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お父さんは心配する

「ドームのチケットが手に入った時に、彼氏と行くと言ってたのに、なんだ? あの幼馴染とかいう小娘は。なぜ、送迎した俺の車に平然と乗り込むのだ? たまたま自分もチケットをもらったから一緒に行きたいって、意味がわからん。彼女の父親を浮気相手の足に使うなんぞ! 絶対に有り得ん!!! 別れなさい。今すぐに」


お父さんだけ顔も服も日本人で。

お父さんだけフローメロディじゃなくて、花音に話しかけている。


「私はフローメロディを愛しています! リーフへの対応が感心できぬから、忠告したまでだ」


「本命はそちらの小娘だろう? 隠さなくてよろしい。これ以上娘を当て馬にするな」


「公爵、殿下はそのようなことはしていません。王子はただ、力無き幼馴染を守ろうとしただけです」


「そうです! 父上! リーフは姉上を尊敬しています。なのに、姉上はーーー!」


「フローメロディ様を怒らせてしまってごめんなさい。私が悪いんです。私が……」


な、なんなん?

このカオス。


「狼狽えるな! 小僧ども!!!!」


お父さんの一喝に、カボチャパンツの王子も、ダニエルも、豊リッチも、リーフも、メイドのお姉様たちもみんな消えてしまった。華々しいお城に、私とお父さんとお母さんだけ、残った。


「いやな、花音も17歳だから、彼氏を作るなとは言わない。俺は男親だからいい気はしないが。まあ、母さんから見てちゃんとした男なら反対しない」


お父さんが、靴音を立てて近づいてくる。


「でも、あいつはやめなさい。幼馴染の女も図々しいが、それを受け入れている以上、恋人を傷つけている自覚のない男なんだ。さっきの王子と同類だ」


「……」


あたしは、ドレスのスカートをギュッと握り締めた。

ひらひらのライラック色のドレスが、いつしか制服のタータンチェックに変わっていた。


そう。私には江戸原理人くんという彼氏がいる。

1年が同じクラスで、3月に思い切って告白したらOKしてくれて。ドキドキ、ワクワクのお付き合いがスタートした。


かっこよくて、おもしろくて、優しい人。


最初はよかったんだ。学校にいるときは、今も。

でも、帰りの電車で彼の幼馴染に遭遇すると、全くよくなくなる。

フレンドリーに話しかけてきて、理人くんの背中を軽く叩いたり、背伸びしてねこ掴みしようとしたり。理人くんも理人くんで「なんだよ」とか笑いながら、反撃する。

つまり、イチャイチャする。

そして、出発する電車に私を置き去りにして、ふたりは同じ駅で降りて、同じ乗り換えのホームに向かうのだ。

幼馴染なだけに。お隣さんなだけに。

「あたし、女子校だからリヒトしか男友達いなくてー」が、口癖。

名前は、橋本若菜。100年にひとりと名前が似ていてもいたたまれなくないレベルには、可愛い子。100年じゃなくて、100人にひとりくらい? さっきの、リーフみたいだな。


別にデートについてくるとかは、ない。

でも、楽しく遊んだ夕方に限って、遭遇する。で、ふたりで電車を降りて、ふたりにバイバイされる。

すると、楽しかった思い出はみるみる色褪せて、後味の悪さだけが残るのだ。


ちょっと前に、やんわりとイヤだと伝えたら「家が隣なだけ」とか、「ヤキモキやいてくれたの? 嬉しい」とか、とんちんかんなことを言われて、モヤモヤしたまま会話が終わった。


極め付けは、お父さんがチケットをくれたドームの試合だった。

お父さんが車を出してくれて、理人くんの家まで迎えに行ったら、イタのだ。橋本若菜が。100人にひとりレベルの美少女が。


で、理人くんは、クラス1かっこいいと評判の笑顔で、こうほざきやがった。


「若菜がチケットあるけど行く人いないって。一緒にいい?」


で、橋本若菜もほざいた。


「花音ちゃん久しぶりー! 今日はよろしくね!」


一瞬、運転席のお父さんが、ゴルゴ13に見えた。駐在さんにスナイパーの顔をさせる彼氏って、いったい。


ドームでは一塁側と三塁側に分かれた。さすがに、理人くんの隣をぶんどることはなかった。

でも、分かれる時も「大丈夫か?」「ウン! 平気だよ!」だったし、再会の時は「リヒト、会いたかったー!」「若菜に事故とかなくてよかった」だったよ。

ちなみに私たちは「理人くん」と「花音ちゃん」ですけどネ。


野球観戦デート、ちっとも楽しめなかった。

でも、お父さんが静かなるゴルゴだったから、助手席の私が無理ぐり盛り上げたよ。

「花音ちゃんみたいに面白いこと、あたしには言えない」って、地味にディスってくるし。後部座席でお互いの膝を叩いてじゃれてるし。


「橋本さんて、男友達だけじゃなくて、女友達もいないでしょ?」って、喉まで出かったのは、仕方がないと思う。性格悪いけど。


ふたりは礼儀正しくお父さんに挨拶をして、なぜか仲良く理人くんの家の玄関に消えた。「ただいまー」って。

帰りの環状8号線は「湾岸ミッドナイト」と化した。警察がスピード違反してどうするのよ。

そんなお父さんの部屋には、80〜90年代の漫画がたくさんある。


明くる朝、私は高熱でダウンして、瞬く間にお母さんに感染させてしまった。それからずっと、有り得ないくらい怠くて喉が痛い。

お父さんは濃厚接触者なのに元気で、私とお母さんのお世話をしてくれている。理人くんも、今のところ大丈夫みたい。橋本若菜も。


「お母さんも、理人くんはナイなー。花音ちゃんのことは、大事にしてくれてる感じだったけど。幼馴染との距離感がおかしいもの」


「お母さん」


「理人くんのお宅では、常識なんでしょうね。でも、お母さんには常識と思えない。なんかね、常識が噛み合わない人との恋愛は、難しいんじゃないかしら?」


お母さんも、いつの間にか48年ものの二の腕とお腹をチュニックで誤魔化すお母さんに戻っていた。

ゴージャスな美魔女より、こっちの方が好きだな。

たまには、スカートくらい履けばいいのにって思うけどさ。


「自宅待機終わったら、話し合ってみるよ」


覚悟を決めると、お母さんが微笑んでくれた。

お父さんが、頷いてくれた。


どこからともなく、野球の応援歌が流れてきた。

広島では、おなじみの歌が。


おばあちゃんの家は野球場が近いから、テレビと外の両方から歓声が、応援歌が、聞こえてくる。

縁側のある茶の間で、素麺やとうもろこしをいただきながら、野球場の音やセミの声、古いエアコンの音が日常化するのが、私たちの夏休みだった。


一昨年は受験で、去年はおばあちゃんが亡くなって、今年は感染症にヤラれて、それどころじゃなかったけれど。


えーと、おばあちゃん?

もしかして、これ、エンディングのつもり???

悪役令嬢と高校野球のジョイントはまあ、なくはないけど。プロ野球かー。ミスマッチすぎない? 


あ、お父さん、鼻歌歌ってるし。

お母さん、エアーメガホン振ってるし。



……ま、いっか。

おばあちゃん作「悪役令嬢フローメロディ」、悪くなかったよ。

いろいろ、おもしろかったし。

理人くんに、ちゃんと物申す勇気が湧いたから。








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