第5話 : 王の書斎で“禁書の封印解除”を始める
時刻は深夜。
王宮の一角にある、静寂の書斎。
ライヴ・ノワル・アルヴァレスト――王は、深夜の政務に没頭していた。
机に広げられた地図。報告書。戦況の記録。
そんな静けさを破ったのは――ドアの“ギィ……”という音だった。
「……何用だ、貴様」
顔も上げずに問うライヴに、
書棚の隅からぬぅっと現れたのは、言わずと知れた厄介者。
「……ふふ、やはり来ていたな、契約主……」
「なぜ忍びのような登場をした」
「ここには、封印された禁書がある……そう、私の“真名”を記した記録が……」
「存在しない。寝ろ」
それでもカナタは気にせず、ふらふらと書棚を漁り始める。
ミニドレス風の寝間着にローブを羽織り、素足で床を歩く様子は、ある意味風情がある。
「この“黒革の封書”……ただの文献に擬態してるわね」
「それは農地税改定の記録だ」
「じゃあ、こっちは……『第四次戦役兵站記録』……ちがう、もっと禍々しいはず……」
「それは私が一番必要としている書類だ。しまえ」
机の書類にコーヒーをこぼしそうになりながら、カナタはごそごそと“何か”を探し続けていた。
「カナタ」
「なに?」
「それ以上、引き出しを開ければ貴様ごと封印する」
「へーきへーき、ちょっとだけだから。
あっ、あった……! この“封印された第四階層の魔導書”――」
「それは私の自筆の戦術メモだ。読み上げるな」
「うわ、文字ぎっしり……え、この“矢印”って何? 魔法陣?」
「戦場の展開図だ」
「ふふふ……王よ、これが貴殿の“頭脳の核”……つまり、我が魂に刻まれるべきもの……!」
「……( 本当に器量だけは申し分ないのだがな) 」
ライヴはそっと、椅子の背に頭をもたせた。
「よし、これで“記録の契約”は完了……では、契約の証として我が印を――」
「それ以上近づけば貴様の手から契約を解除する」
「それって、斬るってことだよね?」
「……察しが早いな」
こうして今宵もまた、王の深夜残業に一つの混沌がもたらされたのだった。
② 再び王の書斎に侵入し“古文書”を勝手に解読
静寂に包まれた王城の書斎。
重厚な本棚に囲まれたその空間に、ふわりと差し込む西陽――
の中で、またこの少女は勝手に椅子を回転させながら言った。
「ふむ……やはりこの“黒陽文書”、ただの歴史書じゃない。封印結界の鍵になってるな……!」
床に散乱した古文書、机の上のインク瓶、乱雑に引き抜かれた羊皮紙。
王の書斎が、まるでカナタの“研究部屋”のようになっている。
──そしてドアが、重く開かれた。
「……また何をしている」
ライヴの低音が響いた。
「……あ、王様。ちょっと借りてたよ、書斎!」
「“借りた”とは、誰に許可を得た?」
「いや、ここにあったから?」
「…………」
カナタは机の上の紙を掲げる。
「この文書! 古代戦記の断片かと思ったら、構文全体が魔術陣の一部だったの!」
「その文書は国家機密だ。封印指定文書として、未解読のまま保管されていたものだ」
「え、そうなんだ? 読みやすかったよ。わりと親切設計」
「……貴様、本当にどこで学んだ」
「うーん……? お腹すいてると自然に解読できる気がするんだよね」
「それはもう理屈ですらない」
カナタは無邪気に笑いながら続ける。
「でも安心して。いまんとこ、鍵は外してないし、封印も“ほぼ”無傷!」
「“ほぼ”の部分が重要だ。戻しておけ。何一つ手を加えるな」
「うん。じゃあこれだけ写しておくね!」
「戻せと言っている」
カナタはペンを口にくわえながら、足をぷらぷら揺らす。
王は頭痛をこらえるように額を押さえ――
「……なぜ、よりによって私の直属兵にしたのだろうな……」
「えっ、いまちょっと後悔してた? でもほら! 見てこれ、“封印解除用の謎歌”っぽい詩が載っててさ──」
「口にするな!」
「『空蝕ノ響キ、魂ト音ニ還レ──』」
「やめろと言っている!」
その日から、王の書斎は
カナタの“封印ごっこ”により、またひとつ厳重化されることになった。