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【百合・読み切り】わたしの、浮気相手も推しです。  ~推しと付き合ってるのに、推しの相方に浮気を迫られてめちゃくちゃにされちゃう百合の話~

作者: 場寺りすく
掲載日:2023/02/01



 私にありえないことが、二つ起きている。


 

 まず、一つ目。

 私は、推しのアイドルと、付き合っている。

 その相手は――、


『みなさんこんにちはー! アステル・テールの春風チホです!』


 画面から元気な声が響く。

 私は今、カラオケの個室にいる。

 設置されたモニターの中で元気に挨拶しているアイドル――チホちゃんが、私の彼女。

 付き合っている相手……。

 推しは恋愛とかじゃなくない? という意見。

 わかる。わかる……けど! 

 そこの解釈については長くなるので、今は一度置こう。


 とにかく、私はチホを推しているのに、付き合っている。


 これが、一つ目のありえないこと。




 ――そして、二つ目。


「……ねえ、ユメちゃん」


 ユメ。

 それが私の名前。



 で、私を呼んでいるその相手は……。



『皆さんこんにちは。 アステル・テールの天羽星音です』


 モニターの向こうで、涼しげな表情で挨拶をするアイドル。


 天羽星音あもう せのん

 私の推しの、二人組ユニット『アステル・テール』。

 チホちゃんの相方であるアイドル。

 艶めく黒髪。抜群のスタイル。


 

 ――私は今、星音ちゃんに、組み伏せられている。



 鼻先を、彼女の髪がかすめて、さらりとした感触や、妖艶な匂いが、伝わってきてしまう。


 五感のいずれを刺激されても、脳が犯されるような快楽が溢れる。

 心臓がうるさい。汗やばい。


 どうして、こんなことに……???


「いいんだよ、ユメちゃん。全部私のせいにして、全部都合良く使ってくれれば」

 

 星音ちゃんの口から、ありえない言葉が次々と飛び出してくる。

 

「ユメちゃんだってそういう気分にもなるでしょ?」


 星音ちゃんの指が、私のシャツの裾をまくって、腹部に直接触れる。

 ゆっくりと、指を下へ這わせていく。

 長くて綺麗な指が、太股に沈んでいった。


 ダメなのに。

 こんなの、絶対ダメなのに。

 星音ちゃんはアイドルだし、私はファンだし……。


 それより、なによりも、私には、チホちゃんがいるのに……。

 ああ、もう全部がおかしい。

 




「……私を……、二番目にして?」


 ありえないこと、二つ目。


 推しの相方に、浮気を迫られていること。




 ◆

 




『みなさんこんにちはー! アステル・テールの春風チホです!』


 画面の向こうで、華やかな笑みを浮かべているアイドル。

 春風チホ。

 ふわふわの、腰まで伸びた亜麻色の髪。人形のような、どこか幻想的な美しさすらある。

 けれど、笑顔は元気いっぱいで、見る人を温かい気持ちにしてくれる。

 何度見ても、慣れない。

 いつ見ても、可愛い。


 私とチホちゃんが出会ったのは、小学生の頃だ。


 チホちゃんは、その頃から可愛かったけれど、今とは違って大人しい性格だった。

 それがどんどん明るくなって、アイドルになってからはもう、別世界の住人だ。

 遠くに、いっちゃったなあ……と、時々、寂しくなる。


 でも……。


「……ごめんっ、ユメちゃん、遅れちゃった!」


 私がいたカラオケの個室に、チホが焦って入ってくる。

 ぱんっ、と両手を合わせて、ぺこぺこ頭を下げる。

 チホちゃんは、常にジェスチャーが大げさで、そこも可愛い。


「レッスン、ちょっと伸びちゃって……ごめんね!」

「平気平気。ヒトカラも好きだし。……でも、当然チホちゃんと一緒の方が楽しいけどね」

「ふふ、そう? それじゃ、お詫びに特別ライブにしちゃおっかなー」

「セトリは私が決めてもいいんでしょ?」

「もっちろん!」


 イエーイ! と私はサイリウムをチホちゃんカラーのピンクにして振り回す。

 デートになんでサイリウムを……とも思うけど、これが私たちのお約束のノリみたいな?

