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吾輩はアクリル板である

 吾輩はアクリル板である。


 名前もアクリル板だ。それ以上でも以下でもない。


 吾輩は以前はとても暇だったんだが、突然飲食店に派遣されるようになってしまった。どうやら人間界では疫病が流行っているらしく、感染症対策というのをやってるらしい。


 吾輩を飲食店のテーブルに置き、仕切りのように活用すると、ウィルスが遮断できるらしい。


 どうやら人間たちは、飛沫で感染すると信じ、マスクをしていた。吾輩から見ると、みんな同じマスクをされると、誰が誰だか区別がつかない。思わず白い服を着たカルト信者のように見えてしまったが、人間には同じ格好をすることで一致団結できる心理的効果があるらしい。


 まあ、そんな事はどうでも良かった。本心では人間がウィルスに感染しようとどうでも良い。吾輩は自分の仕事をするだけだ。


 こうして吾輩はとある小さな町中華屋に派遣される事になった。


 店主は、疫病を怖がり、一日に何回も手を洗っていた。店の前には「マスク未着用・陰謀論論者はお断り!」というポスターも貼ってあった。


 小さな店だったが、テーブルは微妙な距離がとられ、カウンター席にも吾輩が配置された。


 店主は手洗いとアルコール消毒をやりすぎて皮膚が荒れていたが、本人は満足そうだった。「小説家になりたい」という小説投稿サイトに登録し、ネットにいる陰謀論者や反マスク派のパロディ作品などを書いていたが、なかなか執念深い。単に多数派に属しているだけなのに、自分が正しいと思っているようだ。他にも黙食や十五分以内に食事を済ますルールを強制し、店内にはそんなポスターで溢れていた。とてものんびりと食事できる環境ではないのだが、この店主が作る中華料理は絶品だった。


 黄金色のチャーハン、羽付パリパリの餃子、懐かしい昔ながらの醤油ラーメン、ピリ辛なレバニラ炒め、とろっと旨辛な麻婆豆腐……。店主の性格は色々終わっていたが、作る料理は絶品だ。吾輩もアクリル板である事が悔しくなるぐらいだった。今すぐ人間になって絶品町中華を味わいたくなった。


 そんな絶品町中華のおかげで、こんなコロ●脳な店主でも、店は繁盛していた。15分黙食ルールを設けたおかげで、かえって回転率が上がってしまったようだ。行列防止のため、完全予約制もとっていたが、それでも客足はたえなかった。


 もちろん、反マスク派や陰謀論者などは全く来なかったが、コロ●脳の客が押し寄せ、類は友を呼ぶ状態だった。


 しかし、本当に疫病が怖いのなら、家に引きこもってガスマスクでもしていれば良くないか。


 吾輩は人間の行動が不思議に見えた。どうやらマスクを神聖なアイテムのように万能だと思っているようだった。アルコール消毒液は聖水なのかもしれない。こうして頼りのないものを使う事は「信仰」が必要になる。人間がパワーストーンやお守りに効果を感じるのも、それ自体にパワーがあるわけではなく、「信仰」を働かせているというわけだ。マスクもアルコール消毒も、宗教やおまじないグッズと似ているように見えた。実際、マスクもアルコール消毒液も頼りなく、高い確率で効果があるのかは断言できない。それを頼るのには「信仰」が必要だ。近い言葉でいえば、思い込み、迷信、プラシーボ効果。


 しかし、吾輩はマスクやアルコール消毒液より「信仰」されてなくて、ちょっと悔しい。店主は吾輩のメンテナンスを手抜きしていて、いつも油やホコリがついていた。


「とりあえず置いておくか」的な雑さを感じてしまう。マスクやアルコール消毒のように「信仰」してもらいたいが。正直なところ、店主も邪魔だと思っているようだ。


 開店準備中、店主はめんどくさそうに吾輩を並べていた。


「めんどくさい」


 ついに店主から本音が漏れる事もあった。吾輩はマスクやアルコール消毒液より人気も「信仰」もないようで、悲しくなってくる。そういえば2020年以前でもマスクやアルコール消毒液もそこそこ利用されていたが、吾輩は最近登場した訳だし、仕方がない。


