26、取り替えるなら、いいーばーちゃん
案内された家は、たぶん村長さんの家だ。
他の家よりひと回り大きくて、壁の木材もきっちり加工されている。いわば「ちゃんとしてる家」ってやつだ。
途中で見た家々はというと、どれも「ログハウス(を夢見た結果、丸太小屋になり損ねた何か)」という感じだった。
丸太の太さはバラバラ、反ってるのも混じってて、そこここに隙間。そこを枝とか石で無理やり埋めてある。
……まぁ、“通気性のいい家”ではあるよね。ポジティブに言えば。
そんな「すきま風御殿」たちと比べると、目の前の家は別格。
壁はぴたりと合わさり、柱はまっすぐ、屋根はどっしり。
なんだかもう、木の家というより木の神殿だ。
「精霊様、こちらでお寛ぎくださいませ。すぐにお食事の支度を――」
そう言いかけたネコミミじーさんを、わたしは慌てて止めた。
「いやいや! 精霊様とかじゃないです。千波です。ただの旅人。あと、ご飯は結構です。ついさっき食べたばっかりで、おなかパンパンなんで」
――ほんとは異世界メシ、めっちゃ気になるけど。
この“スカスカ魔素ボディ”じゃ、食べたら即漏洩コースだから我慢だ。
「そうですか。では、まずはお入りください。街までの地図を描かせますので」
そう言って、じーさんが家の中へ。
わたしも慎重に後を追う。
床を突き抜けたり、壁をすり抜けたりしないよう、足の置き場には神経を使う。
幽霊ってこういう苦労してんのかな。
家の中に入ったのは、わたしとキツネのばーちゃん、ウサミミのおじさんだけ。
他の人たちは外で待機らしい。ていうか、外の人数、増えてない? もふもふちびっ子ちらほら。かわいい。
でも、あー……そうだった。触れないんだった。
早く人間になりたい! (※三つ指妖怪の叫び)
そんなわたしの心の悲鳴も知らず、ばーちゃんが座布団を勧めてくれる。
部屋の奥には大きな囲炉裏。真ん中にどーん。
そのまわりに座布団が九枚。わたしはお誕生日席らしい。
右前一席空けてじーさん、左前も一席空けてばーちゃん、その横にウサミミおじさん。
囲炉裏の上は天井が高くなっていて、木の枝が複雑に組まれている。自在鉤には鉄瓶。
シューシュー湯気。
窓にはリードみたいな植物が編み込まれてて、そこから薄い光が差してる。なんか、ジブリ感。
「外は寒かったでしょう。まずは温まりなされ」
じーさんが鉄瓶からお湯を注ぎ、差し出してくれた。
……が、受け取れない。魔素体だから。
無視もできず、困っているとチハたんの声がする。
『ドローン序のシールドを手の形に展開します。ゆっくり受け取ってください。ただし、飲んじゃダメです。ダダ漏れますから』
慎重に受け取って、一口飲む“ふり”をして、そっと置く。
ふぃー、ミッション・コンクリート。
(ばーさま、座布団まったく沈んでないぞ。やっぱ精霊様なんじゃ?)
(わかっておる。あの魔素の塊のようなお姿、人ではあるまい。なにか事情があって人のふりをしておられるのじゃろ)
(事情? まさか、あの事が……?)
(かもしれん。いや、違うかもしれん。すべては精霊様の御心のままにじゃ)
……なんかコソコソ話してるけど、小声すぎて聞き取れない。
「座布団が」とか聞こえたから、どうせ足がしびれたとかだろう。
大事な話ならチハたんがあとで翻訳してくれるはず。
「改めてご挨拶いたします。わしがこの村の村長、カヘージでございます。こちらが最長老であり、御玉社の巫女でもあるタマモでございます」
紹介されたキツネミミのばーちゃんが、深々と頭を下げた。
巫女っていうから紅白の着物を想像してたけど……うん、だいぶ違う。えーっと、いい意味で。
「その隣が村の巡邏隊隊長、タゴサック。何かあればこの者に」
ウサミミおじさんも、慌てて頭を下げたけど、耳が囲炉裏の端に。
危うく“焼き耳”になるところだった。
「いえ、そんなに長居はしません。地図さえ頂ければすぐに出立しますので」
「街まではかなり距離がありますゆえ、食糧など補給を──それに従魔殿にも休息が必要では?」
従魔? ああ、戦車(本体)のことか。
わざわざ降りるところを見せて“乗り物ですよ”ってアピールしたのに、通じてなかったのね。
「あれは乗り物です。車……馬車? とにかくそういうのです。だから休息不要」
「なんと! あれが噂の魔導馬車とは。あの唸り声と破壊力、強大な従魔かと!」
「そ、そう。魔導馬車。それそれ。それがあるから街まで余裕です。だから地図もらったら即出発で」
「カヘージよ、あまりお引き止めするでない。千波様にもご使命があろう。地図の方はどうじゃ?」
巫女ばーちゃん、ナイスフォロー。さっき“巫女っぽくない”とか思ってごめん。いいばーちゃんです。
頭の片隅で岸部さんが照明器具を持って歌ってるけど、意味不明なのでスルー。
「おお、地図じゃな。ゴサック、出来具合を確認してくれ」
村長の言葉と同時に、廊下を走る音が響いた。
ナイスタイミング。……だけど、そんなに慌てなくても。
「ゴサック様! また奴らがこちらに向かって来ているようです! 至急ご準備を!」
途端にゴサックさんが立ち上がり、村長の顔が苦く歪む。
巫女ばーちゃんは床に額がつくほど深く頭を下げた。
「千波様……お引き止めしたのが仇となりました。この場を一刻も早くお立ち去りくださいませ!」
え? なになに? なにごとー!?
囲炉裏の炎が、不安を映したみたいに揺れた。
鉄瓶の口から、しゅう、と不吉な音がした。