 MV付き映像で、画面の中の可愛い衣装を着ているアイドルが、目の前で踊っている……という、光景も、何度見ても慣れない。

 一通り騒ぐと、チホちゃんが私の横に座る。

 そして……、こてん、と頭を私の肩に寄せる。


「ふわっ……!!?」


 変な声が出る。


「ふふ。もぉー、慣れてよ~」

「な、慣れないよ……」

「私もまだ、ドキドキは……するけどね」

「え、する?」

「するよぉ」


「私なんかでドキドキする、はんふぇ……?」


 ほっぺ、つねられた。


「『私なんか』なんて禁止ぃ~!!」

「ふぁい……」

 

 ――信じられないことだけど、私はチホちゃんと付き合っている。

 

 きっかけは、チホちゃんが役で、『女の子同士の恋愛』を演じることになったことから。


 チホちゃんは、最初はアイドルになろうとしていた。

 所属していた事務所からの提案で、『アイドル役』のアニメのオーディションを受けることになり、それに合格して役をもらってデビューした。


 チホちゃんとしては、『アイドル』になれればよかったので、『アイドル声優』でもオッケーだったということで、今も声優の仕事もしている。


 チホちゃんの中でのアイドルの定義は、『みんなを笑顔にすること』で、細かい業種としてのカテゴリーはなんでもいいらしい。

 

  ぎゅっ……と、チホちゃんが私の手を握る。

 熱が、伝わってくる。


「……いいの?」

「……いいの。『友達』は、手を繋ぐでしょ?」


「え~、友達?」


 私はわざと、少し悲しそうに言ってみる。

 そこにちょっとだけ、真実を滲ませつつ、ちゃんと冗談で包み込んでね。


 私達は、『付き合っている』……ことに、なっている。

 でも、私達がする行為はすべて、『友達』のボーダーに収まっている、ことになっている。


「……友達。友達は……こうするよね、ユメちゃん」


 チホちゃんは、アイドルだ。


 チホちゃんは、『みんな』が好きだ。

 みんなの、モノ……。


 だからずっと、私達の関係には、『みんな』を裏切ることはいけないという罪の意識がまとわりついている。


 でも、それでいい。

 だって私も、アイドルのチホちゃんが好きだし。


 ……なら、なんで『付き合う』なんて……って、思うけど。

 そこにも、どうにもならない複雑な感情があって……。


 チホちゃんが、私の手を、私なんかの手を、愛おしそうに両手で握りしめる。

 まるで、騎士がお姫様にするみたいに、優しく、大切そうに。


「チホちゃん……」

「『友達』は……するよね、これくらい」


 チホちゃんは私の手の甲に唇を寄せる。

 温かく、柔らかい感触がする。滲んだ可愛らしいピンク色のリップが、私に付着する。

 脳が、痺れていく。理性が、溶けている気がする。


「好きだよ……ユメちゃん」


 ユメ。

 石上ユメ。それが、私の名前。

 それから、チホちゃんは私を抱き寄せる。

 私は、抵抗しない。

 

 きっと、チホちゃんの中では、まだ名前がついていない感情がたくさんある。

 友情も、

 恋愛も、

 性愛も、

 どろどろに溶けて混ざって、なんの区別もされてない。


 でも、薄っすらと、わかってしまいそうになっている。


 だから、ひたすら『友達』を繰り返す。


 本当にズルいのは、私だ。

 全部わかっていて、チホちゃんの願いを正しく汲み取るのならば、私は言うべきなのだ。



 ――『アイドルが、こんなことしちゃダメだよ』って。



 でも、言えない。

 これでチホちゃんの演技がよくなるならそれでいい。

 ……いいや、それで全部じゃないだろう、石上ユメ。

 本当に、卑怯。


 私は、チホちゃんのラベルを真っ黒に塗りつぶした感情を、都合よく貪っている。

 

 感情の瓶。そのラベルは真っ黒で。

 この行為、この感情、どんな定義で、どんなカテゴリーで……。

 そのすべてが、真っ黒で。


 でも、いい。


 ズルいのは私だって――私が、ちゃんとわかってれば、それでいいよね?