 しかし、こんなコロ●脳の店主が作る料理は、絶品だった。今は目の前に黄金色のチャーハンがある。米はパラっとし、一粒一粒油がコーティングされているようだ。ふわふわな卵やチャーシュー、ネギなどの具材も美しく輝き、実に美味しそうだ。吾輩には臭覚はないので香りはわからないが、おそらく香ばしい油の匂いがするのだろう。あぁ、人間が羨ましい。チャーハンを食べ終えた客は、餃子も食べていた。カリカリの羽付餃子だった。


 黙食を徹底されているので、客たちは無言だった。マスクで表情も見えないが、その目は「美味しい」「最高」「幸せ」と言っているようだった。いくらコロ●脳でも人間だという事に気づく。おそらく普通に食事を楽しむサラリーマンや主婦達なのだろう。そう思うと、吾輩もコロ●脳とは笑えなくなってきた。


 罪悪感も持ってしまう。


 実は吾輩が派遣されている理由は、感染症対策ではなかった。


 表向きは感染症対策だったが、実はメンタルに悪い影響がある。こんな風に距離をおき、吾輩で仕切られた空間は、心の底では「分断」を受け入れている事になる。実際、吾輩がこんな風に利用されるようになってから、マスクや注射という下らないトピックで、人々は言い争い、「分断」していた。


 たかがアクリル板。


 しかし、毎日のようの距離が取られ、仕切られた空間を見ていると心に刻まれる。どこか他人を疑うようなメンタルにもなりやすい。


 まあ、これは吾輩の仲間で噂している事で、陰謀論みたいなものだ。証拠はない。ただ、吾輩を使う事により、心の状態は良くはならないと思う。人間同士は、距離感を持って生きるようにはできていないのだ。下らないトピックで言い争い、分断する事などは、人間的なのかわからなかった。


 この店の料理は本当に美味しそうだ。トロトロの麻婆豆腐は、色鮮やかな赤色で、思わず食べたくなってしまう。


 こんな美味しい料理を作る店主の指先は、石鹸やアルコール消毒液でボロボロだった。吾輩はそれを見ていると、切なくなってしまった。吾輩のメンテナンスをしっかりやって貰いたいものだが、それはもう期待しない方が良いかもしれない。


 こうして月日が流れ、我々のメンテナンスは手抜きされ続け、べったりと油がこびりつくようになった。この油はちょっと擦っただけでは、消えないだろう。それぐらい粘っこくこびりついていた。


 疫病騒ぎは相変わらずだった。店主は注射の副反応で寝込み、体調不良が続いていた。ついに五回目の接種後、片足が動かなくなり、杖をつくようになっていた。注射との因果関係は不明だったが、店に立つ事もできず、閉店状態だった。元々店主の体調に問題があったのかもしれないし、医者の診断も曖昧で、とりあえず様子を見る日々が続いていた。店主は「注射をしていたから、これぐらいで済んだ」と言っている。すごい「信仰心」としか言えない状況だった。


 我々は埃を被り、油まみれになっていたが、もう誰もメンテナンスをしてくれる様子もなかった。店主は心配だったが、因果関係は不明なので、どうしようもない。店主は注射で家族を亡くした女性に「デマ乙www」などとネットに悪口を書き込んでいたし、今更後に引けないのだろう。カルト信者に論破したら、逆に取り込まれてカルト信者になってしまった事例があるらしいが、今の店主を見てるとそれを思い出す。


 暇になった吾輩は、生きる目的を失っていた。もう、客が溢れる町中華屋の姿はどこにも無い。


 店の中は水を打ったように静かだった。


 もう、潮時かもしれない。吾輩の役目はもう終わりなのかもしれない。もしかしたら、人は元々「分断」していたのかもしれない。そんな気もしてきた。


 走馬灯のように、店で提供されていた美味しい料理の数々が浮かぶ。特に黄金色のチャーハンは、一番美味しそうだった。一度でも良いからあのチャーハンは食べてみたかった。


 そんな事に思いを巡らせていたところ、作業着姿の人間が大勢店にやってきた。作業着には解体業者の名前が書いてあった。


「邪魔だな、この薄汚いアクリル板」


 人間たちは、吾輩をあっという間に撤去し、ゴミにしてしまった。一瞬の出来事で、吾輩は何の抵抗もできなかった。まあ、元々そんな事は出来ないのだが。


 そういえば人間ってプラスチックゴミを減らそうとか言ってなかった?


 ストローを紙製にしていたよね?


 こうして吾輩を無駄にするのって、ストローどころの騒ぎじゃなくない?


 SDGsって何?

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