第8話 : 王の馬に勝手に“神名”をつける
王直属の兵として預かられてから時は過ぎ…
もはや玉座の間も訓練場も、台所すらも好き勝手に出入りしている少女――カナタ。
そして今、彼女は王の馬に、祈りを捧げていた。
「我が右腕となる影の駿馬よ……この身と魂を共にし、汝の名を刻まん……」
「……何をしている」
背後から響いた、鋼のような低音。
カナタは振り返らず、黒馬の額に手をかざしながら答えた。
「今、この子に“真名”を与えてるところ」
「その馬は王直属軍の軍馬だ」
「わかってる。だからこそ。私の――いや、王の影にふさわしい名を……」
彼女は、少し身を引き、黒馬の瞳を見つめる。
「汝の名は……《グラギュラ=オブ=ノクティア》ッ!」
「……は?」
「通称グラちゃん。グラちゃん、お腹すいてる?」
王「……その馬に名をつける許可を誰が出した」
カナタ「我が魂と共鳴せし、運命の絆が──」
王「出していない」
兵士たちが少し遠巻きに様子を見ている。
その中で、黒馬は「ヒヒン」と微かに鳴いた。
「ほら! 今、返事した! グラちゃん、私の言葉がわかるんだよ」
「……鳴いただけだ」
「グラちゃん……かわいい。王様より目が優しい」
「…………」
ライヴ、無言で手袋を外し、愛馬の頭を撫でる。
馬は穏やかな瞳で主人を見返した。
カナタ「……! グラちゃん……王様のことも、ちゃんと見てるんだね……!」
ライヴ「“グラちゃん”と呼ぶな」
カナタ「じゃあ、フルネームで呼ぶね。《グラギュラ=オブ=ノクティア》!」
ライヴ「やめろ。馬が混乱する」
「……でも、“グラちゃん”のほうが通じてる気がする」
「私は今まで“黒騎”と呼んでいた。騎馬番号の一番機。番号制だ」
「それはちょっと味気ないよ。戦友でしょ? 心の通った絆の名前を……こう、感覚で!」
ライヴが静かに目を閉じる。
「貴様の感覚は信用できん」
その言葉に、カナタはしばし考え――
「じゃあ、次に炊いたご飯が爆発しなかったら、グラちゃん採用ってことで」
「なぜご飯が審査基準なのだ」
カナタ、今日も“絆”の名のもとに、勝手に命名。
黒騎――もといグラちゃん、試練の日々が始まった。