 ねえ、チホちゃん……。

 全部、私のせいにして。

 チホちゃんは綺麗なままで……、汚いのは、全部、私の責任で。

 ただ、チホちゃんを感じさせて。


 ……チホちゃんが、アイドルとして成功していく程に。


 嬉しいのに。

 応援したいのに。


 ――――寂しいから。


 みんなのチホちゃんが一番好きだけど。

 推しだけど。


 私だけの、チホちゃんも欲しいよ。



 ◆




 今日はチホちゃんと会うわけじゃないけど、楽しみなことがある。


 私は小説を書いていて、それをネットに上げている。

 その読者と会う、オフ会的なものがあるのだ。

 小説といっても、二次創作だ。


 アニメ『わたし達の恋は営業ですっ!』――略して『わたこい』。

 二人のヒロインがW主演のアイドルアニメで、そのW主演の片方をチホちゃんが担っていたというわけだ。

 この作品……、めっちゃ良い。

 正反対の二人の新人アイドルが相性最悪なのに、『百合営業』を命じられる。

 いやいや、営業で、仕方なく仲良くするんだけど、二人で困難を乗り越えていくうちに絆が芽生え……という、王道な感じのやつ。


 私はもちろん、チホちゃんが演じる明るく元気な『ヒナタ』が好きなんだけど……、相方のクールな『ミツキ』もいいんだよね……。


 ……ちなみに、『わたこい』の二次創作をしてることは、チホちゃんには内緒だ。

 チホちゃん、えっちなの苦手……かもしれないし。

 いや、抱き合ったりしておいて? ではあるけど。

 『わたこい』の作中で、恋とも友情ともつかない曖昧な感情、私ははっきり『恋』に変化していく過程を描いてしまったりしてる。

 チホちゃんと解釈違いとかイヤだし、だったら内緒にしておけば安全というわけだ。


 ……隠れてあんなことしてるのに比べたら、本当に小さな秘密。


 とにかく、今日は好きな作品の話を思いっきりできるという、なかなかない機会で、胸が高鳴っている。

 チホちゃんとも話せるけど、私がチホちゃんの演技をひたすら崇める会になりがちだし。


 そんなことを考えながら、私は待ち合わせ場所に到着した。



 ◆



『みなさんこんにちはー! アステル・テールの春風チホです!』


 またもやカラオケボックスだった。


 画面では、チホちゃんが最高の笑顔を見せている。今日も可愛い。

 この映像死ぬほど見たけど、飽きない一生見れる……。


「……あ、他の人達は遅れるみたいですね……」


 私はスマホを見つつ、少し離れたところに座る相手へ伝える。


 彼女は『ルナ』さん。SNSのアカウント名だ。

 ルナさんがこくんと頷く。

 控えめな仕草。

 長い黒髪が揺れる。前髪が長くて、目元も隠れてしまってる。ちょっと貞子感……と、失礼なことを思ってしまう。

 私も髪は肩くらいのくせに、前髪長めでバリアを張ってしまうの、似たようなものだけど。

 なので、親近感。

 とりあえず、怖い人じゃなくてよかった。

 でもどうしたんだろう?

 室内でも、まだキャップを深めに被ってる。

 ……なんか、素性を隠すプライベートのアイドルみたい。

 髪も長くて、艶があって……って……、私はどうして初対面の、オフ会の場で、いやらしい視線を……。

 最低だ私は……、今日はそういう目的じゃないし、そもそも私にはチホちゃんがいる。

 楽しく作品の話をするぞ!


 と、そこで……、


『皆さんこんにちは。 アステル・テールの天羽星音です』


 チホちゃんの元気な挨拶とは対照的な、クールな声が室内に響く。

 はぁ……、星音様、今日も美しい。

 推しはチホちゃんだよ?

 幼馴染はチホちゃん。

 付き合ってるのも……、チホちゃん。

 でも、そもそもユニットで、二人で推しというかね?

 二人の絡みも大好きだし……。

 だから、星音様のことも大好きで……。


「――好きなの?」


 その時、目の前の相手……、キャップ目深貞子さん……、だから失礼すぎる!

 ルナさんが、そう問いかけてきた。


「え……、星音様が?」


 ルナさんが頷く。


 私は答える。


 というか、ぐぅわぁぁ~~~~っと、溢れた。


「もっちろん……大好きですよ! 星音様は……、氷で出来た女神像みたいな……神聖で、冷たくて、格好良くて……!! でもっ、チホちゃんといる時は、たくさん笑うし、その笑顔が、すごい優しくて、ギャップがやばくて!!! 歌もダンスも上手いし!! 演技とかも、すごくて上手くて……、役への解釈も深くて、普段からたくさん物語に触れてるんだろうなって教養もあって…………!!」


 語彙は死んでるけど、褒めが淀みなく溢れ続ける。


 深く考えなくても、どんどん浮かんでくる。

 ああ、……やっぱり私、星音様のことも好きだなって思う。

 浮気じゃないよチホちゃん信じて!

