36、コカン に一発やってみよう よ
二つの太陽が昇る前、世界は“青と黒の境界”だけでできていた。
森を渡る風さえひそめたような時間帯。鳥の声すらない。
その静寂を、破った音がある。
──タン、タン、タン。
金属の槍の石突きを大地に叩く規律。
十、二十、百……と積み重なって、森全体に響き始める。
獣人たちの耳が一斉に立った。
「きた……!」
「まじかよ、ほんとうに来やがった……!」
村のど真ん中にいるわたしの心臓──いや、魂がざわつく。
チハたんが静かに報告した。
『敵軍、視認まで三分四十八秒。先行は聖騎士と思われる軽槍部隊。その後ろに……分析中……』
チハたんの声がわずかに硬くなる。
『……巨大な人型兵器』
周囲の空気が変わった。
タマモばーちゃんの背中の毛が総立ちになる。
「巨大な人型……あの化け物まで来おったか……!」
「なんなの? それって」
「聖遺骸兵《セラフィリアン》。教会が“死者の魂を無理やり縫い合わせて作った巨大兵器”じゃ。先の獣人戦争の際にも使用された、教会の最も忌まわしい罪と呼ばれるものですじゃ。おそらくそれを引っ張り出して来たのでしょう」
わたしは息をのんだ。
「そんなのに……勝てるかな」
『千波、あなたがいます』
チハたんの声が静かに、でも絶対に折れない調子で続いた。
『あなたがいる限り、村は落ちません』
その言葉は、あまりに真っ直ぐで、胸が痛いくらいだった。
「うん。カマヤツさん(仮)に比べたら、手足の数は少ないし、ヘイジさん(仮)に比べたら小さい。きっと余裕よね……」
『はい』
わたしは決心した。
今を生きるために。
みんなを守るために。
──全力を尽くす。
「主砲解禁よ。弾尽きるまで使いましょ」
エリクサー持ったまま死ぬなんてバカなまねは、ゲームだけで十分。
村外周。
昨夜急いで作った木柵と石壁の前に、獣人戦士団が横一列に並ぶ。
狼、猫、熊、鼠、豹……
見たことのない耳と尻尾も揺れている。
矢筒を背負ったタゴサックが、歯をむき出しに笑った。
「かかってこんかい教会のクソども! ここは千波領じゃ! ワシらの家じゃ!!」
「おおおおおおお!!」
戦士たちの吠え声が森に響く。
村人たちも震えてはいるが、逃げはしなかった。
子どもを抱いた母親も、老人も、みんな火を前に静かに祈っている。
そして──
木々の奥が、不気味な白光に照らされた。
「……あれ……光……?」
「ちがう──祈祷だ!!」
次の瞬間、森が裂けた。
木々の間から、銀の甲冑が溢れ出す。
一人、十人、百人──
炎 光をまとった突撃隊が、魔法の加護で足音ひとつ立てずに迫る。
その数は、村の戦士の何倍も。
「前衛、構え!!」
「射手は下がれ! 衝突来るぞ!!」
タゴサックの怒号が響く。
「我ら銀翼聖騎士団。異端の獣風情など一掃してくれるわ!」
攻めてくる教会の騎士は律儀に名乗りながら突っ込んでくる。
あれが異世界流なのかしら。
わたしも名乗るべきかな。
「お気楽美少女女子高生、戦車に転生したっぽいけど、今はぴちぴちボディーに復活した陸路千波! 推定カップはCだけど測ってないからわかんない!」
『最後の情報は完全に不要です。却下』
「え、前半はいいの?」
『時間の無駄なので全部却下です』
「厳しい!」
ぶつかる。
森の獣と、聖なる騎士の正面衝突。
銀翼聖騎士の槍が獣人の盾に食い込み──
獣人の体当たりが騎士を吹き飛ばす。
しかし。
「……おかしい……やつら重いぞ……!?」
「押し返せん……聖騎士、こんなに力あったか!?」
祈祷魔法による身体強化。
ただの人間が“半魔物”みたいな膂力になる。
獣人の力にひけをとらない。
『戦線、押されています。介入許可を』
「主砲……撃って!」
ケチらない……ケチらない……心に言い聞かせる。
魔素が還元されて、えんやこらさんズ(仮)もきっと喜ぶはず。
チハたんの砲塔がゆっくりと回転する。
空気が震える。
魔素が、竜巻のように砲身へ集まっていく。
夜明け前の闇に、青白い光が膨れ上がる。
込められたのは、延焼を避けるために水属性の魔弾。
『大型魔導砲──爆散射撃モード、起動』
チハたんの声が、いつもより低く、重い。
『千波、撃ちます』
「タゴサックさん! 伏せて!!」
「伏せェぇぇ!!」
獣人全員が地面に飛び込み、その上をまばゆい光が駆け抜けた。
