蜘蛛の意図
むかし、むかし、あるところに一太郎という男がいた。
一太郎は農家の男だった。芋を植え、育て、収穫して食べていた。
去年は豊作だったが、今年は天気が悪い。不作かもしれない。同じ村人達はヒソヒソと噂をしていた。
一太郎は、畑で一人、膝をつく。
「ああ、仏様、ご先祖様。豊作にしてください!」
必死に一人祈っていた。こうすれば、芋が豊作になると信じて疑わない。実は仏はあんまり信じていないがご先祖様は、信じていた。お墓に行けば、会える気がするし、いつも背後で守ってくれている気もする。坊主と違ってご先祖様は、お金を要求する事もないし、何より自分と血が繋がっている。ご先祖様は死んだ後は神になると思うと、色々と納得がいく。
「チョット、イイですか?」
そこに外国人宣教師が現れた。五十過ぎの男だが、真っ黒の服を着込み、首には十字架のネックレスをしていた。外国人らしく背が高いが、顔はひょっとこのお面のようで、弱々しく見えた。一太郎にとっては怖くない人物だった。
最近、この村で耶蘇教(キリスト教)を広めている宣教師だった。片言の日本語で「アナタは罪人デス」などと言い、仕事の邪魔をしてくる。一太郎はうざったくて仕方ない。
「帰った、帰った。おいらは、ご先祖様を信じているんだ。一神教なんて信じちゃいないぞ」
「デモアナタは、地獄行きデス」
下手くそな日本語で言うので、冗談としか思えない。
「だったらさ、おいらのご先祖様は、どうなるんだ? 説明してくれよ」
「ジゴクにイマ……」
「今、何ていった?」
失礼な男だ。すぐに言葉を引っ込めたが、ご先祖様も地獄に行くという。
「そんな良い神様なら、ご先祖様を救ってくれよ」
「うっ」
「ほうら、救えんだろう」
「イエ、人にはゲンザイというものがあり」
「もういいよ」
一太郎は宣教師を無理矢理村から追い出す。まあ、あの男が持ってきた金平糖という菓子は見た目も華やかで美味しかったが、男は菓子になんぞ騙されないぞ。
確かに金平糖は悪くはないが……。うん、金平糖だけ頂き、あとは話を聞くふりをして帰ってもらおう。
こうして一太郎は、金平糖だけ貰い、話を聞くふりだけを続けていた。他の村人は、宣教師に石を投げて追い出していたが、金平糖は悪くない。一太郎は宣教師と上手くやりながら金平糖だけ味わっていた。
他の村人は嫌っているが、金平糖のように甘くて綺麗なものは、今まで見た事がなかった。そう、金平糖は悪くはないのだ。
そんなある日、一太郎は熱を出し、寝込んでいた。天気も相変わらず悪く、不作は決定的な状況だった。
高熱が続き、一人で寝込む日々。隙間風や雨漏りがする家では、余計に具合が悪くなりそうだった。だんだんと具合が悪くなり、そのうち死ぬにでは無いかと思い始めた。
『もし、私は蜘蛛です』
そんな折、窓から小さな蜘蛛が入ってきた。この蜘蛛は、なぜか人間の言葉を話していた。しかも何故か金平糖の箱も持っている。
『こに金平糖、差し上げます』
「いいのかい?」
信じられないが、もう死ぬから幻覚を見ていたのだろう。死にそうな身体では、金平糖の甘みが身に染みる。
『実は、一太郎さん。もうすぐ、あなたは死にます』
「え? まあ、そうだろうね」
蜘蛛にそう言われたが、驚きはない。今度の熱は、いつもと違った。
この蜘蛛は、何故かあの宣教師と全く同じ事を語っていた。
この蜘蛛は耶蘇教の手先か? そういえば声自体は、あの宣教師とそっくりだ。
しかし、死にそうな今は天国とか、地獄とか、神という存在が現実味がある。今食べた金平糖の甘みより現実味を感じてしまう。
『実はあなたのご先祖様にも、死に際に伝えにきました。しかし、あなたのご先祖様は、自分の意思で神は信じないという選択しました』
「え?」
それは初耳だった。
『神様は公平なお方です。どうしても物理的に福音を聞く機会がない人には、最期に私のようなものが仕事をします。我々蜘蛛は、全ての人が救われるという意図のために仕事をします。あなたは、他の村人と違ってあの宣教師に石を投げませんでした。宣教師も一太郎だけは救ってくれとずっと祈ってましたからね。今回だけ特別ですよ。まあ、これは本当に最期の機会です』
そうだったのか。だとしたら、宣教師を軽くあしらっていた自分って一体……。
しかも金平糖まで貰っていた癖に、礼の一つも言わず、小馬鹿にしていた。
急に恥ずかしくなり、罪悪感も持っていた。
もし、この蜘蛛が言っている事が本当だとしたら?
もう熱でまともな判断は出来る自信はない。ただ、蜘蛛の言う事も嘘ではなさそうだった。舌にはまだ金平糖の甘みが残っている。
「なあ、蜘蛛。もう少し詳しく話をしてくれないか?」
一太郎は再び蜘蛛に声をかけた。