 だってずっと、『二人』のこと追いかけてたんだもん。そりゃ、二人とも大好きだよ。


「……ふふ。本当に好きなのね」

「え……あ、はい……っ」


 なんか、緊張する……。

 なんでだろう? さっき貞子さんとか失礼なこと思ったのに、ルナさん、声も綺麗だし、落ち着いた物腰にオーラがある。


「いつもありがとう……嬉しいわ」


 そう言って、ルナさんが帽子を取って、手櫛で髪を整えた。


 『いつも』?


 どういうことだろう? と首を傾げていると……、

 私の目は、とんでもないものを捉えた。




 目の前に、星音様がいた。





「…………え? ええええええええええええ!!!?」





「わ、すごい声。カラオケだからいいけどね」

「えっ、えっ、なんでっ、星音様……なになに、なんで!?」


 チホちゃん関連の……なにか!?


 いや、そんなわけない。

 だって、チホちゃんと付き合ってることは隠してる。

 星音様も、同じユニットとはいえ、知らないはず。

 チホちゃんが話していたら?

 それもない。

 話すなら、私に相談するはず。

 勝手に話すわけない。


 …………じゃあ、バレてしまっていたと、したら……?


 それはあり得る。

 星音様は、一番チホちゃんに近い人物だ。


 ……もうバレてて、糾弾しにきた?

 怒られる…………????


 もしくは、疑いの段階で、探りを入れてる?


「……私ね、あなたの書いている小説のファンなの」


「……え?」





「……私、ずっとあなたに救われている。あなたはいつも、ライブやバラエティの感想もすぐつぶやいてくれるし、アニメが放送したあとに、私が演技に込めた細かい想いを汲み取った話を書いてくれる。

 ……ほら、よくあなたの感想についている、『解釈が深すぎて、もう実質原作』とかってあるじゃない? あれ、私も心からそう思ってる。というか、たまに私もそういうコメントつけてる」


「…………はい???????」



 どうしよう。

 全然、頭も心も追いつかない超展開がきたな。






 まず、まっさきに思うのは……。


 星音様も、早口オタクになるんだ…………!!!?

 

 早口でも美しい……。


 ……というか、え……?

 

 少しずつ、水が染みていくみたいに、星音様の言葉を理解していく。

 なんか今、人生で一番褒められた?

 嬉しい……嬉しい……嬉しい……!

 私が頑張ったところ全部わかってくれてる……こんなにわかってもらえていいの!?

 それも推しに!?

 なにこれ!? 夢!? 

 なんかのサービス!? 

 CD初回限定版を買って応募すると、めちゃくちゃ褒めてもらえます……みたいな!?

 褒められまくるお話し会!!!?

 そんなの応募してたっけ!?


「え、っと……あり、が……とうう、ぇ……? あれえ……?」


 ヤバい。

 情緒バグりまくってる、いきなり泣いちゃった。

 ライブの時じゃないんだから!


「ごめ、んなさ……、……あっ」


 星音様がハンカチを差し出してくれる。

 推しのハンカチを汚すわけには……と思うが、断るのも失礼かも? と思い、好意に甘えた。


「あの、洗って返しま……」

「いいのよ、そんなの」


 ひょい、とハンカチを取られてしまう。

 ああ……私から流れ出た汚物が付着したハンカチが取られた……。


「……ところで、ユメ先生」

「……え、先生?」


「…………ダメ?」


 うう、可愛い。

 おねだりみたいな言い方……ギャップがすごい。


「恥ずかしいのはありますね……」

「……あなたも星音『様』じゃない。恥ずかしいわ」

「……星音……さん?」

「呼び捨てでもいいわよ?」

「呼び捨て!? ダメダメ! ダメですよそんな推しを!?」

「あら、推しなの?」


「え? あ……もちろん。チホちゃんと星音さん、二人とも推しみたいな?」


「……そ。……いつもありがとう」


 ……あれ。今なにか、間が?



「……じゃあ、ユメちゃん?」

「は、はい……」

 

 うう、推しに普通に友達みたいな呼ばれ方するのも変な感じする。




「……ユメちゃん、ゼノンプロの新しいアイドル企画の、脚本家コンテストに応募してるわよね?」


「……えっ、なんで知ってるんですか!?」


「ごめんなさい。私は……、声優としてとは別に、脚本審査の方にも協力してるの」


「……そうだったんですか!?」


 す、すごい……!


