27、流〜れるなら〜永い〜河を
外がざわついてる。
いや、「ざわついてる」なんてレベルじゃない。もうドドドドッて、地鳴りみたいな足音と怒鳴り声。
なんだか火薬でも弾けそうな気配。
ネコミミ村長じーさんはそわそわと、腰に下げた鈴をいじりながら「ご出立を」なんて言ってるけど、こっちは逆に落ち着いてるのだ。
「なにが起こってるのか説明してくれません?」
わたしの声にじーさんの耳がピクッて動いた。猫の耳は正直でいい。
村長じーさんの話によると、この村に定期的に襲ってくる野盗の集団があるらしい。
それも被害から回復した頃を狙ったように、一年から二年おきに。
食料や財産はもちろんですが、一番の目当ては村人を拐うこと──
「国は助けてくれないの?」と聞いたら、ネコミミ村長は小さく首を振った。
「ここは隠れ里ですからのう」
隠れ里! 忍者とかが暮らしてるイメージだけど……なんとなく想像はつく。ある種、異世界定番の村ね。
「この国では、わしら獣人は人とは認められておりません。見つかれば奴隷として、牛馬のように死ぬまでこき使われる人生ですじゃ」
ネコミミ村長の声が震えてた。
それを聞いた瞬間、胸の奥でプツンと音がした。
「え! ひどい! もふもふは愛でるものななに! こき使うなんてもふ道に外れる行為よ!」
思わず浮いた。
正確に言うと、魔素体ボディがふわっと浮上した。(よ、よし……みんな気づいてないからセーフ……多分)
その瞬間、心の中で“もふもふ正義連盟”の旗をが揚がった。
外の騒ぎが、今度は悲鳴に変わった。
乾いた弓の音。火の手。叫び声。
ほんとに来たんだ、野盗。
カヘージさん(たぬき系──くまかもしれないけど。村の護衛らしい)が、血相変えて飛び込んでくる。「東の森から二十人ほど! 火矢が——!」
じーさんが杖を握りしめる。ばーちゃんが祈祷の札を取り出す。
わたしは……なんか、ワクワクしてた。
「ねえチハたん。ちょっと様子見てこようか?」
『敵性存在、距離およそ四百メートル。装備は原始的な鉄製武器。人族と推定。』
「人族、ね。じゃあ話せばわかるかも!」
『それはおそらく、無理案件です』
「だいじょーぶ、昭和の初め頃の首相も言ってたし。“話せばわかる!”」
『…………それって……』
──このセリフ、後で地獄みたいに後悔するんだけど、その時はまだ知らない。
正義感ってのは、いつもタイミングが悪い。
村の外に出ると、すぐに見つかった。
草むらからぬっと出てきた野盗(にしては装備が良すぎる)に囲まれた。
「誰だ貴様!」
「こんにちはー。えっと、あなたたち“野盗”って名乗ってるけど、本業は兵士の方ですよね?」
その瞬間、空気が凍った。
彼らの顔がひきつる。やっぱり、図星。
チハたんが言うには、集団での動きが整い過ぎてる。普段から組織的な戦闘の訓練をされている組織。
つまり、野盗のフリした“奴隷狩り部隊”。
「交渉の余地あり、って信じてるけど。村の人たちは何も悪くないよ?」
「──精霊か?」
「ちがうよ、人よ。人。通りすがりの女子高生よ!」
「人ならなおさら生かして返すわけにはいかん。──斬れ!」
はい、会話終了ー。
潔いくらい話が通じない。
剣が抜かれた瞬間、風が鳴った。鋭い刃がわたしの首を薙ぐ──けど、感触はない。
わたしの体を剣が通り抜けてゆく。痛くもかゆくもない。
ドローン序ちゃんは、すぐ下を通り抜けた刃にちょっとびびってたぽいけど。
『投影ボディー維持残量、あと三分。』
「三分で話し合い終わらせる!……って無理かぁ」
剣を振り下ろす兵士の顔。そこには恐怖と混乱。
──あ、これもう「対話」ってステージじゃないやつだ。
ちょっと寂しいけど、しょうがない。
その時、遠くから怒声。
「精霊様がやられたぞーっ!」
村人が、一斉に突撃してきた。
「わたしのために争わないで!」って言える雰囲気じゃないな。
槍と棍棒、涙と怒り。
誰も止められない。
炎が、走った。
次の瞬間、わたしの視界がドローン序のモニターからメインモニターに切り替わった。
魔素が切れて、体が霧散したのね。
急いでドローン序を戻さないと。
「チハたん準備よろしく」
『再構築プロセス起動。対象:ドローン1号機』
チハたんの声が、いつもより低く聞こえる。
あの冷たい金属音が、やけに優しい。
体が再形成された。
急いで村に戻る。もう歩く振りは必要ない。最速でドローン序を飛ばす。
……地獄だった。
燃える家。倒れたもふもふ。血の匂い。
タマモばーちゃんは腕を失い、カヘージさんは片目を押さえてた。
村の半分が火に包まれてる。
「なんで、なんでこんなことに……」
『あなたの“交渉”が発火点となりました。』
「う、うるさい! わかってる!」
胸の奥がグラグラした。
怒り、悲しみ、後悔、混ざって発泡してるみたい。
そのどれにも、正しい形がない。
『コマンダー。どうしますか?』
チハたんの声はいつも通り。
だけど、その「どうしますか?」って言葉の中に、ほんの一滴の“選択肢”が混ざってた。
「……殲滅、しよっか」
口が勝手に言ってた。
不思議と、何の抵抗もなかった。
人を殺すとか、罪とか、そんな概念がスルッと抜け落ちたみたいに。
頭の奥で、誰かが「まあいいか」って笑った気がする。
それが誰の声なのか、わたしにはわからなかった。




