交錯する違和感と非常識について(理人視点)
花音ちゃんが、早く元気になりますように。
はやく、喉の痛みが治りますように。
うちの仏壇から届くかわかんないけど、天国にいる花音ちゃんのおばあちゃん。花音ちゃんのこと、守ってください。
あと、俺のじーちゃんとひいじいちゃんとひいばあちゃんは、あんまケンカしないでください。天国の皆さんにメーワクかけそうだから。
花音ちゃんが陽性になってから、仏壇を見るたびに祈ってしまう。
一応軽症で、LINEも返事をくれるし、咳はそんなに苦しくないみたいだけど、やっぱり心配だ。いろいろ手がつかない。
「ねーねー。お仏壇に祈っても、花音ちゃんは治らないよ?」
エアコンの効きの悪い仏間に、若菜はあまりよりつかない。
リビングのソファにふんぞりかえり、我が家のアイスを片手に声をかけてきた。
「それ、俺のガリガリくんなんだけど?」
「半分食べちゃったし。残り食べる?」
「イラナイ」
「遠慮しなくて良いのよ。ほらほら」
こんな時の若菜は、俺が一口食って「やっぱいいや」とか言うまで、しつこくアイスを押し付けてくる。
上目遣いで、男女問わず可愛いともてはやされる笑顔で。
慣れた日常だ。でも、なんでだろう。
今日は、ものすごく気持ち悪い。
「ハラ痛いから、冷たいものはいいや」
「えー! リヒトも感染しちゃったんじゃない?! 花音ちゃんといちゃつきすぎたんだよー」
若菜は内弁慶で猫かぶりで人見知りだけど、家の中では思ったことをストレートに口にする。
そういうヤツだ。
なんだけど……今の言い草、なんなんだよ?
ていうか……マジで頭痛いな。
「ちょっと、自主隔離してくるわ」
「え! ウソ!! リヒトが感染してたら私、明日の花音ちゃんのお見舞い行かないからね? 家、知らないし。リヒトが心配だし」
「若菜にうつしたくないから、部屋には来るなよ?」
「はあい。お大事にね」
体調が悪いのか八つ当たりかなんなのか、ナチュラルにムカつくのは、何故なんだろう。
とにかく、若菜の鼻にかかる高い声を、今はものすごく聞きたくない。
今は?
いや、今も……?
その夜、なんだかよくわからない夢を見た。
なんかの撮影? 結婚式? って派手なテーブルについて、かぼちゃパンツに白タイツで紅茶を飲んでる夢だった。
夢の中の俺はエドワードって名前の王子で、銀髪で巻毛でゴージャスなドレスを着た女の子に苦言を漏らしていた。
「我婚約者フローメロディ。貴女はどうして、リーフに冷たいんだい?」
「何が可笑しい?! 貴女は、私とこのリーフの不貞を疑っているようだが、これは亡き筆頭侍女の娘。ただの幼馴染だ」
「そのような矮小な器では、王妃は務まらないよ? もっと鷹揚であれ。貴女は高貴ワイドフィールドの令嬢にして、私の婚約者なのだから」
言い回しが聞きなれないけど、王子が親しく育ったメイドとの関係を、このお嬢様が腑に落ちないって感じなんだろな。
王子、不憫だなあ。
メイドはただの幼馴染なのに、好きな子にとことん誤解されて。
花音ちゃんも、若菜との関係を誤解してた時期があったけど、ちゃんと話したらわかってくれた。
野球の同行も、受け入れてくれたし。
若菜、言い出すと聞かないから、断られるとめんどくさいんだよな。俺にだけグダグダ文句言うし。
花音ちゃんの悪口なんか、断固聞きたくないし。
なんつうか、王子、ガンバレ。
……て、高みの見物をしてたら、花音ちゃんの親父さんが出てきた。ナゼか警察官の正装で。親父さんは、ゴージャスなお嬢様に向かって「花音」と呼びかけた。
「ドームのチケットが手に入った時に、彼氏と行くと言ってたのに、なんだ? あの幼馴染とかいう小娘は。なぜ、送迎した俺の車に平然と乗り込むのだ? たまたま自分もチケットをもらったから一緒に行きたいって、意味がわからん。彼女の父親を浮気相手の足に使うなんぞ! 絶対に有り得ん!!! 別れなさい。今すぐに」
え。
ちょっと待って。
ドーム内は若菜と別行動だったぞ?
「スライリー、近くで見るとコワイ」「ジャビット、目が笑ってない」って盛り上がってたし。
「私はフローメロディを愛しています! リーフへの対応が感心できぬから、忠告したまでだ」
あ、王子が反撃した。
うん、たしかに花音ちゃんも、若菜にちょい塩なとこあるけど。
若菜が「花音ちゃん、今日、怒ってなかったかな?」ってびびることあるし。でも、LINEで聞くと『怒ってないよー』『疲れてただけだよー。気を遣わせてごめん』ってかえしてくれたし。
「本命はそちらの小娘だろう? 隠さなくてよろしい。だが、これ以上娘を当て馬にするな」
ナイ! 断固、それはない!!!
だって若菜と陽菜(若菜の姉さん)は、赤ん坊の頃から一緒に育っきたから、姉貴と同じ枠だ。
「付き合ってんの?」ってよく聞かれたけど、近すぎて何も感じないのか、単に好みじゃないからか、恋愛感情がわいた試しがない。
つーか、ぶっちゃけ勃たない。むしろ、萎えてる。
若菜も若菜で「花音ちゃん可愛い! リヒトにはもったいない!」って推してるんだけど……?