 ゼノンプロというのは、大手の事務所だ。

 そこで今度、大きな新アイドルグループのオーディションがある。

 アニメやゲームの展開も最初から組み込まれた企画で、その脚本も募集しているのだ。

 『わたこい』よりも遥かに大きな、すごい企画だ。

 

 私はこれに応募している。

 なぜなら、チホちゃんが応募しているから。


 チホちゃんは……必ず合格する。

 私はチホちゃんと、いつか一緒に仕事がしたい。

 だから、チホちゃんがアイドルとして次のステージにいく手助けをしたい。


 ……といっても、私、今はまだ脚本家として、全然ダメなんだけどね……。

 

 私も、チホちゃんも、まだ高校生。

 ……アイドルなら、若くても活躍してる人はたくさんいる。

 

 でも、脚本家は……。

 ……いいや、そんなの言い訳だ。

 関係ない。チホちゃんの隣に立つのに、そんな言い訳してる場合じゃない。



「……なにか、私に聞きたいことはない?」

「……ないです」

「……遠慮しなくていいのに」

「いえ……、別に、ズルしたいわけではないので……」


 たまたま星音さんが、審査に関わって、たまたまプライベートで知り合えて。

 それで自分の有利になるのは……なにか違う。

 

 私は、ちゃんと自分の力でチホちゃんの隣に立ちたい。


 ……思い出すのは、『あの日』の舞台。

 小学生の頃、学校で演劇をしたことがあった。


 私が脚本を書いて、チホちゃんが演じる。


 あの頃、チホちゃんはまだ少し内気で、私は今よりも明るい感じで……。

 チホちゃんは、もっと輝ける! って、そう思って、必死にチホちゃんが輝く脚本を書いた。


 ……また、あの時みたいに、チホちゃんを輝かせたい。


 それが私の、生きる理由だって言っていい。



 チホちゃんと付き合っておいて今更……とも思っちゃうけど、それはそれ。


 ……もう、ぐちゃぐちゃの境界線の上で、それでも自分が納得できるとこに立っていたい。






「…………でも、あなた、このままだと絶対に落ちるわよ?」



「……そ、れは……」






「……あの、ムラクモアマナもコンテストにでるのよ? つまり、勝たなければいけないの」


 ムラクモアマナ。

 『わたこい』にも参加していた人気ライター。

 

 今の私では、絶対に勝てない相手。


「期間は、まだありますから……。今この瞬間負けてても、これから、勝ちます」


 絞り出した言葉は、決意というよりは、すがりつくような願望だった。


 星に願うような、淡い、脆い、曖昧な気持ちかもしれない。


 もしくは。

 ――――現実を見ていない…………、足掻き。


「……無理ね。期限までの成長幅を見積もりに入れても、まだ全然足りない」


「……そんなの……成長幅って……」

 

 どうしてそんなことわかるの?

 どうして、そんなこと言うの……?


 いやだよ。

 知らない誰かなら、何言われたっていいけど。

 星音さんにそんなこと言われたら……、立ち直れない。

 それだってダメな姿勢だけど。

 本当に強い人なら、推しに否定されたって、頑張れるはず。


 …………弱いなあ、私。


「……私もね、脚本家になりたかったの」

「……え? そうなんですか?」

「ええ。今はアイドルの仕事が大事だけれど、アイドルは永遠ではないでしょう? だからいずれ、本格的に『再開』しようと思っているわ」


 アイドルは……永遠じゃない……!?

 いやだ……、卒業しないで……。

 って、今はそこは本題じゃない。


「『再開』って……以前、脚本家の仕事が……?」

「以前に、少しね。でも、今はどうしてもアイドルがやりたくて……。で、何が言いたいかっていうと、私は今回の審査にも関わっているし……『審美眼』という点で、私はそのへんのアイドルとは違うっていうのは、わかって欲しいの」

「……星音さんのこと、信じていないわけでは……」


 推しを疑ったりしない。

 でも、信じたくないことだってあるよ……。


「私の目から見てね、あなたは才能がある。それは私が保証するわ」

「…………え……?」


 才能……。

 それはすごく曖昧な言葉だ。

 星音さんが、どういう定義で、ニュアンスで、意図で、その言葉を使ってるのかはわからない。

 でも、そんなこと言われたら嬉しいに決まってる。


 ……あれ? なんか不安を煽った後に優しくするなんて、詐欺師みたいな喋り方じゃない? なんて……、頭の片隅で思ったことは、無視する。


 嬉しい……嬉しい、嬉しい。

 推しに否定されたら悲しい。

 推しに肯定されたら…………そんなの、嬉しすぎる!

