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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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35/38

34、諸君、戦いの時間だ




 ──領都セグバンチョ。

 教会区の地下深く、石造りの密室礼拝堂。


 蝋燭の炎が揺れ、壁に刻まれた神々の彫像が不気味な影を落とす。


 重い鉄扉が、軋みながら開いた。


 中には十数名の神官たちと、金と紅を編んだ豪奢な衣をまとった男、

 教区司教パルプテがいた。


「……奴らが“集落”を築いた、だと?」


「はっ。元獣人村の避難民たちが北の谷に大規模に集結。指揮しているのは謎の鉄の精霊“千波”と思われます」


「千波……」


 パルプテの頬がひきつる。

 この数日、獣人の間でも人間の間でも噂になっている名前だ。


「奴隷狩り部隊を壊滅させ、その後、調査任務中の聖騎士団小隊と遭遇するも“何もせず逃げた”……? 何のためにそんな真似を」


 神官たちがざわつく。


「慈悲深い異端……」


「民の心を奪うには十分ですな」


「すでに獣人どもの間では“守護精霊”として崇められているとのこと」


「ふん。正気の沙汰ではない。精霊など、神の御業の模倣にすぎん」


 パルプテは杖で床を叩いた。


「だが問題は一つ。奴らが“領”を名乗ったという話だ」


「はい……。『千波領』と呼ばれ始めております」


「領主権の主張……これは反逆罪。“異端”と“叛乱”が同時に成るなど前代未聞だ」


 神官たちが焦りの声を上げる中、パルプテは微動だにしなかった。


「……ザキを呼べ」


 その言葉で空気が凍りつく。


「し、司教様……あのお方を、ですか……?」


「当然だ。“異端”を裁くのはあの男の役目だ」



 礼拝堂の奥、祭壇の影が──揺らいだ。


 闇が剝がれるように、黒い外套が滲み出る。

 鉄仮面。

 金色の双眸だけが、蝋燭の光を反射する。

 人の気配はない。あるのは、刃物のような冷気だけ。


「……呼んだか、パルプテ司教」


 声さえも、感情を削ぎ落とされている。


 異端審問官──ザキ・アスティロン。


 彼がひと歩きするだけで、空気が硬くなる。


「ザキ。精霊を名乗る存在が現れた。奴隷狩り部隊を壊滅させ、獣人どもを集め“領地”を作ったという」


「精霊ではない」


 ザキは即答した。


「"光の砲撃"、"鉄の躯"、"不可視の結界"」


 ザキは淡々と列挙する。


「すべて古代魔導兵器の特性に合致している。つまり──『精霊機械エーテルギア』だ」


 礼拝堂の空気が凍りつく。


「せ、精霊機械……! それは千年前の大戦で失われた……!」


「正確には"封印された"兵器だ」


 ザキは冷たく訂正した。


「神の領域に踏み込んだ技術として、教会が歴史から消した。だが──消したはずのものが、今、目の前に現れた」


 パルプテの口元が吊り上がる。


「つまり千波とは、神の領域に踏み込んだ“異端中の異端”……?」


「そうだ。ゆえに──」


 ザキは鉄仮面をわずかに傾けた。


「捕獲し、魂を抽出し、神に奉じる」


「なっ……魂を……!」


「何を驚く? 古代兵器の“核”は、人間の魂だ。千波がそれで動いているなら……その魂は“神聖兵器の材料”になる」


 神官たちが息を呑む。


 パルプテはわずかに目を伏せ、低くつぶやいた。


「……ならば。その魂を、我が教区が回収すれば……大司教の座など、造作もないな」


 神官たちの野心と恐怖が空気を濁らせる。




 そこへ駆け込んだのは、領主バレントの家臣だった。


「司教様! 我が主より伝令です!