いつしか、お城パーティーセットは消えて、登場人物も消えて、俺の手足も見えなくなって、花音ちゃんと親父さんとお袋さんが残った。
花音ちゃんはゴージャスなお嬢様から、制服姿の可愛い女子高生に戻っていた。お袋さんも、ゴージャスな美魔女からいつもの感じに戻っていて、親父さんだけまんまだ。
「あいつはやめなさい。幼馴染の女も図々しいが、それを受け入れている以上、恋人を傷つけてる自覚のない男なんだ。さっきの王子と同類だ」
え、親父さん、それ、違う……。
違う? いや、違わない、のか……?!
「お母さんも、理人くんはナイなー。花音ちゃんのことは、大事にしてくれてる感じだったけど。幼馴染との距離感がおかしいもの」
「お母さん」
「理人くんのお宅では、常識なんでしょうね。でも、お母さんには常識と思えない。なんかね、常識が噛み合わない人との恋愛は、難しいんじゃないかしら?」
常識が、噛み合わないって。
そんなこと、そんなの……だけど、花音ちゃん、さっきからずっと頷いてるし。わかってもらえて嬉しいって、安堵感がビシバシ伝わってくるし。
「うん。私もそう思う。自宅待機が終わったら、話し合ってみるよ」
花音ちゃんが、笑った。
何かを吹っ切ったみたいに、爽やかに。
花音ちゃんは手が小さくて、グラタンが大好きで、数学が苦手で、よく笑う可愛い子だ。
彼女から告白されたけど、のめりこんだのはむしろ俺だ。
好きで好きで、好きすぎて、どうしたらいいかわかんないくらい好きになって、若菜にノロケたら「私も友達になりたい」って言われて。花音ちゃんの電車を見送ってたあとは、若菜と「花音ちゃん、今日も可愛い」って盛り上がりながら、帰宅してたんだ。
好き嫌いの激しい若菜には、あんまり友達がいない。
だけど、花音ちゃんには最初からフレンドリーだった。
若菜の機嫌がいいと、こっちも楽だ。
意見が割れるとしつこいから、聞いちゃうんだよね。めんどくさくて。
あれ?
若菜は気楽な幼馴染……だよな。めんどくさくない時は、ラクだし。
だけどーーー花音ちゃんはだんだん、本当に楽しいって笑顔で笑わなくなってきた……かもしれない。
親父さんとおばさんは、距離感がおかしいと言った。
常識が違うから、無理だとも。
常識。
若菜もよく言う。幼馴染だから、朝起こすのは、登下校で一緒に歩くのは、休日が空いたら買い物にいくのは、常識だって。
でも、「距離感がおかしい」って表現が、やたらしっくりくるのは、なぜだろう。頭が真っ白になって、気がついたら涙がこぼれ落ちていた。
真っ暗な空間に、ボッボッと鬼火が灯った。
「はー。つんどるね。男じゃろ。しゃんとしんさいや」
「はい?」
なんか……おばあちゃんだ。
白い割烹着で、なぜかパソコンデスクに腰掛けている。
頭につけてるのは、VR……かな?
「うちは、花音ちゃんのばあちゃんじゃ」
「なんとなく、顔でわかりました」
「そうけ?」
おばあちゃんはVRを外して、ひょいとこちらに投げてきた。
「こちらに来て、はじめての盆じゃけえ、勝手がわからんね。初盆なのに行けんくてごめんなさいとか、花音ちゃんのコロナを良くしてくださいとか、やたらお願いがとどきよる」
「はあ」
「久志さんと早苗は、ワレみたいな彼氏がおる花音ちゃんを心配しとったんよ。したら、ワレも心から花音ちゃんを心配しよるわ、うちにまで祈るわ。じゃけえ、このばあちゃんが一肌脱いだんじゃ」
「……はあ」
「ワレは、多分、何がいかんかわかっちょる。じゃけえ、それを認めたら、今まで蓋をしてきたんがみーんなオモテに出てきよる。ぶち怖いんじゃろ?」
「え」
「ワレ、素直なんよ。素直でめんどくさがりなんよ。それはワレの処世術じゃ? じゃけえ、花音ちゃんに惚れちょるなら、もっとしゃんとしんさいや」
おばあちゃんは、優しく目尻を下げてニコニコ笑っている。
俺は、大事な花音ちゃんを傷つけたのに。
傷つけたことすら、わかってなかったのに。
なんで、そんな優しい顔で、お説教するんだろう。怒ればいいのに。怒る立場なのに。
なんか、涙止まんねえし。
俺はずっと、若菜に「そんなのふつー」って言われたら、そんなもんかなって思ってきた。
逆らうのは、めんどくさいことだから。
だって、すぐ泣くし。
若菜が泣けば、親も姉貴も先生もクラスメイトも、どいつもこいつも若菜を味方する。
「泣かせたリヒトが悪い」って。
それならさ、聞いちゃった方がラクじゃん?
「なんじゃろね。うちには、ワレが1番、困っちょるように思えるんよ」
おばあちゃんの身振りに従ってVRをつけてみた。
なぜか花音ちゃんの本音が聞こえた。