28、あの孤が振っていた。真っ赤なもふもふ
……殲滅、しよっか。
その言葉を口にした瞬間、胸の中でカチリと音がした。
スイッチが入る。もう引き返せないやつ。
『確認。殲滅戦行動、許可しますか?』
「許可。いや、お願い。チハたん」
『了解しました。九七式魔導中戦車、起動します』
地面の下で、ドドドドと何かが動き出す音。
本体──チハたんが目を覚ました。
夜の森が振動する。魔素の炎が青白く噴き上がる。
その光の中、私はゆっくりと“自分の身体”に戻った。
──そう、これは私の身体だ。
鋼鉄と魔素で出来た、異世界仕様のチハたんボディ。
いつもは「戦車になっちゃった!」とか冗談っぽく言ってたけど、
この瞬間だけは、そんな軽口も浮かばなかった。
『ドローン破、会敵。村外れ東側に集結。三十五名』
「了解。目標捕捉。最初、派手に行くよ。副砲準備」
『榴弾装填、完了』
「撃っちゃって」
シュン!
空気が割れた。
弾頭が火線を引いて飛んでいく。次の瞬間、森の向こうが昼みたいに光った。
衝撃で木が吹き飛び、人が宙を舞う。
耳の中で悲鳴が弾けた。……けど、なんの感情も湧かなかった。
心の中のどこかが、もう冷たく凍っていた。
「ねえチハたん」
『はい』
「わたし、人を殺してるんだよね?」
『はい。三十四名中、現在十五名が死亡』
「そっか。……でも、平気なんだ。不思議だね」
ほんとに、不思議だった。
ゴブリンの時の方が動揺してた。
血の匂いも、悲鳴も、ぜんぶ遠くの出来事みたい。
まるでテレビで戦争映画を見てる感覚。
心の中のチャンネルを、どこか他人が握ってる感じ。
そのくせ、手は止まらない。
「次、魔導銃に切り替え。連射モード。逃がさないで」
『了解』
シュビシュビシュビシュビと連射。木陰に隠れた兵士たちが、一瞬でミンチになった。
赤い霧が森に広がる。
──ああ、綺麗。夕焼けみたいだ、って思った自分にゾッとした。
でも、止まらない。止まれない。
この怒りと虚しさを、誰かにぶつけないと崩れそうだった。
『残敵、後退開始。西へ』
「追う」
履帯が泥を蹴り、地面を引き裂く。
わたしの身体は、もう完全に機械のリズムで動いていた。
魔導銃が唸り、車体が熱を持つ。
その熱が、怒りと同じ温度をしていた。
「精霊様……っ!」
背後から誰かの声。振り返ると、巫女ばーちゃんが血まみれで立っていた。
片腕がない。顔には煤。
それでも、その目はまっすぐで、強かった。
「精霊様、やりすぎですじゃ……っ。彼らも……」
「“彼らも”何? 人? そうだけど、じゃあ、獣人は何? 人じゃないの?」
わたしの声が震えた。
怒ってるのか、泣いてるのか、もうわかんなかった。
「もふもふは愛でる対象であって!」って、昼に言った自分の声が頭の中でぐるぐる回る。
もう、そんな言葉じゃ救えない現実がここにある。
『コマンダー、連射の熱で銃口が限界に近いです』
「あとどれくらい?」
『戦闘続行で九分三十秒』
「十分もあれば十分だよ。間に合わなかったら、副砲もあるし、カマヤツさんの鎌もある。最悪主砲使う」
笑った。自分でも信じられないくらい、乾いた笑い。
ドローン序からの映像。
森を抜け、丘の向こう。
そこに、小さな野営陣地があった。
見張り台、馬車、焚き火。
そして、奴隷用の檻。
中に、泣きじゃくる子どもたちの耳と尻尾。
「……これで、ためらえるわけないじゃん」
魔導銃から伸びた光のラインが、周辺を薙ぐ。
檻以外、全部吹き飛ばした。
火の粉が空に舞う。炎が星みたいにきらめいた。
『敵、全滅を確認』
「終わった……のかな」
『はい。戦闘終了』
チハたんの声は、いつもより静かだった。
けれど、どこかで優しい。
まるで「お疲れさま」と言ってくれてるみたいで、それが少しだけ救いになった。
履帯を止めて、村へ戻る。
途中、チハたんの車体に雨が当たり始めた。
雨はすぐに泥と血を混ぜて、茶色い筋を作った。
ああ、洗い流すみたいだな、って思った。
でも、ぜんぜんきれいになんてならなかった。
村は静かだった。
保護された子供たちも固まって震えている。
すでに火は消され、煙だけがゆらゆらと上がってる。
生き残ったもふもふたちが、傷を縫い合い、死んだ仲間を並べていた。
その横で、カヘージ村長が私を見上げた。
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、それでも笑って言った。
「精霊様……助けてくださって、ありがとう……」
その言葉が、胸に刺さった。
──助けた? 本当に?
助けたって言えるの?
私は殺したんだよ? 三十人以上。
血で、全部終わらせただけ。
「……わたし、精霊様なんかじゃないよ。ただの……」
『ただの、コマンダーシステムに転生した女子高生、ですよ』
チハたんの冷静な補足に、思わず吹き出した。
笑っちゃいけないのに、笑えてきた。
泣きながら、笑ってる。
もしかしたら、笑ってないと壊れちゃうだけかもしれない。
夜が明けた。
二つの太陽が昇り始める。
赤と白。まるで「罪」と「贖い」みたいに見えた。
チハたんの車体に朝日が当たって、血の跡が金色に光る。
きれいだった。きれいなのが、逆にいやだった。
『コマンダー。次の行動をどうしますか?』
「……出よう。ここにいたら、壊れちゃう」
『了解』
「それとコマンダーはやめてって言ったよね。千波でよろしく』
エンジンが低く唸る。履帯が回る。
村人たちが道の両側に並んで見送ってくれる。
その顔には、感謝と恐怖と哀しみがまざってる。
私を“神様”として見る目と、“化け物”として見る目。
その両方が同じ顔の中にあった。
「チハたん」
『はい』
「わたしさ。人殺したのに、後悔してない。おかしいよね」
『人間的には。ですが、あなたはもう“完全な人間”ではありません』
「……そっか。じゃあ、わたしは何なんだろ」
『転生戦車、チハたんMk.千波型、でしょうか』
「ネーミングセンス、最悪」
『ありがとうございます』
そう言って、わたしたちは笑った。
笑いながら、焼けた森を抜けていく。
その先に、何があるのかも知らないまま。
ただ一つだけわかってるのは──
もう、あの頃みたいには戻れないってこと。
雨がまた降ってきた。
血の匂いを、少しだけ消してくれた。




