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多様性の多い料理店

 田中誠治は、この世の底辺をかき集めたような男だった。三十過ぎても、実家暮らしだ。いわゆる子供部屋おじさん。実家に金も入れず、食事の支度も親任せという最低な部類の子供部屋おじさんだった。実家暮らしでも介護や育児をやっているものとは天と地ほどの差があった。


 おまけに誠治は、長年ネット右翼もやっていた。その界隈では有名なインフルエンサーで、今は陰謀論動画などを配信し、動画再生回数を稼ぎ、収入を得ていた。元々は塾講師をやっていたが、陰謀論の方が儲かると知り、こうして稼いでいた。本当に最低である。


 こんな誠治は当然年齢=彼女いない歴だった。本人は「女が悪い」と思っていたが、不精髭にロン毛、タバコ臭い男はモテる要素は少ない。それでも陰謀論ファンからは「神秘的でかっこいい」などどと言われていた。物はいいようである。確かにミニカルトの教祖のような風貌ではあったが。


 そんな誠治だったが、今日は動画撮影の為、ある森にでかけていた。地方都市にある雑木林のような森で、噂があった。何でも悪の組織イルミナティがここで誘拐した幼児を生贄として殺しているらしい。


 荒唐無稽な陰謀論だったが、ここで証拠を押さえられれば動画再生回数が伸びる。別に証拠など撮れなくても「信じるも信じないもあなた次第」と逃げられる。いわばそれっぽい動画を撮っておけばいいのだ。どうせ陰謀論ファンなど「目覚めた」と言いながら寝ているだけだ。これを寝言という。


 そもそも本当に悪の組織があるとしたら誠治のような一般人にまで、そんな情報が届くわけがない。本当に悪がいるなら、もっと隠れてやってるか、善人のフリをしているはずだ。


 そんな事は決して言えないが。とにかく動画再生回数を稼ぐ為に、雑木林に足を踏み入れた。


 昼間だったが、鬱蒼と木々が生え、確かに雰囲気が悪い場所だった。


「悪の組織は本当に生贄儀式をやっているのだろうか?」


 カメラを回しながら、そんな台詞を吐く。口調は演技がかっていた。誠治は、そんな陰謀論は全く信じていなかった。これで動画再生回数を稼ぎたいだけだ。別に叩かれてもいい。バズって炎上でもすれば、もっと稼げる。


 そんな本心は決して出さずに、演技がかった口調で台詞を吐き続けた。


 こうしてしばらく雑木林を歩いた後、目の前になぜかレストランがあった。


「は? 何だこれ?」


 カメラを向ける。


 誠治の声は、少し素に戻っていた。


 レストランはレトロな外観だった。窓はステンドグラスがあり、一層大正浪漫風の雰囲気があった。屋根は小豆色というにも、洒落ている。規模はさほど大きくは無いが、悪い店には見えなかった。


 頭の中で電卓を叩いていた。この陰謀論動画を撮ってもいいが、このレストランで食レポ動画を撮っても良いだろう。陰謀論動画でも自然派食材の食レポなどは動画再生回数がのびた。


 レストランの前にある立て看板をみる。黒板式の看板で「材料は自然食材を使ってます。無添加・無農薬。手づくりです。マスクやアルコール消毒も自由です。アクリル板もございません」とある。これは陰謀論ファンが好みそうな店だ。今日は食レポ動画に変更しよう。


「店名は、山猫軒? うーん、どこかで聞いた事ある名前だが、まあ、いいか」


 誠治はそう呟きながら、カメラを片手に店に入る。


 店は確かにアルコール消毒、アクリル板、マスクルールや黙食ルールのポスターなどはなかった。


 案外店は広々とし、白いクロスがかかったテーブルがいくつか配置してあった。


 天井はシャンデリア、壁には高そうな絵が飾られ、ファミレスしか行ったことのない誠治は戸惑う。ニキビだらけの汚い肌にうっすらと汗も浮かでいた。


 一見高級で上品なレストランだが、おかしな点が二つある。一つは、店員らしき人間が誰もいない事だった。もう一つは、他に客がいない事だ。これだけ雰囲気が良いレストランだったら、誰か他に客もいそうだが、そんな雰囲気は無い。窓の外はから葉のざわめきや鳥の鳴き声が響く。


「おかしいな?」


 そうは言っても撮影禁止のお知らせなども無いので、カメラを回し続けた。


 厨房の方も見てみたが、扉には鍵がかかり、開ける事も出来ない。


 トイレには行けたが、ここにも人がいる様子はない。洗面所にはいい香りの紙石鹸が置いてあり、コロナ脳への配慮は一応やっているようだったが、アクリル板も一切無いようだった。


