第7話 : 王宮の厨房で“神饌”を作ると言い出す
エアルザーン王国、王城地下。
そこに設けられた“厨房”は、王国でも屈指の聖域である。
貴族の宴も、王の戦陣も、すべてはこの場所から始まる。
だが今、その厨房が――異常な緊張に包まれていた。
「な、なんなんですかあの子は……!? 勝手に冷蔵庫を……! いや、そもそも冷蔵庫って何だここにあったの……!?」
「……私の包丁が……“封呪解除”とか言いながら持ち去られました……!」
「火の精霊に捧げる舞を始めました! “鍋の供儀”って何ですか!? もう意味がわかりません!!」
怯える料理人たちの悲鳴を背に、厨房の中心――
鉄鍋を掲げ、ひとり立つ少女がいた。
「ふふ……ようやく揃った……神々の器たちが……!」
その手には、巨大な中華鍋。背には魚の干物。腰に巻かれた布は、どこか神官めいて――いや、ただのふきんだ。
「いま此処に、万象を超越せし神饌儀式、開始す!」
ごぉおおおおっ……!
薪に火がくべられ、灼熱の炎が鉄鍋を包む。
「――来るぞ。封印されし伝承素材の鼓動が……!」
「おい、何やってる」
その声が、厨房に冷気のように走った。
料理人たちが振り返る。そこにいたのは、黒き鷲の鎧を身にまとい、静かに歩を進める男――
「ら、ライヴ陛下……!」
厨房に、王が現れた。
「誰の許可で火を焚いた」
問われたカナタは、振り返ってにこりと微笑んだ。
「我が契約主よ……よくぞ来た。今まさに、神饌召喚の最終段階なのだ」
「聞いていない」
「聞いてなくても進むものもある! 魂の導きとは、そういうものでしょう!?」
「……お前に魂を導かれる気はないが」
ライヴの声は低い。だが、彼の視線の先では――
鉄鍋から、驚くほど香ばしい匂いが立ち上っていた。
「……」
鼻をかすめる、芳醇な香り。焦げる寸前の醤油と脂の香りが、腹に訴えかけてくる。
「この香り……肉を……焦がしたか?」
「否! 焦がしてなどいない! これは“熾火の契約”により、魂を揺さぶる焼きの儀だッ!」
「つまり……香ばしく焼いた肉か」
「言い方が無粋すぎるぞ、王よ」
そのやり取りを横で見ていた料理長が、恐る恐る進み出る。
「陛下……あの娘の勝手な侵入を、どうかお許しを……!」
「いや。厨房の衛兵を突破してここまで来た以上――」
ライヴは一拍おいてから、低く告げた。
「ここは戦場だ」
「いや、厨房です!!」
料理長が絶叫したが、カナタは満足げに頷いた。
「うむ。やはりこの男……解っているな。我と共鳴せし主よ……!」
「共鳴していない」
言い捨てる王。その腕を掴み、カナタはぴたりと寄った。
「さあ、王よ……神饌の刻は来た。口を開けよ。これは捧げる食、汝にのみ許された神の供物なり!」
「食べさせるな。自分で食べろ」
「んー……では、半分こ」
「……誰が了承した」
だが――
皿に盛られた料理を一口食べた王の眉が、わずかに動いたのは、料理長だけが見ていた。
「(……今、陛下の眉が……上がった……!?)」
それは、彼が“美味”と認めた証。
そして、カナタはどこか得意げに笑う。
「ふふ、魂の共鳴、深まったな……!」
「……騒がしい女だ」
ライヴはそう言いながらも、二口、三口と手を伸ばしていた。