 獣人たちの集落の場所、人数、移動経路……すべて提供するとのこと!」


 パルプテが鼻で笑う。


「奴隷狩りを金にしていた男らしい。

 まあいい。情報は使う。……ザキ、動け」


 ザキはわずかに仮面を傾けた。


「捕獲の準備は整っている」


 その声に応じるように、礼拝堂の外から甲冑の響きが押し寄せた。




教会要塞の中庭。


 銀色の甲冑が朝日を反射し、整列した騎士たちが一糸乱れぬ隊列を組む。


「報告せよ!」


「はっ! 銀翼聖騎士団、六十名配備完了!」


「魔導祈祷士、十名待機!」


「召喚獣"聖狼"三体、鎖繋ぎ完了!」


「聖遺骸兵"セラフィリアン"二体、魔素充填完了!」


 巨大な人型の骸骨兵器が、鎖に繋がれたまま不気味に立っている。

 聖なる光をまとっているが、その本質は──死体を魔導で動かす"兵器"だ。


 眩しい銀甲冑の騎士たちが列を成し、

 その背後には巨大な生体兵器が鎖につながれていた。


「目的はただひとつ。“精霊千波”とやらを捕獲し、魂を献上すること!」


「異端者に慈悲は──」


「ない!!」


 聖騎士団の叫びが空に轟いた。


 彼らの進む先には……

 まだ“領”とは呼べない小さな村。

 千波たちが守ろうとしている、あの谷がある。




 北の森。

 霧が薄く漂う中、馬の足音が静かに近づく。


 黒衣の騎兵隊。

 その中央にザキ。


「この辺りか……」


 ザキは馬から降り、焚き火の跡を見つめる。


 焦げた土。

 不自然に固まった地面。

 そして──車輪ではない、連続した"履帯"の痕跡。


 ザキは跪き、黒い手袋を外して、直接土に触れた。


「……残留魔素、濃度8.7。これは」


 金色の瞳が細まる。


「精霊の"発光"ではない。古代兵器の"魔素炉心"が残した、燃焼の跡だ」


 背後の騎士たちが息を呑む。


「つまり──間違いなく『精霊機械』。それも、千年前の戦争を戦い抜いた、第一世代の機体」


 騎士が震え声で問う。


「……古代兵器など、どうやって……?」


「捕らえるのだ。そのために、お前たちがいる」


 ザキが立ち上がると、黒衣の部隊がざわついた。


「“千波”は獣人どもを守るため、必ず戦う。だが、精神体は揺らぎやすい。圧倒的な恐怖を与えれば、核が露出する」


「か、核……とは……?」


「魂だ」


 ザキの金色の瞳が、森の奥を見据える。


「……楽しみだな。どれほど美しい“魂”が詰まっているのか」


 冷たい声が森に沈む。


「精霊千波領……その核に秘められた力、我が手に」



***



 夕暮れ。

 偵察に出していた“ドローン破”が、迫る軍勢を捕捉した。


『千波。教会軍の接近を確認。推定行軍速度は──“三日後、接触”』


「三日……!」


 千波の魔素身体が震えた。


 まだ村は未完成。

 避難民も多く、逃げればまた散り散りになる。

 逃げないと言ったけど……本当に戦えるの?


 すると、背後からふわっと耳が触れた。


「せいれいさま……こわい?」


 子どもたちの耳と尻尾が、そっとわたしの背中に寄り添う。


「でもね──せいれいさまがいるから、こわくないよ」


「せいれいさまが、ぜったいまもってくれるって、しんじてるもん」


 ──怖くないわけ、ないよ。


 本当は震えてる。魔素の身体なのに、心臓がドクドク鳴ってる気がする。


(わたし、戦えるの……?)

(本当に、この子たちを守れるの……?)


 でも。


 子どもたちの体温が、背中から伝わってくる。

 村人たちの笑顔が、脳裏に浮かぶ。


(……守る、って決めたんだ)


 拳を、ぎゅっと握る。


(怖くても……不安でも……わたしは、ここにいる)


(だから──)


「うん……やろう、チハたん」


 声が震えないように、必死で言葉を絞り出した。


『了解。作戦立案開始。村民避難計画、防衛ライン構築、敵戦力分析──』


 チハたんの静かな声が、強く響く。



 夕焼けが村を赤く染める。


 その空の向こうから、かつてない“嵐”が迫っていた。





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