 とりあえず、誠治は白いテーブルクロスがかけられたテーブルについた。テーブルの上は、薔薇の一輪挿しが置いてあった。赤いバラだったが、その赤色が目立っていた。まるで血の色のようだ。思わず薔薇にもカメラを向けた。


「お客様」


 誰かから声がかけられた。


 ようやく人間に会えたかと思ったが、違った。猫型の配膳ロボットだった。某ファミレスで使っているものと同じようだが、なめらかな日本語を発していた。可愛らしい女性の声だった。声だけだったらアイドル声優のようだ。思わず「天使」という言葉を連想してしまった。


 単なる配膳ロボットというより、AIロボットのようだった。今の技術進歩を思えば、こういった技術があっても不思議では無い。


「お客様、ようやくいらっしゃいました。こちらはメニューです」


 配膳ロボットは、想像以上に最新技術を搭載されているらしい。配膳台が動き、メニューを差し出された。


 しかし、こんな雰囲気の良いレストランで、こんなロボットがいるのは、違和感がある。


 そんな違和感をどうにか無視しつつ、撮影を続けた。この配膳ロボットは、撮影を禁止する事は言わないようだった。


 とりあえずカメラでメニューも撮影してみた。メニューは、文字だけでシンプルだったが、ファミレスのように色々なものがあるようだ。和食や洋食はもちろん、イタリアン、中華、タイ料理まであった。値段は意外と安く千円代ばかりだった。配膳ロボットを使っているので、その分、人件費が抑えられているのかもしれない。


「まあ、お腹も減ったし、なんか注文しようかね」


 メニューを見ていたら誠治のお腹は減っていた。


「じゃあ、このタイ風焼きそば注文してもいいかい?」

「かしこまりました! タイ風焼きそば一名様ですね」


 こうして配膳ロボットは、スルスルと厨房の方へむ行ってしまった。鍵がかかっていた扉だが、配膳ロボットには自動で開いていた。一見レトロなレストランだが、確かに最新技術が使われているようだった。


 違和感は拭えないが、これだけ最新技術が使われているレストランは知らなかった。スマートフォンで検索してみたが、こんなレストランはなさそうだ。こんなレアなレストランの動画を出すだけでも、再生回数は伸ばせるかもしれない。


「お客様、お水を持ってきました」


 頭の中で電卓を叩いていると、配膳ロボットが水をも持ってきた。


 いや、水ではなく、グラスの中身はコーラだった。シュワっと音がしそうな黒い液体だった。どう見ても水ではない。


「これ、水じゃなくてコーラだよ!」


 思わずツッコミを入れた。この配膳ロボットは、高度な技術があるようで誠治が言っている事も伝わるようだったが、まさかの注文ミス。もしや最新技術ではなく、ポンコツだったか?


「いえ、お客様。我々にとってコーラが水なんです」

「は?」

「私どもはコーラが水だという価値観なのです。みんな違ってみんないい。人の解釈は人それぞれです」

「いや、でも」


 そう言われれば水=コーラという価値観もアリか???


 頭は混乱するが、そう言われてしまえば反論できなかった。


「我々は、人それぞれの解釈を大事にしてます。これが多様性というものです。大事なのは心です。いくら肉体がロボットでも、私には心があります。私は人間なのです!」


 なぜか配膳ロボットは感情を露わにしていた。そう言われてしまえば、何の反論もできなかった。


 そういえば自分の動画の陰謀論ファンも、誠治の事は「イケメン」と言い張っていた。確かに人によって見方や解釈が違うのか?


「わかったよ。君には心があるんだね」

「そうです! 年齢は永遠の十七歳なので、よろしく!」

「そっかぁ」


 配膳ロボットは最新技術なのかポンコツなのかは、判断できないが、そう言われてしまえば何の反論もできなかった。


「わかったよ」

「ええ。理解してくださいね! 理解しなかったら、差別だと訴えさせて頂きます! 私を理解しない価値観は認めません」


 そう言い残し、配膳ロボットは厨房の方へ向かってしまった。


 少し温くなったコーラをすする。炭酸も抜けていたが、クレームなど入れられない雰囲気だった。撮影も許可してくれているし、これは動画を見た人それぞれの解釈に投げればいいや。


 不味いコーラを飲み終えた時、再び配膳ロボットがやってきた。何かソースが焦げる良い匂いがする。


「お待たせしました。タイ風の焼きそばです!」


 誠治は配膳棚から、皿を受け取った。


「え? タイ風? これって普通の日本のソース焼きそばでは?」


 いい臭いはするが、どう見ても日本のソース焼きそばだった。青のりの代わりに申し訳無い程度にパクチーが添えられてあったが、米粉麺やエビなども無い。ナンプラーの匂いも全くしなかた。