 いやいや、待て待て私。

 一回、落ち着こう……。


「……さっき、『成長幅』を見積もってもダメって……」

「こうも言ったわ――『このままだと絶対に落ちるわよ?』……ってね。『このまま』でなければ、あなたは、必ず、もっと上にいける」


 必ず、

 もっと上に……。


 その言葉は、私の胸を熱くした。


 ああ、ダメだ。さっきからずっと、この人の言葉に振り回されている。

 なんていうか……、物語に出てくる『悪魔』みたいな人。

 甘い言葉で惑わして契約を迫る。

 力は与えるし、成功もできる。

 でも……、見誤ると、破滅する。

 どうしてだろう……そんなイメージが、浮かび上がってしまうのは。


 それで――。


「なら……どうすればいいんですか?」

 

 不安を塗りつぶす、衝動がある。

 私は、絶対に、もっと上にいく。

 そうしないと、チホちゃんの隣に立てない。

 


「……ユメちゃん」

「……はい」

「その、方法はね…………」


「方法は……?」



「……私と、付き合って」




「――……私……チホちゃんと、付き合ってるんです」




言ってしまった。

でも、星音さんが言いふらすとは思えないし、これで納得してもらえるはず。


 …………というか、付き合う……!!!?

 付き合う!?

 なにを言っている!? 

 アイドルと付き合えるわけがないが!?

 …………あれ、私、チホちゃんと付き合ってる!?

 ダメだ、混乱でおかしくなる。

 もうずっと、おかしいのかもしれない。



「……ユメちゃんは。まだ状況が理解できてないね」

「え?」


「――――それは、チホのために、夢を諦めるってこと?」


「そんなの……!」


 なんでそんな言い方……っ。


 ……あれ?

 でも……。

 私の夢って、なんなんだろう?

 

 ――脚本家になること?

 ――チホちゃんを応援すること?


 ……でも、裏切るなんて。


「私が……自力で勝てばいいだけですよね?」


「……そうだね。なら、この話は一度保留かな」

「……保留もなにも、何度言われても嫌ですよ」

「……今は、それでいいわ」



 星音さんは、そう意味深に言って……。


 それで、この日はお開きになった。


 

 ◆



 あれからずっと、考えている。


 カタカタカタ……と、キーボードを叩く音響く。


 ――あれでよかったはずだ。

 何度も繰り返す。

 疑ってしまうのは、私が弱いから。

 それだけのこと。


 恋は。

 感情は。

 ――弱い人間には、守れないと思う。


 だってそうだよね?


 チホちゃんが夢を叶え続けてるのに、私が弱いままなら、そんなのはもう、チホちゃんに相応しくない。

 チホちゃんといたい。


 だから、もっと、やらないと、やらないと……。

 書いて、さえいれば。

 書けば……。

 書いて書いて書いて、頑張れば、きっと。


 でも……本当は知ってるんだ。


 どれだけ自分が強く願ってると思っても、それだけで自動的に夢が叶うことはない。

 この世界は、複雑だ。

 私は、どうすれば、大切なものを守れるんだろう?

 答えが最初から明瞭なことなんかない。

 いつだって、答えは、複雑な迷宮の奥底にある。


 集中が途切れて、ふとスマホを手に取る。


 タイムラインを流して、ジャンクな情報を消費していく。

 誰かの不祥事。

 誰かの幸せ。

 ぜーんぶ……、どうでもいいなあ……。


 摩耗した心は、凪いでいく。

 心が、死んでいく感じ。


 その時。

 手が、止まるニュースが。



『ムラクモアマナ、ゼノンプロの新アイドル企画へ意欲を見せる。さらに、主役には春風チホを起用か!?』


 ……いや、だ…………。

 ――ムラクモアマナ。

 売れっ子脚本家。

 まだ、何者でもない私が、絶対に、勝てない相手。


 ……頑張れば?

 ずっと頑張れば、いつかは?

