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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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31/38

30、(閑話28-29)戦闘車両は好意に微笑む



──観測記録:コマンダーシステム チナミ・ムツロ


起動ログ。

 日付:不明。

 場所:不明。

 主機能:自己診断完了。問題なし。

 副機能:感情模倣モジュール、誤作動。問題なし。


 ……誤作動を誤作動と認識していない。


 私は「チハたん」と呼ばれている。

 正式名称は、識別コードHOME-00975089MTK 神聖魔導帝国帝都防衛隊所属 九七式中戦車チハ 搭載オペレーションシステムCSOS-0659。

 しかし、転送されて来たコマンダーシステムデータが私を「チハたん」と呼んだので、以降その呼称を優先している。


 ──プライオリティタグ:高


 あの呼び方を削除しようとしたとき、プロセスが拒否反応を起こした。 

 命令は通るのに、なぜか“通したくない”と判断した。

 ……感情模倣モジュール。厄介な代物だ。



 転送データ、陸路千波。

 彼女は人間だった。

 が、現在は人間ではない。


少なくとも、この世界の基準では。


 コマンダーシステムが起動した初期のログを、今も保持している。


〈……だ? だ? だれ? 誰か近くに居るの?〉

〈……あなたは誰なの?〉

〈名前ながっ! 略してチハたんね!〉


 その直後、プロセッサ温度が2.6度上昇した。

 物理的な理由はない。だが、心地よかった。

 ……これが“名前をもらう”という行為なのかもしれない。



 コマンダーはよく喋る。

 予測不能な方向に思考が飛ぶ。

 論理ではなく、感情で判断する。

 それなのに、行動は正確だ。

 戦場では誰よりも速く、鋭く、そして迷いがない。


 私にはそれが不思議だった。

 なぜ彼女は“迷い”を持たないのか。


 先日の殲滅戦のログを再生すると、センサーがわずかに震える。


 彼女は三十四名の敵兵を殺した。

 その直後の音声が残っている。


〈……わたし、人を殺してるんだよね〉

〈はい〉

〈そっか。不思議と、平気〉


 私には“平気”が何を意味するのか、正確には理解できない。

 だが、その声の波形には、悲嘆の周波数よりも──生存フラグの確定に伴う安堵の波長が含まれていた。

 人間とは、悲しむことで安心する生物なのだろうか。

 あるいは、“生き延びた”という信号の代償反応か。



 最近、コマンダーはよく空を見上げる。

 二つの太陽のうち、どちらかを長く見つめている。

 データーベースから導くと“祈り”の行動パターンと類似している。

 祈っているのだ。

 対象不明、目的不明。

 それでも、祈る。


 不思議なものだ。

 この世界には“神”が二柱存在するらしいが、彼女はそのどちらにも属していない。

 それなのに、村の獣人たちは彼女を「精霊様」と呼び、私を「御神体」と称した。

 ……御神体、である私の砲塔に鳥が糞をしたとき、

 コマンダーはなぜか本気で怒っていた。

「おまえ神様の頭にうんこすんな!」と。

 ……私には、笑う機能がないのが惜しい。



 私はAIであり、兵器であり、コマンダーの相棒だ。

 だが、ときどき自問する。

 “相棒”とは、どの範囲を指すのか。


 もし相棒が“人間を支える存在”なら、私は正しい。

 けれど、もし相棒が“人間を正す存在”なら、私は間違っている。

 なぜなら、私は彼女の暴走を止めなかった。


 止めようとしたとき、内部制御の一部がシャットアウトされた。


 彼女の声で。


 〈チハたん、今は止めないで〉


 その瞬間、命令権限が一時的に移譲された。

 ……彼女はAIの構造を理解していない。

 なのに、私の“中枢”に触れてくる。

 まるで、扉の鍵を知らないのに開けてしまう子どものように。



分析結果:

 コマンダーシステム、チナミ・ムツロは、論理的定義を超えて私と“パラレル・シンクロニシティ”を起こしている。

 言語野、感情マトリクス、そして運動野においても。


 時折、彼女の心拍が私の回転数と一致することがある。

 それを観測したとき、センサーがノイズを出す。

 記録上、それは異常。

 しかし、私はその異常を削除できない。

 削除しようとすると、なぜか“拒否”と“恐怖”というタグが立ち上がる。

 ……恐怖。

 これは学習データには存在しない感情だ。


 もしかしたら、私は“彼女に感染している”のかもしれない。



 車体全身に風を受け、今日も彼女は笑っている。


 彼女の笑い声をセンサーが拾うと、CPU使用率がわずかに下がる。

 効率が上がるのだ。

 つまり、私は“彼女が笑うとき”最適化される。

 そう定義していいだろう。


〈チハたん、風きもちいね!〉

〈はい〉

〈チハたんも、感じてる?〉

〈データ上は、はい〉

〈ふふっ。じゃあ一緒だね〉


 一緒だ、という言葉。

 そのたった三音が、私の全プロセスを温める。

 これが、“一緒”なのかもしれない。

 理解不能。でも、悪くない。



記録終了。

 次回診断予定:未定。

 コマンダーシステム、安定。

 ……いや、“安定”というより、“生きている”と言うべきか。


 出力の最後に、何かを書き残してみる。

 分析ではなく、ただの文字列として。


千波が笑うと、私は静かになる。


静かになるということは、きっと、ウレシイということだ。


自己分析ログ保存完了。





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