鼻とドーナツ
「うーん、私の鼻ってちょっとブタっぽい気がする」
朝、メイクをしながらまじまじと顔を見る。自分の鼻が変に見えてきた。少し上を向いているし、高くは無い。鼻筋も曲がっているような気がする。
華子は女子大生だ。周りの同級生はみんな美人に見えた。中にはパパ活をやっている人もいるようだが、そういう噂のある子は美人だった。
同級生だけでなくInstagramにいるインフルエンサーも美人が多い。YouTuberだってそうだ。芸能人だってそう。親は昭和と比べて芸能人のレベルが上がっていると言っていたが、華子もそう思う。浜辺美波や橋本環奈はどこからどう見ても完璧な美女だった。
メイクをし終えて、大学に行く。さっそく友達に、愚痴ってしまった。
「鼻は上向いてる気がするんだよね」
「だったら華子も努力したら? 欠点だったら、直した方が良くない?」
相談した友達は、英美里という。彼女も美容意識が高く、Instagramで人気を集めていた。相談した相手がまずかったのだろうか。英美里は辛辣だった。
「歯も矯正したら? 八重歯とかってダサいしね。その癖毛も美容院行って直したら? 誰でもわかる欠点を放置しているのは、努力不足に見えても仕方ないから。私だって美容代は月十万ぐらい使ってるから」
「え!?」
それは驚きだった。英美里は影で努力をしていたらしい。そんな事も知らずに相談した事が恥ずかしくなってきた。マスクを上の方まであげ、鼻筋を完全に隠した。
そうこうしているうちの大学の授業が始まり、ノートを取るのに集中した。
英美里でさえ月十万円もかけているんだ。自分は努力不足で恥ずかしい。
華子はさっそくバイトを探す。しかし、割りの良いバイトなど全く見つけられない。大学の授業をこなしながら、どうやって十万円を捻出しよう。それに鼻を整形するとしたら、もっとお金が必要になる。
綺麗になるのもお金が必要らしい。地位、美、学歴。世間で良いものとされているものは、暴力的にお金が必要のようだ。逆にいえばこの三つさえ手に入れれば強者になれる気がした。英美里にも馬鹿にされないと思ったりした。
憂鬱な気分のまま大学の授業を終え、電車に乗り込む。帰宅帰りの会社員やOL達に飲まれ、電車の中で押しつぶされそうだった。
奥の方に押しらやれ、窓の近くに生かされた。窓には、美容整形や自己啓発書、英会話教室の広告が貼ってある。こんな広告を見ていると、自分には足りないものだらけ、努力不足だと誰かに責められている気分になってきた。
英美里が言っていた事を思い出すと、さらに胸が苦しい。世界中の人から責められているような気がしてきた。
それから華子は、寝不足になりながらバイトをこなし、鼻の整形代を貯めた。深夜の倉庫のバイトなどは、案外時給も良かった。冷凍室の倉庫バイトは寒くて死にそうになったが、これも努力だと信じて疑っていなかった。より社会的に強者になる為には、整形は必須だと思わされた。
そんな無茶なバイトも続けたので、生理も止まってきた。でも体重は減ったし、気にしない事にした。そう思わないとやってられなかった。
こうして貯めたお金で鼻の整形を受けた。整形は成功し、小ぶりで綺麗な鼻を手に入れた。
周囲に扱いがガラッと変わった。英美里にも悪く言われる事がなくなったし、男性から声をかけられるようになった。SNSでもフォロワーが増え、配信で小銭も稼げるようになってしまった。
やはり、整形して良かった。
華子は満足していたが、どうも食欲が抑えたれなかった。
特に夜、油であげチョコレートまみれのドーナツが食べたくて仕方なかった。
そんな衝動を抑えながらも配信をすると、深夜のせいか、今日はアンチコメントが多かった。特に「鼻は整形だろ!」「整形w」と何回も書かれていた。
整形だとバレているようだった。整形前の写真は公開していないのに、なんで……。
そう思うと、心は掻き乱され、近所のコンビニに走った。パンコーナーにあるドーナツを片っ端からカゴに入れて購入した。
さっそく家に帰り、チョコレートまみれのドーナツを齧り付いた。ふわっと甘い油の匂いが鼻を抜ける。舌の上で甘いチョコレートとカリカリドーナツ生地が溶け合う。
「美味しい!」
ついつい二個目も食べる。二個目はイチゴチョコレートのドーナツだった。甘酸っぱいチョコレート味を噛み締めながら、さっきまで抱えていたイライラやモヤモヤした感情は消えていた。
こうして華子は夜中にドーナツを楽しみようになった。グッドタイミングと言えるのか不明だが、家のそばに個人経営のドーナツショップができた。お婆さんが一人で経営いるドーナツショップで、形や味も歪だったが、懐かしい味がした。すっかりこの店の常連になってしまっていた。
「華子ちゃん、予約していたオールドファッションとフレンチクルーラーだよ」
ドーナツショップへ行き、お婆さんから予約していたものを受けとった。美味しいドーナツを想像するだけで、華子の頬はゆるゆるになっていた。
「わあ、ありがとう!」
笑顔でお礼を言う華子の頬は、まんまるだった。はっきり言うとデブだったが、もうSNSで華子に「整形w」と笑うものはなく、ホッとしていた。今の状況に幸せを感じていた。
ちなみに英美里は、パパ活にハマり、繁華街で立ちながら客引きをしているらしい。その姿は、昔ながらの売春と全く変わりないが、本人は「努力している」と言い張っていた。