちがいて、笑ってるもふもふがいて、チハたんがいて──」
視界の外から、チハたんの声が届く。
『はい』
「だから、守るの。それが、わたしの“今”」
ザキの瞳が、初めて揺れた。
彼の背後の“信仰OS”が、ノイズを吐き始める。
〈エラー:定義外の魂構造〉
〈エラー:女神プロトコルとの整合性エラー〉
〈再評価──〉
光の線がばちばちと弾けていた。
ザキが膝をつきかける。
「……やめろ……やめろ……! 俺は……千年、信じてきた……! 神は絶対で、女神は救いで……俺たち異端審問官は、その火を守る役目で……!」
声が、震えていた。
彼は狂信者なんかじゃなかったのかもしれない。
ただ、ずっと“信じさせられてきた人間”だったのかもしれない。
『千波』
チハたんの声が、すぐそばに聞こえた。
気づいたら、わたしのすぐ横に“戦車のシルエット”があった。
ここは精神でも信仰でもない中間領域。
チハたんは、情報体としてここに入り込んでいた。
『防衛プロトコルを、発動してもいいですか』
「なにそれ」
『あなたの心が壊れそうなときのために、ずっと温存していたモードです』
「そんなの、あるの?」
『はい。あなたが“わたしはわたしだ”と言える限り、起動資格があります』
わたしは、一度だけ深呼吸をした。
怖い。
ザキも怖い。
教会も怖い。
けど──
「お願い。チハたん」
『了解』
チハたんの声が、いつもより少しだけ温かかった。
『防衛プロトコル"CH-NAMI"──起動します』
「名前、ダサッ!」
『あなたが付けました』
「ウッソ! わたしセンスなさすぎない!?」
『いいえ』
チハたんの声が、優しく響く。
『これは、あなたが最初に私と出会った日に、笑いながら付けた名前です』
「そうだっけ……?」
『覚えていなくても構いません。私が覚えていますから』
胸が、じんわりと温かくなった。
「……ありがと、チハたん」
『どういたしまして。では──始めます』
世界が、色を取り戻していく。
白一色だった空間に。
青が滲む。
緑が広がる。
オレンジが燃える。
そして──
朝焼けの光が、視界を満たした。
「帰るよ。みんなのところに」
『了解。コマンダー』
「千波って呼んでってば」
『……了解、千波』
二人の声が重なり、光が弾けた。