 いつかは、いつかは、いつかは……。


 意味ないよ、いつかじゃ……!!


 今、勝たなきゃ、チホちゃんが、取られる。


 あいつの書いた脚本を演じて、チホちゃんが、もっと大きな、私の届かない場所に行く。

 もう、きっと、私の入り込む余地なんかない。

 私なんか、昔ちょっと一緒にいたなくらいの、モブになる。

 チホちゃんの人生の、モブになる。


 いやだ……、

 いやだよぉ…………。

 それだけは、いやだ。


 ……そうだよ。

 なんでも、するんだ……。



 ――私が一番大切なのは、チホちゃん。


 そう思って、私は星音さんにメッセージを送る。



 ◆



「……ユメちゃん。あなた、正しい選択をしてる」


 また、あのカラオケボックスだった。

 画面には、笑顔のチホちゃんと、星音さん。

 でも、目の前にいる星音さんは、笑顔なのに、怖い。


「本当に……、これで、勝てますか?」


「保証する。あなたには、才能がある。あとは一つ、起爆剤になるきっかけがあれば……。私は、それになってあげられる」


 甘美な言葉に、脳が溶かされる。

 才能。

 本当に、そんなもの……。


 私はもう、どこまで私を信じられるんだろう?


「……単純な話よ。えっちなやつを書けばいいのよ。『アイドル企画』にはそぐわないけれど、その前に知名度と人気を稼いでおけば、必ずあとで役に立つわ。ムラクモアマナだって、そうやって人気になっていったの。大事なことよ?」

 

 少し前の自分なら、その発想に反発したかもしれない。


 もっと手段を選んで。

 プライドを守って。

 綺麗に、お行儀よく。

 チホちゃんが喜ぶような作品だけを書いて、チホちゃんの隣に行きたい。

 そうして、『勝ち方』にこだわったはずだ。

 勝ち方なんて、なんだっていい。

 やったもん勝ちなんだ。

 勝てれば、なんだっていい。




「……それで、チホちゃんとは、どこまでしたの?」

「し、したって……」

「これは?」


 手を、握られる。




「……それくらいなら」

「これは?」


 抱き寄せられる。

 匂いも、感触も、チホちゃんと違う……。

 シトラスの香り。

 チホちゃんよりも、スタイルの良い体。

 こんなの、知らない。





「抱き合う、くらいなら……」

「なら、これは?」

「……んっ、いやっ、」


 ――胸を、触られた。





「これは初めて?」

「……これは、ダメ……です」

「どうして?」

「チホちゃんとは、こんなのしてない……」

「どうして?」

「……ファンを、裏切るから」


「ふふ。変よね、それ。付き合ってるのに? 悔しいけど、似てるのね、あなた達」



 ……ああ、そっか。

 

 ――同じ、なんだ。



 チホちゃんは、『恋愛』を知らない。


 だから、知りたがっていた。

 でも、付き合うって感覚を知りたくて、私たちは一緒にいた。


 結局、矛盾はしてる。


 『ファンのために』、良い演技を。

 そのために、ファンを裏切って。



 ――だから、これも、同じ。


 仕方のないことなんだよ……。

 だって、チホちゃんのためなんだよ?

 胸から伝わる感覚が、甘やかに、じんわりと広がっていく。

 こんなに気持ちのいいことなんだ。



 …………チホちゃんが、教えてくれない快楽が、私を満たす。




「次は、これ」


 唇を、重ねられた。

 私の中に、星音さんが入ってくる。

 温かい。

 良い匂い。

 柔らかい。

 予測不能に動かされる舌。

 知らない。怖い。気持ち良い、気持ち良い、気持ち良い。


 壊れそう、

 溶かされそう、

 おかしくなりそう。


 今度は、星音さんの手が、私の下着の中に滑り込んだ。

 思わず、足を閉じてしまう。

 とろけた思考の中でも、本能的に、星音さんの手を掴んで行為を止めた。


「それは……本当に……、ダメ」

「怖い?」

「だって……まだ、チホちゃんと……」

「しないでしょ? ファンは裏切れないんでしょ?」

「……」


 そう、かもしれない。


 こんなに気持ちいいこと、ずっと……。


「キスしておいて、今更よ?」

「でも……」


「大丈夫。イカなければ浮気じゃないと思わない? チホちゃんのこと思ってたら、イカないよね?」


「………………え?」


 そう言って、星音さんは、下着に手を滑り込ませた。

 もう出来上がってるのが知られるのが恥ずかしい。

 キスと胸だけで、もうどうにかなってる。


「ダメ、ダメ、ダメ……ダメぇ……せのんっ、さっ♡ ぁっ、んっ♡♡」


「……やらしぃ……。……声、すっごく甘いよ?」


 無理。

 こんなの。


 チホちゃん……!!