着弾地点を中心に、透明なドーム状のものが大きく広がり、次の瞬間破裂した。
超高圧の水流が聖騎士をまとめて吹き飛ばす。
五列目まで一気に薙ぎ倒され、地面が抉れた。
村人たちの悲鳴が歓声に変わる。
「せいれいさまの攻撃だ!!」
「やった! やったぞおお!!」
しかし、チハたんの声は冷静だった。
『千波、半数以上が立ち上がっています。死んでいません。あれは……人体強化の限度を超えています』
「……教会……なにを……」
人を道具のように使う気なのだ。
怒りで指が震える。
聖騎士の祈祷が高まり、地面の紋章が光った。
「獣性をもって邪悪を討て──」
「聖霊よ、我らに牙を与えたまえ……!」
地面から白い狼が三体、霧をまとうように出現した。
「なにあれ……!」
『“聖狼”。対魔族用の召喚獣です。本陣狙いです』
聖狼たちが一直線にわたしへ向かう。
「チハたん!」
『了解』
九七式重魔導銃が唸り、光弾が連続して聖狼へ。
だが──
聖狼は霧となって弾をすり抜け、距離をつめてきた。
「え、効かない!?」
『物理無効──祈祷属性の魔法体です』
「ちょ、来てる来てる来てる!!」
聖狼の牙がわたしの腕を狙って飛びかかる。
その瞬間──
タゴサックの長弓が白い線となって横からぶち抜いた。
「おらあああああっ!!」
一本の矢が、聖狼の頭に刺さって光が霧散する。
「聖獣でもな! 頭ン中を抜いたら終わりじゃろうが!!」
「タゴサックさん……! すごい! ただの“残念筋肉ウサミミおじさん”じゃなかったんだ」
「ワシはなぁ!!」
タゴサックの目が、一瞬だけ遠くを見た。
「三十年前……ワシの妻も、子も……あいつらの"浄化"で焼かれたんじゃ!!」
弓弦が震える。
「聖獣くらい易々と射抜けなきゃ……家族に顔向けできんわ!!」
タゴサックの叫びは、戦場の獣人たちを奮い立たせた。
森の奥が、どす黒い影で埋もれた。
木々が、折れる。
地面が、沈む。
「……くるぞ……!」
「ヒィィ!? でけぇ……なにあれ……!」
巨人。
でも人間ではない。
骨と肉を縫い合わせ、死者の魂を詰め込んだ“山のような化け物”。
セラフィリアン。
その足音は一歩ごとに地面を割る。
涙目になった子どもが叫ぶ。
「せいれいさま……たすけて……!!」
「任せて!!」
わたしは前へ飛び出した。
「チハたん、主砲!! 貫通重視で土属性」
『行きます!』
砲塔に光が集まり、魔素が渦を巻く。
わたしの視界が、チハたんのコンバットシステムとリンクする。
セラフィリアンが腕をクロスさせ防御姿勢をとった。
アイトラッキングオン。
「わたしの熱視線がキミのハートを直撃よ」
危険を察知したのか、防御姿勢をとっていたセラフィリアンが、直前で回避した!
でも逃さない!
少しズレたけど、セラフィリアンの肩部分に直撃。
巨大な爆風が周辺の木々を吹き飛ばし、地面が抉れ、セラフィリアンの腕が吹き飛び、肩が半分もげた。
もげた肩から、どろどろした何かが流れ出す。
それは肉なのか、魂なのか──
無数の顔が浮かび上がり、消え、また浮かぶ。
「うっ……」
吐き気がする。
あれは……あれは人間だったものの集合体だ。
そして次の瞬間には、元どおりに戻った。
「嘘……でしょ……」
『再生速度、尋常ではありません』
「うーむ……よし! 急所を狙って倒すしかない!!」
『急所とは?』
「えっと……頭と胸と……股間よ!」
『疑問はありますが、今まで千波のその勘には助けられましたから信じます。ただ問題が」
「なによ?」
『それが急所なら、相手も避けるか守るはずです。相当数の弾が必要となりますが』
「いいわ。じゃんじゃん撃っちゃって。ゴーよ!」
わたしが再び構えた瞬間。
「千波様!! うちもおるでぇ!!」
獣人の戦士たちが爆薬樽を抱えて突っ走ってきた。
「樽を奴の足元に! 転ばせちまえ!!」
「死ぬ気か!!」
「死なんわい! せいれいさまがおるやろが!!」
涙がにじむ。
(ああ、もう……みんな……やだ……大好き……)
[きたよー][チナミー][ピカピカドカンやってる][まぜてまぜて][シュピシュピもあるー]
「来たーーー!」
えんやこらさんズ(仮)が現れた。
仲間になりたそうにこちらを見ている。
[なになにー][たのしそー][ケンカ?][ケンカー!][まぜてー][まぜまぜー][マゼランー][マゼッパ!]
