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神さまの幽便屋さん  作者: 鏡桜 久音
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第五話 桜の言伝


大好きだった懐かしい人に会うため、桜はガタゴトと揺れる電車に一人揺られていた。


その憂鬱な心とは対照的に、車窓の外には燦々とした太陽が輝いている。世界を照らすその眩しい光を、いつもは美しく感じるというのに今日は少し憎らしく感じる。桜は流れ行く景色を眺めながら、喫茶店の後、最後に柚樹と話した時のことを思い出していた。


一人にするのは心配だと、柚樹の自宅前まで送った時、


『今誰もいないんでしょ?おばさん戻るまで一緒にいようか?』

『ううん、大丈夫…。ありがと。でも、今は…一人がいい。』


柚樹が病院に運ばれたと連絡を受けたのは、その翌日の早朝だ。


受話器の向こうから聞こえてきたおばさんのすすり泣く声が今でも耳に残っている。


「薬を過剰摂取した」と。


親に処方されている薬を一度に全て飲み、自殺を図ったらしい。未遂に終わったことは安堵すべきことだが、容態は意識不明の重体で、未だ昏睡状態が続いている。


連絡を受けてすぐ、桜は病院に駆けつけた。桜は滉にも連絡を入れたが、病院に滉が来ることはなかった。本当にどうでもいいと思っているのかもしれない。だが、桜はそうは思わなかった。責任感の強い滉が、「どうでもいい、自分には関係ない」なんて本気で思っているとは考えられないのだ。むしろその逆で、自分自身を責めているはずだ。そうでなければ、海里の死をあんなに引きずったりはしない。


電車内では、友達と楽しくお喋りしている若者や家族旅行を満喫する親子の声で溢れている。本当なら自分たちにも訪れたであろう友人との何でもない日常に悲愴感を感じて、桜はとても侘しくなった。


事故の(あのひ)、喫茶店での(あのひ)、あの(・・・) ――。


何か一つでも違う行動をしていたら、違う言葉をかけていたら。そんなことばかりを考えて、おぼれたように息ができなくなる。


目的地の最寄り駅への到着を知らせるアナウンスが響き、桜はシートを離れて下車した。


7年前に通った道を思い出しながら道を辿る。あの頃と似たような心持ちで再びこの道を通ることになるとは、今日まで想像もしていなかった。次に来る時は、もっと明るい気持ちで来たいと祈るように願っていた。彼に元気な笑顔を見せたかった。だけど現実は理想通りにはなかなかならない。




 墓地と市道を繋ぐ上り坂を上っていると上の方から一人のお婆さんが降りてくるのが見えた。


着物姿で小柄なお婆さんだ。よく腰が曲がってしまった方も見かけるが、姿勢がしっかり伸びていて綺麗な立ち姿だ。


お婆さんの足取りは下っているにもかかわらず重そうで桜は少し心配になる。いくらアスファルト舗装されているとはいえ、やはり草履じゃなくてちゃんとした靴の方が良いのではないだろうか。そんな桜の心配など露とも知らないお婆さんはスタスタと上品に歩いている。


それでも、お婆さんが転んでしまわないかと、いつでも助けに入れるように気を向けて歩いた。不自然な態度で不快にさせないように、なるべく凝視しないように気を付ける。それでも、ゆったり歩くお婆さんに合わせるように、無意識に桜の足もゆっくりになってしまう。


お婆さんとすれ違ってそっと一安心した瞬間、お婆さんの体が傾いだ。


つんのめって転びそうになったお婆さんを、桜は慌てて手を伸ばしてすんでのところで抱き留めることができた。


見た目には分かりづらい凹みがあったので、そこに足が引っ掛ってしまったのだろうと思った。これは若者でも騙される。危ない。


「大丈夫ですか?」

「ああ、びっくりした…。危ないところをありがとうね、お嬢さん。」

「お怪我はありませんか?」

「大丈夫よ。貴女のおかげで怪我もしていないわ。」


心配げな顔をする桜に、お婆さんはにこりと返した。


通りまで送るという桜の申し出をやんわりと断ると、お婆さんはゆっくりと、けれど今までと同じしっかりした足取りで下っていく。その後ろ姿を見えなくなるまで見送って桜は再び墓地へ向かって歩みを進めた。




 桜は墓石が立ち並ぶ墓地のちょうど真ん中辺りで立ち止まった。『七瀬家ノ墓』と刻まれた墓石に桜は花を供える。


そして、海里が眠る墓に向かって語り始めた。


「海くん、久しぶりだね。ずっと来れなくてごめんね。時間が経つのって早い。私達もう高校生になったよ。もうすぐ二年生になる…。ホントに…早い。海くん、私、どうすればいいのかな?どうすれば、良かったのかな…っ?」


桜は胸に泥々と重く溜まった気持ちを、喉を詰まらせながら打ち明けた。


そして、最後に乞い願う。


「………お願い。二人を助けてあげて、海くん…!」


どうにもならないとわかっている。


海里はあの日、死んでしまった。死者が蘇ることはなく、その声を聞くこともできないのだ。海里は桜たちに触れられないし、桜たちも海里には触れられない。海里の亡骸(からだ)は冷たく硬い石の下だ。それでも、誰かにすがりたくなったのだ。やりきれない思いを、行き場のない言葉を、誰かに聞いて欲しかった。世界から仲間外れにされたような、悲しみとも寂しさとも違う言葉にし難い感情の居場所が欲しかった。桜にとってはもうずっと、三人の傍だけが唯一の居場所だったのだから。





 帰り道、墓地と市道を繋ぐ上り坂を上って来る数人とすれ違った。きっと友人か誰かの命日なのだろう。しかし、その人たちの表情は明るく、すれ違い様に桜と会釈をかわす。坂を上って行くその後ろ姿を桜は羨ましげに眺めた。自分たちもいつかあんな風に、明るい笑顔で亡き友に会いに来ることができるのだろうか。そんな思いに後ろ髪を引かれながら、桜は来た道を辿るのだった―――……。



読んでくださってありがとうございます。

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