「いいえ。これがタイ風焼きそばです! 少なくとも我々はそう認識してます!」

「えー?」

「みんな違ってみんないい。解釈は人それぞれです! 多様性です!」


 そう言われてしまうと、何の反論もできない。とりあえずカメラで撮影を続けて「これがタイ風焼きそばです!」という台詞を吐く。どう考えても日本のソース焼きそばだが、これは動画を見ている人の解釈に任せよう。そう、解釈は人それぞれ、多様性というもの。


 こうして一人テーブルに残された誠治は、焼きそばを食べた。確かに濃い味つけの日本のソース焼きそばだったが、本当に自分はソース焼きそばを理解しているのか、わからなくなってきた。


 実際タイに行ったら、どこかの村で日本風のソース焼きそばが作られているかもしれないし。そう思うと、今までの自分の常識や解釈が崩壊しそうだった。こんな事を突き詰めて考えると気が狂いそうなので、何も考えずに完食した。


 ただ、これだけだと動画映えしない。他にもいくつか注文した。


「ピザ頼んでいいかい?」

「かしこまりました」


 しかし、配膳ロボットが持ってきたのは、お好み焼きだった。確かにソース焼きそばを食べた後には、お好み焼きの方が美味しそうに見えたが、配膳ロボットはピザ=お好み焼きだと主張していた。他にも唐揚げを頼んだら、豆腐ハンバーグが出てきて、コーンスープを頼んだら、豚汁が出てきた。その度に多様性や人それぞれの価値観や解釈といったものを説明された。


 最新技術に見えた配膳ロボットだったが、やっぱりポンコツ?


 誤解されそうだが、あまりにも多様性を許容すると、社会が崩壊しそうな悪寒もした。一方で、配膳ロボットの事も否定はできなかった。


 特に自分の容姿について「キモい」などと言ってきた女どもを思い出すと、多様な価値観は素晴らしいではないか? 社会的な価値観に合わせなくても、そんな常識を無視してもありのままの自分でも愛される?


 陰謀論動画配信者として人気を得ていた誠治も多様な価値観の恩恵を受けていたと言える。


 配膳ロボットの事は、全く否定は出来ず、シンパシーまで感ていた。いくら底辺子供部屋おじさん陰謀論者と言われようと「多様な価値観です!」とゴリ押したらOK?


「今度はステーキを頼む」

「かしこまりました!」


 まともなステーキは持ってこないだろうが、配膳ロボットがどんな解釈をするのか気になってきた。


「お待たせいたしました。ステーキです」


 しかし、配膳ロボットが持ってきたステーキは、意外にも普通のものだった。鉄板に肉の塊があり、ジュージュー焼かれていた。


「これ、本当にステーキ?」

「ステーキです!」


 なぜかステーキの解釈は一般的なものだったようだ。誠治はホッとしながら、ステーキを食べるが、変な肉だった。今まで食べた事無い味で、ボソボソしてるような。肉汁もなんか鉄ぽいといかうか、血?


 何の肉だ???


 少し怖くなってきたが、配膳ロボットは何の肉かは言わない。


「これは美味しい肉です。我々はそう解釈しております!」

「いや、確かにそうだけどさ……」


 誠治のおでこには、汗が浮いていたが、配膳ロボットはこれ以上ステーキについては何も言わなかった。


「ステーキをご注文のお客様には、ワインのサービスがあります」

「ワイン?」


 配膳棚にあるワイングラスを持ってみた。真っ赤なワインだった。いや、これはワインでは無かった。血だった。おそらく人の……。


「では、お客様。最後に材料になって頂きます♪ 我々の価値観では、人間も材料なんです。多様性ですから、いいでしょう? あなたみたいな陰謀論配信者がいてもいいなら、我々の価値観だって認めてくださいよ!」


 殺される!


 誠治は無我夢中で逃げた。カバンやカメラも置き去りにしてしまったが、どうでも良かった。


 陰謀論の噂で子供を生贄にしていたというのは、本当だったかもしれない。そんな事もどうでも良かった。とにかく死にたく無かった。


 こんな事があってから、誠治は陰謀論動画配信をやめた。ヒゲを剃り、髪も切り、筋トレもし、清潔感漂うルックスで転職活動もしていた。そうこうしていたら、簡単に彼女も出来てしまった。生まれて初めて彼女が出来て、もう陰謀論など全く興味が持てなくなってしまった。


 社会の常識という価値観で生きる事は、そんなに悪くは無いと思いたい。何万年も人はそうして生きてきた。これが社会性というやつなのかもしれない。


「誠治、お待たせ! お寿司食べに行こう!」

「うん。今日は奢るぜ」

「やったー!」


 会社の帰り、彼女と寿司を食べに行った。何の変哲もないデートだったが、こういうのも悪くない。

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