「誰だよマゼッパ! 戦場ならリストよりワーグナーでしょ」
『千波、集中してください』
「あ、ごめん!」
──そうだ、今はそんな時じゃない。頭に次々と勝手に浮かぶ、お気楽フレーズを全力で押さえ込む。
「えんやこらさん! またちょっと手伝って!」
世界に直接干渉する力はないって言ってたけど、今はネコの手、いや、ネコのしっぽでも借りたい。
たとえ、気まぐれに動くだけでも……きっと役立つ。
[なにするー][おもしろいこと?][あ、アッチすごい魔素溜まってる][回収するー]
「えんやこらさん、あの樽を持った獣人たちを爆風から守って」
[できないー][むーりー][風、火、熱素通り][魔素だけなら散らせる][ちらせるー][ちらちらー][ちちららー][キキララー][ギララ][ガッパ]
「なんでそんなマイナーなのがでる!」
『千波。冷静に』
ふーふーひー。
「えっとじゃ、あのでっかい人から魔素抜ける?」
[むーりー][あれ死んでるけど生きてる][死んでないと抜けない][バーンてやって][死んだら抜ける][バーンバーン]
「……なにか思いついたら呼ぶから、その辺でうろうろしてて」
ここまで、なにも出来ないとは想像外だった。
[りょーかーい][オッケー][せんめんきー]
[あーあそこで魔素動いてるー][へんなのー][なかまー?][ちがうー無理やりまとまってる]
[行ってみよー][いこいこ][いけいけ][ゴーゴー][コイケヤー]
わちゃわちゃ言いながらえんやこらさんズ(仮)が向かったのは、聖騎士と聖狼の群れ。
[あれー?][なにこれー][魔素ぎゅうぎゅう][ほぐすー][ほぐほぐー]
えんやこらさんズが聖狼にまとわりつく。
すると──
「な……なんだこれは!?」
「聖狼が……消える!?」
一匹、また一匹。
聖狼の輪郭がぼやけ、霧散していく。
[あ、これもー][こっちもー][魔素いっぱーい]
聖騎士の身体を覆っていた白光も、次々と剥がれ落ちる。
「え?」
千波は目を丸くした。
「え……えんやこらさん……すごい……!」
[えー?][なにしたー?][わかんないー][たのしー]
えんやこらさんズ(仮)が魔素を解放してる?
ごめん役立たずとか思っちゃって。
「ば、馬鹿な! 神の加護が……!」
騎士たちに動揺と混乱が広がる。
それを勝機と見たのか、獣人たちが樽を抱えて走る。
「ダメ! 無理しないで!」
セラフィリアンに近づいた獣人たちが一斉に樽を転がす。
セラフィリアンの足元に転がってゆく爆薬樽。
逃げ戻る獣人たち。
樽目掛けて射込まれる火矢。
それらが、緻密に描かれた一枚の絵画のように、わたしの目に飛び込んできた。
「いっけぇぇぇ!!」
爆薬樽がセラフィリアンの足元で大きく爆ぜ、巨体がよろめく。
「今よ! 主砲三連射!」
チハたんの主砲が連続して火を噴く。
『頭部、命中』
セラフィリアンの頭が吹き飛ぶ。
『胸部、命中』
胸に大穴が開く。
『そして──』
チハたんの声が、わずかにためらった。
『……股間、命中です』
「ふんがぁぁぁぁぁー」
セラフィリアンが、どこか切ない呻き声のようなものを上げて──崩れ落ちた。
「……やった……?」
獣人たちが沈黙する。
そして、タゴサックがぽつりと呟いた。
「……急所、ホンマに股間やったんか……」
「知らないわよ! でも倒れたからいいじゃない!」
『結果オーライという言葉が、これほど相応しい状況も珍しいです』
「チハたんまで!」