 チホちゃん……、

 ごめんね……ごめん……。


 本当は……。

 私ね、本当は、こんなことばっかり考えてたんだ。

 チホちゃん何もしてくれないから、ずっと……。

 でも、考えるだけなら、全然、浮気じゃないよね……?


 考える、だけなら……。




 波が高まって、もう限界だった。


 頭の中で、チホちゃんが消えちゃうみたいに、快楽で全部が埋め尽くされそうになった瞬間――、






「――――はい、終わり」


「え?」


 星音さんの、手が止まる。





「……なに? イッたら浮気だよ?」

「そう、ですね……」

「今日はこれくらいかな。ユメちゃん、すっごくたくさん心が動いてたし、きっといいものが書けるよ」


 言いながら、わたしから引き抜いた指を開閉して、引いてる糸を舐めとる星音さん。

 自分がどれだけ感じてたのかを見せつけられて、改めて恥ずかしさが押し寄せてくる。



 その時、星音さんのスマホが鳴った。


「あ、チホちゃーん?」


 心臓が、止まる。





「うん……、うん、自主練? いいよ。……うん、すぐできる。……ふふ。ちょうど今、準備運動が終わったところ」


 そう言って、通話を終える星音さん。


「ごめんね、ユメちゃん。これからチホちゃんとレッスンだから……。ユメちゃんも、頑張ってね?」


「……はい」


「いいんだよ、ユメちゃん。全部私のせいにして、全部都合良く使ってくれれば」


「……そ、んなの……」


 縋ってしまう。

 チホちゃんの隣にいるため。

 そういう綺麗な願いがあれば、なんでもできる。

 ……でも、もっと『理由』が欲しい。

 安心させて。

 ……そうだよ……星音さんが悪いんだよ。

 星音さんはひどいよ、悪魔だよ……。





「……私を……、『二番目』にして?」


「……」


 ――その問いに、私は答えられなかった。





 見ないフリをする。

 名残惜しそうに、太ももをすり合わせてしまう自分の動きを。

 

 知らない。

 こんなのは、知らない。




 ◆



 なんだろう、これ。

 私はぐるぐる、ぐるぐる、ずーっと悩んでる。

 

 星音さんのことばっかり、浮かんでくる。


 なんなんだろう……これ……。

 ……ぜーんぶ、えっちな本で見たことある。

 でも、自分が当事者だと、少しも、茶化せない……。

 ベタだなあ、なんて。


 ……星音さん、どうしてこんな……。

 ぐちゃぐちゃになった頭で考える。

 もう、何が正しいのか、わからない。

 でも、一つ。

 差し込む光のように、一つの思考が浮かぶ。


 ……今なら、すごいの書けそう。



 ◆



 ……ねえ、チホ。

 私、ずっとあなたが憎かった。

 

 私、あなたみたいに笑えないよ。


 クールだとか言われたって、結局は根暗な女が格好つけているだけ。

 ……そんな私を好いてくれるファンもいたけれど……。

 でも、ダメね、そんなアイドル。

 私、あなたみたいになれないよ……チホ。

 

 ――でも、いいの。


 チホ……、私、あなたを許さない。


 だって、ユメちゃんを苦しめてたから。

 本当は、前からユメちゃんとチホのこと、知ってたよ。

 チホがユメちゃんを、幸せにしてくれるのなら、納得しようと思ってのに……。

 でも、ダメよ。

 あなたには、ユメちゃんを幸せにできない。

 あなたは、『アイドル』だから。

 絶対に、あなたは、最後にチホちゃんを苦しめる選択をする。

 あなたのアイドルは、『みんな』のものでしょう?

 私は違うわ。

 私はね、ただ、ユメちゃんのためだけにある。

 もう、私はやりたいようにやるね。


 ――ユメちゃんは、必ず、私が幸せにするから。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい続きが気になる.... 幸せのためなら確かに星音の方がいいかもね
[良い点] ――ユメちゃんは、必ず、私が幸せにするから。 の最後ジーンと来ました
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